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古来から日本に伝わる伝統音楽「邦楽」をアップデートし、国内外に発信しようと取り組むギタリストがいる。「邦楽2.0」(注1)を提唱する渥美幸裕(あつみゆきひろ)だ。
現在、京都を拠点に活動する彼は、さまざまな分野の古典奏者たちと交流を持ちながら、邦楽をギターに落とし込む独自の表現「Japanese Guitar」の確立に向けて日々研鑽を重ねている。もともとジャズやポップスなど、さまざまな分野で活躍していた彼は、どんなきっかけでこの世界に足を踏み入れたのか。そして、日本の音楽にどんな可能性を見出しているのか。
注1:「邦楽2.0」= 渥美幸裕が考案した、奈良〜江戸時代までに確立された雅楽(ががく)や箏(そう)、三味線などの「古典邦楽」の仕組みと、明治〜現代にかけて日本が吸収してきた世界中の音楽の仕組みを統合した新たな日本音楽の姿を表現するメソッド。
自分の生まれた土地(ルーツ)の音楽表現とは何か?
ロック・ギターに魅せられミュージシャンを志したという渥美幸裕。学生時代に所属したバンドはコンテストで決勝に進むなどの活躍を繰り広げていたが、バンド解散後はクラブやストリートを主戦場にジャズギターを探求した。
その後、東京・渋谷のクラブ「The Room」で、沖野修也や SOIL&”PIMP”SESSIONS といった数々の著名アーティストと交流を持ち、スタジオ/セッション・ミュージシャンとしてのキャリアをスタート。自身でも「thirdiq(サーディック)」や「Conguero Tres Hoofers(コンゲイロ・トレス・フーファーズ)」といったバンドを主導し、精力的に活動してきた。
転機が訪れたのは2011年。自身の“ギタリストとしての道”を模索していた彼は、ヨーロッパでの演奏活動を開始する。そんな折に現地のミュージシャンたちから「日本の音楽」について質問されたという。
「当時はジャズの進化系みたいなものを『自分のオリジナル』と定義していたんですが、現地のミュージシャンに『それは(普通に)ジャズじゃないか。日本の今の音楽はどうなんだ?』と問われたんですよ。つまり、自分のルーツや生まれた土地に則した音楽表現とは何か? を突きつけられて。それが自分には無かったんですね」
「世界で演奏する“日本人音楽家”であるには、日本の伝統をちゃんと理解した上で、そのエッセンスをギターに落とし込むことが、結果新しい表現であり、オリジナルの表現なんだということに気が付いたんです」
そして当初予定していた移住先を、ヨーロッパから京都へ変更することになる。
邦楽研究のスタートと苦悩「当時はノイローゼみたいだった」
「日本のルーツを身体で理解したかった」という渥美氏は、2012年から京都の比叡山の麓(ふもと)の古民家に移住。歴史的な建物も多い京都には「生活の中に、1000年以上昔のことに思いを馳せる機会がある」のだという。
「江戸時代の方が作った、今とは生活様式がまったく違う建物なんです。生活はしづらいですが、江戸の幕末から明治初期くらいにかけて『人は何を大事に生活していたのか』を何となく感じられるんですよ」
「夜は周りも静かで虫の音も聞こえたり、季節の移ろいを感じることができる。そういう生活の中に『伝統の音楽は培われてきたんだ』と肌で理解できる様になってきたんです」
研究を進めるにあたり、伝統邦楽に携わる人たちに片っ端から会いに行き、教えを乞うたという渥美氏。雅楽(注2)、長唄(注3)、人形浄瑠璃(注4)、箏曲(注5)、尺八、民謡、盆踊りなど、さまざまなことを現地で教わり、教えてもらった方たちと一緒にアレンジしていった。
注2:雅楽(ががく)=1200年以上の歴史を持つ日本の古典音楽。日本古来の儀式音楽や舞踊、中国大陸や朝鮮半島から伝来した音楽や舞を、平安時代に日本独自の様式に整えた。
注3:長唄(ながうた)=300年以上前に歌舞伎の音楽として成立し、主に江戸で発展してきた三味線音楽。その後、歌舞伎から独立して純粋に音楽としても作曲・演奏されるようになった。
注4:人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)=日本を代表する伝統芸能の一つ。太夫・三味線・人形が一体となった総合芸術で、その成立ちは江戸時代初期にまで遡る。
注5:箏曲(そうきょく)=日本の伝統楽器の一つである箏(そう/こと)の音楽の総称。 一般的に、「箏(こと)」と呼ばれ、「琴(きん)」の字を当てることもあるが、「箏」と「琴」は別の楽器。
「自分は『邦楽をアップデートして、その魅力を世界に伝えたり、次世代に継承するために、ギターで関われたらと考えている』と。それを理解・快諾してくださった和楽器奏者の方々に、楽曲について教えていただくというのを、この9年繰り返しています」
