投稿日 : 2019.12.19
【Airi×塩田哲嗣】 ジャミロクワイからビートルズまで ──ジャズの定石を封印した「挑戦」
文/松永尚久 撮影/平野 明
ミュージシャンが伝えたい「本来の音」をめざして
──「Steelpan Records」始動の経緯を教えていただけますか。
塩田 近年、音楽を取り囲むビジネス・モデルが大きく変化していますが、その変化の中でもミュージシャンは自分達が納得できる作品をリリースし続け、さらに利益もあげながら音楽活動を続けなければならない。でもそれを誰かの出資などに頼るのではなく、自分たちのアイディアだけで実現できないかと考え自主レーベルを立ち上げました。
──塩田さんは、楽曲制作だけでなく、予算設定やプロモーション、楽曲管理など、すべての作業に関わっています。かなりの労力を割かれているのではないでしょうか?
塩田 すごくたいへんです! やればやるほど誰かに手伝ってもらいたくなります(笑) でもミュージシャンって、楽器をうまく弾けることだけではダメなのではないかと思って。もちろんうまく演奏できるということは前提にあって、その先に楽曲をオーディエンスに伝えるための環境を整え、それをどうやって世間に知ってもらうのかを考えることも「音楽家」の役目だと思うんです。だから僕らがまずやることで、良いアイディアがあれば他のミュージシャンにもどんどん真似してほしいし、ミュージシャンが自発的に活動することが当たり前の状況になれば嬉しいかなと。
──配信よりも先に、まずはCDやUSBなどで発売されています。
塩田 音楽ストリーミングなどでは、AIで自動的にリミッターがかけられるなど、ミュージシャンが伝えたい「本来の音」のクオリティでリスナーまで届かないことが多くあります。音楽を届ける際に僕らの意図しないバイアスがかかってしまうのでは、こだわって作っている意味がないと思い、録音時のスペックと同じクオリティの音声データを記録したUSBをリリースしたんです。
──Airiさんは、CDやレコードで音楽を聴くことはありますか?
Airi CDはもちろん、アナログ盤やMDなどひと通りのデバイスを経験してきました。配信も便利ですけれど、どちらかと言えば音楽を手元に置いておきたい気持ちは強いですね。
塩田 彼女はシンガーとしてだけでなくDJとしても活動していますからね。アナログ盤を扱うことにも慣れているんです。
Airi
仙台市生まれ、上智大学文学部仏文学科卒業。幼少期から音楽を学び、18歳の時に聴いたビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエといったシンガーに心酔しジャズに開眼。留学生活を経てジャズ・ボーカルを学び始める。現在は都内を中心に精力的にライブ活動を展開。コアなファンにも、これから聴きたい人にも届けられるよう、自身の考えるジャズの世界観を歌に乗せて伝えている。
https://www.airiofficial.com/
塩田哲嗣
1969年生まれ。1992年頃からベーシストとして数多くのセッションや録音に参加。2001年に渡米し、ニューヨークを拠点とした活動を開始する。2002年には”東京スカパラダイスオーケストラ”のNARGOと共に”SFKUaNK!!”を結成。2010年ボストンのバークリー音楽大学に入学。2019年、自身のレーベル”Steelpan records”を立ち上げ、ミュージシャン、プロデューサー、録音エンジニアとして幅広く活躍している。
https://ameblo.jp/norishio88/
手軽に聴けるようになったからこそ、中途半端なものは残さない
──Airiさんは、どのようなきっかけでジャズの世界へ?
