投稿日 : 2021.02.25
【レビュー】サン・ラ 伝説の映画『スペース・イズ・ザ・プレイス』がリバイバル上映|コロナ、BLM…こんな世に問う「音楽の力」
文/村尾泰郎
ジャズ・ピアニスト、バンド・マスター、教師、思想家、土星人。さまざまな顔を持っていたサン・ラ(※)が “肉体を脱ぎ捨てて宇宙に帰還”したのは1993年のこと。サン・ラの姿を見なくなっても、彼の作品は続々とリリースされ続け、彼の思想や音楽は新しい世代に影響を与え続けてきた。
※ Sun Ra(1914―1993)米アラバマ州バーミングハム生まれのジャズ作曲家、バンドリーダー、ピアノ、シンセサイザー奏者、詩人、思想家。自身のグループ「アーケストラ」を率い、100作を超えるフルアルバムを録音。本映画における日本語表記は「サン・ラー」。
そんななか、50年代から活動を続けるサン・ラのバンド、サン・ラ・アーケストラが昨年、21年ぶりの新作『Swirling』を発表して話題になったが、今度はサン・ラが脚本と音楽を手掛けて主演した伝説の映画『スペース・イズ・ザ・プレイス』(74年)が、日本では初めて劇場公開されることになった。
これまで64分のバージョンがVHSで発売されたことがあったが、今回は81分のオリジナル・バージョン。宇宙に1本しか残されていない35mmフィルムからスキャンされたデジタル素材での公開だ。
物語は広大な宇宙空間から始まる。燃える2つの眼のような、あるいは聖なる乳房のような宇宙船に乗って銀河を旅するサン・ラと仲間たち(アーケストラ)は、地球と似た環境の惑星を発見。そこに地球のブラザーたちを瞬間移動して移住させようとサン・ラは宇宙船で地球に降り立ち、移住者を募る宇宙職業紹介所を開くが、サン・ラの神秘的な技術を盗もうとするNASAの魔の手が迫る。
設定自体はSFなのだが(異星や宇宙船の美術の素晴らしさ!)、サン・ラがNASAの白人エージェントに追いかけられ、そこにセクシーな美女が絡むあたりは、『シャフト』(71年)や『スーパーフライ』(72年)やなどブラック・ムービーのタッチもある。さらにサン・ラの計画を邪魔しようとするハスラー風の謎めいた男、「監視者」が登場。サン・ラと監視者は荒野のような空間にワープして、テーブルを囲んでカードをしながら戦いを繰り広げていくあたりは、『ホーリー・マウンテン』(73年)をはじめアレハンドロ・ホドロフスキーの映画を思わせる神秘的なムードが漂っていたりも。
ビバップ、フリー・ジャズ、サイケ、エキゾチカなど様々な音楽性を呑み込んだサン・ラの音楽同様、映画もSF、アクション、ミュージカルなど様々な要素が渾然一体となりながらサン・ラ的世界を生み出していく。
そして、どこに転がっていくのか見当がつかない物語の核になっているのが音楽だ。サン・ラの宇宙船が飛ぶエネルギーは音楽であり、地球のクラブでサン・ラが本気でピアノを弾き始めると店内で風が吹き荒れ、ピアノから煙が立ち上がって、観客は悲鳴をあげて逃げ惑う。そんな強力なエネルギー(音楽)の秘密をNASA(白人)が奪おうとする、という設定は、ジャズやR&Bなど黒人音楽を盗んできたアメリカの音楽産業に対する痛烈な批判にもなっている。
また、ところどころに挿入されるライブ映像も貴重だ。アーケストラの歌姫、ジューン・タイソン。サン・ラの一番弟子で、今なおアーケストラの大黒柱としてバンドを支えるサックス奏者、マーシャル・アレンなど主要メンバーに囲まれて黙々と鍵盤を叩くサン・ラ。衣装は奇抜だが横顔は哲学者のように深淵だ。歌詞には対訳が付いていて、アーケストラの音楽はサン・ラの福音を伝えるゴスペルだということがよくわかる。
音楽に限らず、映画全編にサン・ラのメッセージがちりばめられていて、「(私の音楽は)黒さ(Blackness)が語る言葉。宇宙空間そのもの」「あなた自身が音楽で楽器なのだ」などなど、金言の数々がサン・ラ哲学を伝える。そもそも、本作が制作されるきっかけになったのは、実験映画を制作していた映画プロデューサー、ジム・ニューマンが、カリフォルニア大学でサン・ラという謎めいた男が「宇宙の黒人」という講義を行なっているのを知って興味を持ったからだった。黒人文化のなかには「アフロ・フューチャリズム」という思想があり、みずからのルーツを宇宙に求めたその思想には、長年にわたって迫害されてきた彼らのユートピア願望が息づいている。
サン・ラはアフロ・フューチャリズムの筆頭にいるアーティストであり、その宇宙への憧れはPファンクやアース・ウィンド&ファイア、ジェフ・ミルズなど時代を超えて様々なアーティストに受け注がれてきた。『スペース・イズ・ザ・プレイス』はアフロ・フューチャリズムがどういったものなのかを、わかりやすく紹介してくれるだろう。
「世界はもう終わった まだ気づかないのか?」という歌のフレーズで物語は始まるが、ブラック・ライヴス・マターをはじめとする人権問題やコロナなど、ますます世界が混沌としていくなかで、サン・ラが時を超えて送ってきたこのメッセージに今こそ耳を傾ける必要がある。サン・ラいわく「地球は音楽なしでは動けない。音楽が止まれば地球も止まり、地球上にあるものはすベて死ぬ」。どんな時も音楽を奏でることを、聴くことを止めてはいけないのだ。
文/村尾泰郎
『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』
1974年|アメリカ映画|81分|スタンダードサイズ|モノラル|PG12|北アメリカ恒星系プロダクション作品
原題:SPACE IS THE PLACE(宇宙こそ我が故郷)
キングレコード提供
ビーズインターナショナル配給
© A North American Star System Production / Rapid Eye Movies
2021年3月5日(金)より、アップリンク吉祥寺、新宿シネマカリテ、シネマート心斎橋、アップリンク京都にてロードショー。以降、名古屋シネマテーク、川越スカラ座 ほか順次公開
サン・ラー脚本・音楽・主演
ジョン・コニー監督作品
監督:ジョン・コニー
脚本:ジョシュア・スミス、サン・ラー
製作:ジム・ニューマン
撮影:セス・ヒル、パット・ライリー
音楽:サン・ラー
音:ロバート・グレイヴノア、デヴィッド・マクミラン、アーサー・ロチェスター、ケン・ヘラー
編集:バーバラ・ポクラス、フランク・ナメイ
出演:サン・ラー/レイ・ジョンソン/クリストファー・ブルックス/バーバラ・デロニー/エリカ・レダー/ジョン・ベイリー/クラレンス・ブリュワー
THE INTERGALACTIC MYTH-SCIENCE SOLAR ARKESTRA
Sun Ra/John Gilmore/Danny Davis/Larry Northington/Kwame Hadi/Ken Moshesh
June Tyson/Marshall Allen/Eloe Omoe/Danny Thompson/Lex Humphries/Tommy Hunter