「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、1960~80年代のロックを中心にモノラルで聴かせる、東京・渋谷の『record bar 33 1/3rpm』(レコードバー 33回転)を訪問。音楽への深い愛と遊び心のある店主による、ちょうどいい湯加減のお店でした。
音楽好きがこうじ、早期退職してオープン
ミュージックバーやレコードバーと呼ばれる酒場は、店主が強烈な音楽好きであることが通例となっている。そのため、ジャズ、ロック、ソウルなどジャンルごとに店が存在し、店主の好みでさらに細分化されていくことが多い。今回紹介する『record bar 33 1/3rpm』こと『レコードバー 33回転』もまた、音楽の話しになると目が輝く、気のいい店主によるお店。場所は、JR渋谷駅の西口から徒歩約3分、京王井の頭線の渋谷駅西口から約1分にある雑居ビルの地下にある。
この店では、1960年代から1980年代までのロックを中心に、ポップ、60年代R&B、ソウル、ジャズ、映画音楽などが流れる。店主は1962年生まれ。大手企業に勤務後、早期退職制度を利用して脱サラし、2014年3月3日に同店をオープンした。
「20代の頃から、レコードバーをやりたいという気持ちは芽生えていたんです。30代の頃は会社がイヤでお店をやりたいと思っていましたが、そんなネガティブな理由で始めたら100%潰すだろうなと思って。その後、40歳になってマンションを買って、サラリーマンとして生きていくと一度は腹を決めたんです。でも、いろいろな人やレコードとの出会いがあって、40代半ばで心変わり、50歳で退職しました」とは、店主の伊藤 滋さん。
一見のお客さんやカップルでも気軽に来店できる
ビルの地下階段を下り、ターコイズブルーの扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは9席のカウンター。その奥にはずらりとレコードが並んでいる。壁面はレンガ調で、窓の内扉は入り口と同じ色で統一されている。
「ターコイズの色が好きで、昔からお店のイメージとして漠然とあったんです。そんな折、書籍でイギリスのデッカ・レコード(ローリング・ストーンズをデビューさせたレーベル)の旧スタジオ写真を見つけたんです。古いレンガ造りの建物にターコイズブルーの窓。すぐにこのイメージでいこうと思いました」
『レコードバー 33回転』はカウンターのみならず、4人席のベンチシートと6人席のボックスシートも用意されている。この空間があることで、マニアックになり過ぎる空気が抑えられ、一見のお客さんやカップルでも気軽に来店できるオープンさが生まれている。
「メインターゲットは40~50代です。僕が持っているレコードと、知っている音楽がその時代ですから。彼らに喜んでもらうために大事にしたのは居住性の良さ。そこで、ひとりあたりのスペースを十分確保しつつ、カウンターとテーブルの距離も広めにとりました。というのも、40~50代のお客さんがお店を作ってくれると思ったんです。でも、そういう常連さんを集めるのには苦労しました。昨年ぐらいから、やっといい流れになってきたと実感しています。最近ではレコードを買っている20代のお酒好きの方も増えてきています」
選曲は、流れをみながら一曲単位でプレイ
常連さんの多いお店と聞くと身構えてしまうが、『レコードバー 33回転』に集う人たちはひとりでふらりとやってきて、マイボトルを飲みながらそれぞれが音楽をじっくり楽しむ人が多い。常連同士が顔見知りでも、最初と最後に軽く挨拶を交わす程度。しかも一見客を訝しがることもほとんどない。
「常連だけで固めるお店にしたくはなかった。それと、僕は何より場の空気を大事にしているんです。選曲もお客さんを見ながらしています。リクエストされても問題ないですが、それもまた流れがあるので……。80年代のヒット曲をかけているときにマイルスを頼まれても、それはさすがに厳しい(笑)」
そこまで極端な例は別としても、基本的にはDJ的な感性とサービス精神で、会話のなかで登場したバンドが数曲後に流れてきたりもする。すべては一曲単位でプレイされていくのも大きな特徴だ。
「音楽ジャンルの違いというよりも、録音が4トラックなのか8トラックなのか、はたまた16トラックなのか24トラックなのかでまるで違うんですよ。レコードを大きい音でかけるとすぐにわかる。なので、4トラックをかけているときに24トラックの曲を頼まれると悩みます」
