投稿日 : 2021.07.05 更新日 : 2021.12.02
【インタビュー】丹羽悦子─ロックギターに熱中した10代。いつしかジャズ奏者に【Women In JAZZ #34】
インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広
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ジャズの世界では女性の演奏人口が少ないギターという楽器で、卓越したテクニックと独自の音楽で注目を集めている丹羽悦子。彼女が初のリーダー・アルバムとなる『Sceneries』をリリースした。
きっかけは X JAPAN
──最初に始めた楽器はバイオリンだったそうですね。
3歳ぐらいの時、父の仕事の関係でイギリスに住んでいたんですけど、姉たちがピアノとバイオリンをやっていたので、私もその流れでバイオリンを始めました。その後、日本に帰ってからも続けていたんですけど、小学生になってサッカーやバスケットをするほうが好きになったので、バイオリンもやめてしまいました。
──そこから、どんな経緯でギターを始めたのですか?
家にアコースティック・ギターがあったので、それをポロポロと弾いていたんですけど、中学生の頃にバンド・ブームがきて、周りの影響でX JAPANのファンになったんです。HIDEさんがアルペジオ(注1)でギターを弾いている曲があって、それをコピーしたくて、中学3年生の時にお小遣いを集めてエレキギターを買いました。
それから友達のバンドに入れてもらって、当時はGLAYやL’Arc-en-Cielなどもコピーしていましたね。高校に入ったら、さらにギターが上手い人がいたので、その人に教えてもらったりしながら、ボン・ジョヴィやMr. Bigあたりのハード・ロックもコピーするようになりました。
注1:Arpeggio。分散和音のことで、コードを構成する音を1音ずつ弾いていく奏法。
──そこから、ジャズに向かっていったきっかけは?
高校卒業後、姉の知り合いで、アメリカに住んでいた日系のシンガー・ソングライターの方が日本に帰ってきて、その方に「悦っちゃんはジャズを習ったほうがいいよ」って言われたんです。私もなんとなくジャズはカッコいいなと思ってたので、家のすぐ近くにあった音楽スクールでジャズを習い始めました。そのうちに『ギター弾きの恋』(注2)という映画で使われていたジャンゴ・ラインハルト(注3)のジャズにすごく惹かれて、それが原点だったような気がします。そこから、もっと本格的にジャズを勉強したいと思って渡米しました。
注2:原題『Sweet and Lowdown』。1999年に公開されたウディ・アレン監督の映画。ジャンゴ・ラインハルトが世界1で、自分は世界で2番目の天才だと信じているギタリストの生涯と恋愛を描いた作品。作品中、ジャンゴの楽曲も使われている。
注3:Django Reinhardt (1910 – 1953)。ベルギーとフランスの国境にあるジプシー・コミュニティで生まれ、ギターを独学で習得。18歳の時に火傷を負い、左手の指が2本しか使えないというハンディを克服し、ジャズとジプシー(マヌーシュ)・ミュージックとを融合させた、メロディアスなソロで人気を博し、ジャズ・ギターの先駆者のひとりとなる。特にバイオリン奏者のステファン・グラッペリらと1934年に結成した“フランス・ホット・クラブ五重奏団”は、世界的に高い人気を獲得した。
──アメリカではおもにどんなトレーニングを?
最初はシアトルに行って、週1回のアンサンブルのクラスに入って。そこで初めてジャズのセッションをやり始めました。アメリカって地域によってジャズのスタイルが違っていて、当時のシアトルではジャンゴ系の音楽も一部で流行っていて、コミュニティもありました。それでたまたま近くにギターやジャンゴの教材などを売っている方がいらっしゃって、その方からギターを買ったり習ったりしていました。
その一方で、通っていたコミュニティ・カレッジの先生の影響で、ジャズ・ロック系というか、フュージョン系のスタイルや、ウェイン・ショーターとかのコンテンポラリー系のジャズも聴き始めて、さらにジャズにのめり込んでいったという感じですね。
バークリーのギター・レッスン
──トラディショナルなジャズは、あまりやっていなかった?
