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暖かみのある音、モノとしての味わい。インテリアとして壁に飾ってもお洒落なデザイン。従来はマニアの嗜好品、またはDJツールだったアナログレコードが、いまや若い世代も注目する最新メディアへと浮上している。このトレンドは日本のみならず世界的な潮流だ。では、なぜ今アナログレコードなのか? その理由を探っていく。
手で触れられるという新しい価値
シーンの盛り上がりを追う前に、まずは音楽におけるパッケージメディアの変遷と、アナログレコード人気が再燃する経過を振り返ってみたい。
1970年代末に『ウォークマン』などの携帯型カセットプレーヤーが登場したことで、音楽を持ち運び、好きな時に好きな場所で楽しむスタイルが世の中に浸透した。それは音楽の聴き方に軽やかな自由をもたらした。1982年には、ここ日本で世界初のCDが誕生。折しも、シンセサイザーやコンピューターといった最先端のテクノロジーを駆使する、テクノミュージックがもてはやされていた頃。銀色に輝くルックスのCDは新時代のワクワク感を与え、その手軽さもあってアナログレコードを過去のものとしていった。
やがてCDすら古いものとなり、音楽をデータとして聴くことが当たり前になっていくなか、アナログレコードは過去の遺物となるはずだったのだが…復活した。配信データの「便利さ」の裏腹にある「そっけなさ」に物足りなさを感じる音楽ファンが、再びアナログレコードの手触りに目を向け始めたのだ。
2010年代初頭、あるイギリスのアーティストの新譜をアナログレコードで購入したところ、MP3データのダウンロードコードが封入されていた。それは「モノとしてはアナログレコードで、携帯用としてはデータで。お好きなように」というメッセージだと感じた。このあたりが、アナログレコード復活の転機だったように思える。
『レコード・ストア・デイ』というお祭りの功績
アナログレコード人気が高まった要因の一つとして、まず『レコード・ストア・デイ』は欠かせない。2008年、独立系のレコードショップとアーティストをつなぐことを目的としてアメリカで立ち上がったイベントだ。
限定盤や再発盤のアナログレコードをフォーカスするスタンスに、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、U2、といったビッグアーティストも賛同。また、本人が好きなチェスを添えたレコードをこのイベントのために用意したウータン・クランのGAZのように、パッケージに趣向を凝らすアーティストも現れる。ショップとアーティストと音楽ファンが一緒に楽しむ気運は、一躍アナログレコードの存在感を高めた。
そんな『レコード・ストア・デイ』は毎年4月の第3土曜日に開催されるアナログレコードのお祭りとして定着。今では世界23カ国のレコードショップが参加し、日本でもレアアイテムを求めるファンで活況を見せている。2019年に日本で行われた『レコード・ストア・デイ・ジャパン』では90点を超えるタイトルが限定リリースされ、高橋幸宏がアンバサダーとして旗振り役を買って出た。
こうした盛り上がりはムードだけでなく、数字としても実証されている。日本レコード協会調べによる「2018年 音楽ソフト総生産」を見ると、アナログレコードの新譜の生産数は111万6千枚で前年比105パーセント増。生産金額は20億7,700万円で前年比108パーセント増。2009年の10万2000枚と比べると10倍以上の生産数に達した。
また、2016年にイギリスのアナログレコードの売り上げが300万枚突破したことが話題となったが、世界的なマーケットで見ても活況は続いている。2018年の世界のアナログレコード市場は13年連続で成長。売り上げは前年比6パーセント増と日本以上の伸びを示した(IFPI/国際レコード産業連盟調べ)。アナログレコードは無視できない存在となっている。
レコードプレーヤーは魔法の箱?
