投稿日 : 2020.11.30 更新日 : 2021.12.03
【石若駿 インタビュー】人生の1ページを綴るライフワーク ─凄腕ドラマーはなぜ “歌のアルバム”を出し続けるのか
取材・文/土佐有明 撮影/鈴木健太
小学5年生の時にハービー・ハンコックにそのプレイを絶賛され、中学生の頃に日野皓正にその才能を見出された、ドラマーの石若駿。東京藝大の打楽器科を卒業し、ジャズ・ドラマーとして活躍する一方、昨今はくるりや原田知世などの作品/ライブに参加してきた。
『SONGBOOK』5作目の中身
そんな石若がライフワークとするのが、自分でピアノを弾き歌ものに取り組む『SONGBOOK』プロジェクト(※1)。昨今は藝大の先輩でもある角銅真実(ボーカル)、中村佳穂や君島大空らと共演している西田修大(ギター)でライブを重ねてきた。そんななかリリースされる『SONGBOOK Ⅴ』には、サックス、クラリネット、トランペットといった管楽器が豊かな彩りを添えている。かつジャケットの通り、石若、角銅、西田の3人が活躍。これまでの『SONGBOOK』シリーズに比べてカラフルな印象を受けた。年間約300本のライブをこなす石若が、忙しいなか時間を割いてくれ、SONGBOOKの来し方行く末について話してくれた。
※1:2016年12月にリリースされた『SONGBOOK』を皮切りにシリーズ化。ほぼ1年ごとに発表され、このたび5作目となる『SONGBOOK Ⅴ』(2020年10月リリース)が完成した。
――石若さんは『SONGBOOK』シリーズではピアノも弾いていますが、お母さんがピアノ教室の先生だったそうですね。
個人の教室で生徒も小さい子ばかりで、クラシックを教えてましたね。その流れで自分も気付いたら弾いてました。
小学生の頃にはピアノでコンクールに出るようになっていて、いい成績をとったら嬉しくて。でも、ピアニストになりたいというよりはこれを勉強しなくちゃ、という気でいました。同時進行でドラムも始めていたので、そっちのほうが楽しくなってしまって。ですが、ピアノをやっていたおかげで初見や読譜能力が気づいたら身に付いていました。高校の授業でも副科(※2)のピアノがあったので、常にピアノは弾いていました。
※2:石若は中学卒業後に東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校に進学し、打楽器を専攻。同校では専門である主科(石若の場合は打楽器)に対して、「副科」と呼ばれる別の楽器も履修する。
――ドラマーになろうと思ったきっかけは?
小学校の3年か4年の時に札幌のジュニア・ジャズ・スクールっていう教室があって、そこで本格的にジャズに出合って、将来はドラマーになろうと。特にはっきりと意識したのは、小学6年生の時。日野皓正さんに出会ってフックアップされたことが大きかったですね。
――初めて曲を作ったのは?
中学2年の頃ですね。ジャズのリーダー・ライブが予定されていて、そのために自分がリーダーとなって老舗のジャズ・クラブで演奏するんですけど、オリジナルをできたら恰好いいなと思って。ちょこちょこピアノで曲を作っていたので、それを自分がリーダーとして演奏しました。その時に曲を作る楽しさを知って。ピアノで悶々としながら書いた曲を、共演者に演奏してもらい、自分はドラムを叩いて演奏してました。
くるりとの演奏で起きた変革
――『SONGBOOK』に繋がるような作曲は?
最初はジャズのバンドでライブをするために曲を作り溜めているところから始まるのですが、管楽器奏者にメロディをとってもらうと、自分のつくるメロディが難解に聴こえすぎるように感じて。これに声の音と歌詞が加わったらもっと強い音楽になるんじゃないかなと思って。そんなときに角さん(角銅真実/※3)の歌と演奏を観たんです。
僕が藝大の打楽器科の1年生の時に角さんが4年生だったんですけど、彼女のBUNKAKUっていうパーカッションのユニットを観に行ったら、マリンバを叩きながら歌っていて。それがすごくかっこ良かったんです。それで、「こういう曲ができたんですけど、角さん歌詞書いて歌ってくれませんか?」って言ったのが2012年の冬とかで。
※3:角銅真実/かくどう まなみ
マリンバをはじめとする多彩な打楽器、自身の声、言葉、オルゴールやカセットテープ・プレーヤー等を用いて、自由な表現活動を国内外で展開。自身のソロ作品以外に、ceroのサポートや、CM・映画・舞台音楽、ダンス作品や美術館のインスタレーションへの楽曲提供・音楽制作を行っている。
――そこから『SONGBOOK』の1枚目を出すのに時間がかかっている?
