投稿日 : 2020.01.01 更新日 : 2021.06.02

藝大出身者たちがポップフィールドに進出する理由─ 常田大希(King Gnu)/石若駿/小田朋美(CRCK/LCKS)/角銅真実/江﨑文武(WONK)…

取材・文/村尾泰郎 

藝大出身のミュージシャン

真の芸術家を輩出すべく生まれた「東京藝術大学」で学び、ポップスのフィールドへと羽ばたくプレイヤーが急増している。旧来であれば、伝統的なオーケストラの一員や、孤高の音楽家になっていたであろう才能が、なぜ大衆音楽へと向かっているのか? 石若世代ともいえるデジタルネイティブな演奏家たちが有する、独特のフィーリングについて考えてみた。

東京藝大という狭き門の向こう側

「ジャズシーンで大きな地殻変動が起こっている」

そんな気配を感じたのは、4〜5年前のことだった。CRCK/LCKS(クラックラックス)、ものんくる、WONKなど、ポップスのフィールドにも対応する音楽性を持ったバンドが次々と登場。彼らの間には交流があり、メンバーが自由に行き来していた。

そんななかで、重要なスポットとして浮かび上がってきたのが、石若駿(CRCK/LCKS、Answer to Remember)、常田大希(King Gnu)、小田朋美(CRCK/LCKS)、角銅真実江﨑文武(WONK)などがかつて通い、交流を深めた東京藝術大学だ。

これまで、坂本龍一、フジ子ヘミング、葉加瀬太郎などを輩出してきた東京芸大は、現役で合格する学生は3割に満たない狭き門。センター試験以外にも実技試験があり、面接では芸術家としての顔も持つ教授たちが、受験生の創造力や表現力を厳しく審査する。また、東京藝大は日本で唯一の国立総合芸術大学であり、音楽学部に通いながら他学部の授業を履修できる。音楽の知識や技術を学ぶだけではなく、幅広い視野と感性を磨くことができるのだ。

King Gnu
紅白出場も果たしたKing Gnu(キング ヌー)。前列右が常田大希(1992年生まれ)

若き才能たちの衝撃的な出会い

打楽器学科を専攻していた角銅真実は美術学部に通ってインスタレーションに夢中になり、音楽環境創造科を専攻していた江﨑文武は、建築学科の授業から刺激を受けた。そんな開放的な環境が芸大出身アーティストに与えた影響は大きいだろう。そして、そんななかで様々な運命的な出会いが生まれた。

在学中に性別を意識しないために丸坊主にしていた角銅は、ある日、校舎の廊下で同じように丸坊主の女性にすれ違う。彼女は作曲科で学んでいた小田朋美で、その後、知人を介して知り合った二人は在学中に一緒にセッションをしていた。

パーカッショニストであり、ヴォーカリストでもある角銅真実(1988年生まれ)

また、打楽器を専攻していた石若駿は、大学1年の時、佐藤允彦のインプロビゼーションの授業で、うがいの音で即興をする小田朋美に驚き、授業後に声をかけた。そして、二人の交流はCRCK/LCKSへと繋がっていくことになる。

同じく大学一回の頃、石若は同級生でチェロを専攻していた常田大希と出会って意気投合。二人はユニットを結成し、それがKing Gnu の前身となるSrv.Vinci(サーヴァ・ヴィンチ)へと発展した。常田は1年で大学をドロップアウト、石若は首席で卒業という対照的な二人だが、その後も石若はMillennium Paradeなど常田の作品に参加している。

また石若は、学年が3つ上の角銅が卒業演奏会で楽器を水槽の水のなかに入れるパフォーマンスを見て強く惹かれ、歌にフォーカスしたプロジェクト、石若駿SONGBOOKに誘った。さらに、常田、江﨑と東京塩麹を結成し、江﨑はKing Gnuに参加。そんな風に、藝大出身のアーティストの交流は広がっていくが、ソロ志向が強い藝大出身者が様々な形態でバンドやユニットを組んでいるのが興味深い。そして、そこでキーパーソンになっているのが石若駿だ。

石若駿
いまや日本を代表するドラマーのひとり、石若駿(1992年生まれ)

つながりの中心にいる石若駿

小学生の頃、北海道のビッグバンドでパーカッションを演奏していた石若は、ハービー・ハンコックや日野皓正から声をかけられるくらいの才能を発揮していて、日野から「中学を卒業したら俺のバンドに来い」と誘われたことをきっかけに上京を決意。クラシックを猛勉強して定員40名の東京藝大付属高校に入学すると、高校生活を送りながら井上銘(CRCK/LCKS)など、のちに一緒に音楽活動をすることになるミュージシャンたちと出会ってセッションを繰り広げた。

