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【特集】ローファイ・ヒップホップの正体lofihiphopLuv(sic)NujabesShing02シンゴツーヌジャベスラブシックローファイヒップホップ
投稿日 : 2020.06.05 更新日 : 2021.12.09
取材・文/大前 至
〈Luv(sic) Part3〉によって一旦は幕を閉じた〈Luv(sic)〉シリーズであったが、水面下ではNujabesがさらなる続編を渇望していたという。しかし、Shing02はこのアイディアには〈Luv(sic) Part3〉の時以上に、かなりの抵抗があった。
「大げさな言い方をすれば、『スターウォーズ』と同じで、すでに三部作で完結している状態。だから、一時保留にしていて。それでも、Nujabesからはビートをちょくちょくと送られてくるわけですけど。僕があんまり良い反応をしないもんだから、『一体どうなってるの?』って彼から呼び出されて。それで渋谷のスタジオ(=Park Avenue Studio)で会って話をしました。そこで『一曲ずつやるのではなくて、新たにもう三部作を作るぐらいの勢いがないと、初めの衝撃は超えられない』という話をして、『〈Luv(sic)〉~〈Part3〉とは全くの別物と考えて、一気に3曲作るのであれば、僕もそういう構成で考える』って提案をしました」
この話し合いの前後に送られてきていたNujabesのビートの音楽的な変化が、さらに〈Luv(sic) Part4〉以降を作る後押しにもなったという。
「彼が宇山くん(Uyama Hiroto)と出会ったことで、どんどん成熟したビートが送られてくるようになってきて。〈Luv(sic)〉シリーズの初めの3曲はサンプルの雰囲気のみに頼っていたのが、ミュージシャンである宇山くんの生の楽器の音が入って、より滑らかに、よりリアルになった。それこそ、2Dが3Dになったくらい変化を感じましたね」
〈Luv(sic)〉シリーズの続編には、『新たな出会い~別れ~再会』という流れがテーマとして与えられ、まずは〈Luv(sic) Part4〉と〈Part5〉の制作が同時進行でスタート。前作とは敢えて繋げずに、新たなストーリーとして作られた『新たな出会い』を描く〈Luv(sic) Part4〉には、Shing02が以前から温めていたという、カレンダーの比喩がリリックの中に盛り込まれる。一方で、明るい未来を感じさせる〈Luv(sic) Part4〉とは対照的に、〈Luv(sic) Part5〉は『別れ』というテーマが示す通り、非常に重く、暗いトーンに仕上がっている。
「Nujabesは〈Luv(sic) Part5〉が暗くなることには大反対で。もともとは〈Luv(sic)〉用ではなくて、彼がデモのひとつとして送ってきたビートで作ったんですけど、『これは〈Luv(sic)〉じゃない』とも言い切っていました。けど、僕は彼に『〈Luv(sic) Part4〉で明るくして、〈Part5〉では一回悲しみを出したい。そういう波でストーリーを作ろう』って言ったんですよ。そうしたら納得してくれて」
もともと、〈Luv(sic) Part5〉のリリックは19歳で亡くなったビートボクサー、ジェフ・レザレクシオンのために作られたものであったという。
「ジェフくんは当時、僕のLAの自宅近くに住んでいた高校生の男の子で。2009年末に、彼が甲状腺のガンになったという話を聞いて。会いに行って話をしたら実はNujabesのファンで、〈Luv(sic) Part3〉が大好きだった。結局、(2010年の)年明けに亡くなったんですけど、彼のお葬式で〈Part3〉を歌って。ジェフくんのことはNujabesにも話していたので、そういう経緯もあって、〈Luv(sic) Part5〉はジェフくんのために書くことにしたんです。Nujabesには『スタジオまで泊まりがけで行くから、絶対にこの曲を終わらせよう』と伝えていて、ジェフ君が亡くなった時も「ご愁傷様、(葬式で歌うための)〈Luv(sic) Part3〉のインストあって良かったね」と返事を貰えたんですけど、結局、それが彼との最後にやり取りになりました」
