さまざまな音楽の要素を取り入れたインスト・バンド「STEREO CHAMP」をはじめ、ポップ・ユニット「CRCK/LCKS(クラックラックス)」など、この数年ストレートなジャズ以外のシーンでの活躍が目立っていたギタリストの井上銘が、7年ぶりとなる全編ストレートアヘッ
決めごとが少ない方が力を発揮できる
──新作『アワ・プラットフォーム』は、ストレートなジャズ・ギターの魅力がつまった素晴らしい作品です。アルバムでメインストリームなジャズに正面から取り組むのは久しぶりですね。
自分のカルテットでのアコースティックなアルバムはセカンド以来7年ぶりですが、セカンドはアレンジに力を入れた楽曲重視のアルバムでした。プレイ重視のストレートなジャズ・アルバムという意味では、デビュー・アルバムの『ファースト・トレイン』以来です。
──となると、ほぼ9年ぶりということになりますね。あらためて、こういったオーセンティックなジャズに取り組もうと考えた理由を聞かせてください。
ジャズ・スタンダードを演奏することは僕の中にずっとベーシックなものとしてあって、ライブでも日常的に演奏してきました。それを音源としてリリースできるタイミングが来たということです。
レコーディングでは、オリジナル曲も何曲か用意しましたが、それ以外は好きなスタンダード曲をたくさんリストアップして、凝ったアレンジはせずにどんどんプレイしていきました。すべて1〜2テイクで、演奏した時のフィーリングがよければ、プレイバックもほとんど聴かずにOKにしました。
──モダンジャズ全盛期のレコーディングの方法ですね。
決めごとが少ない方が、それぞれのミュージシャンが力を発揮できる。ジャズは本来そういう音楽だと思うんです。一瞬一瞬に何十通りもの選択肢があって、カルテットならそれが4倍になるわけですでよね。瞬発力、判断力、ほかのプレーヤーへの気の利かせ方。そんな力が試されるレコーディングでした。
──メンバーとの信頼関係があるからこそ可能なスタイルでもあると思います。
まさにそうですね。ベースの若井君は、17歳のときに高田馬場のイントロというお店のジャム・セッションで出会った最初の音楽の友達だし、ドラムの柵木(ませき)君ともその一年後くらいに出会っています。ピアノの魚返(おがえり)君が僕のカルテットに加わったのはわりと最近なのですが、高校生の時から知っていました。
みんな長い付き合いだし、若井君、柵木君とは10年以上一緒にプレイしています。そんな仲間だったからこそ、無防備な状態でスタジオ入りすることができたのだと思います。十分な準備なしでレコーディングに臨むのはすごく怖いことなんだけれど、今の4人なら、演奏のどの瞬間を切り取っても作品になる。そんな自信がありました。
「帰る場所」があることの大切さ
──4曲はオリジナルですね。作曲のコンセプトはあったのですか。
それもとくにコンセプトはありませんでした。1曲目の「The Lost Queen」は5年前につくって忘れていた曲で、2曲目の「Next Train」はギターの癖が出ないように鍵盤でつくりました。9曲目の「A Memory of The Sepia」は元々ファースト・アルバムのために作っていた曲です。
──スタンダードとオリジナルでフィーリングの差があまりないのも、このアルバムの特徴ですね。
もともとスタンダード・アルバムにしようと思っていたので、オリジナル曲もスタンダード・ソングの雰囲気や構造をもったものをあえてチョイスしています。
──その中にあって、マイルス・デイヴィスのバージョンでよく知られているロン・カーター作の「Eighty One」は、原曲との距離感が絶妙だと思いました。「絶対に知っているテーマなんだけど、これ何ていう曲だっけ?」と感じる人が多いのではないでしょうか。
それは意識しましたね。原曲をあまり聴き込まず、原曲の世界観に引っ張られずに自由に演奏するというやり方です。スタンダードや有名な曲を演奏する場合に、こういったやり方が新鮮なサウンドに繋がることがあります。
──全編を通じて、ギターの音色がとても印象的です。
ギターのサウンドに関しては、この数年、メカニックな部分でかなり工夫を重ねてきました。20歳の頃に知り合った西垣祐希君というギター・ルシアー(ギター制作者)がいて、彼と一緒に「20代最後の一本をつくろう」ということで新しいギターをつくりました。そのフル・アコースティック・ギターにいくつかのエフェクターを組み合わせて、今回のギターのサウンドをつくっています。