邦楽にドレミの書いた五線譜などは当然なく「譜面もメモ書きみたいなもので、見ただけではチンプンカンプン」だったという。
「教えてくださる方の演奏をひたすら聴いて耳で覚えていくんです。1曲につき300回くらい連続再生して。当時はノイローゼみたいになってました(笑)。
「取り組みはじめて、色んな壁に当たっていくんですけど、やればやるほど『どうやってギターに落とし込んだら良いか』と。何度も辞めようかと悩みました。結局、形にするのに3年くらい掛かって、2015年~2016年の始めくらいに『Japanese Guitar Song Book』というアルバムを作るんです」
邦楽は、もしかしたら本当に危機なのかも…
渥美氏は、これまで3枚の作品をリリースしている。『Japanese Guitar Song Book』は、「邦楽2.0」を用いた最初のアルバムだが、2作目としてリリースした『NIPPON NOTE 2.0』は、「実は、2014年にはできていた」という。
「『NIPPON NOTE 2.0』は〈邦楽をアップデートすると、こういうことになるのでは?〉というファースト・インプレションで作ったんですが、2014年のタイミングで出しても『誰も理解しないだろう』と思って、一度寝かせたんです」
そこに光明を当てたのがDJ KRUSH(注6)だ。渥美氏の「Japanese Guitar」に興味を持ち、共作を持ちかけたという。
「2017年にDJ KRUSH さんが『Japanese Guitar 面白いから一緒に作ろう』と声をかけてくださって。『このタイミングを逃してはならん』とKRUSHさんに提供した元ネタ(注7)を『NIPPON NOTE 2.0』に入れて、同じタイミング(2018年)にリリースしたんです。
注6:DJ KRUSH=80年代から活躍する日本を代表する実力派DJ。90年代からはソロに転身し欧米をはじめ、国際的に高い評価を博す。
注7:『NIPPON NOTE 2.0』の収録曲「天照 – 超訳三番叟」、「揉の段」、「鈴の段」が元ネタ。人形浄瑠璃の「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)をギター・アレンジしたもの。DJ KRUSH「Devine Protection」に使用されている。
また、渥美氏の活動において「すごく大きかった」というのが、津軽三味線・奏者の小山豊(おやまゆたか:注8)との出会い。彼は、渥美氏の3枚目のアルバム『花鳥風月』(2019年)にも参加している。
「彼は三味線という和楽器の立場から民謡をアップデートしたいと思っている人なんです。僕はギターの立場から、今の時代にフィットした日本音楽のアップデートを考えている。そこで意気投合して、今一緒に日本の新しいシーンを作ろうと画策しているんです」
小山氏をはじめ、渥美氏の取り組みには、邦楽に関わるさまざまな人たちが背中を押してくれているという。そこには、伝統邦楽界が高齢化している事実があり「言い換えれば、もしかしたら本当に危機なのかも…」と渥美氏は語る。
「みんな邦楽の未来のことを考えてるんですよ。邦楽が伝統の枠に収まったままだと、そのまま風化していってしまいそうだと…。こちらも最大限のリスペクトを持って『そこを改善していく必要がありますよね』と。皆さん本当に前向きに取り組んでいただいています」
日本の音楽が持つ大きな特徴。「呼吸」と「間」
長い歴史を持つ邦楽は、西洋音楽とはまったく別の道を歩んできた。広義には同じ音楽ではあるが、このふたつには、どんな違いがあるのか。そもそも日本の音楽が持つ音楽的特徴とは何なのだろうか。
「日本の音楽の独特のポイントに僕は魅力があると思っています。それは〈呼吸〉とか〈間〉と言われるもの。日本の音楽は、ひと言でいうと〈呼吸の音楽〉だと思います。それは(邦楽)すべてにおいてです。呼吸の〈間合い〉によって、曲の小節の長さが、伸び縮みするんですよ」
西洋音楽においても、長さが伸び縮みする瞬間は多少なりともあるが、渥美氏によれば、このふたつは根本から違うという。
「基本的にアフリカ派生の音楽(ジャズやロックなどの黒人発祥の音楽)はハートビート(心音)の音楽なんですよね。なので、呼吸のように大胆な〈間〉の伸縮っていうのが無い。定常的なリズムを大事にしているのが、西洋圏で成立している音楽のコアな部分。日本の音楽にも、盆踊りとか、ハートビート的な要素もあるんですが、感じ方・考え方は〈呼吸〉だと思うんです」
例えば、日本人なら誰でもできる「一本締め」。渥美氏によれば「これが呼吸を軸にしたリズムの感じ方」で、邦楽とは、この「一本締めの連続のような状態」なのだと説明してくれた。
「呼吸というのは、歌にすごく直結していて、メロディの塊を日本人は〈節(ふし)〉と呼んでいる。『一節歌う』というのは、『ここからここまで』っていう塊を歌い切ることなんです。どうやら邦楽は、この〈節〉という単位で、音楽を考えているんですよ」
