シルキーで妖艶な美声の持ち主で、椎名林檎、SOIL&“PIMP”SESSIONS、黒田卓也とも共演歴のある米国のヴォーカリスト、ホセ・ジェイムズ。ジャズやネオ・ソウルやヒップホップまでを射程に入れながら、ときにインディ・ロックやトラップも呑み込んだそのサウンドは、2008年のデビュー以来、着実に成長と進化を遂げてきた。
そんな彼のニュー・アルバム『ノー・ビギニング・ノー・エンド 2』は、2013年にブルーノートから発売された『ノー・ビギニング・ノー・エンド』の続編的な内容。リリースは、ブルーノートではなく、ホセの妻でシンガー・ソングライターのターリ、今作の共同プロデューサーでもあるブライアン・ベンダーとともに設立したレーベル=レインボー・ブロンドから。続編でありながら心機一転の最新アルバム。一体どんな内容なのか。
意外な融合も「聴けば納得」
――今回の新作『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』と、2012年の『ノー・ビギニング・ノーエンド』にはどのような共通点がありますか?
インディペンデントで自由に制作したことだと思う。『ノー・ビギニング・ノーエンド』の頃はレコード会社もマネージメントもなかったし、音楽業界ともつながりが全然ない状態だった。誰かに何かを期待されて作るわけでもなかったんだよ。ブッキングもスタジオをおさえるのもミュージシャンにギャランティを払うのも、全部自分でやった。
たまたまブルーノートと契約して世に出ることになったんだけど、レーベルがいろいろやってくれたわけじゃない。(ブルーノートの社長である)ドン・ウォズは、クリエティヴな部分で僕に白紙委任状をくれたようなものだよ(笑)。
――音楽面での共通点は?
レコーディング環境は似ていたかもしれない。『ノー・ビギニング・ノーエンド』のときは、ひとつのバンドがスタジオでワンテイクで録った。いわゆるジャズ的な録り方だよね。両方ともブライアン・ベンダーが共同プロデューサーだし。あとは、レコーディングした曲がジャンルを超えているっていうところかな。
たとえば、今回の収録曲「ノーバディ・ノウズ・マイ・ネーム」はぱっと聴きではジャズのハード・バップみたいに聞こえるかもしれないけど、曲を書く時には(ボーカルの)ローラ・マヴーラのことがイメージにあった。彼女はジャズ・シンガーじゃないけど、ジャズの要素と彼女の歌が組み合わさることで、何か新しいものが生まれると思ったんだ。
「アイ・ニード・ユア・ラヴ」だったらクリスチャン・スコットみたいなジャズのトランぺッターと、レデシーのようなR&Bシンガーをヒップホップの曲で合体させる。そういう融合がいっぱいある。クレジットだけ見ると道理をなさないようなものでも、聴くと腑に落ちるアルバムだと思う。
――事前にデモなどは作りこむタイプですか?
いや、かなりラフだね。大体、曲を書くのはツアー中だったり飛行機に乗っている時だったりするんだけど、携帯に思いついたこと書いておく。そのデモがどういうアイディアなのかは、ターリですら分からないみたいだけど(笑)。でも、自分で書いた文字って他人には読めなくても、自分では分かるよね? それと同じことなんだ。「アイ・ニード・ユア・ラヴ」も初めはふたつのコードしかなくて、それを演奏しながら仕上げていった。
ハッピーな曲ほど難しい…
――2018年のアルバム『リーン・オン・ミー』では伝説的R&Bシンガー・ソングライター、ビル・ウィザースの曲を歌っていましたが、その経験は今に活きていると思いますか?
あると思う。自分の音楽へのアプローチがすごくシンプルになったかな。ビル・ウィザースの曲ってイントロがほとんどなかったりするし、ジャズの和声や理論をまったく知らなくても聴ける。リスナーとの距離が近いんだ。でも逆に、そういう曲を歌うほうが難しくて、チャレンジだった。
――今回のアルバムは、『ノー・ビギニング・ノー・エンド』(2013年)に較べて明るくハッピーな雰囲気があると思いました。「ユー・ノウ・ホワット・イット・ドゥ」なんか、ファレル(ウィリアムス)が歌っていてもおかしくないような。
言いたいことはよく分かるよ。ファレルもビル・ウィザースの「ラヴリー・デイ」を「ハッピー」のネタに使っているよね。
――YouTubeに「ラヴリー・デイ」と「ハッピー」をマッシュアップした動画があがっていますね。
うんうん。でも、ああいうハッピーな曲ほど難しいんだよ。一方で自分が「ラヴリー・デイ」をずっと歌ってきて、それを見たお客さんが明るくハッピーになるのを目の当たりにしてきたんだ。
LAとNY “東西チーム” で制作
――曲によって参加メンバーが違いますね。たとえばドラムだと、フライング・ロータスやサンダーキャットとも共演しているジャスティン・ブラウンと、ジェフ・パーカーのアルバムにも参加していたジャマイア・ウィリアムスがいます。
LAで録った曲とNYで録った曲によってメンバーが違っていて、ギターのマーカス・マチャドだけ両方に参加してもらった。LAチームとNYチームがいるんだ。……というと、自分がまるで周到に計画を立ててやったように思うかもしれないけど、じつは全然そんなことなくて(笑)。たとえばピアノがポイントになる曲だったら、クリス・バワーズに弾いてほしくてお願いした。
「オラクル(高尾山)」はLAチームでやったんだけど、エリック・トラファズのトランペットを録るときはパリにいて、インディ・ザーラのボーカルはブリュッセルで録った。とはいえ、曲が完成しないままスタジオに入ることも多くて、現場はかなりカオスだったよ(笑)。歌詞も歌入れの5分前にようやく書き終わったりとか。突発的にプランが変わることもあったけど、それをストレスに感じるのではなく、起きた出来事に対してオープンでいようと思っていた。
――新作はあなた方が設立したレーベル、レインボー・ブロンドからのリリースですね。このレーベルから出すメリットは?
SNSやデジタル配信も含め、世の中の動きに合わせたスピーディーな対応ができる。たとえばベン・ウィリアムスの『アイ・アム・ア・マン』だったら、彼のお母さんが市民運動をしているから、リリースするならブラック・ヒストリー・マンス(黒人歴史月間)でアメリカ大統領選もある今年2月に出そうと決めていた。そういうリリースタイミングみたいなものも、アーティストごと、プロジェクトごとに自由にできるんだ。
――ブルーノートにせよECMにせよ、人気のあるレーベルはアートワークから音質まで、独自の色を持っていますよね。あなた方が創設したレインボー・ブロンド・レーベルには、どんな独自色があるのでしょうか?
写真家のジャネット・ベックマンがアートワークの写真を全部撮影してくれているんだけど、すごくこだわりがある。今回のジャケットは僕の写真が載っているだけで、タイトルなどはまったく入れていない。
サウンド面では、共同プロデューサーのブライアン・ベンダーがサウンド・エンジニアもやっていて統一感があると思う。このアルバムから感じられる70年代的な温かくてアナログな質感は、ブライアンの機材やプロダクションのおかげだ。彼の耳の良さやアレンジ力にはすごく助けられていると思う。
ターリはレインボー・ブロンドを「インサイド・アウト・レーベル」と表現をしていた。インサイド・アウトっていうのは裏返しっていう意味だけど、表に出るアーティストだけじゃなく、デザイナーや写真家などの作品もショウケース的に見せるのが自分たちのゴールなんだ。
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