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ピアニストの桑原あいが新アルバム『Opera』を完成させた。本作の大きな特徴は2つある。まず、ソロ・ピアノ作品であること。これは彼女のキャリア初の試みだ。さらに、本作がカバー曲で構成されている点も大きなポイント。しかも、楽曲の約半数を「リクエスト」で決めた。
演奏曲のリクエストを出したのはシシド・カフカ、立川志の輔、山崎育三郎、社長(SOIL&”PIMP” SESSIONS)、平野啓一郎という顔ぶれ。皆、桑原の音楽を愛し、彼女自身も心を許す面々だ。今回は、そんな曲選者のひとりであるSOIL&”PIMP”SESSIONSの社長を迎え、桑原あいとの対談をもって本作の魅力に迫りたい。
「ピアノ・ソロ」を出す勇気がなかった…
――おふたりは、どんな経緯で知り合ったのですか?
桑原 最初はラジオ番組でしたよね。
社長 そう、5年くらい前かな。僕がやってた番組にゲストで来ていただいて。
――そのときのお互いの印象は?
桑原 ルックスのインパクトで会うまですごくドキドキしました(笑)。お話しさせていただいたら普通の、すごく優しい方で、ギャップに驚きました(笑)。
社長 僕はね、会う前にたまたま彼女の音源を聴いていたんですよ。その作品でスクエアプッシャー(注1)のカバーやってて。こんなジャズ・ピアニストがいるんだ…、っていう。
注1:SQUAREPUSHER/イギリスのミュージシャン、トーマス・ジェンキンソンが1994年にこの名義で活動を開始。96年にアルバム『Feed Me Weird Things』を発表。以降、先鋭的なエレクトロ・ミュージックの担い手として世界的に脚光を浴びる。
――今回の新アルバムでも、社長がリクエストした “ユニークなカバー曲”を演奏していますね。ちなみに桑原さんはこれが初めてのソロ・ピアノ・アルバムなんですね。
桑原 はい。
――桑原さんは、これまでに幾度となくソロ演奏のライブをやってきたし、独奏を徹底的に追求しているようにも見えた。にもかかわらず、こうしてアルバムとして発表するのは初めて。これはちょっと意外でした。
桑原 そうなんです。周囲からも「あれ? 出してなかったんだ」って言われました。私の中で「ピアノのソロ・アルバム」はすごくハードルが高くて、いままで出す勇気がなかったんです。でも、30歳までには出したいという夢があったので、5~6年前からコンサートで「そのうち(ソロ・アルバムを)録るんだ」という気持ちを昂めていました。
――今回の内容は、桑原さん自作の1曲と、ご自身がセレクトした5曲、あとゲストのリクエストが5曲という構成。リクエストを出してくれた皆さん(注2)はどのように決めたんですか?
注2:〈収録曲順に〉シシド・カフカ、立川志の輔、山崎育三郎、社長(SOIL&”PIMP” SESSIONS)、平野啓一郎
桑原 音楽好きかどうかはこだわらずに、自分がお願いしたい方にオファーしました。皆さんがどんな曲を選ぶのかかも楽しみでしたね。
社長 (選曲者のラインナップを見て)……うわぁ、僕、すごいところに入れてもらってますね(笑)。
桑原あいと“ヨーロッパ勢”の共通点
――リクエストを出した方々の楽曲も、うまい具合にジャンルが分散していますね。そんな中で、社長が提案したのはクアンティック「Mishaps Happening」(注3)。これはどんな意図で?
注3:イギリス出身の音楽プロデューサー/ミュージシャン、ウィル・ホランドによるソロプロジェクト「クアンティック」のサードアルバム『Mishaps Happening』表題曲。
社長 僕は、あいちゃんのピアノを聴くとニタイ・ハー・シュコヴィッツ(注4)を思い出すんですね。あと、ブッゲ・ヴェッセルトフト(注5)とも、ある種の共通点を感じるの。
注4:イスラエル出身のピアニスト。2019年に初のピアノ・トリオ作品 『レモン・ザ・ムーン』をリリース。
注5:ノルウェー出身のジャズピアニスト・音楽家。90年代からクラブ・ミュージックの要素を取り入れた新しいスタイルを探求。96年にフューチャージャズ・レーベル「ジャズランド」を設立。
桑原 ええーっ、そんなこと言われたの初めて。すごい! うれしい!
