投稿日 : 2021.05.31

【レビュー|アメリカン・ユートピア】デヴィッド・バーンの伝説的ブロードウェイ・ショーを映画化─スパイク・リーが監督

文/村尾泰郎

アメリカン・ユートピア2

『ストップ・メイキング・センス』の衝撃ふたたび

70年代半ばにトーキング・ヘッズのフロントマンとしてNYのパンク・シーンに登場して以来、デヴィッド・バーンは独自のスタンスで音楽と向き合ってきた。美大出身のバーンはパンクにアートな感性と実験精神を持ち込み、さらにアフロビート、カントリー、ラテン音楽、ブラジル音楽など、様々な要素を取り入れた独自のスタイルを生み出していく。

そんななか、コンサートをアートパフォーマンスのように演出したドキュメンタリー映画『ストップ・メイキング・センス』(1984年)はロック・シーンだけではなく、演劇やアート・シーンにも影響を与えた。その衝撃が再び甦るような映画が『アメリカン・ユートピア』だ。

©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

バーンは2018年に新作『アメリカン・ユートピア』を発表。リリース・ツアーの内容をブロードウェイのショーとして再構成して上演する。これが大きな評判を呼んで、バーンはショーを映画化することを決意。そこでバーンが監督に指名したのが、『ドゥ・ザ・ライト・シング』『ブラック・クランズマン』などアフリカ系アメリカ人の問題をテーマにしてきたスパイク・リーだ。

スパイク・リーの“音楽的”編集センス

異色の組み合わせのようにも思えるが、バーンとスパイクは80年代から交流があり、2人とも『ストップ・メイキング・センス』を監督した故ジョナサン・デミと仲が良かった。撮影中、スパイクが天を仰いで「ジョナサン、これで大丈夫かな?」と伺いをたてる微笑ましい一幕もあったらしいが、きっと天国でジョナサンは大きく頷いたに違いない。スパイクの音楽的な感性と映画的な演出が、ショーを見事に映像化している。

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まず、ステージに登場するのは脳のオブジェを手にしたバーン。脳の神経細胞の繋がりが成長とともに衰えることを観客に語りかける。そこに2人のダンサーが登場して曲が始まり、バンド・メンバーも次々と登場。バンドはダンサーも入れて総勢11名の大所帯で半数以上がパーカッショニストだ。メンバー全員がグレーのスーツを着て、楽器をハーネスに固定しているのでステージ上を自由に動き回ることができる。様々なフォーメーションを組んで動き回るバンドは、まるでサンバのパレードのようだ。そして、モダンダンスのような振り付けで踊りながら歌うバーン。

こうした身体的な動きの面白さは『ストップ・メイキング・センス』に通じるところがあるが、その多彩な動きをスパイクは躍動感あふれるカメラワークで追いかける。撮影監督エレン・クラスの縦横無尽に動くカメラは楽器のように音楽的で、ミュージックビデオを数多く手掛けてきたスパイクの編集のリズムも心地良い。

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デヴィッド・バーンの雄弁さ

そうした独創的なパフォーマンスに、数々のメッセージが織り込まれているのが『アメリカン・ユートピア』の重要なところ。『ストップ・メイキング・センス』では一切MCはなかったが、今回はバーンはステージから観客に積極的に話しかける。時には移民問題に触れ、バンドメンバーは多国籍で自分も移民だと伝える。またある時は、地方選挙の投票率が20%しかないことを伝えて客席の20%に照明を当てみせる。ショーの収録が行われたのは大統領選挙の前年だった。そうやって社会問題に触れながらも決して上から目線にならないのは、ユーモアを交えた親しみやすい語り口のおかげだろう。バーンは自分の意見を押し付けるのではなく、おしゃべりを楽しむように観客にフランクに語りかける。

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そんななか、激しい感情が爆発するのがシャネール・モネイの人種差別に対するプロテスト・ソング「Hell You Talmbout」を歌った時だ。これは人種嫌悪の暴力で亡くなった人々の名前を読み上げていく曲だが、ここでは映画オリジナルの映像を挿入。被害者の名前に合わせて、ステージ上で遺族が被害者の写真を持つ姿をカメラは正面から捉えていく。これはスパイクのアイデアで、バーンは「ヘヴィすぎるのでは」と最初は躊躇したそうだが、結果的に映画のクライマックスを飾る重要なシーンになり、バーンは映画を見るたびにここで泣いてしまうらしい。ブラック・ライヴズ・マター運動が盛り上がるなかで、スパイクと連携しようとしたバーンの想いが、この曲に込められている。

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混迷と分断の時代に

そうした人種や移民問題だけではなく、2人のダンサーが女性とトランスセクシュアルという組み合わせなのは性の多様性を意識してのことだろう。冒頭の脳をめぐるエピソードから始まって、ショーは一人の人間が他人や社会と繋がることの重要性がテーマになっている。だからこそバーンは観客に語りかけるのであり、様々な国籍と性で構成されたバンドはバーンにとって小さなユートピアなのだ。そのバンドが高らかに音楽を奏でながらステージを飛び出していくラストは高揚感に満ちている。メッセージをどんな風に伝えるか。それはアートにとって難しい問題だが、本作はその理想的な答えのひとつ。

『アメリカン・ユートピア』というタイトルは皮肉ではなく、そうなって欲しい、という願い。今やアメリカだけではなく世界中が混沌としているが、ショーが終わった後、そこから何か新しいことが始まるような小さな希望を、この映画は与えてくれる。

文/村尾泰郎


『アメリカン・ユートピア』

2021年5月28日(金)より全国ロードショー

監督:スパイク・リー
製作:デイヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世

2020年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/107分/原題:DAVID BYRNE`S AMERICAN UTOPIA/字幕監修:ピーター・バラカン
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公式サイト:americanutopia-jpn.com