トラディショナルなスタンダード曲というのは、向こうではまったく弾く機会がなかったですね。そのあとボストンのバークリー音楽大学に行ったんですけど、理論を学ぶ過程でスタンダードの曲が題材として取り上げられたりはしていました。逆に、日本に帰ってきて、セッションをやる時にはこのスタンダード曲は知っておくべきだよね的な楽曲を頭にどんどん入れ込んでいったという感じです。
──ということは、ウェス・モンゴメリーやケニー・バレルなどといった、トラディショナルなジャズ・ギターも、それほど触れてこなかったということですか?
プライベート・レッスンではトラディショナルスタイルを教えていた先生もいらっしゃったかもしれません。バークリーで、例えばソロ・ギターのクラスを取ると、先生が“これを聴いてソロ・ギターについて学んでみなさい”っていうCDのリストを作ってきてくださるんです。それもジャズだけじゃなくて、例えばトミー・エマニュエル(注4)、チェット・アトキンス(注5)、アンドレス・セゴビア(注6)など、カントリーやブルースやクラシックのギタリストもいました。その中にはもちろんトラディショナルなジャズ・ギタリストもいたんですけど、レッスンでは幅広いジャンルをカバーしていましたね。
注4:Tommy Emmanuel。オーストラリア出身のギタリスト。主にアコースティック・ギターをプレイし、“フィンガーピッキングの達人”として知られ、グラミー賞にも2回ノミネートされている。
注5:Chester Burton Atkins。アメリカのギタリスト。カントリー・ミュージックを中心に、ブルースやジャズの要素も取り入れた独自スタイルで、様々なジャンルの多くのギタリストに影響を与えた。ローリング・ストーン誌が選ぶ“歴史上最も偉大な100人のギタリスト”の21位にランクイン。2001年没。
注6:Andrés Segovia (1893 – 1987)。スペインのギタリスト。卓越した演奏技巧を駆使した独自の演奏で、音楽史研究者やギター奏者から「現代クラシック・ギター奏法の父」と評されている。
──憧れのギタリストはいますか?
今は、素直に憧れているギタリストというのはいないんですけど、やっぱりHIDEさんはすごい人だったなって思います。いろいろなインタビューを見てると、音楽と向き合う姿勢が中途半端じゃない人なので、カッコいいなって。あとエミリー・レムラー(注7)も、女性で、アメリカでジャズでやっていくのってたぶん大変だったと思うんですけど、ミュージシャンとして音楽にどう向き合ってるかっていう姿勢は、すごくカッコいいと思うし、尊敬します。
注7:Emily Remler。女性ジャズ・ギタリスト。1981年に『Firefly』でデビューし、卓越したテクニックと歌心溢れるプレイによって、女性ジャズ・ギタリストの第一人者となった。1990年に心不全のために32歳で他界。
作曲家との出会いが転機に
──作曲はいつ頃から始めたのですか?
高校卒業してバンドを掛け持ちしたりしてて、その時も曲を作っていました。でも当時はジャズというよりも、パンク・ロック系の音楽やヘビ・メタ系の音楽も好きだったので、ちゃんとした曲っていうよりも、構成とかもあまり考えていない、いわゆる“リフ一発”(注8)みたいな感じでしたね。だから本格的に作曲するようになったのは最近かもしれません。今回のアルバムに入っている「霧の中で」という曲が、ちゃんと形として譜面に書いて残した最初の曲で、2014年頃だったと思います。
注8:ひとつのフレーズを繰り返すこと(リフレイン=リフ)によって構築されている楽曲。ハード・ロックやファンク・ミュージックなどに多い。
──そこから、どんどん曲を作るようになった?
