SHIGは福岡在住のシンガー。日米で活躍するジャズ・ギタリストでありプロデューサーの吉田次郎に見いだされ、アルバム『SHIG sings Jazzy Things』でデビューした。この作品は、昭和歌謡をジャズやR&Bテイストのアレンジで聴かせたり、ジャズのスタンダード・ソングを日本語詞で歌うなど、ユニークな趣向が施されている。
バーテンダーをやりながら歌手修行
──歌手を目指したのはいつ頃からですか?
高校が、音楽の活動をしながら高校卒業の資格も取れる学校だったんですね。そこで初めてステージを経験して、歌うことに目覚めました。音楽っていいな…って。
──その頃はどんな音楽を聴いていたのですか?
個人的にすごく好きだったのは、ケイト・ブッシュ(注1)でした。これは父の影響もあります。でも、ケイト・ブッシュの世界観って“真似するものじゃない”ですよね。だから同じことをやりたいとは思わなかったです。
注1 : Kate Bush。イングランド出身の女性シンガーソングライター。1977年に19歳で、ピンク・フロイドのギタリスト、デイヴ・ギルモアのプロデュースによる『天使と小悪魔』(The Kick Inside)でデビューし、その個性的な歌声とシアトリカルなパフォーマンスで大きな注目を集める。
──当時、オリジナル曲は作っていたのですか?
高校は作詞作曲もする学科だったので、自分でも楽曲は作っていたんですけど、正直言ってあまり得意じゃなかった(笑)。ギターもやっていましたが、楽器を弾きながら歌うのもすごく苦手で。
──歌に集中したいタイプ。
そうですね。当時は、洋楽ポップスやロックのカバーをよく歌っていました。ライブごとにテーマを設けて、1人のアーティストの曲だけに縛って歌うとか、男性ボーカルの曲だけ、とか。
──ジャズを歌い始めたのは、いつ頃ですか?
20歳を過ぎてから、いろいろなお店で箱バン(店のレギュラー・バンド)に入ったり、バーテンダーをやりながら歌ったりしていました。ピアノ・バーみたいな店でスタンダード・ジャズやポピュラー・ソングを覚えて、お客さんがいい感じになってきたら歌う、みたいな感じでやってました。
──今回のアルバムのプロデューサー、吉田次郎(注2)さんとはどんなきっかけで知り合ったのですか?
4年ほど前に、私が歌っていたライブ・ハウスで、次郎さんのライブがあったんです。そのときに初めてお目にかかって。ライブの打ち上げで、私も歌をやっているという話になって「良かったらうちのスタジオに来て、歌を聴かせて」って誘っていただいたのがきっかけです。それで次郎さんのスタジオに伺って、最初に歌ったのが「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」でした。緊張していて、それしか覚えていないです(笑)。
注2 : よしだじろう。ギタリスト/プロデューサー。1958年 福岡生まれ。1983年に渡米してバークリー音楽院に入学。1990年よりニューヨークで活動を始め、マイケル・フランクス、リッキー・リー・ジョーンズ、セルジオ・メンデスなど数多くのトップ・アーティストたちと共演。その後もソロ・アーティストとしての活動の他、八代亜紀、森口博子、浜崎あゆみ、ケイコ・リーなど多くのシンガーのプロデュースを手がける。2016年からはマリーン(vo)、クリヤ・マコト(p)とのユニット“THREESOME”でも活動している。
──その時の次郎さんの反応は?
自分としては “ダメ出しをもらいに行く”くらいの気持ちでした。ところが「声のトーンがすごくいい」って言っていただけて。思いがけず褒められたから、どうしていいかわからなかったです(笑)。
──そこから、アルバムを作ろうという話になったんですか?
そうです。そこから次郎さんがいらっしゃる兵庫にチョコチョコと伺って、いろいろな作業をしたり、いろいろなお話しをさせていただきました。
──作業の中で、印象的だったことは?
次郎さんは「言葉をどんなふうに発するか」という部分をすごく大切にしていて、たとえば「ここはもっと十代の頃の恋を思い浮かべて」みたいな提案があったり。そういった次郎さんの歌詞の解釈と、私なりの歌詞の解釈とをうまく合わせて、一緒に作っていく。その作業はすごく面白かったです。
昭和歌謡は言葉選びが美しい
──今回のアルバムは、収録曲の多くが昭和歌謡のカバーですね。
今の時代ではあまり聴かれなくなった古い曲の中にも、いい曲はたくさんある。そういった曲にスポットを当てよう—、という提案を次郎さんから頂いて。私からも好きな曲を出しながら選曲していきました。「グッド・ナイト・ベイビー」(ザ・キングトーンズ/1968年)や「夜が明けて」(坂本スミ子/1971年)などは私の選曲です。
昭和歌謡は以前から歌っていたんです。博多にある歌謡ライブ・バーで、松田聖子さんのようなアイドルの曲から、五輪真弓さんのような渋い系までいろいろ。あと、母が介護の事業所をやっていて、私も十代の頃からそこに慰問で歌いに行ってたんですけど、その時に歌っていたのが、今回のアルバムにも収録されているような1960〜70年代の歌謡曲でした。
──SHIGさんが感じる、昭和歌謡の魅力は?
