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ビブラフォンやマリンバといったマレット楽器で、色とりどりの創作に取り組む YUKARI。西洋音楽のカテゴリでは歴史が浅く、演奏者数も少ないこの楽器で、彼女はどんな表現を目指しているのか…。マレット楽器の魅力と、意外な苦労が語られる。
マレットで表現する「ジャズ」
──マリンバやビブラフォンといったマレット楽器(注1)をはじめたきっかけは?
母がピアノの先生だったので、5歳ぐらいからクラシック・ピアノを習っていたんですけど、小学校の合奏の時間にたまたま木琴を弾く機会があって。楽しいな…と思って、母にやりたいって言ったのが10歳の時です。
マリンバって手を広げても届かないくらいサイズが大きいんですけど、それを体全身で演奏しているところがかっこいいなって。それで、私の地元(長野県塩尻市)で関澤真由美(注2)さんのレッスンがあったので、行ってみたんです。
注1:マレットと呼ばれる、ゴム製やフェルト製のヘッドが付いたばちで演奏する「鍵盤打楽器」のこと。マリンバ(Marimba)は木製の音板をもつ鍵盤打楽器で、いわゆる木琴の一種。ビブラフォン(Vibraphone)は金属製の音板をもつ鍵盤打楽器で、鉄琴の一種。共鳴管の上端に丸い羽根があり、この羽根を電気モーターで回転させることによってビブラートを作り出す。
注2:せきざわまゆみ。マリンバ奏者。武蔵野音楽大学大学院、ニューヨーク·マンハッタン音楽院修士課程で学び、世界的な活動を展開している。
そのままマリンバを本格的に習いはじめてクラッシックの音楽大学に行ったんですけど、マリンバ自体がまだ100年ちょっとくらいしか歴史がない新しい楽器なので、ベートーベンとかモーツァルトとかいった古典的な作曲家が作った楽曲というのがないんですね。だから現代音楽と言われるジャンルの、マリンバ奏者がマリンバのために作った曲というのをひたすらやっていました。
──そこから、どんな経緯でジャズを演奏し始めたのですか?
最初は、高校生の時にクラシック·ピアノの先生がビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』を薦めてくれたんです。けど、そのときは「あ、ジャズ・ピアノってこういう感じなんだ」ぐらいで、それほど興味はなかったんです。
その後大学を卒業して、“Funcussion”という打楽器だけでショウをやるエンターテインメント・グループに入ったんですけど、そこはクラシックやジャズ、フュージョン、ポップスなどを打楽器だけで演奏するパフォーマンス・グループで。そこで初めて、今まで自分がやってきたことがないジャンルの音楽をいろいろ演奏することになって。マリンバでもこんな音楽ができるんだ! って、すごい衝撃と楽しさがありましたね。
──逆に、戸惑ったこともあったのでは?
はい。たとえば、「この曲をやるよ」って譜面をもらうんですけど、そこに書かれているのがコードだけだったりして、「ここはソロをやって」「え、ソロって何?」みたいな状態からスタートしましたね。
あと、ジャズをやるなら(マリンバだけでなく)ビブラフォンも弾きたいと思ったんです。ところが、当時クラシックの音楽大学にはビブラフォンを教える先生も、ジャズを教える先生もいなかったんですね。それで紹介していただいたジャズ・ビブラフォンの師匠が赤松敏弘(注3)さんでした。
注3:あかまつとしひろ。ジャズ·ビブラフォン奏者。13歳からビブラフォンを始め、大学在学中からプロとしての活動を開始。1985年にゲイリー·バートンに認められてバークリー音楽大学に入学。卒業後は自己のグループや様々なセッションなどで、日本のジャズ·ビブラフォンの第一人者として現在も活躍。
──マリンバとビブラフォンって、演奏する上でどんな違いがあるのですか?
どちらもマレットを使って演奏する鍵盤打楽器。そこは同じです。最も大きな違いは、鍵盤の素材。マリンバは鍵盤が木なので、ポンと叩いても音が伸びないんです。一方、ビブラフォンは鍵盤が金属なので音が伸びる。この音を、ペダルやマレットを使って音を制御する技術も必要になります。
──ビブラフォンでジャズを演奏する上で、最初にどんな困難を感じましたか?
