投稿日 : 2021.04.30

今年はどうなる? 世界3大ジャズフェスティバルが打った “未来への布石”

取材・文/千駄木雄大

ジャズフェスの未来 特集表紙

昨年(2020年)、開催を予定していた音楽フェスがほぼすべて中止となり、2021年の開催についてもしばらく“様子見”の状態が続いていた。そんななか、この3月に「フジロックフェスティバル」が開催(2021年8月20日〜22日に予定)を発表。国内最大級の規模を誇る同フェスは、これまで多くの海外ミュージシャンを招聘してきたが、今回は国内アーティストのみで実施するという。同様に、他の国内フェスも “今年は開催する方向” で準備をはじめているようだ。

一方、事態が深刻なのはアメリカ。新型コロナウィルスの新規感染者数は、現在(2021年4月)も1日におよそ7万人が報告され、すでに死者数は15万人を超えている。この状況下でいち早く「開催決定」を示唆した音楽フェスがある。米国最大級のジャズ・フェスティバルとして知られるニューポート・ジャズ・フェスティバルだ。これが実行されれば、アメリカで最初の “コロナ後の大型フェス開催”となる。そんなタイミングでの発表だった。

米ニューポート・フェスの現状

ニューポート・ジャズフェスティバル(Newport Jazz Festival)が始まったのは1954年。以来、夏の名物イベントとして60年以上にわたって同地(米ロードアイランド州ニューポート)で開催されてきた。かのステージで繰り広げられてきた名演奏の数々は、ライブ録音作品や映像としても数多く残されており、なかでも広く知られるのが映画真夏の夜のジャズ』(1959年)である。

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本作は1958年のニューポートフェスの様子を撮ったドキュメンタリー作品で、2020年に4K版が公開され話題となった。しかしこの年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いフェスは中止。ノラ・ジョーンズやウイントン・マルサリス、ダイアナ・クラールほか、日本からは上原ひろみも出演する予定だった。出演者たちは一様にフェスの中止を残念がったが、地元住民の落胆も大きい。

ニューポート・ジャズ・フェスティバルのメインステージから見下ろす風景。同地は歴史ある港湾都市で、風光明媚な保養地としても知られる。

ニューポートという土地はアメリカ有数の避暑地であり、毎年7月に約1週間かけて「ジャズ・フェスティバル」と「フォーク・フェスティバル」が開催される。この街の住民はおよそ2万5000人だが、フェス期間中は毎日約1万人の音楽ファンがこの地を訪れる。ところが2020年は、初開催(1954年)以来、初めての中止。地域の経済にも深刻な打撃を与えた。もちろん、演奏の場を失ったミュージシャンたちも苦境に立たされている。

州知事の“匂わせ”発言

この危機を受けてフェスの運営団体は、ミュージシャンを支援する基金を設立。コロナで演奏の機会を失った460以上の演奏家たちに財政援助を行っている。これに呼応したのが、ドイツのオンラインメディア「HIGHSNOBIETY」。同社はフェスの運営元とコラボレーションを実施し、オリジナルのグッズやアパレルを販売。収益はミュージシャンの支援に使われている。

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HIGHSNOBIETY内のコンテンツ「JAZZ TV

さらに、このHIGHSNOBIETYは同フェスにまつわるさまざまな動画を、公式YouTubeチャンネルで公開しており、現在、カマシ・ワシントンのライブステージ(2019年のニューポートフェス)や、ロバート・グラスパーとクリスチャン・マクブライドの対談映像などを観ることができる。

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こうして、さまざまなメディアや団体の支援を得つつ苦境を凌いでいたニューポート・ジャズフェスティバルに、希望の光が射したのは2021年3月18日。ロードアイランド州の知事であるダニエル・マッキーが定例会見の場で「今年の夏はニューポートに音楽が流れるという、いいニュースがある」と、主催者よりも先にフェスの開催を匂わせたのだ。

知事のこの発言を受け、フェスの主催団体はFacebookアカウントで「州知事から開催を容認されたので、例年通りとはいかないが、州や自治体、保険当局と協力して取り組んでいきたい」と、フェスの開催に関して前向きなコメントを掲載。追って4月8日には「集客人数を制限して、いつもとは違うやり方」で、ニューポート・ジャズ・フェスティバルを7月30日から8月1日の3日間で開催すると発表した。

モントレーのバーチャル・フェス

ここまで紹介したニューポート・フェスはアメリカ東部を代表する有名フェス。これに対して、西部を代表するのが「モントレー・ジャズ・フェスティバル(Monterey Jazz Festival)」だ。同フェスがスタートしたのは1958年。その名のとおり、開催地は米カリフォルニア州のモントレー。先に紹介したニューポートと並んで「世界3大ジャズフェス」に数えられるビッグイベントである。

モンタレー・ジャズ・フェスティバル(2000年)のステージ。インターネット時代に突入し、メインスポンサーには大手通信事業者のワールドコムがついている。

こちらも歴代の大物ジャズマンたちが名演を繰り広げ、映像や録音物も多数リリースされている。また、熱心なジャズファンとして知られる俳優のクリント・イーストウッドは、自身の監督デビュー作『恐怖のメロディ』(1971年)で、このフェスのステージ映像をそのまま使用。作中にキャノンボール・アダレイジョー・ザヴィヌルジョニー・オーティスといった有名ミュージシャンが登場するほか、観客席も映し出され、当時のモントレー・フェス(1970年9月)の様子が窺える。