今もサウンドクラウドにあがってる「Asa」という曲を録ったのが2012年で。打楽器科の練習室に置いてあるピアノを弾いて、小さいレコーダーで録りました。そのあと角銅さんにうちに来てもらってマイクを立てて、少しずつ録ってデモを作って。
そこからリリースまで3年かかったんですよね。ピアノ録ったら2か月後はドラム入れて、そしたら今度は3か月後に歌を録って、というのが5曲あって。歌入れたあとにピアノのテンション違いのプレイに録り直したり。初めてのインディペンデントな作業だったので、どのタイミングで、どんなふうにリリースするかも悩みまくっていました。それで3年かかりました。
――歌もので言うと、くるりのほかに、原田知世さんやさかいゆうさんのライブやレコーディングでもドラムを叩いてますね。くるり以外で好きだったうたものは?
星野源さんのファースト・アルバムの「ばかのうた」や、「エピソード」を聴いて、いつか自分もこういう風に音楽を作ってみようかなって思ったり、ほかには、フジファブリックさん、七尾旅人さん、羊毛とおはなさん、predawnさん、大橋トリオさん。青葉市子さんのファーストも出た時すごいびっくりして、ずっと聴いててます。矢野顕子さんとか、松任谷由美さん、大貫妙子さんは、実家で親が好きだったのもあって聴いてました。
――くるりで演奏した以前と以降でプレイが変わったところはありますか?
8ビートをめちゃめちゃ丁寧に演奏するようになりました。シンプルなことにすごい気を使うようになったというか。この八分音符の長さはちゃんと一定かな? とか、フィルイン入れるときは走らないでちゃんと次の頭にきているか、ハイハットのアクセントの位置でバンドがグルーヴしてるか、とか。シンプルなビートに対して神経を注ぐようになりましたね。それはやっぱり、くるり以降です。
ギター西田の包容力と角銅の吟力
――『SONGBOOK』シリーズでの曲の作り方は?
ピアノに向かって自分の好きなコードを並べるっていうやり方と、メロディとコードを一個書いてそこからマップを書いていくようなやり方があります。『SONGBOOK Ⅲ』はロジックを使ってDAWで機械的に作ったもので、今回の「V」はスタジオに入ってひとつずつ楽器を重ねていくという、原始的なものですね。
あと、自分の中でアップライト・ピアノを使いたいというのがあって。そんなに厳密にチューニングされていないようなピアノの質感が好きだったので、今回はそれで全部録ってみようと。ピアノを録って、ドラムを重ねて、ベース弾いてもらって、クラリネットとかホーンを入れて、足漕ぎのオルガンも入れて。最後に角さんに来てもらって、一緒に歌詞考えたり、その場で考えてもらったりしました。あと、入り時間の前に3曲分の歌詞を一気に書いて来たときもあって、凄かったです。
――角銅さんの歌詞も冴えていますね。
僕は歌詞の内容に関してのディレクションはしないんですけど、角さんの一個のフレーズからめちゃめちゃ世界や景色が広がるみたいな感覚があります。例えばメロディは難しく聞こえるはずだけど、その曲がまるで普通に、元からそんな形で存在していたかのように歌ってくれるんです。
――今回は全曲、角銅さんが歌っていますね。
ライブをやる時はずっと、角銅さんだったので、それを今回形にしたかったんです。ジャケットも “この3人でやってるよ”っていうのを示したくて。この2~3年は角さんとギターの西田君(※4)でライブをやっていたので、その集大成的な作品ですね。今回、角さんも、西田君もミックスとマスタリングの時も隣にいてくれて。バンドっぽかった。“ひとりじゃない”という気分でしたね。
※4:西田修大/にしだ しゅうた
ギタリスト。Shun Ishiwaka Songbook Projectのほか、中村佳穂BAND、君島大空 合奏形態、Ortance、MEETZ TWELVE、Okada Takuro、ZA FEEDO、けもの、ものんくる、カーネーション、安藤裕子、DAOKOなどレコーディングやライブステージでも活躍。
――西田さんのギタリストとしての魅力は?
