いま、日本の若手ジャズ奏者たちが、注目すべきムーブメントを起こしつつある。彼らは “伝統と革新” のはざまを自由に往来しながら、ポップで先鋭的な作品を連発。多ジャンルの評家から喝采を浴びている。
ピアニストの渡辺翔太も例外ではない。彼は “古典” に立脚した演奏の名手でありながら、ものんくるやステレオチャンプといった “ジャンル不問の” 音楽ユニットにも参画。その手腕を遺憾なく発揮している人だ。
そんな渡辺がオリジナル・アルバム『フォーキー・トーキー』を発表する。本作もまた、話題の新鋭プレイヤーたちが結集し、至上のセッションを繰り広げられている。
「景色」が見える音楽を
──そもそも、渡辺さんがミュージシャンになったのは、どんな経緯で?
父親がプロのギタリスト(渡辺のりお)で、幼い頃からジャズに親しんでいました。中学1年のときに観たライブ・パフォーマンスに感動して「インストのオリジナル曲をピアノで弾きたい」と思うようになったんです。
──そうして本格的に活動を開始したのが2004年。プロになることで、どんな意識の変化があった?
それまで音楽をインプットする側だったのが、プロになったことでアウトプットする側になった。そこで「どういうものを提供すべきか」をまず考えました。やがて、超絶的な演奏力を披露するというよりは、聴いた瞬間に風景や景色が見えるような音楽を作りたいと思うようになった。その気持ちは、今も変わっていません。
──ピアニストとして多彩な活動をしていますが、ステレオチャンプ(注1)を率いる井上銘さんとの出会いは大きなギフトだったのでは?
たしかに(井上)銘くんは、大きな影響を与えてくれた存在ですね。出会う前から、彼の演奏には刺激を受けていました。初めてセッションしたのは2011年。2014年にも名古屋のライヴハウスで共演したんですけど、その後に彼の主宰するステレオチャンプに誘われたんです。
注1:井上銘(ギター)、類家心平(トランペット)、渡辺翔太(ピアノ/キーボード)、山本連(ベース)、福森康(ドラムス)によるプロジェクト。全員が「ジャズ」を基軸に活動する演奏家だが、同ユニットでは古典的ジャズのフォームに固執せず、柔軟で自由な表現を標榜している。
──渡辺さんと同世代(30歳前後)のプレイヤーたちが、いま、さまざまな名義で快演を繰り広げています。
そうですね。同世代には(井上)銘くんをはじめ、柔軟な感覚を持っている人が多い印象です。ステレオチャンプのメンバーをみても、ジャズだけに焦点を合わせているのではなく、いろいろな音楽に対しての知識がある。インターネットのインフラが整い、音楽配信なども定着したことで、ジャズからポップスまでジャンルに関係なくいろいろな音に触れられる。それが、この世代ならではの雰囲気を出しているのかもしれません。
──そんな世代のなかでも、各プレイヤーは個性を発揮しなければならない。渡辺さん自身は、自分の持ち味はどんなところだと思いますか?
僕の音楽的なルーツになっているのは、ブルースのように同じフレーズを弾き続けるようなシンプルなスタイルなんです。そのシンプルな音をどうサウンドさせるか、ということを大切にしたい。
──表現を突き詰めると、シンプルな方へ戻っていく…
そうですね。以前ニューヨークへ行ったとき、演奏者とリスナーとの間に良い意味で “ギャップ” を感じたことがあって。そのステージでは、リスナーが求める以上に、演奏者自身が気持ちいいと思えるような表現をしていた。こういうことを日本でもできる気がしていて。リスナーにはポップに響くポイントがありながら、音楽的には高次元なものを作りたいですね。
アルバム全体のストーリー
──新作『フォーキー・トーキー』が完成しました。2018年の『アウェアネス』以来、2作目となるオリジナル・アルバムです。
前作『アウェアネス』は、1曲完結型で制作していましたが、今回は、それぞれの楽曲はもちろん、アルバム全体としてもストーリーを想定しています。全体を聴き通したときに、曲同士の関連性を感じてもらえるような音作りをしたつもりです。
リリースに先駆けて発表されたリード・トラック「プリズナー・オブ」のMV
──タイトルにはどんな意味が?