4本マレット(注4)はクラシックでもやっていましたし、持ち方の面では問題なかったんです。ただし、理論と連動したマレットの使い方には苦労しましたね。ジャズの魅力ってアドリブだと思うんですけど、それまでやったことがなかったので。
注4:マレットを片手に2本ずつ、計4本を持って演奏する方法。これにより和音を出すことができる。
──ジャズのビブラフォン奏者で、お手本にした人は?
もちろんミルト・ジャクソン(注5)も聴いていましたけど、ゲイリー・バートン(注6)の存在が大きいですね。赤松さんの師匠でもある人なので。
注5: Milt Jackson。ジャズ·ビブラフォン奏者。1950年代より活躍し、ブルース·フィーリング溢れるプレイで、その後のジャズ·ビブラフォンの基本スタイルを作り出した。また“モダン·ジャズ·クァルテット”の一員としても活躍。
注6: Gary Burton。ジャズ·ビブラフォン奏者。1960年代より活躍し、4本マレット奏法をジャズに導入して、またロックのサウンドを取り入れるなどジャズ·ビブラフォンの世界を大きく広げた。1971年よりバークリー音楽大学の講師となり、その後学長も務め、多くのミュージシャンたちを育てた。
マリンバで弾くかビブラフォンで弾くか
──新アルバム『Sparkling Eyes』を発表しました。
コロナ禍でライブもできなくなり、イベントやパーティーの仕事も中止になって、地元に帰ろうかなって考えていたんです。それを赤松さんに話したら、「まだ自分の作品を何も残していないのに帰っていいのか。ライブができない今の時間を使って、できることをやったらいいんじゃないか?」と。
それで、赤松さんのプロデュースでアルバムを制作することになりました。今まで作った曲の中から、今のYUKARIというものを表現できるものを作ろうと。私はまだ全然知られてい存在なので、まずは“私こんな音楽をやってます”っていうのをお届けする作品。オシャレな東京っぽい音楽ではない、長野県らしい音楽ですね(笑)。
──このアルバムでは、ビブラフォンとマリンバの両方を演奏していますね。
そうですね。マリンバは私の演奏活動の原点となった楽器なので、このアルバムには入れたかった。あと、“マリンバとビブラフォンのどっちをメインに据えるか” を決めている奏者は多いと思うんですけど、私はそこを明確に決めず、やりたいようにやっています。
ビブラフォンでジャズだけをやっていきます、というこだわりもないです。ビブラフォンをやることで、マリンバの良さを改めて感じることもできたので。
──ほとんどの曲がご自身の作曲ですけど、作曲時には、マリンバで弾くかビブラフォンで弾くか、決めて作るのですか?
作曲はピアノを使うんですけど、書いていく課程でこれはマリンバだな、こっちはビブラフォンだなっていう感じが多いです。ときにはビブラフォンで書いたつもりが、マリンバでやったほうがいいじゃんっていうこともあります。
──曲を書き始めたのはいつ頃?
学生時代は曲を書くことはなかったし、書いてみたいとも思わなかったです。赤松さんにジャズを習い始めて、レッスンの課程で「曲を書いてみたら?」と言われたのがきっかけです。「アドリブを弾くにも、メロディを創造する力が必要になるから」って。作曲って、メロディが生まれたとしても、そこにコードが付かないと完成しないじゃないですか。最初はコードの構造をまったく理解していなかったので不安でしたけど、コードを勉強し始めて、書けるかも…って思い始めました。
──YUKARIさんの曲って、明るい気持ちになれる曲が多いなって感じました。それぞれのフレーズがすごく希望に満ちているというか。
根は暗いんですけどね(笑)。特に意識して “明るい曲を書こう”とは思っていないので、それは自然と出てくるものかも知れません。どこかへ旅行に行った時の思い出とか、大切な人のことを考えたり、何かをイメージしながら書くんですけど、今回はきっといい思い出が多かったんでしょうね(笑)。
例えば「The Theme From “Lilly”」は、私が憧れている女性像をイメージして書きました。これは私がマリンバで、赤松さんがビブラフォンを弾いて、さらにピアノレスという珍しいカルテットでやってみたんですけど、とても魅力的なサウンドになったと思っています。
ビブラフォン奏者の “重労働”
──ビブラフォンやマリンバって、必ずしも音量のある楽器ではないですよね。ライブで上手くアンサンブルさせるのって大変じゃないですか? 例えばドラムにドカドカ叩かれると、ビブラフォンの音が消されちゃったりとか。
そういうドラムの人とはやらない、という選択肢しかないですね(笑)。自分がフロントに立つ以上は、引っ張っていく必要がある。でも、音が埋もれたり途切れて聞こえたりすることもあります。出す音の選び方を勉強しながら、探りながら、やってます。
──ステージでの見せ方で、意識していることなどはありますか?