社長 そんなわけで、まず「あいちゃんにはヨーロッパの北の方の音が合うんじゃないかな…」という直感があった。そこからブッゲがヘンリク・シュワルツ(注6)とやったアルバムが浮かんできて。さらに想像を膨らませて北欧の音を探ってみたらトッド・テリエ(注7)も浮かんできた。
注6:ドイツ出身のDJ/クリエイター。エレクトロニック・ミュージックやジャズ、ワールド・ミュージックなど、様々な音楽に精通する。2011年にブッゲ・ヴェッセルトフトとの共演作『デュオ』をリリース。
注7:ノルウェー在住の音楽プロデューサー/DJ/ソングライター。数々の傑作リエディットでその名を知られ、世界中のダンスフロアで評価されている。2013年には、英・フランツ・フェルディナンドなどのプロデュースなども務めた。
社長 そこから、トッド・テリエの「Inspector Norse」(アルバム『It’s Album Time』収録/2014年)との共通項で、この「Mishaps Happening」が浮上した。
桑原 私、ヘンリク・シュワルツも大好きだし、北欧のジャズもすごく好きで、ずっと聴いてきたんですけど、そのことはあまり言ってこなかったんです。なのに、そこを私の演奏から感じ取って、選曲してもらえたなんて……本当に驚きました。
僕の想像を遥かに超えた “桑原あいワールド”
――桑原さんは、この原曲(Mishaps Happening)を聴いて、どう感じました?
桑原 無機質なんだけど、なにかが香ってくる感じ。すごく不思議な空気感がありました。この曲をピアノで弾いたらどうなるんだろう…と純粋に思いましたね。
――社長は「この曲をソロでやると面白い」という直感もあった?
社長 さっき話した通り、まず選曲するにあたって「あいちゃんに何が合うのか」ということを考えた。なので、事前に資料などは読まずに、純粋にイメージを膨らませていったんです。だからソロ演奏というのは、選曲した後に知って……。
桑原 えっ! そうなの!?
社長 もちろん、この曲をソロで演っても面白いと思ったけど、最初はただ漠然と「あいちゃんのヴォイシングで、この曲を聴いてみたい。聴けたらいいなぁ」と思ったんだよね。
――で、聴いてみてどうでした?
社長 自分の頭の中の想像をはるかに超えて “あいちゃんワールド”な仕上がりになっていましたね。僕が好きな、あいちゃんのヴォイシングもちゃんとあった。ひとつ予想外だったのは、僕的にこの曲のハイライトだと思っていた部分をまるっと使ってなかった。これには「お! やるな~」と。
桑原 あはは。結構そこは悩んだんですよ。
社長 曲に対する先入観がないから、純粋にこの原曲を解釈して、自分の世界に落とし込んで「要らない」っていう判断ができたわけですよね。すごいなぁ、と思いましたよ。
桑原 でも、この曲は自分にしっくりくるグルーヴをみつけるまで、いちばん時間がかかりました。どう切り取って、素材としてどう活かしていくか悩んだ。その一方で “思い切りも大事”と思って大胆に削ったり……とにかくいろいろ考えましたね。
社長 レコーディングの時は、ほぼ固まっていた?
桑原 弾く前にイメージはあったけど、本番で弾いてみて、どんどん変わっていきました。最後のヴォイシングを動かしていくところも、弾きながら生まれたもの。即興的に生まれた部分はすごく大きかったですね。
音楽は“生きざま”を映すもの
――社長が思う、桑原さんの魅力ってどんなところですか?
社長 あいちゃんの音を聴いた時に最初に思ったのが、ヴォイシングにすごく特徴があったこと。トライアドだけどマイナーっぽく聴こえるというか。明るさのなかに影があるんですよね。
桑原 あ、それ指摘されたことある…。
社長 哀愁っていうのかな、ある種のメランコリーですよね。ブラジルでいうとサウダージみたいな。そういうキュンとする成分があるんですよ。僕はそういうのが好みだから、それで「おっ!」と思った。
――そこ重要ですね。今回、桑原さんが選んだ曲の中には、モリコーネやピアソラ、エグベルト・ジスモンチが含まれていて、これらの共通点は “ラテン的な哀愁” です。
桑原 あ、ホントだ。みんなラテン語圏の人ですね。
――で、社長が提案した曲はリクエスト曲の中で唯一、ラテン風味。ちゃんとアルバムに調和しているんです。
桑原 たしかにそうですね。自分では強く意識してこなかったけど、ラテン的な要素や香りが好きなんだと思います。
――ほかに、社長が知っている “桑原あいの魅力”はありますか?
社長 以前に、僕のラジオ番組でピアノを弾いてもらったんですけどね、そのとき「左手の小指が強い!」って思ったのを、今でも覚えてる。
桑原 ハハハハ、本当ですか?
