投稿日 : 2019.10.16 更新日 : 2020.05.13
高木里代子 ─音もビジュアルも「魅せる」を追求【Women In JAZZ/#14】
インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広 撮影/平野 明
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2016年のメジャー・デビュー以来、“異色のジャズピアニスト”として世間の耳目を集めてきた高木里代子。ときにセクシー衣装や水着姿でステージに立ち、YouTubeではコスプレでアニソンを演奏するなど、派手なパフォーマンスが注目されがちだが、彼女は、ピアノと真摯に向き合うストイックなミュージシャンでもある。
そんな側面を存分に発揮したのが、新作『Resonance』。あえて、制御困難なピアノと対峙し、徹底的に“響き”に拘った独演を披露しているのだ。本人は「好きなことをやっているだけ」と飄々としているが、内心はどうなのか?
衣装でオーディエンスの集中力が変わる
——2015年の「東京JAZZ」で、水着姿のパフォーマンスがものすごく衝撃的でした。あの以前は、どんな活動をしていたのですか?
「その前にも7〜8年、普通にジャズ・クラブでライブをやってて、DJとピアノのユニットをやっていたりもしましたね」
●東京ジャズ2015
——その頃から、あの路線で?
「そうですね。(東京JAZZのステージで)急に変わったわけではないです。まぁ水着は、レコード会社と相談して狙ってやりましたけど、もともとクラブでもボンデージを着てやったりしてましたし(笑)」
——もともと、そういうファッションが好きだった?
「好きだったのもありますし、クラブDJには上が水着みたいな人もいっぱいいますから、そんなに露出している感覚はなかったですね。メディアで“Eカップで云々”とか書かれるから、そういう印象が強くなるのかもしれないですけど、これくらい露出している人はいっぱいいますよね。ただ、ピアニストにはいなかったかもしれませんけど(笑)」
——自分としては、そのままのスタイルでずっとやってきた。
「そうですね。中高生時代から渋谷の109に通って、『non-no』というよりは『Popteen』や『egg』を読んでるタイプでした。ジャズ界には『non-no』系の人が多いですけど」
——ジャズ界で活動するにあたって、そっち系に合わせようとは思わなかった?
「考えたことは一度もないですね。そういう服が似合わないんですよ。最近、舞台で朗読に合わせてピアノを弾くお仕事をさせてもらっているんですけど、朗読する俳優さんたちはみんな白い衣装で。でも私だけ黒で、首も詰まってるロングのドレスを着るんですけど、これがシュールな感じになるんです(笑)」
——奇抜なファッションや肌を露出することで、ちょっと色眼鏡で見られますよね。そこに抵抗はなかったですか?
「全然なかったですね。『そんな格好をしているから、きっと音楽もちゃんとしていないんだろう』と思ってライブに来てくれた人が、私の音楽を聴いて驚いてもらえることもありますし」
——ステージのパフォーマンスで心がけていることはありますか?
「ピアノって、ライブだと右側から見られるじゃないですか。だから右の腰のラインがきれいに見えるようなポジショニングを意識することはあります。そうすることによってオーディエンスの集中力も上がるんで、私はそういうのは悪いことじゃないと思っています。どういうステージでも、ビジュアルで引きつけられた方が、全体的な興奮度は高くなるじゃないですか。でも演奏に入り込んで来ちゃうと、せっかく巻いた髪も振り乱してグチャグチャになったり、NG角度とかも気にしなくなりますけど(笑)」
ピアノそのものに向き合いたかった
——里代子さんは、ストレートなジャズからポップス的なサウンドまで、いろいろなタイプの音楽をプレイしています。弾く曲のスタイルによって、モードを切り替えたりしますか?
