人生で大切なものって何だろう。ウォールストリートで働く銀行員、デイヴィス・ミッチェル(ジェイク・ギレンホール)は、上司の娘、ジュリア(ヘザー・リンド)と結婚して出世街道を順調に突き進んでいた。30代にして郊外の洒落た一軒家に住み、高層ビルの上層階にあるオフィスで途方もない金額を動かす毎日。そんなある日、交通事故で妻が亡くなってしまう。でも、デイヴィスの目からは一滴の涙もこぼれなかった。愛していたはずなのにどうして……。アカデミー賞をはじめ、さまざまな映画賞を受賞した『ダラス・バイヤーズクラブ』で注目を集めたジャン=マルク・ヴァレ監督の新作は、知らない間に大切なものを失くしてしまった男の物語だ。
妻の死を悔やむデイヴィスに、義理の父親のフィル(クリス・クーパー)は「心の修理も車の修理も同じ。まず隅々まで点検して組み立て直せばいい」と声をかける。そのアドバイスがデイヴィスをとんでもない行為に走らせた。まるで自分の心を分解するように、会社のトイレのドアやパソコンなど、デイヴィスは身の回りのものを次々と破壊し始める。まわりの人間から見れば、悲しみのあまり頭がおかしくなったとしか思えない。フィルからも見放されて孤立するデイヴィスは、偶然知り合ったシングルマザーのカレン(ナオミ・ワッツ)と息子のクリス(ジューダ・ルイス)との交流を深めていく。この親子も社会から孤立して生きていた。
『Demolition(解体)』という原題どおり、デイヴィスは自分の身の回りのものをバラバラに解体することで、自分自身と向き合おうとする。そんなデイヴィスがカレンと知り合うきっかけが、2人の関係性を暗示しているようで面白い。チョコバーの自販機がうまく作動しないことに苛立ったデイヴィスが、自販機の会社にクレームの電話をかけ、その電話をとったのがカレンだった。壊れた自販機のように調子が悪いデイヴィスの心をカレン親子が少しずつ癒していき、やがてデイヴィスはジュリアと暮らした家を破壊することでいちから出直そうとする。そんな喪失感と向き合いながら悪戦苦闘する主人公を、ジェイク・ギレンホールが熱演。ヴァレ監督は回想シーンを巧みに織り込んだ緻密な編集と繊細な演出で、デイヴィスの心の揺れを描き出す。そこで重要な役割を果たしているのが音楽だ。
これまでの作品でも、ヴァレ監督は使う音楽にこだわってきたが、本作にはロック、クラシック、シャンソンなど、ジャンルを越えたさまざまな音楽がちりばめられている。なかでもデイヴィスが、70年代のロック・バンド、フリー「ミスター・ビッグ」をiPhoneで聴きながら街中で踊りまくるシーンは、彼が人間らしい感情を取り戻し始めたことを伝えて印象的だ。この曲をデイヴィスに教えるのはロック好きのクリスだが、デイヴィスはカレン親子と家族というよりは、はみ出し者たちのコミュニティのような関係を築き、3人それぞれが社会のなかで自分の居場所を見つけていく。どうなるのか先が読めない展開や、そこに流れるロマンティシズムはヴァレ監督の本領発揮というところ。そして、最後には軽やかな解放感が待っている。仕事に追われる日々。そういえば最近、思い切り笑ったり、泣いたりしたことがなかった……。そんな大人たちに、この映画は自分を見つめ直すことの大切さを教えてくれるだろう。
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