2010年2月26日にNujabesが亡くなり、その事実が公表されたのは3月に入ってからであった。
「新たにバンドで録音した〈Luv(sic) Part3〉(注6)をジェフくんに捧げて、さらに彼に宛てた〈Luv(sic) Part5〉の1バース目を書き終わるくらいのタイミングで、Nujabesが数週間前にすでに亡くなっていたことを知らされて。本当に気が抜ける思いでした。それから急いで1バース目を書き終えて。彼の死を正式に僕のHPで英語圏に発表したことで、世界中からたくさんのメッセージが舞い込んでくるような中、Nujabesへ宛てた2バース目を書きました」
注6:Shing02の公式サイトにて公開されている、〈Luv(sic) Part3 Jeff Resurreccion Mix〉。
Nujabesの生前、すでに制作が始まっていた〈Luv(sic) Part4〉と〈Part5〉に対して、シリーズの最後を飾る〈Luv(sic) Grand Finale/Part6〉に関しては没後に見つかったビートで制作が行われた。
「Nujabesが亡くなった後に、HydeoutのA&Rだった小泉くんから連絡をもらったので、Tribe(トライブ)(注7)で会って。『このビートがNujabesの携帯に入っていて、〈Grand Finale〉という題名が付いていました』って、お店のスピーカーでビートを聴かせてもらいました。大抵はサンプリングの名前をそのままビート名にして送ってくるような人だったので、ちょっと意外でした。そこからは、『再会』っていうテーマがすでにあったので、Nujabesのビートに宇山くんの生楽器を乗せたレイヤーを聴きながらイメージを膨らませていって。それで天国から俯瞰したようなストーリーが出来ました」
注7:Nujabesがオーナーを務めていた渋谷・宇田川町のレコード店。同じく彼がオーナーを務めていたギネス・レコードと同じビルの別フロア(ギネスが4階、トライブが3階)にて運営されていた。
Nujabesの死後、彼の鎌倉の自宅地下にあったプライベートスタジオ(=Yuigahama Studio)にて、〈Luv(sic) Part4〉から〈Part6〉、さらに別プロジェクトのために歌詞だけ書いたまま完成していなかった〈Perfect Circle〉のレコーディング作業が行われ、それぞれ12インチシングルおよびデジタル配信という形でリリースされた。さらに〈Part6〉のリリース時にはUyama Hirotoによるリミックスバージョンを使って、プロモーションビデオも作られている。
Luv(sic) Part6 – Uyama Hiroto Remix featuring Shing02 〈Luv(sic)〉シリーズの全曲を通じて、オフィシャルのプロモーションビデオが制作されたのは唯一この曲だけ。
「このビデオの撮影もすべて、鎌倉のスタジオで行いました。軽快なリミックスの方を選んだのも、宇山君とやっていく決意を彼に伝えたかったからです。最後、スタジオのコンソールから宇山くんが去って、電気を消すシーンで終わるんですけど、コンソールはNujabesの面影が一番残っている場所でもあって。彼への追悼の思いを込めてそのシーンを作ったんですけど、今観ても何かを感じるものがありますね」
今もなおNujabes、そしてShing02自身にとっても代表曲となっている〈Luv(sic)〉シリーズ。現在、ハワイを拠点としているShing02は自らのバックバンドであるThe Chee-Hoosを率いてライヴを行っており、〈Luv(sic)〉メドレーが彼のショウのひとつの山場にもなっている。〈Luv(sic)〉シリーズが、今でも人々に愛されている理由を彼はこう分析する。
「〈Luv(sic)〉には『音楽の女神にあてた手紙』というテーマがありますけれど、ひとりの人間としては、その時の人間関係とか、社会に対する思いとか、本当にプライベートな事まで沢山の想いがこの曲には詰まってます。ライヴでも、そういう喜怒哀楽を思い出しながら歌っていて、それが今でも若い世代に伝わってるのかなと思うことはありますね。いつまでも本当に音楽に対して恋の病を抱いているというか。そういうナイーヴな部分が緊張感と一緒に曲の中に残ってるんだと思います」
