投稿日 : 2020.01.01 更新日 : 2021.06.02

【角銅真実 インタビュー】高校生で打楽器に開眼し藝大へ。注目の才媛が〈うた〉にフォーカスしたメジャー初作発表

取材・文/村尾泰郎 撮影/平野 明

角銅真実 インタビュー

これまで2枚のソロ・アルバムを発表し、石若駿 SONG PROJECTのメンバーとしても活動してきたパーカッション奏者/シンガー・ソングライター、角銅真実

パーカッション奏者としてceroや原田知世などさまざまなアーティストをサポートする一方で、CM、映画音楽、舞台音楽などにも楽曲を提供。多方面で活躍してきた彼女が、メジャー・デビュー・アルバム『oar』を発表した。

角銅真実『oar』(ユニバーサルミュージック)

歌にフォーカスした本作は、石若駿、網守将平といった東京藝大時代からの仲間に加え、多彩なアーティストがバックアップ。遊び心あふれる音作りと柔らかな歌声で、ジャンル不問の不思議な歌の世界を生み出している。

一音の奥深さに気づく

――角銅さんが打楽器に興味を持つようになったのは高校生のとき。テレビで山口とも(パーカッション奏者)さんの演奏を観たことがきっかけだったそうですね。

そうです。UAさんと一緒に出演されていたのですが、身の周りのものを自分の手で組み替えて楽器にしてしまう自由さが、かっこいいなあと思って。

――高校から本格的に楽器を始めて東京藝大にパスするっていうのもすごいですね。

運が良かったんですよ(笑)。わりとギリギリのタイミングで音大への受験を決めたので、最初の受験は落ちちゃって。1年間浪人して、そこでみっちりやりました。

――藝大の試験はどんな内容だったんですか?

三次試験まであって、一次試験はタイコと鍵盤楽器両方の基礎的な部分を見る試験で、一次試験の鍵盤の課題曲はバッハでした。二次試験が自由曲。三次試験はたしか面接で、一・二次試験ともに自由表現という試験もありました。

――入学後はどうでした? 高度で専門的な音楽教育を受けるのは初めてですよね。

周りは小さな頃から音楽をやってきた人たちばかりなので、知識量と経験値の差が大きくてびっくりしました。あと、それまで周りに音楽をやる人もそこまでいなくて、演奏ってひとりでやるものだったので、合奏する意味がわからなかったんです。“合わせる” って何? みたいな(笑)。

打楽器科では、グルーヴについていろいろ研究したりするのですが、ビートを共有するっていうことを考えるために何時間もみんなで一緒にジャンプしたりするんです。それを理解するまで結構時間がかかりました。

――パーカッション奏者の高田みどりさんに師事されたそうですが、教わったことで印象に残っていることはありますか?

いっぱいあります。例えば「音を出す」とは、どういうことなのか? 一音の奥深さ。みどり先生がカスタネットを鳴らすと、カスタネットの音じゃなくて「木の音」がするんです。鈴を鳴らすと「金属の音」がする。知らない楽器の音というか、みどり先生の言葉になるんです。びっくりしました。

自分は何をやったらいいのか……

――悩んだり、挫折を感じたことは?

ありました。授業ではクラシック音楽をはじめ、さまざまな音楽に触れ演奏する一方、自分自身は社会に出て、音と社会と、どう関わっていくのだろう? と。日本人の私が西洋音楽に関わるということの自分なりの意味や、自分が発明したわけでもない楽器を使って音をだすことの意味をずっと考えていました。自分は何をやったらいいのか……いろいろ考えているうちに一音も出せないまま一週間経って、授業の課題が全然できない時期もありました。

そしたら、みどり先生が「 “自分がやりたいこと” はそのうち勝手に思い浮かぶから、いまは楽器を演奏する身体を作りましょう」とおっしゃって、基礎をしっかりやりました。あと、わからないなりにインスタレーション的な作品を作ったりしていました。楽譜の上におもちゃの電車を走らせたり、演奏中の楽譜に銀の粉を振ったり。それも授業で見てくださって、いろんな音楽家の存在を教えてもらいました。

――そこで小田朋美さんや石若駿さんと出会うわけですね。石若さんとは現在もそれぞれの作品に参加して交流が続いていますね。

石若君とは約束しないでどっか行けるんです。音楽のかたちが崩れてもいいから、知らないところへ行けたらいいなっていつも思っているんですけど、石若君とはそういうことが一緒にできるんですよね。ヒュッて行って、ヘイ!って(笑)。

――卒業後はいろんなタイプのミュージシャンと共演してきました。ceroや原田知世さんといったポップス・フィールドの人たちとも。彼らと一緒にやることが刺激になったりします?

とても刺激を受けています。いろんな形の音楽に触れて、音楽を通じていろいろな人と対話ができることが自分にとってとても幸せなことで、毎回わくわくします。

――そんななかで、メジャー・デビュー作『oar』がリリースされました。今回は歌に焦点を当てたアルバムになっています。これまでの作品では少しずつボーカル曲が増えてきていましたが、歌のどんなところに興味を持っているのでしょうか。

「嬉しい」とか「悲しい」っていう感情を、自分の言葉を使って表現するのが面白いです。それって、モノを叩いて音が出る面白さと同じだと思っていて。使う楽器の中に、感情や言葉というチョイスが増えたような感じです。同時に〈うた〉という形態は、音楽の中でもとても特殊で、他の音楽と全然違うな! と今回制作中にびっくりしていました。

 

――言葉とメロディーの関係について何か意識したことはありますか? こんなふうに言葉をメロディーに乗せてみよう、とか。

特に意識していないです。でも、旋律で、言葉の意味合いが変わったりすることを楽しみながら作りました。

イルカの鳴き声を水中録音

――今回、おもに角銅さんが演奏している楽器はパーカッションではなくギターですが、それは歌にあわせて?