「5年くらい前までは、ダンスミュージックをやってる自分と、ジャズをやってる自分というのを分けて考えていて、それをなんとか繋げることはできないだろうか? って思ってました。ジャズのスタンダード曲を自分で打ち込んで、DJと一緒にやったりしてたので、ダンスミュージックとジャズの架け橋になることが自分の役割ではないかと思っていたんです」
——両方の魅力を知っているからこそ、それができるんじゃないかと。
「でも、それを求めているジャズファンの人って、あまりいないんですよね。そこはクラブミュージックの人も同じで、お互いに歩み寄らなくてもいい部分があるっていうことに気付いてきて。それで今回はクラブミュージックは一旦置いておいて、アコースティックなジャズに打ち込もうって思ったんです」
——今回の『Resonance』はソロ・ピアノによるジャズ・アルバムですね。
「ソロ・ピアノのアルバムは3作目なんですけど、前の2作はライブ録音だったし、オリジナル曲も多かったりして、ちょっと混沌としていたんです。でも今回はスタジオ録音でスタンダードをやろうというコンセプトで。ピアノそのものに向き合いたいなっていう思いがありました」
——それで、ピアノに向き合ってみた感想は?
「今回、ファツィオリ(注1)というピアノで録音したんですけど、タイトルの『Resonance』は“響き”という意味で、その響きを大切にしました。弾きまくるよりは、佇んだときの在り方だったり、ピアノそのものの鳴らし方だったりをすごく考えましたね」
注1:Fazioli s.r.l. 社。元ピアニストだったパオロ・ファツィオリが1981年に創業したイタリアのピアノ・メーカー。世界で最も高額なピアノとしても知られている。近年ではショパン国際ピアノ・コンクールの公式ピアノとして認定されているほか、ハービー・ハンコックなども愛用している。
——ファツィオリって、鍵盤が重くて、速弾きする人にとっては難しいピアノだっていう話も聞きますね。あと、響きが大きいから、その調整も難しいと。
「誰かも言ってましたけど、いい意味で指をすごく持って行かれるというか、導かれるんですね。最初に1音弾いたときに“なんてステキなんだろう”って感動がありました。弾いた瞬間、私が今まで弾いたピアノの中でも3本の指に入るな…っていうくらい好きな感じでしたね。でもそれにあまり慣れないで、新鮮な恋人のような感覚で弾きたい。そんな気持ちにもなりました。馴れ合った夫婦もいいんですけど、ちょっとまだドキドキ感がある時にしかできないデートのようなピュアな気持ちで、鍵盤に指を乗せていきたいなって」
——スペシャル・サンクスに木住野佳子(注2)さんのお名前がありましたが。
「(木住野)佳子さんのピアノの響きってすごくきれいで、何かヒントがもらえないかなって思って、何回かお宅に遊びに行ったりしたんです」
注2:木住野佳子/きしのよしこ。ジャズ・ピアニスト。1995年に『フェアリー・テイル』でメジャー・デビュー。アメリカの名門ジャズ・レーベル「GRP」からデビューした初めての日本人として注目を集める。自身の作品制作のほか、八神純子、GReeeeN、近藤真彦、宮本笑里などとの共演でも知られる。
——何かヒントを得られたんですか?
「はい。前の2作はライブだったので、事前に(弾く内容を)決めておいても、演奏中にどんどん変わっていったんですね。でも今回は初めて、弾く内容を譜面に書いた曲もあるんです。佳子さんは『ここは(あらかじめ弾き方を)決めたほうが絶対に美しい。そういうポイントがあれば、譜面に書くようにしている』っておっしゃってて、それがヒントになりました。ジャズはアドリブだし、クラシックのように決めたことを弾くっていうことは考えていなかったけど、それもやってみようと。だから何曲かはソロも譜面に書いているものもあります」
——ライブでは、そこからさらに発展していくんですよね。
「CDの通りに弾くか、ブッ壊れるかのどっちかでしょうね。でも“CDと違うじゃん”って言われる系になっている気がします。裏切りまくりですね(笑)」
あふれ出るものを止めたくない
——もちろん現在もさまざまな活動をしているわけですよね。
「今年の夏はソロ・アルバムの制作以外にも、8月に『すみだストリートジャズフェスティバル』というイベントに出演しまして。私の姉は大村祐里子という写真家なんですけど、そこで姉が映像を撮って私がピアノを弾くというショーをやりました。そのショーのために打ち込みで曲を作って、その写真集とCDのセットも限定販売してたりして、もう頭の中がグチャグチャになってました(笑)」
——立ち止まるのは怖い?
