投稿日 : 2021.06.30

“音楽好きに一目置かれる店主たち”が語り合う「僕ら世代のジャズ」と時代の気分

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥 撮影協力/KAKULULU

「ジャズ」という音楽があまりにも長く愛されてきたことで、そのとらえ方は多種多様になっている。1950~70年代の情報発信源はジャズ喫茶であり、多くの若者が熱心にスピーカーに耳を傾けていた。その後、90年代にはDJやクラブカルチャーが花開いたこともあり、音楽の新しい取捨選択が生まれていく。そして現在では、膨大な音楽ファイルをストリーミングで自由に取り出すことができるまでに至った。

ここでは、選曲・選盤のひとつとして「ジャズ」を取り入れながら、独自の空間を作り出している話題の店主3人が登場。同世代でもある彼らにとって、ジャズやその周辺はどのように映っているのか、また音楽とお店の関係性についても語ってもらった。

SILENCIO 荒山さん、KAKULULU 高橋さん、BAR MEIJIU 松本さんの写真
写真手前:SILENCIO 荒山さん。写真中央:KAKULULU 高橋さん。写真右:BAR MEIJIU 松本さん
KAKULULU・高橋さん(1985年生まれ)
2014年、コーヒー・ミュージック・ギャラリーとして東池袋にオープン。高橋さんはかつてミュージシャンを志したほどの音楽ラバー。00年代初頭のカフェブームの影響を色濃く受けており、KAKULULUもまたその系譜にある。インテリアと気軽なブラジル料理にこだわった店内の9割は女性客。一方、定休日には独自のライブ企画を月1~2回開催している。
BAR MEIJIU・松本さん(1987年生まれ)
飯田橋の複合施設1Fにて、2010年にオープン。バーテンダーとしてひとりでお店を切り盛りしている。熱心な音楽リスナーであり、学生時代からロック、ポストロック、エレクトロニカ、ヒップホップ、ジャズ、音響系など幅広く愛聴。コロナ禍を機にお店のPRを兼ねて好きな音楽をSNSで発信し続けたところ、音楽好きからの認知が急速に高まった。
SILENCIO・荒山さん(1980年生まれ)
2020年4月の緊急事態宣言下、自宅でゆっくり音楽を聴く時間が増えたことをきっかけに一念発起し、2020年11月にオープン。平日は別の仕事を続けながら、木曜~日曜にSILENCIOの営業をおこなっている。かつてはディープハウスのDJとして活動し、アンビエント、ジャズ、さらには実験音楽など、現在まで独自の感性でレコードを掘り続けている。

僕らの世代に“ジャズ好き”は少ない

──今回は、ジャズ的な感性を持ちながら、独自の審美眼で選曲・選盤されているお店として皆さんに集まっていただきました。かつて、ジャズがかかるお店の代表格といえばジャズ喫茶だったわけですが、その系譜とは皆さん一線を画されています。また、90年代以降のDJやクラブカルチャーを通過したうえで、ジャズに出会っているのも共通点だと思うんです。

高橋(KAKULULU) 僕らの世代はジャズ喫茶の銘店よりも、カフェ・アプレミディやカフェ ヴィヴモン ディモンシュなど、90年代末から00年代初頭のカフェ文化のほうが「音楽」と「珈琲」の親和性が高いというか。そこには必ずDJブースがあって、アート展なども行われていて。流れている音楽はクラブがONだとすると、カフェはOFFみたいな棲み分けがあったように思います。なので、ジャズ喫茶は後追いでしかないんですよね。

KAKULULU 高橋さんの写真
KAKULULU 高橋さん

荒山(SILENCIO) 私もジャズ喫茶の存在は知っていましたが、こんなにも多く現存しているとは知りませんでした。興味を持ったきっかけは、ロンドンでぶらぶらしているときに出会った「Spiritland」という、日本のジャズ喫茶にインスパイアされたオーディオバーというかレストランなんです。そのときの印象が強く残っていて、日本に戻ってきて似たような場所を探していたらジャズ喫茶に出会った。しかも、往年のジャズ喫茶ではスピリチュアル・ジャズもリアルタイムでかかっていたらしいぞ、と。

──逆輸入みたいな形でジャズ喫茶に興味を持ち始めた。

荒山(SILENCIO) そうなんですよ。

SILENCIO 荒山さんの写真
SILENCIO 荒山さん

──60年代終わり頃のジャズ喫茶ではフリージャズも相当かかっていたみたいですね。荒山さんはなぜ、フリーやスピリチュアル・ジャズを聴かれるようになったんですか?

