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いつか常連になりたいお店ジャズ喫茶シレンシオデヴィッド・リンチミュージックカフェミュージックバーレコードカフェレコードバー
投稿日 : 2021.01.22 更新日 : 2021.06.29
取材・文/富山英三郎 撮影/藤川一輝
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「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は吉祥寺駅から徒歩約17分、バスに乗れば約7分という場所に昨年開店したばかりの『SILENCIO(シレンシオ)』を訪問。気軽に入れるオープンでスタイリッシュな空間のなか、のんびりとマニアックなジャズ多めのサウンドが楽しめるカフェ&バー。親しみやすいマスターなので初心者でも気兼ねなく行けます。
昨年11月14日にオープンしたばかりの『SILENCIO(シレンシオ)』は、L字カウンター4席と壁際4席という小さなお店。気になるのは、木・金の20:00~24:00、土・日の14:00~21:00のみオープンという営業形態(※)。場所も吉祥寺駅から離れているので、いろいろとこだわりが深いのでは? と気になってしまう。
(※)緊急事態宣言の発令に伴い、2021年3月7日まで土日のみの営業。14:00~20:00(アルコール類の提供は19:00まで)
「そう思われるのはありがたいです。でも、実はふだん会社員なんですよ。木・金は仕事が終わってから、土・日は休日を利用しています。お店をやっていることは社長も知っているので問題ないです」と語る店主の荒山さん。
さらに気になってしまうのが、コロナ禍で飲食業が窮地に陥っているなかでのオープンという点。よほど綿密に練られた計画ゆえ、時期をずらせなかったのかもしれないという勘ぐりすら働いてしまう。実際はそうではなく、2020年4月の緊急事態宣言こそが開店のきっかけとなったという。
「自粛期間中に、久しぶりに部屋でゆっくり音楽を聴く体験をして。そうしたら、これまであまりにも音楽と無縁の仕事をしてきたので、”このままでいいのかな?”という感覚が盛り上がってしまったんです。シンプルに言えば、ゆっくり音楽を聴いている時間が幸せだったんです。時間があったので、そのままリモートで物件も探し始めてしまって(笑)」
人生というのはわからない。ネガティブな情報ばかりになりがちな飲食業だが、コロナ禍をきっかけとする新しい芽も生まれているのだ。
「やるならば路面店でというのがあって、あとは家賃ですよね。お客さまがひとりも来なくても1~2年は続けられる設定にしました。周囲にジャズを聴く人もいないですし、同年代の仲間はすでに音楽から離れていますし、そもそも身内ノリにしたいわけではなかった。なので、検索エリアは東京全域。そのなかでこの物件が出てきて、内覧に来て即決しました。吉祥寺周辺に土地勘があったわけではないです。周囲からは”やめとけ”って言われましたけど」
取材時刻より早めに到着したので周辺を軽く歩いてみたところ、お店は吉祥寺通り沿いにあるものの周囲は住宅街。しかし、お隣には『SAPPADU READY』というカウンター5席の洒落た南インドカレー屋があり、少し歩くとコーヒーの焙煎店、人気のパン屋、ケーキ屋などが点在し、地味ながらいい感じの賑わいが生まれている。
「ここは以前サンドイッチ屋さんだったみたいで、入り口はそのままに壁は自分たちで塗りました。カウンターと棚などは、幡ヶ谷のELLA RECORDSさんも手掛けたデキマスワークスさんにお願いしました。敷地が狭いので、イメージとしては入口の開放感を生かしたコーヒースタンド風デザイン。これまでのジャズ喫茶にはない内装にしたかったんです」
1980年生まれの荒山さんが音楽に興味を持ち始めたのは幼少期から。中学生の頃には、音楽オタクだった兄の部屋からボアダムスが聞こえてくるような環境だったという。そんなお兄さんは今やサイケロックやアシッドフォークのコレクターとしてその道では知られる存在だという。荒山さん自身は15歳でクラブに行くようになり、ダンスミュージックに目覚め、16歳でターンテーブルを購入。以来、レコードを買ってはDJをし、DJをしてはレコードを買う生活。主なジャンルはディープハウスだった。