言葉数はすごく少ないんですけど、その言葉ひとつひとつにものすごく表現が詰まっていて、美しい言葉選びになっていますよね。メロディもすごくいいですし。
──そういった楽曲を、今風のジャジーなアレンジでリメイクしていますね。
もとのアレンジもすごくステキなんですけど、今の人の耳に届けようと思ったら、時代に沿ったアレンジがすごく重要だと思いました。だから今回の次郎さんや安部潤さん(キーボード)のアレンジって、ジャズを知らない人でもスッと聴けるようになっていて、私はステキだなって思います。原曲の良さも残しつつ、スタイリッシュに洗練されていて。こういう曲もあるよって知っていただく取っかかりとしては、すごく良かったなって。
──参加ミュージシャンも、川口千里(ドラム)、クリヤ・マコト(ピアノ)、納浩一(ベース)、つづらのあつし(サックス)など、錚々たる方たちですよね。
皆さん、ジャズの第一線で活躍していらっしゃる方なので、ほぼ一発録りでバチンと決まるのがすごいなって感動しました。そのぶん私自身のプレッシャーもすごかったです(笑)。
──個人的には、「アカシアの雨がやむ時」(西田佐知子/1960年)が、SHIGさんの声質にすごく合っていて、いいなって感じました。
この曲も私が選曲しました。歌詞は悲しいんですけど、ちょっとソウルフルな感じで歌ってます。
ジャズを日本語で歌うのは大きな挑戦
──あと今作では、ジャズのスタンダード・ナンバー(「朝日のごとくさわやかに」「ダニー・ボーイ」「あなたのそばに」)を日本語詞で歌っていますね。
それも次郎さんのアイディアです。ジャズを日本語で歌うとなると、江利チエミさん(注3)みたいな感じをイメージしたんですが、私はそういうものをあまり歌ったことがなくて。どうなるんだろうっていう不安はありました。
注3 : えりちえみ。1950-70年代に活躍した歌手/女優。1937年1月11日東京生まれ。洋楽ポップスの日本語カバー「テネシーワルツ」「トゥー・ヤング」などが大ヒットして、美空ひばり、雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれて一世を風靡した。女優としても、1956年より『サザエさん』の実写版で主人公を演じて国民的女優となった。1982年没。
──日本語って、ジャズに乗せるのが難しそうですもんね。
難しかったです(笑)。表現の仕方が全然違ってくるし、譜割りというか、洋楽のリズムに日本語を乗せるのが難しかったですね。
──SHIGさんのキャラクターについても伺いたいんですけど、ルックスはすごくボーイッシュな雰囲気。
それは子供の頃からですね。兄弟がお兄ちゃんと弟なので、普通に女の子らしい服を着るのがちょっと恥ずかしい気持ちもあって。
──ヘア・スタイルとカラーも個性的。アルバム・ジャケットでは金髪でしたけど、今日はグリーン?
CDをリリースした次の日にも髪の色を変えちゃって、マネージャーに「いつでも変えていいってものじゃないよ」って注意されました(笑)。なんか、定期的に色に執着する時期があって、ちょっと前までは白、今は青に執着してます(笑)。
──コロナ禍の昨今、家にいることが多いと思いますが、どんなことに時間を費やしていますか?
料理してます。ばあちゃんが作る料理みたいな(笑)。あと楽器はあまりやってなかったんですけど、ステイホーム期間中はギターも触るようになりました。
──今回ソロ・デビューを果たしましたけど、これからやってみたいことは?
人の前で歌うことがすごく好きなので、ライブは早くやりたいです。あとは自分のオリジナル曲が欲しいなと思っています。自分の世界を表現するには、それがすごく大事なことだと思っているので、作詞作曲もしっかりと勉強して、今後に向かっていきたいです。
──これからも福岡を拠点に活動していく予定ですか?
福岡は大好きな街なので、福岡から発信していきたいです。アジアの窓口とも言われているのでアジアにも進出していきたいなと思っています。
インタビュー/島田奈央子
構成/熊谷美広
レーベル公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/shig/
SHIG /しぐ福岡県出身。中学生の時にケイト・ブッシュを聴いて歌手を目指す。福岡を中心にジャズやポップスを取り上げたライブを精力的に行なって話題になり、ヤフオクドームで国家斉唱を担当するなどして注目を集める。そんな活動の中、彼女と同じく福岡出身のギタリスト/プロデューサーの吉田次郎の目に留まり、今回のデビューが実現した。
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー)音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。