たくさん僕の曲をやってくれているギタリストっていうのもあるし、ジャズ・ギタリストが持っていない、予想のつかない曲の解釈だったりフレーズの面白さがありますね。そしてエフェクターをたくさん使うアイディアの豊富さ、サウンドがすごく多いし、ロック的なアプローチもかっこいい。とにかく、未知なる世界を見せてくれるのが、大好きなんです。
石若、角銅、西田による “SONGBOOK TRIO” セッション
――西田さんは音に人柄が滲み出ていますね。
人間力ですよね。本当にやさしくて友達想いで、近くに寄り添ってくれる。それが音にも出ていますね。真剣な悩みごとをしゃべると本気で考えてくれるし、一緒にアホになれる友達でもあり、頼れる兄貴的な部分もある。
僕と音楽的なルーツはもちろん違うんですけど、その違いにも喰らいついてくる。この曲、レコーディングでこういうボイシングできる? って言ったら一生懸命やってくれて。工夫しながらめちゃめちゃ真剣に向き合ってくれるんです。プレイも最高だし、ステージでもロックスター感があります。
いつかは自分で歌うかも…
――今回の『SONGBOOK5』に、管楽器を入れようと思ったのは何故?
ガブリエル・フォーレ(※5)の「Op. 120」というピアノ・トリオの曲があって。ピアノとバイオリンとチェロの3人で演奏される曲なんですけど、そのバージョン違いでバイオリンのパートをクラリネットがやっている音源があって。それが好きでずっと聴いている時があったんです。
その影響もあって、クラリネットとピアノが重なりあうというのが今回やりたいことだったので。トランペットのソロが3曲目にありますけど、この曲は絶対、ニラン・ダシカ(※6)だろうって。彼は『SONGBOOK 2』の頃から吹いてくれていますし、僕の曲をたくさんやってくれているので、すぐにデータを送って。
※5:ガブリエル・ユルバン・フォーレ(Gabriel Urbain Fauré/1845-1924)。フランスの作曲家。小規模編成の室内楽で多くの名作を遺した。
※6:オーストラリア出身のトランペット奏者/作曲家
――SONGBOOKシリーズって捻りが効いているとか難解だと言う人もいますが、枚数を追うごとに段々慣れてきました(笑)。聴き方のツボが判ってきたというか。
それは嬉しいですね(笑)。
――ちなみに、ブライアン・ブレイドや坂田学さんが、ドラマーでありながら自分で曲を作って歌ってますけど、自分が歌うというのは考えます?
考えますね。でも今じゃないかな。どうしてもこれは自分で歌うしかないという曲ができたらやりたいです。
ただ、曲を作っている時も自分の声で馴染ませることがあって。メロディが声に慣れるために自分でピアノ弾きながら歌うこともあります。そうすると、このメロディはこういう音域の幅があるんだとか、女声がいいか男声がいいのか、などが分かってくるんです。
――あと、尺が短い。『SONGBOOK』は多くても7曲で終わりますね。
トータルで30分ぐらいにしようというのはいつも考えてます。そのぐらいが自分にとってちょうどいいかなって。しかも今回、7曲目の「Happy Song」まで行ったあと、リピートされて最初の曲に戻るじゃないですか。その戻ったときの繋がりが良くて、うまくループさせられる。曲のキーも関係していると思うんですけど。
1から5まで出たから、続けて全部聴く会とかやりたいですね。SONGBOOKはそのとき自分がどんなことを考えていたかが分かる、自分の人生の1ページみたいな感覚なんで。あと次は、1日か2日で全部レコーディングする、というのをやってみたいです。今まではピアノ録った1か月後にドラム入れてとか長スパンで録っていたんですが、ちゃんと準備して、何をやるのかを最初に決めた状況でレコーディングしてみたいですね。
取材・文/土佐有明
撮影/鈴木健太
【石若駿 公式サイト】
http://www.shun-ishiwaka.com/home