投稿日 : 2020.05.18
ローファイ・ヒップホップの導師 Wun Two が語る「このムーブメントに無関心なワケ」
取材・文/中村 望
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昨今、ネットを中心に盛り上がっているローファイ・ヒップホップ。2016年頃にムーブメントとして顕在化し、いまや多くの “ローファイ・ヒップホップ制作者” がシーンに新曲を投下し続けている。
その一方で、“意図せず” 作られた楽曲が、ローファイ・ヒップホップとして殊遇される場合もある。もっともわかりやすい例が、Nujabes や J・ディラの楽曲だ。両者はローファイ・ヒップホップの始祖のように崇められるが、彼らの音楽がローファイ・ヒップホップとして「再発見/再定義」されたのは没後のことである。
ドイツ在住のWun Two(ワン・トゥー)も、そんなビートメイカーのひとりだ。彼はいまも現役で活躍するビートメイカーだが、ローファイ・ヒップホップなる言葉ができるずっと前から “その手の音楽” を作り続けている。Wun Two作品の特徴は、メロウでザラついた質感のトラック。さらに、ほぼワンループで作られた2分程度の掌編。この作風は、ローファイ・ヒップホップに大きな影響を与えたとも言われている。
しかし当の本人は、このムーブメントにあまり関心がない様子。“意図せず” ローファイ・ヒップホップに関わることになったという彼は、現在のムーブメントと自身の繋がりをどう感じているのか。
気づけばローファイ・ヒップホップと呼ばれていた
彼が音楽制作をはじめたのは2003年頃。当初はウータン・クランやア・トライヴ・コールド・クエスト、ファーサイドといった90年代の米国ヒップホップに触発されたという。そんな彼の音楽は、”ローファイ・ヒップホップ” や “チルホップ(注1)”というフレーズとともに、時代に受け入れられていった。
注1:ローファイ・ヒップホップとよく同列で語られる音楽フォームの一種
「僕が音楽を作りはじめたのは2003〜2004年頃。その頃には、すでに今の(ローファイ・ヒップホップの)ような音楽は存在していた。けど、今よりもっとマイナーで注目度も低かったから、当時の僕はそんな音楽があること自体知らなかったんだ。自分の作る音楽が、のちにローファイ・ヒップホップやチルホップと呼ばれる類であることもね(笑)」
当初の彼が作りたかったのは、クラシックなヒップホップだった。事実、彼は米ニューヨークの老舗レコード店/レーベルの「Fat Beat」からも多くの作品をリリースしているため、“ヒップホップ・ビートを作るプロデューサー”として認識している人も少なくない。
「従来のヒップホップよりも少し遅めでチル(癒し・落ち着くなどの意)なビートを意識していた」という彼のスタイルは、奇しくもローファイ・ヒップホップのサウンドとリンクし、ネットユーザーたちからも支持されていくことに。そんな自身のサウンドが “ローファイ” になったのは「偶然だった」とWun Twoは振り返る。
「ローファイっぽいチープなサウンドになったのは、当時僕が使っていた酷いソフトウェアのせいなんだ。サウンドはザラつくし、音圧も自動的に低くなってしまう…。本当はもっとクリーンな音にしたかったんだけどね(笑)。自分の望んだ音ではなかったけど『これも面白い!』と思えたんだ」
※以下の映像は「hausundaum」が撮影した2016年時のWun Twoのスタジオの様子。
ジャンルなんて聴いた人が好きに解釈すれば良い
ローファイ・ヒップホップについてひとつ補足しておくと、呼称に “ヒップホップ”という言葉が付いているが、厳密にはその系譜上にあるわけではない。サンプリングを駆使した手法やレイドバック(注2)したビートに類似点があるのは確かだが、ヒップホップだけでなく、ヴェイパーウェイヴ(注3)やチルウェイヴ(注4)といったジャンルの流れを汲んでいるという見方もある。
注2:ゆったりと間を取った遅れ気味のビート。
注3:2010年代前後、ネット界隈で生まれたカウンターカルチャー的ムーブメント。昔の音楽、ゲーム、商業コマーシャルなどのローファイなコンテンツを使った音楽ジャンル。80年代の大量消費時代を皮肉っているともいわれ、その後アート方面にも広がりを見せた。
注4:グローファイとも呼ばれる2000〜2010年代に登場した音楽フォームの一種。ノスタルジックでチープなサウンドに、アンビエント要素をブレンドしたシンセ・ポップ。
その聴かれ方も、勉強や仕事のBGMとして淡々と流されることが多く、ラウドで低音の効いた音響システムとは無縁のジャンルだ。そもそもヒップホップを作ろうとしていた彼にとって、自身の音楽をそのように扱われるのは本意なのだろうか。
「イエス! BGMには最高だと思ってるよ。車を運転してる時や自然の中でスローダウンするのにもフィットすると思うね。チルなシチュエーションに合うよう心がけているんだ。僕の音楽には特定のメッセージはないけど『リラックスして気楽に行こうよ』ってね」
シーンの中にはローファイ・ヒップホップにカテゴライズされることを嫌うミュージシャンもいる。そもそも音楽的な定義が曖昧なので、「なんとなくローファイっぽい」という雰囲気だけで一括りにされることが迷惑なのだろう。それが作り手の意図に反していれば、なおさらだ。しかしその点についても「クールだと思ってる」とWun Twoは語る。
「人はすぐに特定のジャンルに当てはめたがるよね。けど、僕は全然気にならない。聴いた人が好きなように解釈すれば良いと思ってる。かと言って、僕の音楽がすべてローファイ・ヒップホップだとは思っていないよ(笑)。この音楽がどういうものか定義するのは難しいけど、そういう不完全なところも魅力だと思ってる。ほかの音楽のように、古典的な様式に縛られることなく作れてしまうところが面白いんだ」
Wun Twoの作品には、ジャズやヒップホップをはじめ、ブラジル音楽やクラシックな映画音楽、ホラー映画のサントラなど、多様な音がサンプリングされている。つまり彼にとってこの音楽の魅力は、定義が曖昧であるがゆえの自由さ。それがどんな名称で呼ばれようと問題ではないということだ。
NujabesとJ・ディラは大きなインスピレーション
あくまで “自分の作品に集中する” ことを信条にしているWun Two。近年、世界中で盛り上がっているローファイ・ヒップホップのムーブメントに対しても、さほど気には留めていない。
「僕はシーンの動向を注視してきたわけじゃないし、あまり考えたりもしない。僕は好きなことに集中して、それ以外のことには集中しない。それだけなんだ。若い世代は、今でもこの音楽の虜になっているようだね。この音楽は時代に関係なく聴いていられるものだし、人気はまだまだ続くんだろうな」
最後にひとつ疑問を投げてみた。ローファイ・ヒップホップの象徴ともいえる Nujabesと J・ディラ。「シーンの動向は気にしない」というWun Two は、このふたりをどう見ているのか。
「Nujabesはもちろん知ってるよ。友達が教えてくれたんだ。静かでチルしてて、彼の音楽に漂う空気感は本当に素晴らしい。NujabesとJ・ディラは僕に大きなインスピレーションを与えてくれる存在だよ。 2人とも早くに亡くなってしまったことは本当に残念に思う。彼らは今でもローファイ・ヒップホップの王様だね」
幼少期からさまざまな音楽に触れ、10代で作曲を開始。友人の勧めでSound Cloudに投稿したことを機にキャリアをスタート。多種多様な音楽からサンプリングしたビートメイクで人気を博す。「幼少期を過ごした森や自然からインスパイアされた」という静穏でグルーヴィーな作品を数多く発表している。