投稿日 : 2021.04.01
小林香織─女性サックスの先駆者がデビュー15周年記念作リリース【Women In JAZZ #31】
インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広
小林香織は2005年にデビューし、当時日本のジャズ界では珍しかった女性サックス奏者として第一線で活動し続けてきた。そんな彼女がデビュー15周年記念アルバム『NOW and FOREVER』をリリース。彼女はこの15年間、どんなことを感じながら活動してきたのか。そして本作に何を託したのか。
15年の歴史を味わえる作品
──ニュー・アルバム『NOW and FOREVER』は、デビュー15周年記念作品ですね。
15年の歴史を感じてもらえる内容にできたらいいな、ということで制作を進めました。アルバムの半分が新曲の録り下ろしで、あとの半分は初めてセルフ・カバーに挑戦しました。
デビュー・アルバム『SOLAR』のレコーディング当時、私は音大生で右も左もわからない状態で。あれから、大人になった私がもう一度その頃の曲を演奏してみたいという気持ちで再レコーディングしました。当時の私には思いつかないようなことをやってみたくて、キーやアレンジを変えた曲もあります。
──デビュー当時の曲をあらためて演奏してみて、何を思いましたか?
20代の私は、派手に越したことはないっていう考え方だったので(笑)、エレクトリックでガンガンいきたい感じだったんですけど、最近はアコースティックで小編成なものもいいなって思うようになりました。
デュオも、昔は寂しくなってしまうのではないかと思っていたのですが、やり方次第では2人だけのオーケストラのようなものを作ることができるということもわかってきました。
──大人なりの幅の広さが出て来た?
嫌いなものが少なくなったというか、キャパが広がったとは思います。20代前半の私が聴いたら、あ、15年後にこんなことをするんだ…って驚くかも知れませんね。
──収録曲のうち、2曲が鈴木茂とハックルバック(注1)との共演ですが、これはどんな経緯で?
茂さんとは数年前にある音楽イベントで知り合って、そのあとに小坂忠(注2)さんのライブに参加させていただいた時のギターも茂さんだったんです。そういったご縁でハックルバックさんともライブをさせていただくようになって。
今のトレンドを取り入れることも大事ですけど、古き良きものとのバランスも取りたいんですね。だから年齢もキャリアも大先輩である茂さんやハックルバックの皆さんにお力を貸していただきました。「Solar」は私のデビュー・アルバム収録曲で、小林香織としても最古の曲。もう1曲の「Seaside Memories」は2018年の楽曲で、ハックルバックさんとのライブでも演奏していたので、すごく自然な流れで演奏できました。
注1:すずきしげるとはっくるばっく。はっぴいえんど、キャラメル・ママといった伝説的グループのギタリストとして活躍していた鈴木茂を中心に、1975年に結成されたグループ。だが結成10ヶ月ほどで活動停止して“幻のグループ”と呼ばれた。1999年に一時再結成され、2016年にも1年間の期間限定で再結成されたが、その後も継続的に活動を続けている。
注2:こさかちゅう。シンガー・ソングライター。エイプリル・フールのメンバーを経て1971年にソロ・デビュー。洗練された楽曲とソウルフルな歌唱力で注目を集め、1975年のアルバム『HORO』はJ-R&Bの傑作として今も高い評価を得ている。1970年代後半からはゴスペル・シンガーとして教会を中心に歌い始め、現在もライブを中心に活動している。
──最古と最新の楽曲を演奏しても、鈴木茂さんたちが演奏すると統一感がありますね。
同じ譜面を使っても “その譜面から何を読み取るか” は人それぞれで、いつの時代を生きた人なのか、どんなものが好きな人なのか、というのが演奏に出るんだと思います。
若いミュージシャンには出せない年季の入ったグルーブとサウンドだと思うし、とにかく大きな切り株みたいな存在です。寝っ転がることもできるし、長時間座っていてもお尻が痛くならない、ほんとうに包容力のあるグルーブだと思います。あの温かみは独特なものだし、長年培ってこられた音の温度感なんでしょうね。
──その一方で、最先端のアーティストであるM-Swift(注3)さんがプロデュースした楽曲も2曲収録されていますね。
M-Swiftさんはレーベルのディレクターの方の紹介です。私はクラブ・ジャズ系やハウス系あたりも好きなので、合うんじゃないかって。
「New School Etude」という曲はけっこう昔に作っていた曲なのですが、披露するタイミングを失っていたんですね。これをM-Swiftさんにお願いしたらきっとよくしてくれるはずだと思って。もう1曲の「I Raise My Hands up」は書き下ろしの新曲なんですけど、M-Swiftさんにお願いすることを前提に作ったので、すごくいいコラボになったなと思っています。
注3:プロデューサー / DJの松下昇平を中心とする音楽プロジェクト 。これまでに青山テルマ、May’n、シャリース、松本ゆりふぁなどの楽曲のプロデュースやアレンジを手がけ、また多数のTV番組やCM音楽への楽曲提供も行なっている。さらにヨーロッパでも作品をリリースし、高い評価を得ている。
──伝統的なものも大事にしつつ、トレンドもちゃんと取り入れると。
トレンドに無理に合わせるということではないのですが、多少は取り入れることも大事なのかなと思っています。今はイントロがないものがトレンドですけど、今回の新曲も結果的にイントロのないものが多くなりました。
自分のやってきたことは間違いじゃなかった
──香織さんがデビューした15年前は、日本では女性サックス奏者ってあまりいなかったですし、そういう意味では先駆者的な存在でもあると思います。
私がデビューした頃って、女性サックス奏者って私と矢野沙織(注4)さんぐらいしかいませんでした。沙織さんとは今も仲良しで、2人で闘ってきた戦友みたいな存在です。
振り返ったときに、自分たちに続く人が誰もいなかったら「私たちがやってきたことって何だったんだろう…」って感じると思うんですけど、後に続く人たちがこれだけいっぱいいるということは、私たちがやってきたことが間違いではなかったというか。私たちの存在がどう作用したかはわかりませんが、サックス界を盛り上げるお役には立てたのかな、と。
注4:やのさおり。サックス奏者。10代からライブ活動を始め、2003年に『YANOSAORI』でデビュー。ビ・バップを基本とした高い音楽性で注目を集める。またテレビ朝日系「報道ステーション」のテーマ曲を手がけたり、シャンプーのテレビCMに出演するなど、ジャズを超えた幅広い活動を展開。
──確かに、現在では女性サックス奏者も珍しくなくなってきました。
本当に喜ばしいことです。いい意味で “普通” になったんだと思います。もちろん、私は若い男性プレイヤーも応援していますが、若い女性プレイヤーから、私がきっかけでサックスを始めましたなんてメッセージを頂くと、それはすごく嬉しいですし、励みになりますね。
──デビュー当時、色眼鏡で見られたりしたことはなかったですか?