荒山(SILENCIO) 当時のハウスDJは、ガラージ、ロフトクラシックは知っておかないとというのがあって、パット・メセニーとかが普通に聴かれているんです。でも、その文脈とはまったく違うところで出会ったのがフリージャズ。マイルスもコルトレーンもすっ飛ばして入ったんです。

というのも、周りにジャズ好きがいなかったんですよ。ひとりで掘っていると広がりもなくて、誰からも矯正されることなく、好きなものを自由に聴いてきました。なので、ジャズ喫茶に通われているお客さまからすると特殊みたいで、面白がられています。

松本(BAR MEIJIU) 確かに僕らの世代でジャズが好きな人っていないですよね。ジャズ喫茶に行ったことがある人もほぼ皆無。自分も老舗のお店に初めて行ったのは去年。でも、スタンダードなモダンジャズばかりかかっているのかと思いきや、最近のジャズなんかもかかっていて驚いたというか。

BAR MEIJIU 松本さんの写真
BAR MEIJIU 松本さん

荒山(SILENCIO) この前、下北沢の『はやし』さんがTwitterにあげていたレコードなんてデトロイトテクノでしたよ。「あれっ? ホアン・アトキンス?」と思ったら、今度はドレクシアのアルバムが出てきてびっくりしました。今のジャズ喫茶ってこんなに自由なのかと。

──でも、なんとなくハードルが高いというか、軽い気持ちで入りにくいイメージがありますよね。

松本(BAR MEIJIU) そうそう。こだわりの店主がいるラーメン店みたいに何か難しいルールがあるような気がしていて。実際に行ってみたらそんなことなかったですけど(笑)。

グラスパーがジャズを身近にした

──先ほどカフェカルチャーの話もありましたけど、ジャズとの出会いは “ヒップホップのサンプリングねた”というのが、若い世代では一般的ですよね。

高橋(KAKULULU) そうですね。90年代後半~00年代にヒップホップを聴いていた頃、ジャズとブラジル音楽はまったく違うものだと思っていましたし、サンプリングでは混ざっても、原曲は混ざらないものだと思っていたんです。グールーのアルバム『Jazzmatazz』とかでも、そこは乖離しているというか。

でも、それこそロバート・グラスパーが出てからは確実に意識が変わって、生演奏でやるジャズとDJカルチャーやヒップホップの間にある違和感がなくなった。僕が店を始めた2014年前後は、『Jazz The New Chapter』(新世代のジャズに焦点を当てたムック本)の発刊と同時期でもあり、DJをやっていても現行のジャズとヒップホップをうまくMIXすることがやっとできるようになったんです。

荒山(SILENCIO) グラスパーが出たときは騒ぎになりましたよね。でも、個人的には「クラブ受けするジャズなら聴かなくていいかな?」という感覚で。面白そうだなと思い始めたのは、シャバカ・ハッチングスが出てきたあたりなんです。

自分がクラブ寄りの音楽を聴いていた期間が長いせいか、ある時期からクラブっぽいものを敬遠するようになっていて。なので、サム・ゲンデルみたいに、ジョン・ハッセルの流れを汲むようなアンビエント系が今は面白いかなと思っています。

松本(BAR MEIJIU) 僕の場合、グラスパーは現代ピアノ・トリオの系譜で初期作品をよく聴いていたんです。それとは別に『Jazz The New Chapter』や、J.ディラの特集とかもあった『WAX POETICS JAPAN』(NY発ブラックミュージック専門誌の日本版、現在は休刊)を愛読していて。自分のなかで別モノだと思っていたふたつが繋がったのがグラスパーだったんです。高橋さんがおっしゃる通り、2013、2014年くらいは面白かったですよね。

SILENCIO 荒山さん、KAKULULU 高橋さん、BAR MEIJIU 松本さんの写真2

高橋(KAKULULU) お店に来る若いプレーヤーに聞くと、グラスパーはもう教科書というかニュースタンダードになっている。また、ジャズ研の子にとってJ.ディラは、かつてのマイルス・デイヴィスのような感覚。よく考えれば、もう2021年ですから(笑)。

松本(BAR MEIJIU) とはいえ、お店で『Black Radio』(ロバート・グラスパーが2012年に発表し話題になったアルバム)はもう流せないかな。好きですけどね。

高橋(KAKULULU) うん、ちょっとね(笑)。

松本(BAR MEIJIU) 現代ジャズということで言えば、ブルーノート・レコードの若手などスキルフルなミュージシャンがたくさん出てきていますけど、お店ではかけづらいんですよね、空間的に。

こんなお客さん、どう対応する?

