レジェンド級の「力強さと儚さ」
2020年にイギリスでもっとも注目を浴びたシンガーは誰か? その筆頭がセレステ(Celeste)である。
イギリスで最も権威ある音楽賞『ブリット・アワード』で「ライジング・スター(期待の新人)賞」を獲得し、『BBC sound of 2020』でも首位。2020年だけで17の新人賞を獲り、ファッション誌の表紙やグラビアにまで登場。多くの著名人がSNSで「セレステ」の名を挙げ称賛した。
この騒動が起こる直前、イギリスの『NME』誌は(2019年11月に)彼女の記事を載せた。それはロンドン郊外の小さなイベントホールで行われたセレステのライブレポート。記者は「来たる2020年代を定義するアーティストのひとりだ」と絶賛した上で、こう続ける。
「ビリー・ホリデイの儚さとアレサ・フランクリンの力強さをあわせ持つ、この数年で最も優れたブリティッシュ・ソウル・シンガー。一世代に一度きりの才能」
さらに同誌は、彼女のさらなる飛翔を予見して「こんな小さなホールで彼女を見るのは、これが最後だろう」とまで書いた。これが的中。2020年最大級の “期待の新人”として数々の賞を獲得していったのだ。この快進撃についてセレステ本人に尋ねると、意外にも冷静だ。
「皆から注目されていることによって、音楽をつくる動機は強くなった。そして “自分自身にとって誠実なアルバム” を作らなきゃと感じた」
昔ながらのレコーディングで
じつは彼女、このブレイクが到来するずっと前から、デビューアルバムの制作に没頭していた。にわかに注目されたのは嬉しいが “はやくアルバムを完成させたい” という心境でもあったようだ。そして、およそ3年の月日を要して、アルバム『ノット・ユア・ミューズ(Not Your Muse)』を2021年1月に発表。すぐに全英チャート1位に上り詰めた。
ところで、先の発言「自分とって誠実なアルバム」とは具体的にどんな内容なのか。
「もっとも重要なのは、バンドをスタジオに連れて来て、できるだけ多くの楽器を使って、ライブでレコーディングすること。最新技術を使ってサウンドを操作したり、変えたりはしたくなかったの」
と語るとおり、彼女はこのアルバムにライブ感や肉体性を宿したかった。それが彼女にとっての「誠実さ」なのだ。
「コンピューターがない50年代や60年代は、特定のマイクを特定の場所に置いて、その前で楽器を演奏することでボリュームを調整したりしてたでしょ。そういった昔の技術をできるだけ使ってレコーディングをしたかったの。今回のアルバムを “誠実なもの” にするためにね」
録音の手法だけではない。彼女がつくる楽曲や歌唱も、心地よいヴィンテージ感をたたえている。その雰囲気に、亡きエイミー・ワインハウスの姿を重ねるファンもいる。「子供の頃、最初に惹きつけられたのはソウルやR&Bだった」という彼女は、こう続ける。
「お気に入りのシンガーは、アレサ・フランクリンやビリー・ホリデーだった。あと、ダイアナ・ロスも大好きだったな。彼女たちは私の歌い方やサウンドに影響していると思う」
アルバム制作で得た興奮
彼女が生まれたのはアメリカのロサンゼルス。幼い頃にイギリスのブライトンへ移住し、かの地で音楽を吸収した。10代になると曲づくりを開始し、バンド活動も本格化。そんな彼女が「発見」されたのは、16歳のときだった。自曲をオンラインで投稿し、これを聴いた音楽関係者が、彼女にプロ向けのトレーニングを奨学。みるみる光り輝いていったという。
こうしてセレステは2017年にソロ歌手としてデビュー。翌年にメジャー契約し、EP『Lately』をリリース。翌2019年には「Strange」を発表し、これが一躍注目を浴びるきっかけとなった。
そして今回のデビューアルバム完成に漕ぎつけたわけだが、このアルバムで詳らかになったのは、先に述べた “サウンドの傾向 ” だけではない。作詞者として、こんなテーマにも斬り込んでいる。
「たとえば〈Tell Me Something I Don’t Know〉という曲は、イギリス政府が見落としているフィーリングや、国への落胆がテーマになってる」
こうした社会的な出来事は、彼女の創作に大きく作用するという。昨年、アメリカから世界に波及したブラック・ライブズ・マター(BLM)運動も例外ではない。
「BLMは、疎外を感じている人々にとって刺激になったし、変化も起きた。私自身も周りの人たちも、問題をより深く理解することができたと思う」
そう前置きした上で、別の課題も提起する。
「BLMを踏まえて私が特に感じたのは、トランスジェンダーに対する声がもっと必要だということ。この社会の中で、トランスジェンダーのコミュニティは規模が小さく、見落とされがち。だから、彼らの声にもっと耳を傾ける必要があると私は感じている。それは私にとって、とても重要なことなの」
自身のジェンダーやアイデンティティに触れた曲は、このアルバムにも所収されている。たとえば、アルバムのオープニング曲「Ideal Woman」だ。
「あの曲の中で私は “自分自身に脆さや不安がある”ということを認めているの。同時に、その不安の中にパワーを見つけようとしている。社会の期待に応える必要はない。社会が求めるような行動をして社会が求める格好をする、そんな生き方はしない、と歌っている」
このアルバム制作を通してどんな収穫があったか? と問うと、彼女はこう答える。
「いちばん大きかったのは、アルバムづくりのプロセスを学べたこと。最初はどうやって作ったらいいのかあまり理解していなかったの。だから、いろんな人から話を聞いたり、先人のインタビューを読んだりしたんだけど、結局、自分でやってみないと理解することはできない」
ひいては、こんな心境に至ったという。
「この(アルバム制作の)経験は “私はなぜ音楽を作りたいのか” を改めて気付かせてくれた。お金や名誉のためではなく、自分自身のために音楽を作ることの大切さを再認識したの。それに気づくことが出来たから、アルバムを作り終えた充実感は本当に大きかった。次に作るときは、恐れよりも興奮の方が勝ると思う」
どんな賞や栄誉にも勝る “大切なもの” を、彼女はこのデビューアルバムで手に入れたようだ。
セレステ『ノット・ユア・ミューズ』(ユニバーサルミュージック)
国内盤CD 2月26日発売
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