デビュー以来、インディー精神を貫いて、撮りたい映画を撮り続けてきたジム・ジャームッシュ。4年ぶりの新作『パターソン』は、ジャームッシュの集大成といえるかもしれない。
主人公はニュージャージー州パターソン市でバスの運転手をしているパターソン(アダム・ドライバー)。彼の生活のパターンは決まっている。朝起きるとベッドの横で眠っている妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして、朝食をとって出社。一日中バスを走らせて、仕事が終わると真っ直ぐ帰宅して愛犬と散歩に。そして、バーで一杯だけビールを飲んで家に帰る。そんな毎日を送るパターソンのささやかな楽しみは詩を書くこと。パターソンは日々のささやかな出来事を題材にして、小さな手帳に詩を綴る。
ジャームッシュはパターソンの平凡な毎日を、朝から晩まで繰り返し描いていく。必ず最初はベッドで眠るパターソンとローラを俯瞰したショット。目覚めるパターソンは、目覚まし時計を見て、部屋を見回す……といった具合に、一日の始まりの描写は決まっている。ただ、日によって起きる時間が少し遅れたり、起きた時にローラがいなかったりと微妙に違う。また、パターソンが会社に向かうシーンも日によって構図が違ったりと、細かく差異の見せ方は計算されている。そのうえで、日々の出来事はそれなりにいろいろある。バスが故障したり、行きつけの酒場で失恋した男がもめ事を起こしたり。一瞬、そこから何か事件に発展するかと思いきや、あっさりと日常へと回帰する。そんな淡々としたドラマなのに飽きさせないのは、ジャームッシュの語り口のおかげだろう。「オフビートな面白さ」と評されることが多いジャームッシュ独特のリズムは熟練の域に達して、まるで落語の名人のような味わいを感じさせるし、ジャームッシュが結成した音楽ユニット、SQÜRLのアンビエントな音楽が、映画に不思議な心地良さを生み出している。
そして、ミニマルなドラマに奥行きを生み出しているのが、パターソンの内面と現実の間を揺れ動く幻想的な描写だ。例えばバスの乗客の会話や、偶然出会った少女が読んだ詩。そういったもののなかからパターソンが刺激を受けたイメージが、波紋のように映画のなかにちりばめられていく。そうした細やかな映像表現を通じて、平凡な日常の風景を詩的な世界へと昇華させていくパターソンの鋭い感受性を、ジャームッシュはスクリーンに繊細に描き出している。どこかいつも夢見ているようなアダム。知的で快活なゴルシフテとのコニビネーションは、映画に微笑ましいユーモアを生み出しているし、最後に登場する日本の詩人を演じる永瀬正敏とアダムのやりとりも印象的だ。主人公の名前「パターソン」は、アメリカの現代詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの代表的な作品からつけられたものだが、本作はジャームッシュが映画で綴った美しい詩であり、過剰なドラマで埋め尽くされたハリウッドに対する批評性も秘められている。
「判で押したような毎日」なんて言い回しがあるけれど、くっきりしたもの、かすれたもの、同じ判でも押し方によって印象は微妙に違う。その違いを見つけて楽しむことが、人生を味わう極意なのかもしれない。自分の足元に咲く小さな花の美しさを愛でることの大切さを、この映画が教えてくれるはずだ。
■オフィシャルサイト
http://paterson-movie.com/
作品情報
作品名:『パターソン』
劇場公開日:8月26日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ渋谷/新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏、他
2016年/アメリカ/英語/118分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/原題: PATERSON/日本語字幕:石田泰子
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提供:バップ、ロンク?ライト? 配給:ロンク?ライト?
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.