アナログレコードに馴染みの薄かった若いリスナーや女性も興味津々だ。その背景にはポータブルなレコードプレーヤーの普及もある。オーディオ専門誌では「チャーミングでお洒落」「レコードとプレーヤーを触るのは怖くない」といった切り口のムック本を発行。メーカーもカラフルなものや、安価なものに注力。「はじめてのレコード」の間口を広げている。
2016年にラスヴェガスで行われた国際家電ショー『CES2016』では高級プレーヤーとともに、お菓子のようなカラフルさで積み上げられたクロスリー・ラジオ社のプレーヤーが注目を集めた。また、アナログレコードのこだわるホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトが、自らのレーベルから発売した子ども向けプレーヤーも話題となった。このプレーヤーは黄色いボックスを開くと、ターンテーブルが現れるデザイン。魔法のアイテムが詰まったおもちゃ箱、というルックスで子どもたちにアナログレコードの楽しさを引き継いだ。
iON AUDIOのスピーカー内蔵の簡易プレーヤーも人気の一品。アンプやスピーカーをつなぐ必要がないお手軽さと、シックなデザインが人気の要因だ。これらに共通するのは、セレクトショップに並んでいるお洒落なアイテム感。「アナログ入門編」としては、それも重要なポイントなのだろう。
新たなアナログ専門ショップやレーベルの登場
では、レコードショップやレコード会社の動きは? 日本では2014年にHMVが渋谷にアナログ専門店をオープン。2018年には中古盤市場をリードしてきたディスクユニオンは新宿に4店舗・4フロアの新店を、2019年にはタワーレコードが旗艦店である新宿店に初めて中古盤も扱うアナログレコードのフロアをオープンした。
中古レコードショップに目を向けると、海外からのコレクターがこれまでに増して頻繁に足を運んでいる。新たな傾向として特に人気なのは日本のシティポップ。竹内まりやの「Plastic Love」が海外で再評価された事例を見てもわかる通り、時も国境も越えるSNS時代らしく日本の音楽に流れるポップネスがモノとしても求められているのだ。これはアナログレコードをきっかけに、日本の音楽が世界に広がっていくチャンスと言っていい。
またレコード会社では自社に眠る過去のタイトルの掘り起こしがアナログレコードを使って模索されている。ソニー・ミュージックダイレクトは、アナログ専門レーベル『GREAT TRACKS』を発足させた。CDでしかリリースされていたなかったタイトルを、音質・音圧にこだわりながら初アナログ化していることは興味深いアプローチだ。
同レーベルのディレクター・蒔田聡氏は「1980年代にアナログのエンジニアリングを学び、1990年代からはCDの功罪を体感し、その全ての経験値をいま再びアナログ盤に刻もうとしています。アナログ盤を聴くにはそれなりの準備が必要です。だから音楽を聴くという気持ちや姿勢になって音楽と向き合います。若い人たちにもそれを理解して欲しいし、そんな時代がまた戻ってくればいいなと思います」と、アナログレコードへの思いを自社関連サイトで語っている。
注文殺到で大混雑のレコードプレス工場
レコードに関するトピックが続くなかで、「本当に実体がともなっているのか?」。そう考える音楽ファンも多い。というのも、主に海外ではメジャー系のレコード会社がアナログレコードのプレス工場を独占してしまい、何かしらのアティチュードを持ってアナログをリリースしたいアーティスト、独立系レーベルが「作るべきレコードを作れない」状況が起こっている。
また、アナログレコードを触ったこともないアイドルの「なんとなくお洒落」なグッズとして、アナログレコードが甘んじているケースもある。中古レコードショップに目を向けても、ブームに乗った値付けの高騰も目立ち始めた。
それらネガティブな要素もあるが、アナログレコードの復権で音楽の楽しみ方は広がっているのは事実。その過程で懸案が生まれること、それは仕方のないことだろう。
豊かなライフスタイルとしてのレコード
急速に進むデジタル化のなか、気軽ゆえに希薄にもなった「音楽再生」というアートフォーム。その一方で、アナログレコードは「私らしい音楽の聴き方」という新しいライフスタイルに躍り出たといえる。音楽はマニアだけのものではない。もしあなたが、おっかなびっくりでアナログレコードを遠巻きにしているならば、手に取ってみてはいかがだろうか。その握った指先から音楽の芳醇さが伝わってくるはずだ。