──フルアコというのは意外ですね。ソリッド・ギターだと思っていました。
そう聴こえるかもしれませんね。ジャズ・ギタリストはアンプと直につなぐことが多いし、僕も以前はそのやり方でやっていたのですが、ジャズ以外のいろいろなバンドで演奏して、音づくりを勉強させてもらいました。その中で自然にできてきた音です。
──ギターのサウンドも含めて、ジャズ以外のフォーマットでの活動がジャズに返ってきたと言えそうですね。
ほんと、そう思っています。アルバム・タイトルの「プラットフォーム」には、4ビート主体のストレートなジャズは僕が帰って行く駅のような場所で、デビューからの9年間でいろいろな場所を旅して、いろいろな風景を見てきて、あらためてその駅に返ってきた──。そんな意味が込められています。
帰って行く場所としてジャズがあるミュージシャンは、とくにギタリストには少ないと思うんです。だから、その場所を僕は大切にしたいと思っています。タイトルを「My」ではなく「Our」としたのは、僕だけでなく、4人のメンバー全員がそれぞれの電車に乗っていろいろな経験をして、またここに帰ってきたということを伝えたかったからです。そして自分やバンドだけではなく、聴いてくれる方にとっても「プラットフォーム」のような暖かいアルバムであれたらという思いが詰まっています。
たくさんの「景色」を見てきた9年間
──ジャズという言葉が含む音楽のスタイルはものすごく広がっています。井上さんを含む若い世代には、「4ビート・ジャズはメイン・ストリーム」という感覚はあるのですか。
僕には、ジャズのメインストリームはもちろん4ビートというイメージがありますが、「ジャズ」という音楽は常に変化しつづけ変わっていくものだと思っているので、なにが「ジャズ」でなにが「メインストリーム」なのかを言葉で定義することは非常に難しいですよね。
そんな中、今回のアルバムは僕が思うオーソドックスなジャズをやっているつもりなので、自分と同じ同世代、もしくはもっと若い世代の人たちに人たちにどう聴こえるかが楽しみですね
──ギターは非常に表現の幅が広い楽器なので、ジャズというひとつのスタイルにこだわり続けるのは難しいという気もします。
もちろん、いろいろな音楽をこれまでもやってきたし、これからもやっていくと思いますが、僕がなりたいのは「何でも弾けるギタリスト」ではありません。自分のサウンドをもっていたいし、それが僕にとっては「ジャズ」なんです。何も意識せずに自然にギターを弾けばその人の音楽になる。僕もそうありたいと思っています。
──9年前のデビュー時と比べて、一番変化したところ、成長したところは何だと思いますか?
すべてが比べものになりませんよね。技術、気配り、判断力。どれももちろんまだまだだとは思いますが、9年前と比べればすごく成長したと思っています。
いちばん言えるのは、この9年間で本当にいろいろな音楽の「景色」を見ることができたということです。自分の中にある景色が豊かなほど選択肢が増えるし、表現の幅が広がると僕は思っています。だから、たくさんの景色を知っていればいるほど、いいミュージシャンになれると思うんです。いろいろな素晴らしいミュージシャンと共演させてもらって、素晴らしい景色を見ることができた。それがこの9年間で得られた一番の経験でした。
──それにしても、ファースト・アルバムが『ファースト・トレイン』で、久しぶりにジャズに回帰した今作が『アワ・プラットフォーム』ですから、よくできたストーリーですよね!
ああ、そうか。最初からずっと電車なんだ。それは今言われて初めて気づきました(笑)。
──一度プラットフォームに戻ってきて、これからまた別の場所に出発していくのでしょうか。
そう考えています。次は、これまで行ったことのない場所に出て行って、やったことのないことをやってみたい。20代の総決算となるようなアルバムをつくるつもりです。『アワ・プラットフォーム』とは真逆の作品になるかもしれません。自分でも楽しみです。
井上銘
ポニーキャニオン(PCCY-30251)
■1.The Lost Queen 2.Next Train 3.You’re My Everything 4.It’s Easy To Remember 5.Eighty One 6.I Didn’t Know What Time It Was 7.Waltz 8.I Love You 9.A Memory Of The Sepia
■井上銘(g)、魚返明未(p)、若井俊也(b)、柵木雄斗(ds)