デビューから9年。ポップ・バンド“パスピエ”から、ニュー・アルバム『synonym』が届いた。前作『more humor』から約1年5か月ぶりとなる本作は、高度な音楽理論に裏付けられたアンサンブル、奔放にしてポップなアイディアが共存する作品に仕上がっている。「同義語」、「類義語」を意味する造語“synonym”を冠した新作について、また現在の音楽観についてメンバー4人に訊いた。
音楽やる意味を見つめ直したコロナ期間
──前作「more humor」(2019年5月)のリリース、それに伴うツアーのあと、自主レーベル“NEHAN RECORDS”を設立。2月には結成10周年を記念したライブをおこないましたが、その後の活動ビジョンはどんなものだったのでしょうか?
成田:そのライブをした後にコロナが拡大して。メンバーそれぞれ、自分自身に向き合う時間が多くなったんです。外に向けていかに表現するか、ではなく、音を鳴らす意味だったり、「いま、この曲をパスピエでやる理由は?」みたいなことを考えながら、今回のアルバムを作っていました。
三澤:ドラゴンボールの“精神と時の部屋”みたいな感じで、「なんでギターを弾いてるのか?」みたいなことを考えたり(笑)。
大胡田:根本すぎる(笑)。
三澤:結局、「楽しいからだよな」という答えに辿り着くんですけどね。そうやって考えた時間が、今回のアルバムにもつながっていると思います。
露崎:楽器と向き合うこともそうだし、ライブの在り方、今後の活動についてもいろいろ考えましたね。配信やストリーミングが中心になって音楽の聴かれ方が変わってきて、(コロナ禍によって)それがもっと動いて。アルバムの制作中も、家での聴かれ方をイメージしてベースの音作りや位置を決めたり。
左から露崎義邦(b)、大胡田なつき(vo)、成田ハネダ(kb)、三澤勝洸(g)
成田:「アルバムを出して、ツアーを回って、イベントに出る」というのがセットだったけど、それができなくなった。この後どうなるかは想像でしづらいけど、この状況のなかで楽しめるものを作りたかったんですよね。なので音作りの比重としては、ライブを意識するというより、リスナーが脳内で噛みしめられる感じになっていると思います。
大胡田:自分たちの意思ではなく、環境の変化によって変わらなくちゃいけないこともあるんだなって。歌詞もかなり変わりましたね。今まではバンドのリハのときに感じたことを書き留めたりしてたんだけど、今回はそれができなくて。メロディを意識しながら歌詞を書くことが多かった気がします。新しい体験ができない分、これまでの記憶や思い出をもとにした歌詞もありますね。
11月に配信でリリースされ、アルバム中でも重要な意味を持ったリード・トラック「Q.」
ライブができない環境で考えた“静の中の動”
──音楽的な方向性については?
成田:前作『more humor』からアプローチが変わったイメージを持っていて。コード進行やメロディだけではなくて、メンバーのアンサンブルの引き出しがさらに増えた実感があるんですよね。今回はライブで盛り上がることができない状況において、「そのなかで高揚感を生み出せるものって何だろう?」と考えていました。“静の中の動”というか。
──表面的には静かなんだけど、そのなかで歌や楽器の音が躍動している、というイメージ?
成田:そうですね。ライブを意識して制作していた頃は、“動のなかの静”だったんです。リズムが激しくて派手なんだけど、メロディとサブメロディがたゆたうように折り重なっていたり。今回はその逆ですね。「スロウな曲だけど、ノレる」だけではなく、緻密にパッケージされている中に、奥行きが広がっているような曲を作っていきたいなと。
三澤:実際にスタジオに入って音を出すことができなかったので、イメージの共有が難しくて。メンバー同士の会話によって、楽曲の方向性を決めることが多かったんですよね。
成田:うん、曲の雰囲気の言語化はキモだったかも。
露崎:実験的な要素もいままで以上に強かったんですよね。自分のことで言えば、ベースらしくないフレーズをあえて入れたり。いい意味で固定観念に捉われれないことが大事だったのかなと。
──曲によってテイストがまったく違いますからね。たとえば「現代」はフュージョン的なアンサンブルが取り入れられていて。
成田:最初のデモ音源はまさにそんな感じで、リズムもアレンジも難解だったんですよ。その後、家の中で聴くときの時間の流れを止めたくないなと思って、さらにブラッシュアップして。
露崎:むしろキレイな印象の曲になったと思いますね。
──歌詞も楽曲構成も回文構造になっている「oto」も、パスピエらしいアイディアの曲ですよね。
成田:そうですね(笑)。2020年5月5日をデジタル数字(2020/0505)にすると左右対称になることに気付いて。(アルバム『わたし開花したわ』『ONOMIMONO』など)デビュー当初から回文を使った表現をしてきたし、歌詞も構成も回文構造の曲を作ってみようと。歌詞はすべて大胡田に任せました。
大胡田:難しいテーマに向かっていくのは好きですからね。“打倒・成田ハネダ”というか(笑)。
──「プラットフォーム」は、初期の代表曲「最終電車」を想起させる楽曲だなと。
成田:確かに「最終電車」の雰囲気を交えてますね。アンサー・ソングではないけど、バンドを10年やってきて、新しいソフトを探し続けてきたなかで、10年前のモノが新しく感じる時期になってきたのかもしれません。焼き増しではなくて、自分たちも新鮮に感じたし。
露崎:「Q.」もそういう感じですね。
──確かに。ボーカルの表現に関してはどうですか?