荒山(SILENCIO) おふたりのお店はリクエストって受け付けていますか?

高橋(KAKULULU) いえ。初めて言われたときは「なんでそんなこと言うんだろう」ってびっくりしました。

松本(BAR MEIJIU) うちは常に「置いてないんですよ」と言っています。

荒山(SILENCIO) それは本当に置いていない?

松本(BAR MEIJIU) う~ん、リクエストされる方って『Kind of Blue』(マイルス・デイヴィス)とか60年代のモダンジャズなので、実際に置いてないことが多いですね。

──往年のジャズ好きの方々の中には、知識に関するマウンティングをあからさまに仕掛けてくるという話もよく聞きます。もちろん一部の方ですけど。

松本(BAR MEIJIU) たまにありますよね。そういうときは、「うちはそういうお店ではないので」ということをやんわり理解していただくようにしています。

荒山(SILENCIO) ほぼいないですけど、そのときはむしろ楽しんじゃう。私の場合は、フリージャズでもロシアン・アバンギャルドとか、どちらかというとノイズ好きが喜ぶようなものをかけたり。尖った感じにするのはもともと自分も好きだから簡単なんですけど、あまりそっちに寄ってしまうと店が潰れてしまうかも(笑)。

SILENCIO荒山さんの写真2

──店舗経営者の多くは “自分の趣味を反映させたお店”をやりたい、という欲求があると思うのですが、そこはある程度切り離して考えていく必要があるということでしょうか。

松本(BAR MEIJIU) 音楽好きの人がミュージックバーやカフェを始めると、「俺の好きな●●を聴いてくれ!」とか「俺のオーディオを見てくれ!」となりがちで、お客さんのことを考えていないことはよくありますよね。そうなると、そういう態度のお客さんばかりになってしまう。

でも、うちはバーですし音楽を聴いている人はあまりいないので。いい意味で「普通のバーとちょっと違う曲がかかるよね」と思ってくれればいいかなと思っています。

荒山(SILENCIO) おふたりは飲食のレベルが高いんですよ、音楽抜きでも成り立つくらい。うちも珈琲にこだわったり、面白いお酒は入れていますが飲食に特色がない。だから音楽だけがウリという苦しさがあって、お客さんともレコードの話が多いんですけど、評論家のような知識があるわけでもないし、これはいずれ自分の首を絞めるだろうなって。

高橋(KAKULULU) うちの場合は、逆に9割のお客さんが音楽を聴いていないですし、むしろうるさいと思っているかもしれない。料理やドリンク、インテリアはビジュアルに訴えかけられますけど、いい音楽ってSNSやInstagramに載らないというのはあると思います。集客という意味で。

松本(BAR MEIJIU) 自分たちの理想に共感してくれる客層ではないけれど、これまで商売として成立していたという点ではKAKULULUさんと似ているかもしれない。うちも海外のバーカルチャーで話題のカクテルやスタイルを提案したいと長年思っていたんです。でも実際は、会社帰りの方が3~4人で来店されてウイスキーを4~5杯飲んで帰られるというルーティンが続いていました。

それがコロナ禍ですべて消えて、逆に本来やりたかったことをゼロからスタートできている感覚はありますね。実際、SNSをもう一度ちゃんとやり始めたら、音楽好きの方が来てくれるようになっています。

お店で流す音楽の基準

──お店でかける音楽の基準を言葉にすると、どんなものでしょうか?

高橋(KAKULULU) 地下のギャラリースペースには石若駿くんのドラムセットが置かれていて、営業自粛中は鍵を渡して自由に使ってもらっていたんです。また、類家心平さんや松丸契さんなど、いろんな方々がライブに出演してくれて。皆さんふらっと来店してくださるんです。なので、今はライブ営業がONだとすると、通常営業がOFFという感覚。最近は、ミュージシャンが何かしらのインスピレーションを得られるような、そんな選曲を想定してかけています。

KAKULULU高橋さんの写真2

松本(BAR MEIJIU) お店を始めた頃、『クワイエット・コーナー』というHMVのフリーペーパーがあって。そこでは音楽ジャンルを問わず、「心を鎮めてくれる音楽」というテーマで音楽が選ばれていたんです。また、八王子にある『雨と休日』というCDのセレクトショップでは、夜の音楽とか昼の音楽とか雨の音楽とかのキーワードでセレクトしていて。お客さんに合わせるというよりも、そういう感覚で選んでいます。

荒山(SILENCIO) 自分はDJの延長でやっているかもしれないですね。古いもの、新しいもの、人気盤、知られていない盤、それらをほどよく混ぜています。これまでは一曲ずつだったのが、一面(片面)ずつになった感じで。お客さんが好きそうなものを把握しつつ、「ここまでいけるかな?」と様子を見ながらかけていくというか。

コロナ禍はリセットのチャンス?

