投稿日 : 2017.06.23 更新日 : 2020.11.25

【東京・国立/NO TRUNKS】“中央線とジャズ文化”の架け橋

取材・文/富山 英三郎 写真/金田 大二郎

いつか常連になりたいお店|You And The Night And The Music #14

 「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、ジャズ&ビヨンド・カテゴリー・ミュージック・バー『NO TRUNKS(ノートランクス)』を訪問。そこは、経験豊富なマスターと焼酎片手に大音量で音楽が楽しめる、隠れ家的スポットなのでした。

アルテックA7の迫力あるサウンド

東京で「JR中央線」と聞くと高円寺や阿佐ヶ谷といった庶民的なイメージがあるが、新宿から中央線快速で約40分の場所に位置する国立は、古くから武蔵野の高級住宅地として知られている。また、一橋大学をはじめとする学園都市のイメージも。そんな国立駅の南口改札を抜け、美しく整備されたロータリーから伸びる道を歩いて3分。飲食店やギターショップが入るビルの最上階に『NO TRUNKS』はある。早速エレベーターで5Fまで上がり、扉を開けると、真っ先に目に飛び込んでくるのが、1950~60年代に発売されていたスピーカーシステム「アルテックA7」だ。

「学生時代、これを四畳半の部屋に置いて、その前に布団を敷いていた音好きの友人から譲ってもらったんです。そいつも、結婚してからはさすがに奥さんに怒られたらしくて(笑)。でも、A7は劇場用のスピーカーなので音源を選ばず、聴き疲れがしないのが魅力。ジャズの世界ではJBLが有名ですけど、長時間聴くならアルテック。吉祥寺のファンキー、中野のクレッセントなど、60年代の有名ジャズ喫茶によく置かれていた名機です」

そう語るマスターの村上寛さんは、吉祥寺のジャズ喫茶・メグの初代レコード係でもあった。「とあるジャズ同好会で寺島靖国さんとお会いして。当時の僕は学生、寺島さんもまだ会社員。“今度お店をやるんだ”という話をされたので、“俺、手伝います!”みたいな感じで始まったんです。1970年かな、その頃はジャズしか聴いていなかった時期ですね」

ビートルズか?コルトレーンか…?

愛媛の新居浜出身の村上さんは、中学時代から音楽好き。当初は坂本九など、洋楽をカバーする日本人アーティストを聴いていたが、ビートルズがデビューした中学2年からは、彼らのアルバムが出るたびに購入していたという。

「通っていたレコード屋の息子さんが、東京から地元に戻ってきて。その人にジャズの素晴らしさを教えてもらったんです。初めて買ったジャズのレコードは、コルトレーンの『ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』。ビートルズの『リボルバー』と同じタイミングでリリースされて、どっちを買うか迷ったんですよ。聴かせてもらったら、フリージャズだからよくわからなくて……。でも、わからないってことは、何回も聴くからお得だろうと、コルトレーンにしたんです(笑)」

当時、村上さんは高校2年生。いつものようにビートルズを購入していたら、のちの人生は大きく変わっていたことだろう。以後、一般的なジャズが馴染めなくなるほどフリージャズへと傾倒していく。その後、専門学校に進学するため上京し、一度はアニメの制作会社に入社するが、音楽好きが高じてレコード販売店の新星堂に転職。そこで再び、音楽の幅が広がっていった。

「仕事なので、歌謡曲からロックまでなんでも聴きましたね。当時、ジャズはフュージョンへと向かい始めていて、自分としては面白くなくなっていた頃。だからちょうど良かったのかもしれない。ジェフ・ベックとか、レッド・ツェッペリンとか、改めてロックの凄さを知ったんです」

尖ってないジャズは、ジャズじゃない

その後、新星堂は1980年代初頭に洋楽専門ショップ『DISK INN』をオープンすることになる。村上さんは、1Fがロック&ワールド、2Fがジャズという構成の高円寺店・店長を任され、2Fに入り浸りながら再びジャズの世界へと舞い戻ることに。同時に、新星堂が立ち上げたレーベル『オーマガトキ』にも携わり、『中央線ジャズ』のシリーズをスタートさせる。さらには、常連のお客さんから有志を募り、ジャズ・フェスティバルを開催するなど、精力的に活動していった。