そんな伝統あるモントレー・フェスも2020年は通常通りの実施が不可能だった。ただし、本来の開催予定日(9月の3日間)にバーチャルフェスを開催。ミュージシャンたちが自宅やスタジオで収録した演奏を、連日およそ2時間ずつ配信したのだ。

アフロ・アメリカン地位向上のために

動画配信にはハービー・ハンコックダイアナ・クラールダイアン・リーヴスなど、アメリカを代表する演奏家たちが登場。さらに、このバーチャルフェスを企画した芸術監督のティム・ジャクソンと、俳優・映画監督として知られるクリント・イーストウッドとのトークショーも配信。同プログラム内には、フェスの歴史を彩る“蔵出し”ライブ動画など、未公開の貴重映像も組み込まれ、好評を博した。


モントレー・ジャズ・フェスティバルの公式サイト。ストア内ではオリジナルグッズやアパレルも充実。

こうしたオンラインでの施策は、「モントレー・ジャズ・フェスティバルの長い歴史の流れを寸断させないため」という目的だけでなく、同時期に大きな焦点となったブラック・ライブズ・マター(BLM)を後押しする意味合いも強かった。ジャズの発祥と発展にはアフリカ系の人々が深く関与してきた、という歴史を鑑みるとBLM運動との連携も頷ける。事実、このオンラインライブで得た収益の一部は「NAACP(全米黒人地位向上協会)」などに寄付されている。

 今年の開催については(2021年4月現在)公式ホームページ上で「9月24日〜26日」と告示されているが、どのような形態で実施されるのかは発表されていない。

ヨーロッパのフェス事情

一方、ヨーロッパはどんな状況か。前出のニューポートモントレーと並んで「世界三大ジャズフェス」に数えられるモントルー ・ジャズ・フェスティバルは、すでに今年(2021年7月)の開催を発表している。ちなみに前出の米フェス「モントー(Monterey)」とそっくりの名だが、こちらはスイス・レマン湖畔の町「モントー(Montreux)」で開催される音楽フェスティバルだ。

montreux jazz festival

モントルー ・ジャズ・フェスティバルも、他の “3大フェス” 同様に50年以上の歴史を持つ大イベント。「ジャズ」の名を冠しているが、1967年の発足後まもなくジャズやブルース、ロック、ソウル、ラテン音楽などジャンルを拡大。現在もさまざまなタイプのミュージシャンがステージに立ち、ヨーロッパ最大規模の “総合音楽フェス” の様相も呈している。ちなみにモントルーは、フレディ・マーキュリーゆかりの地(※1)としても知られるほか、ディープ・パープルの名曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を生んだ(※2)場所としても有名だ。

※1:フレディ・マーキュリー(英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト)はたびたびモントルーを訪れ、レコーディングや撮影を行った。私生活においても大切な場所だったという。レマン湖畔には彼の銅像が立つ。

※2:レマン湖畔で行われたフランク・ザッパのライブで火災が発生。その様子を見ていたディープ・パープルが、事故の顛末を歌った曲「Smoke on the Water」として発表。世界的な大ヒットとなった。このときのライブを主催し(歌詞にも登場する)クロード・ノブスは、モントルー・ジャズ・フェスティバルの創立者でもある。

そんな世界中の音楽ファンが注視する「モントルー」も2020年の実施を見送った。中止のアナウンスをしたのは同年4月。開催の3か月前だった。当時、スイス国内の感染者数はおよそ3万人(死者数は1600人)。3月には国内全土にセミロックダウンを敷き、他の欧州諸国と比べると被害の抑え込みに成功していた。とはいえ、モントルー・フェスはスイス国内だけでなく、“地続き”のヨーロッパ各国から多くの人が訪れるので、単純に国内問題として処理できない事情もある。

湖上にメインステージを特設

今年の開催については、スイス政府の安全ガイドラインに基づき、7月2日から15日まで実施する予定。メインステージをレマン湖上に造設し、湖岸に観客席(最大で600席に限定)を設け、他のステージも少人数に制限されるという。

ちなみに同フェスは、過去50年以上にわたるステージ映像を豊富にストックしており、昨年の開催中止を受けて50本超のライブ映像を期間限定で無料公開している。こうしたオンラインでの施策はパンデミック前から積極的に取り組んでおり、公式サイト内のコンテンツ充実度も(他の国際的フェスと比較して)群を抜いている。

さらに主催者は「近い将来にはライブストリーミングを積極的に導入する」と表明。この逆境を機に、新たな攻めの一手を打つ。これまでに日本やブラジルなどでも「モントルー・ジャズ」を冠したフェスが行われているが、2021年10月(5日〜8日)には、中国の浙江省杭州市でも開催されるという。

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取材・文/千駄木雄大

ニューポート・ジャズ・フェスティバル 公式サイト
https://www.newportjazz.org/

モントレー・ジャズ・フェスティバル 公式サイト
https://montereyjazzfestival.org/

モントルー ・ジャズ・フェスティバル 公式サイト
https://www.montreuxjazzfestival.com/fr/