パーソナル・ショッパーとは、忙しいセレブに代わって高級ブランド店で服やアクセサリーを買い付ける仕事。ファッションセンスが必要なのはもちろん、セレブの自宅の鍵を預かるので信頼関係も必要とされる。本作『パーソナル・ショッパー』のヒロイン、モウリーンは、キーラというセレブに雇われて働くパーソナル・ショッパー。わがままなキーラに振り回されながら働く彼女の身に、次々と不可解な事件が起こり、ついに殺人事件に巻き込まれる……というあらすじを聞いて、本作をファッション業界を舞台にしたサスペンスと思った観客は、映画が始まったとたん途方にくれるだろう。映画の冒頭でモウリーンが訪れるのは、彼女の双子の兄ルイスが3か月前に死んだ屋敷で、彼女はそこで兄の幽霊を探しているのだから。
モウリーンにはパーソナル・ショッパーとは別に、もうひとつの顔があった。それは霊媒師。兄のルイスも霊媒師で、二人はどちらかが先に死んだら、あの世からサインを送る約束をしていた。そのサインを待ち続けるモウリーンの携帯に、差出人不明のメッセージが届き始める。その謎の人物はモウリーンのことを詳しく知っていて、しかも近くで彼女を監視しているらしい。謎の人物は言葉巧みに彼女の気を引き、買ったばかりのキーラのドレスを着るようにモウリーンをそそのかす。それはパーソナル・ショッパーには禁じられていることだった。モウリーンはその禁じられた行為にハマっていくが、そんななかキーラが何者かによって殺されてしまう。
謎のメッセンジャーの正体は殺人犯なのか。それとも、ルイスが霊界からサインを送っているのか。本作がユニークなのは、ヒロインがまったく違ったふたつの世界に生きていることだ。セレブやファッションに関わるスノッブな世界と、心霊というスピリチュアルな世界。それは女性が興味を持つ正反対の2つの局面を描いているようでもあり、その境界で揺れ動くモウリーンは、携帯に届く誘惑の声に誘われて胸の奥に秘めていた変身願望に火がついてしまう。監督のオリヴィエ・アサイヤスは、現代社会のなかで心身のバランスを失いそうになりながら生きる女性が、その葛藤から開放されるまでを、ヒッチコック映画を思わせる官能的な心理サスペンスとして描き出した。
意表をついた設定や観客に解釈を委ねる演出で賛否両論を呼びながらも、本作がカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したのは、アサイヤスの斬新な切り口と技巧を凝らした演出が評価されたからだろう。そして、モウリーンを演じたクリステン・スチュワートがじつに魅力的で、繊細な演技と危うげな美しさで観る者を魅了する。美しい女優。秘められた欲望。いくつもの謎。全編にちりばめられたミステリアスな仕掛けを、じっくりと味わいたい。
■オフィシャルサイト
http://personalshopper-movie.com/
作品情報
作品名:パーソナル・ショッパー
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:クリステン・スチュワート、ラース・アイディンガ―、シグリッド・ブアジズ
劇場公開日:2017年5月12日(金)より、TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
2016年/フランス映画/英語・フランス語/1時間45分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR