投稿日 : 2021.02.08

【さかいゆう インタビュー】 “暖炉のような”新アルバム『thanks to』で奏でる「2%」のオリジナリティ

写真/藤川一輝

さかいゆうの写真3

ソウル、R&B、ジャズ、ゴスペルといった音楽的バックグラウンドを持ち、耳に残る美声で多彩なポップスを生み出すシンガーソングライターのさかいゆう。世界3カ国4都市を巡り、テラス・マーティンやブルーイ(インコグニート)など、世界的プレイヤーたちを迎えて制作された前作『Touch The World』からわずか1年足らずで、通算7枚目のアルバム『thanks to』が発表された。

“2020年のドキュメント的作品という本作には、セルフカバーやライブ音源を含む8曲が収録され、アナログレコードとデジタル配信のみでのリリースとなった(配信は全10曲)。2月の全国ツアーを控える本人から、本作にまつわる話や自身の音楽観などを聞いた。

2021年じゃないと成立しないようなアルバムを

ーー今作は、前作『Touch The World』から1年足らずでのリリースとなりました。前作リリース後にはすでに構想はあったんですか?

「アナログで作りたいね」っていうのはディレクターと話してましたね。でも「2020年中に出せるのかな?」って言ってる間にコロナになっちゃって。「今出してもどうなんだ?  今だから出した方が良いのか?」とか考えながら。

ーー難しい時期でしたもんね。そんな状況下で生まれた曲も?

最初にできたのが「背もたれ」っていう意味の「BACKSTAY」っていう曲なんです。それぞれの背もたれとか、何とでも言えると思うんですけど。背もたれになってくれてる友達や、行きつけのバーとか中華料理屋さんとか。分断されてる中で「歌の中だけでも肩を寄せ合って、密に居られるような空間を」っていうメッセージが込められてます。

ーー「Stay Home」から着想したと。

生活の中で自然に出てきたって感じなんですよね。「こういう曲があったら、ちょっと救われるな~」みたいな。僕はまずリスナー目線なんです。自己顕示欲があんまり無いですから。自分がまずリスナーで「こういうの聴きたいな」「自分が歌うならこういうの作りたい」みたいな。

ーー今作は楽器編成もシンプルで、これまでの作品の中でも全体的に落ち着いた印象を受けました。

あったかい暖炉みたいな、家で聴いて身体があったまるような、そういう作りにしたくて。僕が実際にその家に行ってピアノを弾きがら歌ってるような、でも聴いてる人はほかのことをやってるっていう。そういう感じの曲もありますね。リビングルームで寝ながら聴いてもらっても良いし。

ーー外出自粛してる人たちの支えになるような?

そういうのもあってってことですかね。聴いてくれる人は、そこを意識しなくても良いんですけど。2020年にしか作れない、2021年じゃないと成立しないようなアルバムを作ろうと思って。

ーー今回はCDではなくアナログレコードで発表したのはなぜですか?

僕は完全にCD世代ですけど、ここ3年くらいアナログにハマっていて。アナログとデジタルって全然音が違うんですよ。アナログって楽器のようで、真空管で周波数を増幅させてスピーカーを通して伝える。「まさにエレキギターみたいだな」って。

よく例えるのが、アナログレコードは野菜でいうと生野菜で、デジタルは野菜の缶ジュース。缶ジュースって発明ですから、どこでも買えて腐らない。アナログはカビが生えたり悪くはなるけど、その分、一番良い状態の音の情報が詰まってるので。「それで聴いてほしいな」って、ミュージシャンとしてシンプルに思ったので。

ーーいずれはCDでのリリースも?

CDもいつか出そうとは思ってます。予定はまだ未定なんですけど。

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僕は自分が叫びたいことを歌ってるだけ

ーー収録曲「崇高な果実」の歌詞は作詞家の売野雅勇(注1)さんが手がけられています。戦争を題材にした曲は初めてじゃないですか?

