ARBAN

『永遠のジャンゴ』

近年、ジャズに限らずポピュラーミュージック全般において、実在の音楽家を主人公とする伝記フィクション映画が目に見えて増えている。背景としては、60年代や70年代という一次資料が豊富にある時代に活躍していた音楽家の歴史的評価が確立したこと。そして、映画の作り手や受け手もその時代の音楽家に対して実体験や思い入れだけでなく、対象化できる世代へと移行してきたことがあげられる。そういう観点からすると、今もその人生にミステリアスな部分が多いジャンゴ・ラインハルトが主人公で、時代設定も1943年にほぼ限定されている本作『永遠のジャンゴ』は、かなりチャレンジングな企画といえるだろう。

「ジャンゴの全人生を大雑把に見ていく伝記映画を作りたいとは思わなかった」と語る1965年生まれのフランス人監督エチエンヌ・コマールは、当時ナチス・ドイツ占領下にあったフランスで、ジャンゴがどのような音楽活動と日常生活を強いられることになったかを描いていく。というと、政治的なイシューをメインに据えた作品だと思われるかもしれないが、テーマとしてはむしろその逆だ。

スクリーンに初めて登場する時、ジャンゴはライブの開演時間が過ぎても劇場裏のセーヌ川で呑気に釣りをしている(中盤以降にも、重要なシーンとして釣りをしている様子が描かれる)。その時期には、自他ともに認める天才ギタリストとしてヨーロッパ中に名を馳せていたジャンゴは、自分の芸術=音楽のこと以外、徹底的に無関心なのだ。

しかし、芸術家が激動する世界に対してどんなに無関心を決め込んでいても、やがてその世界は芸術家の実人生に襲いかかっていく。本作は、そんな「芸術」と「世界」との普遍的な対立についての物語だ。その際、重要な鍵となるのは、ジャンゴのルーツでもあるジプシーの生き方。領土という概念のないジプシーにとって、戦争は常に「別の世界」の出来事でしかなかった。音楽とは、芸術とは、本来そのような「ジプシー的」なものだったのではないか? そんなメッセージを孕みながらも、本作は芸術が世界に足を絡め取られていく現実を容赦なく描いていく。

ジャンゴの音楽の根底に流れるある種の哀しみ、そして自由さ。それを限定された時期と場所を描いた物語の中から立ち上らせていこうとする本作の試みは、見事に成功していると思う。クライマックスとなるコンサートで演奏されるのは、楽譜が紛失したままのジャンゴの幻の曲「レクイエム」。そのシーンが、歴史や資料に忠実なだけではなく、その先にある「本質」に迫ろうとした本作の果敢さを象徴している。

 

■オフィシャルサイト
http://www.eien-django.com/

作品情報
作品名:『永遠のジャンゴ』
劇場公開日:11月25日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:エチエンヌ・コマール(『チャップリンからの贈り物』『大統領の料理人』脚本)
音楽:ローゼンバーグ・トリオ
出演:レダ・カテブ(『預言者』『ゼロ・ダーク・サーティ』)、セシル・ドゥ・フランス(『ヒア アフター』『少年と自転車』)
2017年/フランス/シネマスコープ/117分/原題:Django/字幕翻訳:星加久実/協力:ユニフランス/配給:ブロードメディア・スタジオ
© 2017 ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION – FRANCE 2 CINEMA – AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了