大胡田:さっき話していたように、聴かれる場所が日常に近いところになると思ったから、身体的な“動”ではなく、“脳は使うけど、身体はそんなに疲れない”という感じにしたくて。ライブのような歌い方ではなくて、ずっと聴いていられるアルバムになるように抑揚を調整しました。1曲目から最後の「つむぎ」まで通して聴いてほしいですからね。
──「つむぎ」の歌詞には、大胡田さんの思いが反映されている?
大胡田:アルバムの最後の曲には大体、そのときにいちばん込めたいメッセージが強く出ています。「つむぎ」の歌詞は、自分たちのことなんですよね。つまりそれはきっと生きているすべての人に通じるところがあると思うし、聴いてくれた人の曲になってくれたらいいなと思います。
新たなアプローチで狙う、さらなる飛躍
──「synonym」というアルバムのタイトルは、“同義語、類義語”という意味の言葉ですね。
成田:今年の自分たちを表わす言葉って何だろう、と考えて。今回のアルバムにはいろいろなタイプの曲が入っているし、表現の引き出しも増えていますが、音楽の外側が変わってもすべての表現者と同じく“楽しんでほしい”という根源はずっと変わらないと思うんです。無観客ライブもそうですね。やる前は「今まで通りのスタンスでやれるのか」「滾るものがあるだろうか?」という不安があったんですけど、環境は違ってもやっぱりライブはライブだったし。
三澤:演奏がはじまればいつも通りだったし、終わったあと「やっぱりライブだったね」とメンバーと話していました。無観客の配信ライブでも「聴いてくれる人がいて、演奏する」というのは同じだなと。
露崎:アルバムの制作もそうだったんですけど、固定観念を捨てて、フットワーク軽く新しい表現にアプローチすることも大事だと思います。未来のことは予測しづらいですけど、ビジョンを持って音楽を続けていきたいですね。
──大胡田さんはどうですか? このアルバムを作り上げたことで、さらに新しい表現に進んでいけるという手ごたえはありますか?
大胡田:あります! 自分達のスタイル、やりたいことは、いまの状況とも相性は悪くないと思っているので。それを上手く活かして、さらに飛んでいきたいですね。
2009年にキーボードの成田ハネダを中心に結成。バンド名はフランスの音楽家ドビュッシーの楽曲が由来。卓越した音楽理論とテクニック、70〜00sまであらゆる時代の音楽を同時に咀嚼するポップセンス、ボーカルの大胡田なつきによるMVやアートワークも話題を呼んだ。11年に1st ミニ・アルバム『わたし開花したわ』でデビュー。その後、数々の大型ロックフェスにも出演、15年末には単独で日本武道館公演を行い成功を収める。2020 年2月には自主レーベル “NEHAN RECORDS”を立ち上げ「まだら」を配信リリース。12月には6枚目となる最新アルバム『synonym』をリリースした。
https://passepied.info/
リリース情報
POCE-12160
■発売日:12月9日(水)
■価格:通常盤 ¥2545(税別)/初回限定盤 ¥5000(税別)
https://umj.lnk.to/synonym
https://passepied.info/feature2/p/synonym_release
ライブ情報
有観客+生配信ワンマンライブ”synonium”
■日程:12月25日
■場所:LINE CUBE SHIBUYA
OPEN 17:30 / START 18:30
公演詳細:https://passepied.info/feature2/p/synonym_live