“フォーク”には“民族的”という意味があるんですけど、ここでは日本独自の音楽表現の良さを“トーキー”(映像と音声が同期した映画)のように伝えられたらと。つまり、これまでの音楽にリスペクトを捧げたものを作ろうと思ったんです。
──前作同様、若井俊也さん、石若駿さん、吉田沙良さんとのセッションで完成した作品ですね。
若井くん、石若くんとは2016年からセッションをしている仲。吉田さんは、僕が作るメロディにマッチした歌声の持ち主。前回、彼らとのレコーディングが良かったので、今回もお願いしました。
メンバーそれぞれの表現力が素晴らしいので、僕は曲ができるまでの背景や最低限の説明だけをして、あとはそれぞれの考えに託したんです。結果、僕の思い描いていたものをさらに良くしてくれたように思います。
──その、渡辺さんが「思い描いていたもの」とは、具体的にどんなもの?
作り込んだ音と、ライブ感のある音。その両方を表現したいと思いました。なので、ほぼ一発録り。もうちょっとでミスしてしまうギリギリの状態まで自分を追い込んだ楽曲もあれば、最初から完成型を想定して作ったものもあります。
アルバムを2枚作ってみて、自分のやりたい音楽の方向性が固まりつつあるので、今度はライブを通してそれを伝えることができたら嬉しい。また、今後はポップス的な感覚をもっと取り入れて、より幅広いリスナーにアプローチできる作品も残していきたいです。
サブスク世代の音楽観
──今回の新作は「アルバム全体のストーリーを想定した」とおっしゃいました。ところが、いまや配信やサブスクリプションが定着し、自分で好きな音楽をカスタマイズできる。そんな時代に、CDで曲順通りに聴いてもらうように構成するというのはチャレンジな気もします。
CDやLPなどのフィジカルで発売することのメリットって、ひとつは“曲間”にあると思うんです。この楽曲が終わった数秒後に、これが流れると「アツい」と感じる瞬間があって。それが配信だと削られてしまう気がして。そんな曲間の余韻を、CDを通して感じてほしいという思いがあります。
CDやLPは音を聴くためのデバイスという役割よりも、ライブなどで生音を体感していただいた後の “お土産”のような感覚で購入される方が多いのかな。
──サブスクリプションなどのデジタル配信をどう捉えていますか?
存在を知ってもらうための “きっかけ”と考えています。何か印象に残るような音やビジュアルを発信して、ライブに足を運んでいただき、最後にCDなどを購入していただく──そういう感覚です。
余談ですが、先日、ピアニストのケイ赤城さんがカリフォルニアの大学の講義に僕のCDを持って行ったところ、それが学生の間で評判になり、授業の題材として扱うことになった、というお話をされたんです。1枚のCDからそういう素晴らしい話が生まれることもあります。CDも配信も共に大切にしたい表現媒体ですね。
──とはいえ、国境を越えてアピールするには、デジタル配信の方が圧倒的に有利ですよね。
そうですね。サブスクリプションや配信は、ミュージシャンにとって今後ますます大切にな媒体になってくるとは思います。以前は日本で発表しても、それを海外で聴いてもらえる機会ってなかなかなかったけど、配信があるおかげで世界に簡単にアプローチできるようになった。ただ、その中で誰かに似たような音だと、周囲に埋もれてしまうから、自分にしかできない音楽を追求していきたいんです。
──その「自分らしさ」は、日本人というアイデンティティの中に存在していると思いますか?
現在ではイスラエルやニューヨークなど、さまざまな土地で独自に進化したジャズのスタイルがありますが、日本にもそれはあると思います。あるときイベントで共演した海外のミュージシャンから「東京(日本)には独自のサウンドがあって、それがいいね」と言われて、ハッとしたことがありました。
──外国人の言う「日本らしいサウンド」って、どんなもの?
ひとつはメロディ・ラインだと思います。たとえば、サビに入ったときに半音で下がるような展開を心地よいと思える感覚って、僕が知る限り海外にはあまりないんですよ。そういうところをもっと洗練させたら、世界に日本ジャズのムーブメントを起こせそうな気がしているんです。
『フォーキー・トーキー』
渡辺翔太
リボーンウッド(RBW-0012)
■1.Aaron 2.Prisoner of 3.回想 4.Circle 5.Voice 6.Time-lapse 7.Forbidden Fruit 8.Milhaud 9.Nathaniel 10.君を抱きよせて眠る時 ■渡辺翔太(p,kb)、若井俊也(b)、石若駿(ds)、吉田沙良(vo/3,4,6,8,10)
渡辺翔太ニュー・アルバム・リリース・ツアー
【日時】2020年1月21日(火)
【会場】東京・渋谷“7th Floor”
「Reborn Wood Sessions vol.10」
【日時】1月22日(水)
【会場】名古屋ブルーノート
スペシャル・ゲスト:井上銘(g)
【日時】1月23日(火)
【会場】大阪“ミスターケリーズ”
【日時】1月31日(金)
【会場】神戸“Flat Five”
【日時】2月1日(土)
【会場】沖縄・那覇“SOUND M’S”