これまで12部門で合計20個のグラミー賞を獲得してきた、現代ジャズ界の生きるレジェンド的ギタリスト。パット・メセニーのことを簡潔に形容するなら、そんな風になるだろうか。
実際彼はウェス・モンゴメリーとジム・ホールというジャズ界の二大高峰を継ぐギタリストなのだが、一方で、カントリーやフォーク、ブラジル音楽、ミニマル・ミュージックからもたっぷりと滋養を吸収し、余人に代え難いオリジナルな世界を築いてきた。音楽的好奇心が人一倍旺盛な性質であり、シンセサイザーの音をギターで再現するシンセギターなど、最新の機材を積極的に使用してきたのもよく知られたところだ。
そんなメセニーの最新作『Road To the Sun』は、文字通り、またしても未踏の領域に足を踏み入れている印象だ。というのもこのアルバム、彼がギターを演奏しているのは11曲中1曲のみ。あとは作曲に専念し、ジェイソン・ヴィーオとロサンゼルス・ギター・カルテットが演奏を担っている。前者はメセニーへのオマージュル・アルバムを制作し、後者はメセニーの曲をカヴァーしたこともあるミュージシャンたちである。
つまり、メセニーにとって最大の理解者であるギタリストたちが揃ったわけで、彼らはメセニーの曲を十全に把握し、その意図やメカニズムまでをも把握しているに違いない。実際本作では、メセニーならではの細かい手癖やタイム・フィールをそのままトレースしたような演奏を聴くことができる。手癖、と書いたが、秀でた手癖は個性とほぼイコールだと言うこともできる。つまり本作では、リズムやスケール、和声進行など、メセニーが頻繁に使う要素がギタリストたちに受け継がれているのだ。
また、本作はクラシックとジャズのあわいを行くアルバム、とも言える。例えばバッハやブラームスの曲を収めた作品は数あれど、それらには作曲家本人の演奏が収められているわけではない。この構図を踏襲した本作にもまた、クラシック的な重力が働いているのだろう。
本作でのメセニーは、古典的な意味での作曲家と同様の役割を果たしている。そう、メセニーはジャズ・ギタリストである以前に、古典的な意味での「作曲家」でもあったのだ。例えば、現代音楽家のエドガー・ヴァレーズに憧れ、オーケストラとの共演も実現させているフランク・ザッパがそうだったように。
ザッパやマイルス・デイヴィスがそうだったように、メセニーはジャズを敬愛しながらも、軽々とその埒外へもはみ出していく。その里程標が本作である。言うなればメセニーは本作で「総合音楽家」と呼ぶべき境地へと達したのではないだろうか。今後もこの路線を引き継ぐのかも含めて、次作が楽しみでならない。
文/土佐有明