「当時、ジャズフェスはビールメーカーとタバコ産業が巨額を投じて、外国から有名タレントをたくさん呼んでいたでしょ? その風潮に一石を投じたくて、ドイツの『メールス・ジャズ・フェスティバル』を参考にしながら、水道橋の労音会館や吉祥寺のバウスシアターで、『東京ニュー・ジャズ・フェスティバル』を10回ほど開催したんです。D.U.B.(ドクトル梅津バンド)など、フリージャズの名バンドが多数出演してくれて盛り上がりました」

 レコード店の店長として、さまざまな音楽に触れていた村上さん。しかし、その核には常に初期衝動ともいえるフリージャズがあるのだ。

「学生運動が盛んだった頃、ジャズ喫茶にはヘルメットと角材を持った人がいっぱいいたんですよ。当時、ジャズはとんがった音楽だったんです。だから、とんがってないジャズはジャズじゃないと思っていて。今でもジャズ・ボーカルとかは聴いていられない。だから、ロックもとんがったものが好きなんです」

“いい音楽”ならどんどんかける

新星堂を早期退職した村上さんは、2001年に『NO TRUNKS』をオープンする。店名である『NO TRUNKS』は、先述の『東京ニュー・ジャズ・フェスティバル』でレコードを制作した際のレーベル名でもある。店のつくりにも細やかな工夫がある。アルバムジャケットが飾られる棚はもちろん、グラフィック作品などを展示できるよう、壁面にはオーダーメードの意匠が多数施されている。さらに、週末を中心に行われるライブスケジュールを見ると、渋さ知らズの中心人物であるベーシストの不破大輔さんをはじめ、ピアニストの渋谷毅さん、板橋文夫さん、DUBのメンバー、アルトサックスの梅津和時さん、林栄一さんなど、著名な邦ジャズプレイヤーの名が並ぶ。また、レコード・リスニング系のイベントも盛んに行なわれているようだ。

「最近は、お客さん参加型の催しも人気です。制作年を切り口に、ジャンルを問わず好きなレコードを持ってきて、みんなで音楽をかけ合うイベントが盛り上がっています。今は1960年代を一年単位で区切りながら開催しています」

自分の好きな曲を、アルテックA7の大音量で鳴らすことができる。しかも、ジャンル問わず。想像するだけで、参加してみたくなるイベントだ。その他、ジャズ・ドラマーの本田珠也さんが、ディスクジョッキースタイルで曲をかけるイベントも人気。ジャズバーでありながら、焼酎のメニューが豊富というのもいい。料理のメニューも、村上さんの趣味が居酒屋巡りというだけあり、砂肝ガーリックソテーや山芋葱チーズ焼きなど、気取らずに楽しめものが揃っている。

「お店のロゴには、ジャズ&ビヨンド・カテゴリー・ミュージックバーって書いてあるんです。“ビヨンド・カテゴリー・ミュージック”は、デューク・エリントンの言葉。僕がジャズを何で教わったかというと、雑誌『ミュージックマガジン』なんですよ。つまり、中村とうようの影響がものすごく大きい。だから、飾っているジャケットも映画音楽があったりライ・クーダーがあったりする。ジャズだけではなく、いい音楽ならどんどんかける。そこもアピールしたいですね」

現在、お客さんの層はジャズファンが7割。残り3割は“普通の呑み屋”感覚で利用しているとか。週末はマニアも喜ぶライブやイベントを開催しながら、平日の仕事帰りは堅いこと抜きに焼酎で大音量の音楽を楽しむ。ジャズバーの気楽で新しい愉しみ方がここにはある。

・店舗名/NO TRUNKS
・住所/東京都国立市中1-10-5 5F
・営業時間/18:00~25:00、18:00~24:00(日・祝)
・定休日/火曜
・電話番号/042-576-6268
・オフィシャルサイト/http://notrunks.jp/index.htm

当コーナーでは、読者の皆さまから「音楽に深いこだわりのある飲食店」の情報を募集しています。
関東近郊のカフェ、バー、レストランなど、営業形態は問いません(クラブ、ライブハウスは除く)。 下記メールアドレスまでお問い合わせください。info@arban-mag.com

その他の連載・特集