これは今年の国産ジャズの中でも台風の目になる作品ではないか。トランペット奏者、佐瀬悠輔の初のリーダー作『#1』はそんな予感を抱かせるのに充分なアルバムだ。
佐瀬は石若駿のプロジェクト『Answer to Remember』に参加し、Gentle Forest Jazz Bandのメンバーでもある。黒田卓也やマーキス・ヒルなどと較べても遜色のないトランペットはもちろんだが、すべての曲を自ら作曲し、コンポーザ―としても才気あふれるところを見せている。また、それらの曲はライブで鍛え上げていっただけあり、フィジカルの強さを感じさせるところにも注目したい。
H.ハンコックに戸惑いながらも夢中に…
――幼い頃から家で音楽が流れていたそうですね。
父がプログレ好きだったので、キング・クリムゾンやイエスや、ジェントル・ジャイアントなどが流れていました。それを聴いて僕も踊っていたらしいです(笑)。あと、ジャズもフュージョンも好きで「これはなんなんだ?」と思いながらハービー・ハンコックを、 戸惑いながらもひたすら聴いていましたね。
――現代のトランペット奏者で好きなのは?
ニコラス・ぺイトン、アンブローズ・アキンムシーレ、アヴィシャイ・コーエンなどですかね。あと、トランペットを始めてからはブレッカー・ブラザーズを何度も聴いて。
――ブレッカー・ブラザーズは技巧派で兄のマイケル・ブレッカーについて語られがちですけど、実はコンセプトを担っていたのはランディで、曲も彼の作ったもののほうが多かったですね。
そうですよね。ランディが大好きでした。
――曲を作り始めたのはいつ頃?
中学生の時からピアノで作ってましたね。いま振り返ると中学生が作る曲じゃなくて、それこそ新作の曲にも通じるところがあって。おかしなコード使っていたりしましたね。
――なぜこのタイミングでリーダー作を作ろうと?
去年のコロナ禍でライブができなくて、これから先の音楽人生が厳しくなるなと思いながら、ここで一回リーダー作を作ってサブスクにもあげてみようと思って作り始めました。
スタジオに入って1日で録ったんですけど、1曲につきワンテイクかツーテイクですね。勢いでやりきったというか。ライブで何回もやってきた曲が多かったから、ワンテイク、ツーテイクでも難しいことはなくて。曲に対する理解度は皆高かったので。
――アルバムのコンセプト的なことはなにかありましたか?
今回は全部、僕のオリジナル曲なんですけど、最初からカバーはしないっていうことは決めていて。カバーってすごく難しいと思うんですよ。自分の曲を演奏する倍くらい難しい。“この人はどういうイメージでこの曲を作っていたのか” が、理解できない状態で演奏するわけで。
参加メンバーたちの “ここが凄い”
――新作に参加しているメンバーの、プレイヤーとしての個性や魅力を教えてもらえますか?
キーボードの海堀(弘大)君はジャズが根底にありますね。ジャズの知識が豊富で、いろいろな音楽を聴いていて、ジャズの鍵盤奏者としてはピカイチかなと。あと、プレイがサポーティブですね。トランペットってずっと吹いていられなくて、体力的に楽器の限界が来る時があるんですが、その時にピアノのヴォイシングで支えてもら。そうするとトランペットのソロも活きてくる。彼はそれができる貴重な名プレイヤーですね。
――ギターの小金丸(彗)さんは?