20代前半の頃は、バカにされたくないっていう気持ちがものすごく強かったので、ほんとうに尖っていて。生意気なことも相当言いましたし、いま思うとちょっと感じ悪かったと思いますね(笑)。
とにかく認められたい、舐められたくないっていう気持ちでした。ライブや取材の時も、いつも鉄兜を被って出発するといった感じだったんですけど、いまはおかげさまでそんな重装備をせずに普通に演奏できるようになりましたね。
──ただ、女性ならではの感性も、魅力や強みとしてあると思います。
私は音大時代には4年間ジャズをきっちり勉強したし、ジャズを大切に思う気持ちは今も変わらないんです。ただし、それを難しく捉えるのではなく、もっとカジュアルにポップに、普通にショッピングに行くような感覚でインストを聴いてもらえないだろうか、ということもずっと考えてきました。そこは、もしかしたら “女性としての私” ならではの個性なのかも知れないですね。
──この15年間で、ご自身の音楽性もいろいろと変化していますよね。
15年間でいろいろな実験をさせていただいて、両極端なこともやってみました。ライブで“わからない人はついてこなくていい” みたいなアドリブ・ソロを取っていた時代もあります。打って変わって、まったくアドリブ・ソロをしない “ジャズ反抗期”みたいな時もありました(笑)。
今回のアルバムでも全曲アドリブ・ソロはありますけど、そんなに長くはない。長々とは喋らずに、みんなに喜んでもらえる一言だけ言おうという、簡潔にまとめる力が付いたかも知れないですね。
──ジャズって、下手したら冗長になってしまうこともありますもんね。
バンド編成の演奏は、基本的にメンバーそれぞれのソロが入ることも多いですけど、今回はサックス以外のソロがほとんどないんです。これもすごく勇気が要ることでした。周りのミュージシャンにソロを取らせないのは失礼だっていう意見もあると思うんですけど、私はそこも含めて私の作品の個性というか、こういうジャンルがあってもいいかなっていう提案ですね。
ありそうでなかったものを作りたい
──ジャズにこだわらずに、いろいろな音楽の要素も取り入れていますよね。
デビューの頃からずっと “ありそうでなかったものを作りたい” というコンセプトがあって、ただサックスを吹くだけではなくて、観て、聴いて、楽しいものでありたいなって思います。
たとえば私のライブでは必ず “出囃子”があるんですけど、そのアイディアはMr. Childrenのライブを観たことがきっかけです。従姉妹がMr. Childrenの大ファンで、一緒にライブに行ったんですね。すると最初にSEみたいなものがしばらく流れて全然メンバーが出てこないんです。そんな時間がしばらく続いてメンバーが出てきた時、私も思わず「キャーッ」って言っちゃって(笑)。あ、これはいいなと思って自分のライブにも取り入れることにしました。さらにここ数年はその出囃子を「Opening」としてCDにも入れてます。
──昨年は、松任谷由実さんのライブのサポートもやってましたよね。
由実さんのライブは子供の頃から見ていて、本当に素晴らしいと思っていましたけど、まさか自分がそのバンドの一員になれる日が来るとは思っていませんでした。2020年の苗場でのコンサートに初めて参加させていただいて、ものすごく緊張したけど、ほんとうにエンターテインメントを極めた方だなって感じました。舞台セットや衣装チェンジの仕方、セットリストの作り方とか、すごく勉強になることばかりでした。
──今後、やってみたいことはありますか?
昨年の上半期は街にほとんど人がいないという状況でしたよね。そんな時に海外の方から動画でコラボしようというお話しをいただきました。私が一度も行ったことのない場所の、会ったこともない人たちが、各々の国で撮った動画を送って、最終的にそれがビッグ・バンドになるんです。出来上がったものを観てすごく感激しました。
今回のアルバムでもM-Swiftさんとの2曲はそれに近い作り方をしているので、今後はそういった作り方も増えていくのかなとは感じています。今までは無理だったことも可能になってきて、そういう新しい手法にも興味がありますね。
小林香織/こばやしかおり(写真右)
1981年10月20日神奈川県生まれ。中学校の吹奏楽部でフルートを始め、高校2年生からサックスを始める。2005年に『Solar』でデビュー。その後コンスタントにアルバムをリリースし、ライブ活動も積極的に展開。2010年、YouTubeにアップされた映像が台湾で350万回を越える閲覧を記録し、台湾、韓国、中国、タイでアルバムがリリースされ、タイのSAX SOCIETYより“The Most Beautiful Saxophonist In ASIA”(アジアで最も美しいサックス奏者)の栄誉を受ける。
【公式サイト】https://kaorikobayashi.com/
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真左)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。