投稿日 : 2020.01.24 更新日 : 2020.11.25

【東京・神楽坂/家鴨社】ジャズからJ-POPまでがレコードで流れる、リラックスできるバー

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #45

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、どんな小さな路地裏にもお店がある飲食店の宝庫・神楽坂(東京都新宿区)へ。ジャズからJ-POP、ロックもかかる『家鴨(あひる)社』は、リラックスしながら音楽とお酒を楽しめる魅惑の空間でした。

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隣の席が気にならない、ゆったりとした空間

江戸時代より多くの料亭や茶屋が軒を連ね、花街として栄えた神楽坂。近年はオーナーシェフが腕を振るう飲食店がひしめき、名店の多い大人の街として人気が高い。そんな魅力的なスポットの、さらに神楽坂上交差点という好立地に家鴨(あひる)社はある。店内に入るとまず見えるのが、ゆったりとした長いカウンター。その先には短いカウンターがTの字に配置されている。

「バーとして必要最低限の厨房設備を入れるためには、この長さが必要でした。しかし、それだけだとスピーカーのリスニングポイントがなくなってしまう。そこで、店内右手に音がいいカウンターを作ったんです」と、店主の岡村修平さん。

「いい音楽をいいオーディオで聴きながら、いいお酒が飲めたら」というコンセプトで生まれた同店は、カウンターの幅が広くバーテンダーと程よい距離感がある。また、座面が低く横幅がたっぷりとあるチェアは、隣の人の圧を感じることがない。つまり、緊張せずにゆったりと過ごせる空間となっている。

「音響は、会話が楽しめるよう低音を絞りつつも、いい音で聴こえるセッティングにしています。また、お酒を飲みながら本を読むのが好きなので、本が読める程度の暗さにしています」

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ジャズ、J-POP、ロックが3:3:3でかかる

ひとりでバーに行くのは緊張することが多いが、馴染むまでは読書をして気持ちを落ち着かせることができるのは人見知りにとってありがたい。そんな家鴨社でかかる音楽は、ジャズ:J-POP:ロック = 3:3:3の割り合い、残り1がアザーというユニークな構成だ。

「恵比寿のオーセンティックバーで7~8年働いていたのですが、その時代によく通ったのが『BAR TRACK』(恵比寿で人気のミュージックバー)でした。良い音でレコードを聴きながら、お酒を楽しむ。これなら自分の好きなことをひとつにできるなと思ったんです」

岡村さんは1978年東京生まれ。親の転勤で高知県に移り住み、小学校高学年のときに深夜のテレビ番組『イカ天(三宅裕司のいかすバンド天国)』で音楽に目覚める。しかし、田舎ゆえに情報源が乏しく、もっぱらラジオを聴いて育ったという。その後、中学生のときに聴いた『大槻ケンヂのオールナイトニッポン』をきっかけに筋肉少女帯のファンに。筋少のライブには現在も足を運んでいる。熱心なファンというのはもちろんだが、一度好きになったものはずっと追い続け、趣味が膨れ上がっていくタイプともいえる。

「色川武大(阿佐田哲也)や、田中小実昌などの本も好きで、そこに”ジャズ喫茶”というキーワードがよく出てきたんです。そのため、大学進学で東京に来てすぐに『ちぐさ』や『ジャズ喫茶マサコ』などを巡りました」

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90年代後半のジャズバーには意地悪な大人しかいなかった

J-POPを趣味として聴きながら、大人の世界への憧れとしてジャズにも傾倒。さらに、お酒への興味からバーの仕事に就く。しかし、その3つが自分のなかで融合するとは思わず、すべてが切り離された状態で楽しんでいたという。とはいえ、ジャズ喫茶やジャズバーに通っていた人が、お酒と音楽の接点を見出せなかったというのも不思議だ。

「上京してきた18歳の頃、ジャズ喫茶やジャズバーは一番の低迷期で、マウンティングばかりしてくる意地悪な大人しかいなかったんです(笑)。その経験が強く残っていて、自分がお店を開くとき、あの人たちが来るのかと思うと抵抗があったんです」

仕事と趣味を分けていたときに出会ったのが、前述のミュージックバー『BAR TRACK』だったというわけだ。その後、同店のオーナーと出会い、系列店となる新宿3丁目の『NICA(ニカ)』の店主として5年在籍。2014年に独立してオープンしたのが『家鴨社』というわけだ。

「この店にこだわりがあるとすれば、レコードで音楽を流すことかもしれません。自分の店を開きたいと思うようになってからは、これまで集めたジャズのCDをすべて売って、レコードで一枚ずつ買い戻して行きました。当時はバー営業がメインだと思っていたので、ジャズのみを集めていましたが、次第にJ-POPやソウル、ロックなど自分の好きな音楽も買い足していき、気づいたら今のような感じになったんです」

神楽坂_家鴨社の写真4_江口寿史

取材時に流れていたのは、小沢健二が昨年発売したアルバム『So kakkoii 宇宙』だった。ちなみに、『家鴨社』という店名は、小沢健二の小説『うさぎ!』に出てくる「珈琲と本・あひる社」から名付けられている。

「1996年に上京してきたので、渋谷系のムーブメントも通っているんです。情報の少ない田舎者だったからか、現在に至るまで貪欲にいろいろなものに手を出すようになってしまいました。ジャズに関しても、フリージャズまでどっぷりハマりました」

家鴨社を象徴する4枚のアルバム

店内には、手塚治虫の『人間昆虫記』の複製原画や、江口寿史のイラスト作品が飾られ、置かれている本もアートから伝統文化に関するものまで幅広い。そこで、『家鴨社』をイメージしやすいように4枚のアルバムを選んでもらった。

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「チェット・ベイカーの『Chet Baker Sings』は、ジャズにハマった最初のアルバムです。柔らかいヴォーカルとトランペットのアルバムがあることに驚きました。

シュガー・ベイブの『SONGS』は、J-POPも仕事につながると思い、源流を掘り下げているなかで出会い、ここから音楽の扉が開いたんです。そこからカーティス・メイフィールド(『Curtis Live』)や、ダニー・ハザウェイなどにつながって、ソウルが好きになっていきました。

灰野敬二/ジム・オルーク/オレン・アンバーチ『またたくまに すべてが ひとつに なる だから 主語は いらない』は、今日買ってきたばかりのアルバムです。20歳くらいのときにフリージャズやノイズに傾倒していて、 灰野敬二作品は見つければ買うようにしています。こういう音楽は、自分の体調やコンディションによって、よいと思うときと、まったく聴けないときがある。こちらに委ねられる音楽って面白いなと、それでノイズはたまに聴くんです」

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気になったもの、好きになったものに対しての掘り下げ具合いが強烈な岡村さん。もちろん音響にもこだわりがあり、ターンテーブルは、ドイツのエラック『ミラコード10H』、アンプはマランツの『7T』、真空管アンプはマッキントッシュの『240』、そしてジェンセンのスピーカーを設置している。

毎月のようにJ-POPを中心としたライブに出かけ、その日はお店も臨時休業。それでいて、お酒もしっかり美味しい掴み所のないバー。まずは一度足を運ぶことをおすすめします。


・店名 家鴨社
・住所 東京都新宿区神楽坂5-26 カグラザカ5 2階左奥
・営業時間 17:00~27:00(月曜~金曜)、15:00~23:00(土曜)※臨時休業や営業時間の変更はFacebookにて
・定休日 日曜、祝日
・電話番号 03-3260-0125
・オフィシャルサイト https://www.ahiru-sha.com/

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