そこから藝大に進学するのだが、石若が興味を持って声をかけるアーティストは、クラシックが主流の芸大のなかで、ジャンルを自由に横断することができる感性と才能の持ち主ばかり。彼らの多くは子供の頃からクラシックやジャズと共にポップスやロックも聴いていた。それは石若も同じで、石若は小学生の時に見た森山威男のライヴに衝撃を受けてジャズを聴きながら、X-JAPANやキッス、ビートルズなどロックも聴いていた。そんなジャンルレスな音楽性は、彼を取り巻くミレニアル世代のアーティストの特徴ともいえるだろう。

WONK
「エクスペリメンタル・ソウル」をキーワードに掲げるWONK。右端が江﨑文武(1992年生まれ)

ジャズをバージョンアップさせる試み

90年代生まれのジャズ・ミュージシャンによるジャズ・フェス『JAZZ SUMMIT TOKYO FESTIVAL』が、2015年に開催された。発起人は、中山拓海、石若駿、江﨑文武、ぬかたまさしの4人。運営資金はクラウドファンディングで集められたが、そのサイトで彼らは日本のジャズ・シーンが低迷していることに触れ、「過去の名曲を集めたオムニバスCDを作り続けているような、よくあるやり方ではジャズに未来はありませんし、ジャズが演奏される“場所”も時代に合った経営を心がけなければ、次の世代にジャズの醍醐味を伝えることは出来ないでしょう」と現状を分析。そのうえで『JAZZ SUMMIT TOKYO FESTIVAL』を通じて、「即興演奏だからこそ生まれる“瞬間の奇跡”を感じて欲しい」と語っている。

桑原あい、ものんくる、Srv.Vinci、井上銘などが出演した同フェスでは、ジャズにヒップホップやエレクトロニカなど様々なジャンルの音楽をクロスオーバーした演奏を展開。さらに映像作家やファッションブランドともコラボレートしてジャズの可能性を探った。

彼らにとって重要なのはジャズを守ることではなく、バージョンアップさせること。そのために、彼らはジャズと様々なジャンルの音楽やカルチャーをハイブリッドに融合させようとしたのだ。こうした姿勢は藝大周辺のアーティストたちと連動するものであり、さらには同時期にLAで立ち上がったブレインフィーダー周辺の動きとも呼応している。

CRCK/LCKS(クラックラックス)
CRCK/LCKS。前列中央が、キーボーディストでありシンガーソングライターの小田朋美(1986年生まれ)

そして、メジャーのフィールドへ

そんななか、彼らの多くはポップスのフィールドでも活躍している。現在、くるりのサポートを務める石若はその筆頭だが、角銅はceroや原田知世など様々なアーティストをサポート(小田もceroをサポートしている)。江﨑や常田は映画やドラマのサントラを手掛け、WONKや石若と親交が深いサックス奏者、安藤康平は星野みちるやKIRINJIなどの作品に参加。

またバンド単位で見ても、CRCK/LCKSやWONKは確実にポップスやR&Bシーンのなかで人気を広げてきているし、King Gnuはオルタナティヴなロック・バンドとしてブレイクしてメジャー・デビュー。紅白出場という快挙も成し遂げた。彼らに続いて、石若駿(Answer to Remember)、角銅真実が続けてメジャー・デビューを果たしていて、この快進撃ぶりはすごい。

藝大出身たちがポップフィールドに進出する理由とは? 

デジタルネイティブならではのスマートな協調性

彼らのジャンルレスな音楽性や精力的な活動の背景には、インターネットを通じて国境を越えて多様な音楽やアーティストと自由にアクセスできることや、配信などで大手のレーベルに頼らず音楽活動ができるようになったことが大きいだろう。 そうした環境を巧みに音楽活動に取り入れることができるのも、ネット社会のなかで生まれ育った世代の強みだ。

優れた感性と音楽的IQを持っていて、実験性とポピュラリティのバランス感覚があり、ソロ・アーティストとしてもセッション・アーティストとしても有能──というと、藝大の先輩、坂本龍一を彷彿させるところもあるが、尖っていながら協調性があるのも彼らの強み。

そんな優れた能力を持つアーティストたちが繋がり、お互いに刺激を与えながら新しいシーンを着々と作り上げている。ジャズを起点にしたこの新しい波が20年代の音楽シーンをどう変えていくのか、しばらく目が離せない。