世界的なチェロ奏者であるヨーヨー・マ。その名前は聞いたことがあるけれど、音楽は聴いたことがない。あるいはクラシックは興味がなくて……なんて人にこそ、観て欲しいのが『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』だ。ヨーヨー・マの旅行映画だと勘違いしてしまいそうなタイトルだが、もっと壮大な音楽の旅へと誘ってくれるドキュメンタリーだ。
ことの起こりは2000年。ヨーヨー・マは、中国からトルコに至るシルクロード周辺のさまざまな国から、その国の伝統音楽に詳しい学者やミュージシャンに声をかけてマサチューセッツ州タングルウッドに招いた。そして、そこで10日間に渡ってセッションを行い、曲を作ってタングルウッドの音楽祭で披露した。それでプロジェクトは終わりのはずだったが、演奏に手応えを感じたヨーヨー・マは、このユニークなグループを続けていくことを決意する。それが〈シルクロード・アンサンブル〉だった。『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』は、ヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブルの活動を紹介していく。
なぜ、ヨーヨー・マはシルクロード・アンサンブルをスタートさせたのか。そこには「新しいものは文化が交差する場所で生まれる」という彼の信念があった。ヨーヨー・マの父親は、音楽を学ぶために26歳で中国からフランスに渡ってパリで結婚。ヨーヨー・マは〈文化の交差点〉で生まれたのだ。4歳でチェロを学び、9歳でジュリアード音楽院に進むなど、早くから音楽の才能を発揮するが、ある音楽家から「自分の声がない」と言われてしまう。そのことをきっかけに、〈自分の声〉、すなわちミュージシャンとしてのアイデンティティを探すヨーヨー・マの旅が始まった。シルクロード・アンサンブルは、その旅のなかから生まれたものだったのだ。
また映画では、シルクロード・アンサンブルのメンバーのうち4人のミュージシャンを紹介。それぞれが文化の交差点で自分の自分たちのルーツと向き合っている。中国琵琶(ピパ)奏者のウー・マンは文化大革命後にクラシックの面白さに目覚めて渡米。アメリカで暮らすうちに、中国の伝統音楽が衰退していることに気づく。イランを代表するケマンチェ奏者のケイハン・カルホールは、国内での演奏を禁止されて国を脱出。故郷に残してきた妻のことを思わない日はない。シリアのクラリネット奏者、キナン・アズメは国内の政治情勢が悪化したため渡米。母国の難民達の苦難に心を痛める。そして、スペイン・ガリア地方出身のバグパイプ奏者、クリスティーナ・パトは「伝統音楽への冒涜だ」と批判されながら、さまざまなジャンルのミュージシャンと積極的にコラボレートしてきた。映画ではヨーヨー・マを縦糸にして、そこにメンバーそれぞれが抱える葛藤や音楽にかける想いを織り込んでいくことで〈文化とは何か〉という大きなテーマを浮かび上がらせていく。
監督は『バックコーラスの歌姫たち』でアカデミー賞を受賞したモーガン・ネヴィル。これまで数多くの音楽ドキュメンタリーを手掛けてきているだけに、映像を通じて音楽を聴かせるすべを心得ていて、音楽と映像が一体になった巧みな編集は鮮やかだ。NY、中国、シリア、スペインなど世界各地のロケーションを盛り込みながら、シルクロード・アンサンブルという多国籍グループに迫った本作は、世界規模で保守化が進むなかでアートが果たす役割を考えさせてくれる。映画の原題は『The Music of Strangers(よそ者の音楽)』。〈自分の声〉を持ちながら、〈よそ者の声〉にも耳を傾けて美しいハーモニーを生み出す。それこそがアートの醍醐味であり、可能性なのかもしれない。
■オフィシャルサイト
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