「ダンスミュージックに少し飽きてきた頃からアンビエントをかけるようになって。その流れでジャズにたどり着いた感じです。でも、デトロイト系のハウスやテクノのDJはジャズをかけることも多いんですよ。また、ディープハウスのサンプリングにはジャズ・ネタも多い。一方で、昔は王道のジャズにピンとこなくて、最初に興味を持ったのはフリージャズ。アート・アンサンブル・オブ・シカゴの『Fanfare for the Warriors』とかです」
フリージャズからスピリチュアル・ジャズへと流れ、ここ数年でモダンジャズの魅力がわかってきたという。実際、お店ではどんな音楽がかかるのか? 『SILENCIO』らしさを表すアルバム3枚を挙げてもらった。
写真左から、ミニマルの名門として知られるフランスのShandarより1976年に発売された、ギターのアンビエント作品『Guitares Derive』。美術家であり作曲家であり、サックス・プレイヤーのギル・メレによる『Waterbirds』(1970年)。タイトル通り、サックスとベースのための音楽を目指しながらもレトロ・フューチャーな雰囲気のあるSAM GENDEL & SAM WILKES『Music For Saxofone & Bass Guitar』(2018年)。
よほどの音楽通でない限り馴染みのない作品だが、どのアルバムも今っぽさがあり、ゆったりとしていて、時に奇妙なテイストを感じる音楽となっている。
「うるさい店にはしたくないというのはあって。しかもコロナ禍なので、往年のジャズ喫茶のように私語厳禁にしようかなとも思ったんです。そんな中で店名を考えていて、思いついたのがスペイン語のSILENCIO(沈黙)。デヴィッド・リンチの映画『マルホランド・ドライブ』の重要なシーンで、この言葉がよく出てくるんですよ。リンチ好きであることに気づいたお客さまがひとりだけいて、それが喫茶『茶会記』の店主の奥様でした」
当初はひとりもお客さんが来ないことを想定していた店だったが、すでに常連も少しずつでき始めたという。
「オープン前に“ジャズ喫茶案内”さんがTwitterをリツイートしてくださって。そのおかげでお客さまが結構来てくださったんです。ジャズ喫茶ブロガーの方も来られて紹介してくれて、SNSには本当に助けられています。近所の方がふらりと来てくれたりもしますが、普段からいろいろな音楽を聴かれている方が足を運んでくれることが多いですね。ほかでは聴けないようなレコードを期待されることも多くて嬉しい反面、少しプレッシャーになったりもしています(笑)」
これまでお金の多くをレコードに使い、あまり音響にはお金をかけてこなかったというが、オープンに合わせて機材も揃えた。最初に決めたのは、JBLのスピーカーL88 Novaだ。
「家具っぽいデザインがいいなと思っていて、さらに店が狭いのでコンパクトなものでとなると限られるんですよね。これはパラゴン(JBLのスピーカー)と同じデザイナーなんです。あとは真空管アンプを試してみたくて、秋葉原のオーディオみじんこさんに長居しながら決めたのが日本のガレージメーカーであるSoftoneの現行モデル。プリアンプはスピーカーと同年代のものを勧められたので、”プアマンズ・レビンソン”の異名をとるAGIにしました」
軌道に乗ったらいずれは『SILENCIO』を本業にしていきたいという荒山さん。異業種から音楽を中心としたカフェ&バーをオープンし、現在に至るまでの率直な感想を聞いた。
「こういう場所を必要とされている方が意外にもいるんだなって思いました。自分も普段の職場では音楽の話をしたくてもできないので、そういう気持ちはわかるんです。この先はもっと若い人にも来て欲しいなとも思います。音楽やレコードを聴く入り口になれればいいなと思っているんです」
取材・文/富山英三郎
撮影/藤川一輝
・店名 シレンシオ
・住所 東京都練馬区立野町10-37
・営業時間 20:00~24:00(木曜・金曜)、14:00~21:00(土曜・日曜)
※緊急事態宣言の発令に伴い、2021年3月7日まで土・日のみの営業。14:00~20:00(アルコール類の提供は19:00まで)
・定休日 月曜・火曜・水曜
・Twitter https://twitter.com/Silencio_kissa
・Instagram https://www.instagram.com/silencio_kissa/