社長 ピアノを聴いていると、“小指”って、結構、聴いちゃうというか。小指までちゃんと弾き切れているかって、気になってしょうがないんだよね、ピアノが大好きだから。そこがちゃんと鳴らせてるなぁっていう印象を受けた。
桑原 そんなところも見てくださってるなんて…すごくうれしい。
社長 いやいや、偉そうなこと言ってごめんね。ピアニストの方々に怒られそう(笑)。
――桑原さんは以前のインタビューで「私はソロ・ピアノをきちんと弾けるピアニストになりたい。60歳の時にソロ・ピアノを最高の音で弾ける人でありたい」とおっしゃっていましたね。
桑原 はい、今もそう思っています。
――いま、60歳までのちょうど中間地点(30歳)に立って、こうしてソロピアノ作品を発表しました。ここまでの道のりを振り返って、思うことは?
桑原 25、6歳ぐらいまで、自分の理想像がすごくあって。それを追い求めることで、逆に自分を追い詰めてしまっていたんです。その後、いろいろなことを経験して、いろんな価値観を受け容れられるようになって、かつて描いていた理想像も消えました。そして、いまは “等身大の自分”でピアノに向き合えるようになった。
――余計な力が抜けて、自然体になれた?
桑原 やっぱり「音楽は生きざまを映すものなんだ」ということに、ちゃんと気付けたというか……。これからもピアノを弾く上で、日々の生き方とか、気持ちの揺れとか、すべてが反映されていくと思うんです。だから、日常生活を大事にしていきたい。音楽人生はこれからの方が楽しくなると思っているし、そうやって音楽をやっていけたらいいですね。健康に弾き続けていって、60歳、70歳を迎えるのが私の夢です。
取材・文/齊藤 恵
撮影/藤川一輝
桑原あい
http://aikuwabara.com/
https://www.universal-music.co.jp/kuwabara-ai/
SOIL&”PIMP”SESSIONS
https://www.jvcmusic.co.jp/soilpimp/
2021/4/7(水)発売
桑原あい『Opera』
Verve/ユニバーサルミュージック
[SHM-CD] 3,300円(税込)CDご予約・視聴: https://store.universal-music.co.jp/product/uccj2189/
〈収録曲〉
01. ニュー・シネマ・パラダイス (エンニオ・モリコーネ)
02. リヴィン・オン・ア・プレイヤー (ボン・ジョヴィ) ※シシド・カフカ 選曲
03. レオノーラの愛のテーマ (アストル・ピアソラ)
04. ロロ (エグベルト・ジスモンチ)
05. ワルツ・フォー・デビイ (ビル・エヴァンス) ※立川志の輔 選曲
06. 星影のエール (GReeeeN) ※山崎育三郎 選曲
07. ゴーイング・トゥ・ア・タウン (ルーファス・ウェインライト)
08. ミスハップス・ハプニング (クアンティック) ※社長(SOIL&”PIMP”SESSIONS) 選曲
09. エヴリシング・マスト・チェンジ (クインシー・ジョーンズ) ※平野啓一郎 選曲
10. ザ・バック (桑原あい)
11. デイドリーム・ビリーヴァー (ザ・モンキーズ)
( )内はオリジナル・アーティスト。
★桑原あい ソロ/トリオ編成で東名阪ツアー「Ai Kuwabara Tour 2021 “Opera, Solo & Trio”」を開催
【公演名】
「Ai Kuwabara Tour 2021 “Opera, Solo & Trio”」
【公演日程】
●6月13日(日) 東京・ブルーノート東京(Solo & Trio)
●6月15日(火) 名古屋・BLcafe(Solo & Trio)
●6月16日(水) 大阪・ビルボードライブ大阪(Solo & Trio)
●6月25日(金) 東京・東京オペラシティ リサイタルホール(Solo Piano)
【出演者】
Ai Kuwabara the Project:桑原あい(pf)、鳥越啓介(b)、千住宗臣(ds)〈13日、15日、16日〉
桑原あい〈25日〉
公演詳細:https://sunrisetokyo.com/detail/13733/
2021/03/17(水)発売
SOIL&”PIMP”SESSIONS『THE ESSENCE OF SOIL』
ビクターエンタテインメント
[SHM-CD] 2,300円 (+税)
<収録曲>
01.Inner Glimpse (McCoy Tyner)
02.My Favorite Things (Richard Rodgers)
03.Planet Caravan (Geezer Butler / Tony Iommi / Ozzy Osbourne / Bill Ward)
04.A Love Supreme, Pt. II – Resolution (John Coltrane)
05.Soulful (Roy Hargrove)
06.Kitty Bey (Gerald Wise)
07.Silence (Charlie Haden)
SOIL&”PIMP”SESSIONS
https://www.jvcmusic.co.jp/soilpimp/