「怖いというより、出てくるものを止めたくないというか。今まで自分の中から溢れてきたものが、打ち込みの形だったり、アコースティックのソロだったり、ジャズ・クラブでのピアノ・トリオの演奏だったりするんですけど、それは私の中では全部同じなんです。でも、見ている人はそれを分けたがるから、たぶん私みたいなピアニストはどこに置いていいかわからなくて、とりあえずビジュアルでパッケージ化してる人が多いんだと思います」
——確かに、これまでいなかったタイプのピアニストですもんね。
「なんでアコースティックなジャズだけに集中しないの? と言われることに対しては、いろいろ悩むこともありました。これまで、形態に拘らず“自分の好きな表現をしてきただけ”だったけれど、たしかにこのタイミングで今一度、自分のピアノ一本に向き合って勝負するのもいいなと。それには、このファツィオリのピアノで、スタンダードジャズを中心に美しく弾く挑戦。自分にとっても良い時期かもと思いました」
——同じ音楽をやっていても、ファッションなどによって、受け取られ方が変わることもありますよね。
「そうですね。今回のアルバムが、おもに“耳を楽しませる”ことに集中したとすれば、動画とかではやはり“耳と同時に目も楽しませる”ことが重要だと思っていて。これまでもYoutubeとかではわかりやすく耳を楽しませるためアニソンを、同時に目も楽しませるためにコスプレを(笑)というようなこともしましたしね。実際にそれでフォロワーさんが増えてくれたりもしました。何にせよ、ミュージシャンは自分の取り組むべき音楽キャリアを真剣に取り組むのと同時に、オーディエンスを楽しませて行く仕掛けも考えていくのが素敵なんじゃないかなと思っています」
●セーラームーン 「ムーンライト伝説」弾いてみた
●うる星やつら「ラムのラブソング」弾いてみた
——次にこれをやりたい、と考えていることはありますか?
「ピアノ・トリオのアルバムを出せたらなと思っています。疾走感のあるスウィングや心地良いちょっと民族リズムの入った変拍子系の曲とかも最近いろいろと挑戦して書いてみているので、その辺りを形にしてみたいかな」
——もっと自由な発想で、音楽を作っていきたいと。
「最近『GLOCAL BEATS』(注3)という本がメチャクチャ面白くて。アメリカのポップ・ミュージックに民族音楽が乗ったという意味で、“グローバル”と“ローカル”を合わせて“グローカル”って言ってるんです。そういうものが出てきて、いま私がやるんだったら、ジャズという場所を基本にしながらも、アフリカや中東のリズムといった世界の音楽を取り入れて、変拍子もありだし、それをいかに聴きやすくキャッチーにするかっていうことがポイントだと思ってて。それは私にしかできない音楽なんじゃないかって思っています。だからいま、世界のいろいろな音楽をYouTubeなんかで掘りまくってて、そういうものを使って何か音楽が作れないかとか、夜な夜な考えてます」
注3:『GLOCAL BEATS』(音楽出版社刊)大石始/吉本秀純監修。ワールド・ミュージックやクラブ・ミュージックといったジャンルの区分から逸脱してしまうような個性的な音楽を「グローバル+ローカル=グローカル・ビーツ」として紹介している書籍。
9月20日東京都生まれ。4歳からピアノを始める。慶應義塾大学在学中から都内のライブハウス、クラブなどで演奏を始める。2015年1月、初のソロ・アルバム『Salone』をリリース。2015年9月、東京JAZZの野外ステージLABOに出演し、水着でのステージングが話題となる。2016年2月、メジャー・デビュー・アルバム『THE DEBUT!』をリリース。その後も、レコーディング、ライブ、さらにはグラビアDVDをリリースするなど、多彩な活動を展開している。
島田奈央子/しまだ なおこ(インタビュアー/写真右)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。