彼は海堀君とは真逆で、ジャズの要素はほとんど持っていないです。自身のグループではヘヴィ・メタルのバンドをやっていたりとか、プログレも好きだったり。でも、一方でインプロヴィゼーションも素晴らしくて、なんでもできちゃうところが凄いですね。
新井(和輝)さんもベースがサポーティブでグルーヴがすごいんですよ。あと、自分の中に強靭なタイム・フィールがある。ドラムの話になっちゃうんですけど、DCPRGで活躍したドラムの秋元(修)君はドラマーらしからぬ精神を持っていて。積極的に特定のグルーヴから離脱しちゃうんですよ。つまり秋元君がかなり自由なので、ベースがグルーヴをキープしないとリズム隊が成り立たない。意外とそれができない人が多いんですけど、このグループでは新井君がいるおかげでグルーヴを保てています。それによってリズム・セクションがぎりぎりで成立しているというか。
――秋元さんのドラムは新作の推進力になっていると思いました。ちょっと聴いたことのないようなプレイですね。ひとりポリリズムというか。
そうですね。秋元君はDCPRGでポリリズムをやっていて、拍子を行き来するのが得意です。確かにあまりいないタイプのドラマーだと思いますね。例えばドラマーって一拍のところに分かりやすいアクセントを入れるんですけど、秋元君はまったくそういう風にしない。人によっては分かりづらいビートを入れてくるんです。しかも、それが作為的なものではなくて、音楽の流れに沿ったまま叩くとそうなるらしいんです。
彼は先述した小金丸さんと一緒にメタル・バンドをやっていたり、かと思うとビートが一切ないアンビエントな作品を出していたり。音楽的な振れ幅も大きいですね。
――4人ともルーツがバラバラで、バックグラウンドが違いますね。
というか、僕はそういう人たちと一緒にバンドをやるのが楽しいんです。僕の書いた曲も、僕自身はジャズだと思っていますけど、プラスして、他のジャンルの要素が入ってくれたらいいなと。
例えばジャズ・ミュージシャンを集めてスウィング・ジャズやったら巧いだろうけど、それだけだと僕は物足りなくて。いろいろなジャンルをミックスした音楽がやりたいんです。最近のジャズ・ミュージシャンを見ていると、ジャズをメインにしがらも、他のバンドではヒップホップやっていたりとか、いろいろなジャンルをフラットに見ている。僕もヒップホップやR&Bやロックも並列に聴くのでそういう在り方に共感しますね。
――いまや売れっ子のカマシ・ワシントンもラッパーのスヌープ・ドッグのバンドでサックスを吹いていました。そういう流れはありますね。
うんうん。
――あと、ジャズ系のトランぺッターにインタビューすると、影響を受けたプレイヤーとして必ずと言ってもいいほどロイ・ハ―グローヴの名前が挙がるんですよ。
彼はすごかったと思います。まず第一にトランペットでR&B的な切り口をしたのは彼が最初ですよね。彼の音楽は、ジャズはもちろん、R&Bやヒップホップの要素を含めたものだった。あと、トランペット奏者としては歌心がめちゃめちゃあって、一音吹くだけでバンド・サウンドを変えられるんですよ。それがトランペットの武器であり魅力で、だからこそみんな憧れるんでしょうね。
――ちなみに新作の理想の音質、音像は何かありましたか?
今回意識したのは、それぞれの楽器の鳴っている音そのものを録音したい、ということで。ライブで耳で聞こえている音と、レコーディングする時の音って若干違うんです。で、耳で聞こえている音をなるべくそのまま残したいって思って。あと、トランペットの音色をちゃんと理解している人じゃないとダメだというのもあり、録音とミックスを信頼しているエンジニアの種村(尚人)さんにお願いしました。
――今後やってみたいことは?
もちろんバンド編成でオリジナルをやりたいっていうのもあるんですけど、いま興味があるのは、自分でトラックを作ってビート・メイカー的な立ち場でトランペットを吹くっていうものです。そういうトランぺッターあまりいないかと。
――黒田卓也さんもそうですね。彼は最新作の『フライ・ムーン・ダイ・スーン』ではエンジニアとスタジオにこもって作りこんでいて、ビートメイクにも参加していました。
そうですね。それこそいつか黒田さんのバンドと対バンしてみたいです。あと、(石若)駿君のプロジェクトのAnswer to Remember で一緒だったサックスのMELRAWともまた一緒に何かやりたいですね。もちろん、そのAnswer to Rememberや、石若駿君とも演奏したいですし。ライブがなかなかやりづらい状況ですが、レコ発的なライブもピットインでやるので、それもチェックして欲しいです。
取材・文/土佐有明
撮影/山下直輝
佐瀬悠輔|させ ゆうすけ
北海道生まれ。幼少時より両親の影響でジャズやロックに囲まれて育つ。小学生の時にブラスバンドに参加し、以降、トランペットの演奏に没頭。洗足学園音楽大学に進学し、同大学主席卒業。在学中よりプロ活動を開始し「44th YAMANO BIG BAND JAZZ CONTES」最優秀ソリスト賞など数々のコンテストにて賞を獲得。現在はジャズを軸としたライブや、アーティストのサポート、CMレコーディングなど多岐にわたり活動。フジロック、サマーソニック、朝霧JAMなどの音楽フェス出演も。【公式サイト】https://www.yusukesase.com/
佐瀬悠輔『#1』
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