「西洋の音楽って、リズムとかグルーヴの上で乗りこなしますが、日本は逆。歌が『こう行くぞ』となったら伴奏者が付いていくんです。だから西洋音楽と同じように捉えると、謎でしかない」
渥美氏は言う。この「節の呼吸」が肌で分かると、日本人ならとても自然に感じられるはずと。また、日本の風土での暮らしが長ければ「国籍を問わず理解できると思う」と。
革新的なことが日本から生まれるかもしれない
渥美氏の最終目標は、“音楽を通して多様な価値観を認め合える世界を創ること”。つまり、違う文化を持つ者同士が、それぞれ培ってきたものを受け入れ、分かち合い、変化し合うこと。
そうすることで、世界は「多様な国籍、性別、宗教、文化、年齢、環境を受け入れて交流することができ、もっとひとつに繋がれる」と信じている。
その第一歩は、日本人が日本古来の音楽や文化の歴史、魅力を自覚することではないか。日本文化を愛し、自覚を持ってほかの文化とフラットに交流することで「結果、世界平和に繋がる」と考えている。
「海外でジャズギターを演奏しても『日本人だけど、まあまあ弾けるね』くらいの評価なんですけど、『Japanese Guitar』の演目を演ると、態度が違うんです。『お前、何をやったんだ?』と。『これは日本の300年前の曲だ』というと、コミュニケーションの質が変わるんですよ。向こうは最大限の敬意を持って、我々のやってきたものに感動と評価をくれる。
そんなフラットな交流を実現するには、「もっとプレーヤーが増えることも必要」と渥美氏は語る。
「『Japanese Guitar』のプレーヤーが増えるような状況を作りたいんです。他のジャンルのようにプレーヤーが2人、3人と増えていく。それがピアノであろうがドラムであろうが、共有して一緒に模索できる仲間を増やしたい。本当に興味ある人は「連絡くれ!」という感じですね」
日本オリジナルの文化を日本人が思い出すには、現代の生活の中に溶け込ませることも重要になってくる。「邦楽2.0」は、そのための取り組みでもあるのだという。
「邦楽を聴く耳っていうのを、明治以降、我々はあまり使わないで来てしまっている。明治以降のクラシック教育とか、ジャズやロックとか、西洋的な流れに対応した150年を過ごしてるから」
「でも、僕でさえ(邦楽を聴く耳を)思い出したということは、機会さえあれば、多分、誰でもできるはずなんです。なので僕は、それを思い出してもらうためにも「邦楽2.0」を使いたい」
「江戸以前と明治以降の音楽の流れを両方大事にして、『日本』という認識を持った音楽をちゃんと作れたら、日本の新しい音楽になるんじゃないかと。本当に革新的なことが『日本から提案できるかもしれない』とワクワクしているんです」
取材・文/中村望
撮影/平野明
【公演情報】
渥美幸裕による「Japanese Guitar」のソロ公演が、11月15日(日)に和歌山県「LURU HALL」で開催される。会場は限定15席となっており、当日はバイノーラル・レコーディング(注9)を駆使した配信も予定されている。
注9:バイノーラル・レコーディング=360度で収音可能な録音技術。従来のステレオでは再現できない後方や下方からの音すら聴こえ、まるで会場にいるかのような臨場感を味わえる。
渥美幸裕プロフィール
2002年から様々なアーティストと多岐にわたるキャリアを経て、「新しい日本の音楽」を創作する為、2012年に東京から京都へ移住。築130年の日本家屋を制作拠点、蔵をスタジオとして日本音楽の新たな姿を模索し始める。様々な古典邦楽、民謡、児童唱歌を研究する中で、その魅力を世界の人々や日本の若い世代に伝えることが使命の一つであると氣づく。伝統邦楽が持つ魅力を西洋楽器であるギターというフィルターを通して全世界へ普及、伝承するプロジェクト『邦楽2.0』を主宰。また伝統邦楽の研究から生まれたギター音楽『Japanese Guitar 』の開発に取り組む。
渥美幸裕 邦楽2.0 バイノーラルコンサート
~着物の日に聴くJapanese Guitar~
会場:LURU HALL 和歌山県和歌山市狐島298−1
日時:2020年11月15日(日)OPEN 19:00 START 19:30
料金:【プレミア配信 】¥2500(税込) 1週間アーカイブ付/【 会場チケット 】限定 15席 ¥4000(税込) フリーソフトドリンク付
ウェブサイト
【リリース詳細】
■渥美幸裕『Japanese Guitar Song Book』
発売:2016年8月8日
https://atsumiyukihiro.net/#disc
■渥美幸裕『NIPPON NOTE 2.0』
発売:2018年3月21日
https://atsumiyukihiro.net/#disc
■渥美幸裕『花鳥風月』
発売:2020年2月27日
https://atsumiyukihiro.net/#disc