Airi 10代の頃からいろいろな音楽を聴いて、声楽のレッスンも受けていました。ある日先生の旦那さんが私の声を聴き、「今日からこれを勉強しなさい」と言ってジャズのCDをたくさんくださったんです。最初は「何だろう」と思っていましたが、聴くうちに好きになっていきました。その後ジャズ・ヴォーカルとして活動を始め、その頃聴いていたジャズ作品の影響もあって最終的に塩田さんと出会ったんです。
──その出会いが、デビュー作『Airi Is Her Name』に結実しました。
塩田 レーベルを立ち上げようと考えていたタイミングで、知人ミュージシャンの紹介で彼女と出会いました。だから契約アーティストというより、レーベル創設者のひとりという意識が強いですね。ちょうど彼女は自身でクラウド・ファンディングによるアルバム制作をしようとしていたりと、今時のアイディアに溢れていたのでタイミングが良かったです。
──アルバムは全5曲を収録。ジャミロクワイやビートルズなど、ジャズとしてはかなりユニークな選曲をされています。
Airi 普段ライブなどではスタンダードな楽曲を披露することが多いので、私のことをご存知の方には「意外」と思われる選曲かもしれないですね。
塩田 彼女がスタンダードを歌えることは既に知っていたので、最初はあえてそこを封印したんです。ジャミロクワイの「スペース・カウボーイ」も、好きな曲だというので一緒に演奏してみたら素晴らしかった。そのことをきっかけに、最初のミニ・アルバムは、ど真ん中のスタンダード・ジャズではなく、彼女の声や魅力が伝わる楽曲を選びました。
Airi 最近ライブで披露して反響の高いビートルズの楽曲(「イン・マイ・ライフ」)も収録している一方、オリヴァー・ネルソン(「ストールン・モーメンツ」)も入っているあたり、私の「わがまま」が表われています(笑) 一見すると脈絡のない構成にみえるかもしれませんが、一度聴いていただければ私の音楽的嗜好の幅広さも楽しんでもらえると思います。
塩田 収録曲は全部彼女が大好きな曲から選んだので、他人に「歌わされている感」がないんですよ。「歌わされている感」って、聴き手にはすぐ見抜かれてしまいますからね。「良いものを作りたい」というミュージシャン本人の思いを、作品としてパッケージしたいですから。
──普段のライブ・パフォーマンスとレコーディングの違いはありましたか?
Airi レコーディングでは、例えばその楽曲にあう声にするためにマイク選びに1時間かけたり、何十回も歌い直したり。
塩田 デジタル音程補正はいっさい使わないことに決めていましたからね。彼女自身が一番輝くようにその楽曲をプロデュースすることを、僕は「オートクチュール」と呼んでいます。でもそれは、まず先に彼女自身の中に輝くであろう魅力があるからできること。そこに僕のエゴは、1ミリも入る隙はないんです。
──Airiさんの活動としては、次にどのようなことをお考えですか?
塩田 実は既にフル・アルバムとして発表できるだけの楽曲や録音のストックがあるんです。でも、先に5曲だけリリースして反響を確かめたり、歌唱やアレンジ、ミックスなど納得できない部分が生まれたらそこはていねいに修正しつつ、よりミュージシャン自身が納得のいくクオリティでフル・アルバムを発表できたら良いなと考えています。今までのプロデュース経験からすると、初めからブレイクすることを狙って作品を作るとあまり良いものにならないんです。本当の意味で質の高いリリースを継続していく中で、初めてそのミュージシャン自身が表現したいことも定まっていきますし、フォーカスすべき点も見えてくるのではないでしょうか。
Airi 自分の表現したいことが思うように描けずに悩んでいるミュージシャンも同世代で多くいる中で、塩田さんと出会い、大切なデビュー作品をリリースしていただくことができました。今後もこのレーベルで作品が発表できるように、日々修行を重ねていきます。また、将来はオリジナル楽曲も発表していきたいですね。
──レーベルとしては、今後どのような作品作りされる予定ですか?
塩田 「発掘」という作業より、「出会い」を大切にしたいですね。Airiさんもそうだし、彼女より先にリリースしたベイ・シュー(注)もそうですけど、魅力のある方とは自然に出会うことができるというか、出会うべくして出会うんです。その自然な出会いを大切にして、今後もレーベル活動を継続していきたいと思います。
──音楽の「聴かれ方」は、これからどう変化していくと思いますか?
塩田 一時期、CDなどのフィジカル作品が、ライブを観た後の「お土産」や「グッズ」みたいに感じたことがあって。でも、「お土産」だからといって「低クオリティでもよい」ということではありませんよね。録音作品は本人が亡くなった後でも残るから、リアルタイムで経験していないリスナーが後からそれを聴いて影響を受けることも多い。だからこそ中途半端なものを発表したらダメで、予算があろうがなかろうが、その時に自身が100%納得できるものを発表する必要があると思うんです。録音機材やマイク選び、歌い回しやパフォーマンスなど、何度もトライ&エラーを繰り返しながら高みを目指した作品には、音楽への深い思いやこだわりが詰まっているもの。そういう作品が、次の時代にしっかりと残るんだと思いますよ。
注:中国出身の女性ヴォーカル。彼女のデビュー・アルバムを塩田がプロデュースしたのが2006年のこと。あれから13年の時を経て、彼女の最新作「グラビティ」は、Steelpan Recordsの第一弾として2019年11月20日に発表された。
『Airi Is Her Name』
Airi
Steelpan records
■1.In My Life 2.I Love You 3.Space Cowboy 4.Stolen Moments 5.Don’t Let Me Be Lonely Tonight