ないです。そんなこと考えてる余裕はまったくない(笑)。ただ、鍵盤が下にあって俯き気味に弾くことが多いので、髪の毛が下に流れないようには気をつけてます。
──演奏する時の衣装で気を遣うところは?
クラシックでマリンバを弾く場合はドレスを着ることもありますけど、普段のライブは基本的にパンツが多いですね。スカートを履く場合も、ペダルを踏むのに影響がない長さです。ヒールのある靴も、ペダルが踏めないので履きません。上着は、中途半端に袖が開いていると、マレットの下の先が入っちゃうことがあるんですよ。そこは気をつけています。
基本的に、自分で楽器を運ぶので、汚れが目立たない色の服、運びやすい靴、というのが基準になってきます。
──ビブラフォンの運搬って大変なんじゃないですか?
そりゃもう大変です。分解して車で運ぶしか手段がないですね。車で運んで、駐めて、降ろして、店に搬入して、組み立てて、という。駅前のライブハウスだと車を長時間停めておけないので、速攻で楽器を運ばなきゃならなくて、もう時間との勝負です。
──モデルによって重量も違うと思いますが、50キロを超えるものも多いですよね。
そうですね。会場によってはエレベーターがないところもありますし、足腰が強くなりますよ。ビブラフォン奏者って女性が多いんですけど、私も含めて、自分で運んでいる人も多くて、みんなすごいなって思います。ライブが終わってバンドメンバーが打ち上げに行ってるときも、私は必死で楽器を片づけてます(笑)。たまに手伝ってくれる優しいバンドメンバーもいますよ。特にドラマーは、楽器を運んで組み上げる大変さを知っているので、手伝ってくれますね(笑)。
長野県塩尻市出身。10歳からマリンバを始め、東京音楽大学打楽器科でクラシックを学ぶ。卒業後、打楽器をメインとしたエンターテインメント·グループ“Funcussion”に参加。またジャズ·ビブラフォン奏者の赤松敏弘に師事し、現在は東京や長野を中心に、ビブラフォン、マリンバ奏者として全国各地でコンサートやライブを行う。2020年には“異彩トリオ”のメンバーとしてアルバム『ジャンゴ』をリリース。今回の『Sparkling Eyes』が初リーダー作となる。【公式サイト】https://yukarivib.wixsite.com/mysite
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真右)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ·イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ·ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲·監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。
『Sparkling Eyes』リリース記念ライブ
6/10(木)
渋谷JZ Brat SOUND OF TOKYO
03-5728-0168(平日14:00~21:00) http://www.jzbrat.com
open 18:00 / start 19:00(途中休憩あり/ 21:30終演予定)
予約¥5,000 / 当日¥5,500(別途飲食代)
(小学生半額 / 未就学児入場不可)
※都の新型コロナ感染対策により開演·終演時間の繰り上げ等が行われる場合があります。事前にHPで情報を御確認の上ご来場ください。
6/20(日)
松本 ザ·ハーモニーホール(小)
0263-47-2004 /長野県松本市島内4351
open 13:30 / start 14:00(途中休憩あり/ 16:30終演予定)
予約¥3,500 / 当日¥4,000(全席自由)
(大学生以下 予約¥1,500 / 当日¥2,000 / 小学生無料 / 未就学児入場不可)
問い合わせ(両日共通) : octave.yukari@gmail.com