注1:売野雅勇(うりのまさお)=チェッカーズの「涙のリクエスト」、郷ひろみの「2億4千万の瞳」、ラッツ&スターの「め組のひと」など、数々の大ヒット曲を手がけた作詞家。

初めてです、戦争歌は(笑)。共同制作ならではの1曲ですね。こういうテーマってなかなか作詞家を通さないと書けないですよね。人が書いたっていうクッションがあると、自分は役者(演者)に徹することができるし、作詞家も意外と本質的なことを書けたりして。語弊があるけど、戦争はいつだって起きる可能性を秘めてますから。そのことを書いてくれましたね。

ーー売野さんとはどんな話を?

僕は、売野さんとは魂で会話したいし、折り合いじゃなく本当のことを言ってほしいから、「良い歌詞じゃなくて良いから、本当に思ってることを書いてください」って。

ーーでは、この歌詞は売野さんの思いが強いと? 

売野さんの思いしか入ってないくらいです(笑)。 「コロナ禍で、今のご年齢になって世の中を見渡したとき、ひとりの人間として何を大声で言いたいですか?」「僕はどんな歌詞が来ても絶対に歌うんで!」って。

ーー「His Story」など、ご自身で作詞された新曲も意味深でした。

僕の歌詞は全然深くないですよ(笑)。ただ事実を歌ってるだけでメタファーとかもないですし。自分が叫びたいことを言ってるだけで、「誰かのためになればラッキー」ってくらい。His Storyも、歴史の真相はわからないけど、戦後に教科書が墨で塗り消されたとか、本当にあった話ですからね。

ーーなるほど。「Hilarious」の「いつの日か“また”はじめて出会う」というフレーズなども興味深かったですが。

ちょっとリインカネーション(輪廻転生)的な。この前ネットで見たブログに良い話があったんですよ。

52歳で若年性アルツハイマーになった人がいて、奥さんが10年くらい介護してたらしいんです。62歳のときに、「君いつも優しいね。前から思ってたんだけど君のことがタイプなんだ。僕が病院を退院したら結婚してほしい」って指輪を渡されたらしくて。そのちょっと後に亡くなったらしいんですけど、奥さんもそれで頑張れたらしくて。

 

ーーすごく良いお話…。

良いですよね。曲を書いた後にこの話を読んで「そういうことなのかな~」って。

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アルバムでは毎作自分をアップデート

ーー今作には過去の作品からのセルフカバーやライブ音源も収録されています。選曲はどういった基準で?

色々偶然もあって。「井の頭公園」は、冬だし「まったり聴きたいな~」って思って。「Magic Waltz」はもともとラジオ局用に作ったんです。Stay Home ライブのオファーが結構多くて、「どうせだったらしっかりしたものを作って流したい」って感じで。でも、何回かしか流れないんじゃもったいないからミックスし直して収録したんです。

ーーたしかに、数回しか流れないにはもったいないくらいの完成度でした。

録音も全部僕がやって、3日くらいかかってるんですよ。アカペラは大変だけど「聴いてみたい」っていうのが一番ありましたね。「自分の声で重ねたらどんな感じになるんだろう」っていう。

ーーボーナストラックのラストはデビュー・シングルの「ストーリー」のセルフカバーでした。歌詞の最後は「11年目からのさかいゆうのストーリー」に変わってましたね。

一昨年、レコーディングの合間に録ったんですよ。『Touch The World』で海外を回ってるときにブルックリンの小ちゃいスタジオで。そのときで10周年だったんで、「11年目からの自分、がんばれ!」みたいな。

ーー前作や前々作では海外を回られて。そうした経験が今作に活かされた部分ってありますか?