日常のなかで一番自分に近い楽器だからです。打楽器とかピアノってマンションだと演奏しにくいじゃないですか。ギターだと家でもどこでもすぐ弾けるし持ち運びしやすい。それでギターを弾くことが多くなりました。でも、私はギターがちゃんと弾けないから、ときどき変な音が出るんです。チューニングも普通じゃないし。それが面白くて。そういう音もそのまま音楽に取り入れたりしています。

――弾けないギターを弾いている?

ギターにはいつも驚かされています!

――角銅さんにとって、ギターを弾くのもパーカッションを叩くのも同じことなんですね。角銅さんの曲はサウンドやアレンジを作り込むのではなく、その場の空気を捉えたドキュメントっぽい雰囲気が印象的です。アレンジやレコーディングで心がけていることはありますか?

聴くときに、100%そのままを受け取って聴くというよりも、静かに耳を澄まして発見する面白さがあるサウンドになったらいいなと思っています。こちらで答えを限定せず、聴くことによってその人に中で初めて完成する音楽というか。それと今回は特に〈うた〉の音楽だったので、うたがまず浮き立つようなアレンジを考えました。

――角銅さんの歌には楽器以外にも、フィールドレコーディングした音源とかいろんな音がざわめいています。例えば「December 13」のイントロで不思議な音が聞こえますが、あれは何の音?

あれはイルカの鳴き声を水中録音したものです。今回のアルバムは「距離」をテーマにしているので、空気を介さない音でこの作品を始めたいと思って。それで大和田俊さんにイルカの声を聞いてもらって、架空の生き物の電子イルカの声を作ってくださいとお願いしました。それで本物のイルカの声と電子イルカの声を一緒に使いました。動物の鳴き声と歌声って似ているので、そこも面白いなと思って。

――距離がテーマということですが、自分と他人の間には距離があって、相手に自分の声が届くまでに時間のズレがある。そのことを「December13」の歌詞で〈時間の抜け殻〉と表現しています。それが「December 13」と同じ歌詞が英語で歌われる「Slice of Time」の曲名になっています。時間もアルバムのテーマのひとつになっていますね。

これまで、その日のことだけ、瞬間瞬間で生きてきたのですが、最近猫を飼うようになって、人生で初めて明日とか明後日の存在に気づき、時間が点ではなく時間が続いていることを意識するようになりました。それに猫のほうが寿命が短いじゃないですか。この子は私より早く死ぬんだ、と思うと時間というのをすごく意識するようになって。

――その日暮らしという「点」の生活から、時間という「線」を意識するようになった?

そうです。暮らしという「線」ですかね。その暮らしへの興味が、歌という形の興味にも繋がっています。「歌」って人の暮らしと近いところにある音楽じゃないですか。前作を聞いた母親が、ドライブのときや毎晩寝る前にアルバムを聴いて泣いてたらしくて。誰かの暮らしの傍に自分の歌があったことにびっくりしたことも大きいです。

音楽みたいになりたい

――アルバムにはカバー曲が2曲収録されています(浅川マキ「わたしの金曜日」、フィッシュマンズ「いかれたBaby」)。カバーを歌うというのは、オリジナル曲とはまた違う感じですか?

この2曲はすごく好きで、ライブでも演奏してきたから自分の歌みたいな気すらしているんです。そういった、歌の音楽の、受け取る自由がある、聴いた人の中で自然に形が変わっていくところが興味深いです。私の曲も、この2曲みたいに聴いた人の中でどんどん変化していったら面白いなという気持ちも込めて収録しました。「いかれたBaby」は、歌詞が頭に浮かんだ順番に歌ってるから元の歌詞とは少し違うし、「わたしの金曜日」も最後の決め台詞のような大事な歌詞を歌っていなかったり。これは歌わなくても聴こえるかなと思ってそうしたんですけど。どっちの曲も歌が持っている空気感みたいなものが好きです。

――ちなみに、これまで角胴さんはどんな音楽に惹かれてきたんですか? 影響を受けたミュージシャンはいます?

中学の時はレディオヘッドが好きでした。トム・ヨークの声って、ひとりの気持ちになれるからです。あと、具体的に影響を受けたわけではないですけど、エルメート・パスコアールとかナナ・ヴァスコンセロスは好きですね。あ、でも影響をいちばん受けているのは灰野敬二さんかもしれない。

――どんなところに影響を受けたんですか?

ダイレクトなところでしょうか。うまく言えないのですが……灰野さんが楽器を弾く時、ずっとその楽器を知っているようでもあるし、初めて触ったみたいでもあるし、そういう部分とか大好きです。

――その感覚って高田みどりさんの授業の話を思い出しますね。では、ちょっと大きな質問ですが、角銅さんは「音楽」をどんなものと捉えていますか?

なんだろう。まず、やらずにはいられないもの。それを外に出さないと前に進めないというか……。

――便秘みたいな状態になる?

なりますね(笑)。それから、今までは表現手段の中の一つに音楽がある、別に音楽でなくてもいいことをたまたま音楽という手段を使って制作しているという意識があったのですが、最近は私のやっていることは音楽だな、音楽でしかできないことがあるかもと思うようになりました。すごくおもしろいです。音楽みたいになりたいです!

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