──松本さんからムードやキーワードを重視した選曲・選盤というお話がありました。気分というのは時代ごと変わっていくと思うのですが、オープン時から振り返って何か変化はありましたか?

高橋(KAKULULU) 一番変わったのは、このコロナですよ。夜の営業ができない。

荒山(SILENCIO) それは一緒です。

高橋(KAKULULU) 土曜の夜、キース・ジャレットの『The Melody At Night, With You』で終わらせていたりしたんです。そういった夜の定番がかけられない。以来、昼にアイズレー・ブラザーズとか濃い目のソウルをかけてみたんですけど、これが意外にハマったり。結局、思い込みだったのかなって。季節や時間帯の定番を強制的にリセットされたのは良かったかもしれない。

松本(BAR MEIJIU) 金曜の忙しい時間とかは、フツーにヒップホップとかもかけていたんですけど一切なくなりました。どんどんプリミティブな感じになっています。あと、ここ数年で何をかけてもいい風潮になりましたよね。フォークとかをかけるお店もあるくらいで。

高橋(KAKULULU) ほんとそうですよね。昔は、ひとり客のときはソロ、ふたり客ならデュオ、大人数ならラージアンサンブルとかにしていた時期もあったんです。でも、いまはひとり客の方が多いときにビッグバンドをかけると、こんな大人数で音楽を鳴らせる時代があったんだって気分になるんです。

最近の新譜の多くは瞑想的な曲が増えていて、そっちに引きずられる感じも確かにあるんですけど。あえてカウント・ベイシーとかのビッグバンドにすると新鮮で贅沢だったりする。

松本(BAR MEIJIU) ニューエイジとかみんな普通に聴いてますよね。うちの店でジジ・マシンとかをかける日がくるとは思わなかった(笑)。

BAR MEIJIU松本さんの写真2

荒山(SILENCIO) うちは店を始めた当初からコロナ禍だったんで、逆に「コロナが収束したら、どうなるんだろう…」って思っています。軌道に乗ったら平日の仕事は辞めようと思っていますけど、まだ厳しいですし、今は週末しかやっていない変なお店。いまだフワフワ、フニャフニャしていて、マジメにお店をやられている人からするとムカつくだろうなって。

高橋(KAKULULU) そんなことないですよ(笑)。今回ばかりは、頭が凝り固まっている人は乗り切れないんで。なので、SILENCIOさんみたいに独自のスタイルがあるだけでだいぶ違うと思うんです。

松本(BAR MEIJIU) さっきもお話ししましたけど、本当は変えたかったけれど変えられなかった部分を変えるチャンスかもしれない。

高橋(KAKULULU) 僕は若い人がポストコロナに何をやるのか、すごく興味があるんです。この時代に何を見て面白いと思っているんだろうって。あと、今回選ばれた3人のお店が、渋谷でも原宿でも中目黒でもなく、周辺にカルチャーのない場所でやっているのも面白いなって。今後の時代を示唆しているのかもしれないですよね。

取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥


ーSHOP DATAー
※コロナ禍の現在、各店ともに営業時間が変わりやすいためHPやSNS等で営業時間をご確認ください。

KAKULULU
住所 東京都豊島区東池袋4-29-6 三角ビル1F
営業時間 11:30~17:00(火曜・水曜)、11:30~23:00(木曜・金曜・土曜)
定休日 月曜・日曜・祝日
http://kakululu.com/

BAR MEIJIU
住所 東京都千代田区富士見2-7-2 プラーノモール C103
営業時間 15:00~24:00
定休日 不定休
https://www.facebook.com/bar.meijiu/

SILENCIO
住所 東京都練馬区立野町10-37
営業時間 20:00~24:00(木曜・金曜)、14:00~21:00(土曜・日曜)
定休日 月曜・火曜・水曜
https://www.instagram.com/silencio_kissa/