「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。
モントルー・ジャズ・フェスティバルには、これまで数多くのブルース・ミュージシャンが登場してきた。その中で最大の大物といえばこの人である。失恋を嘆く飲んだくれの歌であったブルースを幅広い聴衆に愛されるポピュラー・ミュージックに育て、生涯にわたってブルース界に屹立した「キング」。その1993年のステージの映像作品を紹介する。
ギターの一音で会場の空気を変える
2015年にB・B・キングが死んだとき、エリック・クラプトンは自ら撮影し配信した映像メッセージで、B.B.の『ライヴ・アット・リーガル』というアルバムをぜひ聴いてほしいと訴えていた。自分のキャリアはほぼここから始まったのだと。
B・B・キングが生前に残した数あるアルバムの中で、名作とされるものにライブ盤が多いのは、彼の人生がまさしくライブとともにあったからだ。1950年代半ばからの40年間のライブ数は実に年平均330日に及び、90年代に入ってからも年間250本のライブをこなしていたという。すでに60歳を超えていたことを考えれば、驚くべき数字というほかはない。
延々と続くライブ・サーキットの途中にふらりと立ち寄るように、B・Bはモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージに立った。1993年、68歳のときである。総勢8人からなるバック・バンドが数曲で会場を温めた後、B・Bは満面の笑顔でステージに登場する。おもむろにギターを弾き始めるが、シールドが刺さっていなかったため、音が出ない。バンド・メンバーが急いでギターにシールドをつなぎ、B・Bは「しくじった」と軽いジェスチャーをして最初の一音を発する。その一音によって会場の空気が一瞬で変わる。
とにかく、音である。B・Bのギターの音。その魅力をどう表現すればいいのだろうか。太く、暖かで、ときにすすり泣くような音。『ライヴ・アット・リーガル』でも、ギターの最初の一音でリスナーは圧倒される。もっとも、B・Bのギターの音は常に一様ではなかった。『リーガル』の音はふくよかではシルキーだが、やはり代表的ライブ・アルバムの一枚である『ライヴ・アット・サン・クエンティン』のギターは、ときにハード・ロックを思わせるほどにラフである。モントルーのステージでのギターには軽いディストーションがかかっていて、ややざらついている。おそらく、エフェクターではなくアンプ単体によるディストーションだろう。
B・Bが愛用ギターに「ルシール」と名づけて恋人のように大切にしていたことはあまりにも有名だが、アンプへのこだわりはほとんどなかったらしい。唯一のこだわりといえば、ボリュームを常にフル・レベルにしておくことだった。アンプの種類やコンディションはスタジオやステージによってまちまちだから、毎回音は異なる。しかしどんなときでも、あのグローブのような巨大な手と太い指でネックを握ればB.B.キングの音が鳴った。音色や歪み具合がどれほど異なっていても、B・Bの音はB・Bの音と感じられた。それは一種のマジックと言ってよかった。
一流のエンターテイナーにして高潔な人格者
B・Bは歌っているときはギターを弾かない。歌って、弾いて、歌って、弾く。ボーカルとギターが重なることは決してない。ブルースにおいて歌の伴奏楽器であったギターがメロディ楽器としても使われるようなったのはT・ボーン・ウォーカーによるエレキ化以降だが、エレキの時代になってもブルース・シンガーたちはギターでリズムを刻みながら歌うのが普通だった。
B・Bがギターから伴奏の機能を完全に排除したのは、ボーカルと同じレベルでギターを鳴らしたかったからである。歌って、弾いて、歌って、弾く。ということは、そこにコール&レスポンスの構造があるということだ。若年の頃に属していたゴスペル・クワイアの流儀を自分一人の歌とギターで再現した結果がB・Bのスタイルとなった。ギターをボーカルと同じレベルで鳴らすには、自分の豊かな声量に負けない音がなければならなかった。そうして、あの魔法のようなギターの音が生まれた。B・B・キングの音楽において、声とギターはまったく等価なのである。
さて、モントルーでB・Bが歌う最初の曲はボビー・ブランドとの共演曲としても知られる「レット・ザ・グッド・タイムス・ロール」である。彼のヒーローの一人であったルイ・ジョーダンの「カレドニア」、インストルメンタルの「オール・オーヴァー・アゲイン」などを経て、定番の「ロック・ミー・ベイビー」へと演奏は進む。このあたりから、相撲取りのような巨体を足が支えられなくなったのか、彼は椅子に座って観客に語りかける。「語り」もまたゴスペルにおける重要な要素であることは言うまでもない。ラストは、これもライブの定番にしてB・B最大のヒット曲であるマイナー・ブルース「スリル・イズ・ゴーン」だ。一度ステージをはけて、再度登場してからの火を吐くような短いソロに彼のギター・プレイの魅力が凝縮されている。
それにしても、何と自由で大らかでチャーミングな人なのだろうか。歌いながら切れた弦を交換し、弾きながらチューニングをする。彼の歌に続いてソロをとるサックス・プレーヤーのために、マイク・スタンドの高さを自ら調節してやる。ソロを取ったプレーヤーと丁寧なお辞儀を交わす。観客にレスポンスを求め、応じてくれれば、子猫のような声で「サンキュー」と返す。ステージの最後には、ジャケットのポケットからありったけのギター・ピックを出して観客たちに手渡しする──。B・Bは一流のエンターテイナーであったばかりでなく、決してバンド・メンバーを叱責することのない高潔な人格者であった。その人柄が映像の端々ににじみ出ている。
〈参考文献〉『THE DIG Special Edition B・B・キング』(シンコーミュージックエンターテイメント)
『ライヴ・アット・モントルー1993』(DVD)
B・B・キング
■1.Fanfare 2.Six Pack 3.Two I Shoot Blues 4.B.B.King Intro 5.Let the Good Times Roll 6.When It All Comes Down (I’ll Still Be Around) 7.Chains of Love 8.Caldonia 9.All Over Again 10.Since I Met You Baby 11.Palying with My Friends 12.Ain’t Nobody Home 13.Why I Sing the Blues 14.Blues Man 15.Rock Me Baby 16.Please Accept My Love 17.Thrill Is Gone
■B.B.King(vo,g)ほか
■第26回モントルー・ジャズ・フェスティバル/1993年7月15日