おこづかいはすべてレコードに消えていた
お店の概要が掴めたところで、店主である伊藤さんの長い音楽遍歴をかいつまんで紹介していきたい。
「小学生の頃、親は歌番組をほとんど観せてくれなくて。でも、映画だけはよく観せてくれた。そのうちに、『史上最大の作戦』や『戦場にかける橋』のテーマ曲が好きになって、レコードプレイヤーをねだるようになりました。中学2年で初めてステレオを買ってもらって、そこからは映画音楽ばかり。3000円のおこづかいのなか、毎月レコードを1枚という感じです」
その後、中学の友人と映画『007 私を愛したスパイ』を観に行き、カーリー・サイモンが唄うポップな主題歌に興味を持つ。そのまま007映画の主題歌を掘るなかで、ポール・マッカートニー&ウィングスによる映画『007 死ぬのは奴らだ』のテーマ曲に衝撃を受けることとなる。
「映画音楽好きとしてはロックを聴いてはいけないみたいな気持ちがあって。しかも、ロック好きは不良が多いなと感じていて、彼らをカッコ悪いと思っていたことも大きかった。流行りに流されるのが大嫌いで、YMOとかも気持ち悪いと思っていたタイプなんです(笑)」
信念を打ち崩されたビートルズのサウンド
しかし、ある日校内放送でかかった「レットイットビー」でビートルズが無性に聴きたくなる。抵抗感を払拭するため、あくまでもこれはサントラ盤だという理由をつけて『ハード・デイズ・ナイト(邦題・ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)』を購入した。
「そこから完全に映画音楽は消えました(笑)。2年くらいかけてビートルズを全部集めて、高校生になるとラジオに夢中になるわけです。それが、音楽の当たり年である1979年、アフターパンクやニューウェーブが生まれてくる年。ポリス、プリテンダーズ、トム・ロビンソン・バンド、クイーンなどブリティッシュロックにハマって。トドメを刺したのが、ジャム。そこでポール・ウェラーが僕の神になった(笑)」
大学に入るとネオ・アコをはじめ、インディーズのロック、さらにはデヴィッド・ボウイに夢中になる。しかし、社会人になり地方勤務になると、最新の音楽から遮断されることに。一方で、60年代のブリテイッシュインベンション期の音楽を再認識していく。
「20代後半で新潟へ転勤するのですが、そこで毎週のように通ったロックバーがありました。その経験がレコードバーを志すきっかけになったんです。僕より年下だった店主は、ある冬の日に酔っ払って店で寝てしまい凍死してしまうんですけど……。そこを継いだ二代目の店主の相方がソウルのDJで、今度はソウルやファンク、ダンスクラシックに夢中になるわけです」
モノラル・UKオリジナル盤の衝撃
東京に戻った30代前半からは、往年のアメリカンロックやブリティッシュロックを深掘り。それと同時に仕事も忙しくなっていく。大きな転機となったのは40代前半だ。
「深掘りをしていくなかで、『ビートルズ・フォー・セール』のモノラル・UKオリジナル盤を買ったんです。なんだ、これ! というほど衝撃でした。試しに『ハード・デイズ・ナイト』のオリジナル盤を買ってみたら、ありゃーって感じ。シングル盤を買ってみたらさらに違って、モノラル針で聴いてみたらもっとすごいことになりました。そこから約1年かけてビートルズのUKオリジナル盤をすべて揃え、さらに仲間を集めてレコードを爆音で流せる場所を借りて遊んだり。その時点で会社を辞める覚悟も決まりました」
『レコードバー 33回転』では、すべてのレコードがモノラル再生される。その理由はそんなところにある。
「モノラルのほうがパンチのある音が出る。ステレオは音が舞いがちですが、モノは前後と上下に広がるのでスタジオっぽいというか、聴き疲れせずに長居ができるんです」
・店名 record bar 33 1/3rpm (レコードバー 33回転)
・住所 東京都渋谷区道玄坂1-6-2 渋谷Five BLD. by COAST B1F
・営業時間 カフェ13:00〜17:30、バー18:00~25:00(入店は24:00迄)
※カフェタイムは2020年3月30日より ※全席喫煙可
・定休日 日曜・祝日
・電話番号 03-3700-0199
・オフィシャルサイト https://www.33-1-3rpm.com/