全6曲の〈Luv(sic)〉シリーズに加えて、『サムライチャンプルー』など数々のコラボレーションを行ってきたShing02は、Nujabesにとって最も重要なパートナーのひとりであったのは間違いない。一方で、今回のインタビューを通して分かったのが、決して近づき過ぎることのない、ふたりの絶妙な距離感だ。
「お互いドライなところは、すごく似ていて。彼はビジネス的にドライだったと思うし、僕は音楽的にストレートで、思っていたことは率直に言う。ひとりのラッパーとして、彼がやりたいことに興味はあるけど、『じゃあ、良いビートが出来たら教えてね』っていう感じで、常に距離は保っていました。彼が宇山くんと出会って、表現の幅を広げていく一方で、僕もライヴミュージシャンとセッションをしていましたけど、『じゃあ一緒にジャムろうか?』っていう話には一度もならなかったし。つまり、あくまでもレコードの中の関係だったんですよね」
さらに驚くのは、ふたりが一緒に曲を作っていた約10年弱の間、ステージ上で共演したことはほとんどなかったということだ。
「僕がフェスに出る時に彼に参加してもらったりということも一切無かったですし、それは残念なことでもありますね。一緒に鹿児島の小さいクラブへ営業に行ったことがあるんですけど、ちゃんと正式に彼とライヴをやったのは、たぶん、その一度きり。その時も、ライヴが終わった後、『僕は屋久島に寄って帰るから。じゃあ、バイバイ!』みたいな感じで別れて」
Nujabesを追悼して作られたこの映像は、2005年に代々木公園にて行われた『Geshi Fes』(夏至フェス)にShing02が出演した際のフッテージを収録。〈Luv(sic)〉と〈Luv(sic) Part2〉を2曲連続で披露し、Shing02自身にとっても最もメモラブルなステージのひとつであった。実はNujabesもこのライヴを観客のひとりとして観に来ていたが、バックステージなどにも一切顔を出さず、いつの間にか帰っていたという。
ラストは、偶然、二人が岡山にて遭遇し、一緒にステージに立った最後の時の話で今回の記事を締め括ろう。
「彼が亡くなる前の年(2009年)の夏頃に、岡山でライヴがあったんですけど、ライヴ前に地元のレコード店に寄った時に、別のクラブにNujabesが来てることを知って。『え、岡山にいるの?』みたいに電話をしたら、『もし来れるんだったら、なんかやる?』って言われたので、自分のライヴが終わった後に駆けつけて。シークレットゲストとして、たしか、〈Luv(sic)〉と〈Luv(sic) Part2〉をやったと思うんですけど、お客さんも大喜びですごく盛り上がった。その後も、Nujabesのセットが続くわけですけど、その時に思ったことがあって。ライヴプレイではアナログにこだわっていて、Funky DLだったり、Pase Rockだったり、Substantialだったり、彼がプロデュースした曲をメドレー形式でレコードでプレイするたびに、『ドン!』『ワー!』って、イントロクイズみたいな感じで、お客さんがものすごく盛り上がるんですよ。『やっぱりこの人はたくさんの名曲を作っていて、良いファンが付いているんだな』って。頭の中で分かってはいたものの、その様子を目の当たりにして、改めてすごいアーティストなんだなって思いましたね。それを岡山の小さなクラブで体験出来たことは幸せでした」
取材・文/大前 至 編集/富山英三郎
〈Luv(sic)〉シリーズのリリース年
2001年 シングル〈Luv(sic)〉
2002年 シングル〈Luv(sic) Part2〉
2005年 アルバム『Modal Soul』 ※〈Luv(sic) Part3〉収録
2011年 シングル〈Luv(sic) Part4〉
2012年 シングル〈Luv(sic) Part5〉
2013年 シングル〈Luv(sic) Grand Finale/Part6〉
2015年 シングル〈Luv(sic) Part3〉 ※3バースver.
2015年 アルバム『Luv(sic) Hexalogy』
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