いまから60年ほど前の話。1955年の9月、当時、人気絶頂にあった俳優のジェームズ・ディーンが24歳の若さで亡くなった。愛車のポルシェ(550/1500RS)を運転中に事故を起こし、そのまま帰らぬ人となった。彼が乗っていた車の仕様や、演じた役柄のイメージなどで「無謀な運転が原因」とばかり思い込んでいたが、じつは違ったようだ。
そんなジェームズ・ディーンの死から約9か月後、ジャズ・トランペッターのクリフォード・ブラウンが、同じく交通事故で亡くなっている。25歳のブラウンもまた、将来を嘱望されていた逸材。そんな類似点が重なったためか、ブラウンの死も “無謀な運転が原因” と勝手に思い込んでいた。ところが、本人はハンドルすら握っていなかったことを、恥ずかしながらこの本『ジャズメン死亡診断書』で知った。そして彼が、麻薬やスキャンダルとも無縁の、真面目で温厚な好青年であったことも。
本書はそんな「ジャズミュージシャンの死」を扱った本である。しかし断じて、その死因や “死にざま” だけを詮索したものではない。死因とは直接関係のない持病や、過去の怪我についても詳細に触れ、ときにその家族や交友関係にも言及し、そうした状況下で生み出された音楽についても丹念に考察する。つまり「死」から「生きざま」を照らし出す試みがなされている。
しかしながら、作中に登場する「20日間行方不明ののち水死体で発見」とか 「ステージ上でロシアン・ルーレット」といった文言を目にすると、やはりゴシップ誌をめくる手つきで読み進めてしまう。そんな卑俗な自分に気づかされながら、死に向かうミュージシャンたちが遺した「音楽の意味」についても考えさせられるのが、本書の醍醐味だ。
著者の小川隆夫は、音楽ジャーナリストとしてつとに有名だが、現役の医師でもある。ここで紹介される23人のジャズミュージシャンたちは、 “若くして亡くなった順” にそのエピソードが語られる。最初に登場するのは、25歳と3か月で亡くなったベーシストのスコット・ラファロ。次に登場するのが、先述のクリフォード・ブラウンだ。読み進めていくと、著者が「実際に傷跡を見た」とか「本人に病状を聞いた」というエピソードが登場しはじめる。なるほど。長生きしたジャズマンほど、インタビューなどで実際に会う確率も高くなるわけだ。したがって、終章に近づくにつれ、著者とジャズマンの交流(ときに診察)が濃密になってゆく。そして、ついにはあのマイルス・デイヴィスから驚きの言葉が。
ユニークなポイントはそれだけではない。本書での著者は、ミュージシャンの音楽と身体を「ジャズ研究者としての視座」と「医師という立場」の双方から見(診)ている。したがって、作中では、ジャズ用語と医学用語が交錯する。しかも、そうした「音楽に対する所感」と「死因に対する所見」が、まったく同じ調子で語られるのだ。まさに、二足のわらじに均等に体重が乗った状態。こんな奇妙で心地よい歩みを体感できる “ジャズ本” は他にない。
かように随所で、薬品に関する知見や、病態、症状に対する見立てが披露され、加えて著者自身の、医師としての体験談や研修医時代のエピソードまでも盛り込まれる。さらには「ジャーナリストと医師」の狭間で苦悩する姿までもが垣間見え、ついつい “物語” に入り込んでしまう。そう、本書はジャズミュージシャンを媒介にした「ひとりの医師の物語」としても、非常に面白く読むことができるのだ。
有名ジャズマンたちにインタビューして記事を書き、ついでに診察もしながら、プレイのアドバイスまでやってしまう。そんな日本人医師の話。ドラマや映画の原作をお探しの(業界関係の)皆さん、これで1本いけると思うんですが、どうでしょう?
文/楠元伸哉
ジャズメン死亡診断書
著者:小川 隆夫
出版社:シンコーミュージック・エンタテイメント
発売日:2017.02.13