無いかな(笑)。っていうのは、アルバムは毎作違うものを作ろうと思っていて、そのために新しい情報を取り入れてるので。

新しい情報って、ある人にとっては今のトレンドの音楽だけど、僕にとっては僕の知らない音楽。ブラームスの曲でも、知らなかった世界なら僕の中では新曲ですからね。そういうのを取り入れて、できるだけ自分をアップデートして「違うものを作りたい」と思いながらやってるんですよ。

ーー常に前を向いているんですね。

自分のオリジナリティって、100%の内の2%くらいだと思っていて。98%は誰かが作ったものの焼き回しだし、その2%をいかに3%にするか。そういうのを「死ぬまで続けて行くんだろうな」って。でも、あんまり変わんないですね、人ったら(笑)。大して上手くもならないし、そのうち老いがやってきますから(笑)。

ーー老いる分、円熟味が増していくんじゃないですか。

僕の好きなジョン・スコフィールド(注2)も「ミュージシャンは自分の大事なことに560歳で気づく」って言ってましたね。「昔は才能をわかってもらうために弾きたくもないものをたくさん弾いた。今は弾きたいことを弾いてる」って。

注2:ジョン・スコフィールド=米ジャズ/フュージョン界を代表するギタリストのひとり。さかいゆうの2019年のアルバム『Yu Are Something』の収録曲「Magic Waltz」にギタリストとして参加している。

ーー2月11日からは『thanks to』の全国ツアーが始まります。今回はどんなライブになるんでしょう?

弾き語りなんですけど、それだけじゃないんですよ! ひとりオーケストラですね。これは良いライブなると思いますよ。自分が観たいですね!

グランドピアノがある会場だったら、弾き語りのコーナーを増やした方が良いかな?とかも考えながら、90分くらいにはしたいと思ってて。換気とか色んなことにも配慮しながら、ショーとして成功するように今、練習してるところです!

さかいゆうの写真4

さかいゆう
高知県出身。高校卒業後、18歳の時に突如音楽に目覚め、20歳で上京。22歳の時、単身LAに渡り独学でピアノを始める。2009年にシングル「ストーリー」でメジャー・デビュー。同曲は全国のFMラジオ43局でパワープレイを獲得し、前人未到の新記録を樹立。さらに、AMラジオ局やCS音楽専門チャンネルでもパワープレイを獲得し一躍話題に。自身の楽曲だけでなく、小泉今日子、坂本真綾、SMAP、Sexy Zone、Da-iCE、DISH//、土岐麻子、新妻聖子、薬師丸ひろ子、等多くのアーティストに楽曲提供をおこなっている。2018年から世界中で楽曲制作・レコーディングを行う旅をスタートさせ、世界的なプレイヤーとのレコーディングを実現。2020年には、LA・NY・ロンドン・サンパウロの3カ国4都市を巡り制作されたオリジナルアルバム『Touch The World』をリリース。

【ツアー概要】
さかいゆう thanks to Japan Tour 2021
『thanks to』を携えて、さかいゆう弾き語り、全27会場での全国ツアー
・開催期間:2021年2月11日(木・祝)〜2021年4月24日(土)
https://www.office-augusta.com/sakaiyu/live.html

【リリース情報】

さかいゆう 『thanks to』の画像■さかいゆう『thanks to』(アナログLP)
発売日:2021年1月6日
POJD-23001
税抜 3,600円(税込 3,960円)
newborder recordings / Caroline International
https://www.office-augusta.com/sakaiyu/information.html#releaseBox_20210106

Side A:1. 崇高な果実 2. His Story 3. ダイヤの指輪 4. 鬼灯 (Live Ver.)
Side B:1. BACKSTAY 2. Magic Waltz (A Capella Ver.) 3. 井の頭公園 (Alone Ver.) 4. Hilarious

 

■『thanks to』(デジタルアルバム) *2曲追加
1. 崇高な果実 2. His Story 3. ダイヤの指輪 4. 鬼灯 (Live Ver.) 5. BACKSTAY 6. Magic Waltz (A Capella Ver.) 7. 井の頭公園 (Alone Ver.) 8. Hilarious 9. ウシミツビト (molmol ReMix 2021) 10. ストーリー(Grand Street Ver.)

試聴・購入はこちら:https://caroline.lnk.to/thanks_to

■さかいゆう Official HP:http://www.office-augusta.com/sakaiyu/
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