私の場合はすごく機会に恵まれてて、2017年に知人を介して、手使海ユトロ(注9)さんという作曲家の方と知り合う機会があったんです。手使海さんに、それまで自分が録音していた素材などを聴いてもらって感想を頂いて。その時に、知り合いのスタジオ・ミュージシャンがいるからとのお話しを伺い、後日私のオリジナル曲でその方達とのセッションの場を設けていただき、その後すぐにライブをすることになりました。
それに向けて未完成の曲を改めて作り直したり、新曲を書かなきゃと思って、半年間ぐらいの間にバーッと作りました。その当時は、ジャズのライブをすることがメインでしたが、改めて自分のオリジナル曲を作るきっかけにもなって、しかもバンドでカルテットの形として実現できる機会をいただけたことに感謝しています。でもその時は録音する機会がなくて、今になってジャズ・トリオの編成で録音することになったという感じです。
注9:てしかいゆとろ。作編曲家。数多くのアニメ作品の他、映画『極道の妻たち』、テレビ番組『世界ウルルン滞在記』などの音楽も手がける。また松崎しげる、和田アキ子、高橋真梨子、ちあきなおみなどをはじめとする数多くの歌手に楽曲を提供している。
──今回のアルバム収録曲は、その時に作ったものが多いのですか?
そういう曲が多いですね。そのライブのために作った曲がいま、ジャズの人たちと演奏する形になったという感じです。もっとラテン風にした方がいいなとか、ここに掛け合いのコードが欲しいなとか、いろいろなアイディアが湧き上がってきて、アレンジし直していきました。また一緒に演奏するメンバーが変わって、その人たちのプレイに触発されて別のアイディアが浮かんでくることもあります。
あと「Rainy」「Sunrise」「Sunset」の3曲は昨年作った曲で、「Rainy」と「Sunrise」を作っているときにはCD制作のことは考えてなかったんですけど、唯一CDのために曲を増やさないとなと思って作ったのが「Sunset」です。
──曲を作るときの心得みたいなものはありますか?
すごく漠然とした映像的なものをイメージしながら作ることが多いですね。聴いていただいた時に、風景や情景が見えればいいなって思って書いてますし、そういうタイトルを付けています。例えば「大草原」だったら、緑の草原があって夕陽が当たってて、「Kite」だったら、凧が空を舞っているような情景や風景をイメージして。
──「霧の中で」は、最初ちょっと静かだけど、後半は壮大な熱い雰囲気に変わっていきますね。
あの曲はレコーディングのために新たにアレンジをやり直したんです。そんな感じでアルバムのために曲をよりブラッシュ・アップしたので、1曲1曲がよりまとまったというところもあると思います。なのでこれはCDのためにできたバージョンで、今後ライブのために曲が変わっていく可能性もあります。変にいじらない方がいいとも言われるんですけど、やっぱり成長しないと。
──アルバムを聴いているとストーリー性も感じられるというか、「Times(時代)」「Sunrise」「Sunset」の並びはひとつの流れを感じます。
「Times」は暗くはないんですけど、わりと厳かな感じで、そこから時代が開けて「Sunrise」で陽が昇って、「Sunset」で陽が沈んでいくという流れになってます。「Sunset」はバンド編成による最後の曲で、それにふさわしいように短くまとめています。そして最後の「Reunion」は、ボーナス・トラックじゃないですけど、アコースティック・ギターのみの曲で、なんとなく最後にこういう曲も入れてみたいなって。
愛機に1年間手をつけず
──普段はどんな音楽を聴いているのですか?
最近はクラシックをよく聴いてますね。ストラヴィンスキーとかバルトークとか。あと、あるところに電話したら、保留中の音楽がホルストの「惑星」で、そこからホルストを聴いたり(笑)。クラシックを聴くと落ち着きます。でもやっぱりジャズをもっと聴かないとダメなんですよね。ソロの時とかもフレーズが思い浮かばないので、聴かないといけないなと思っています。
──女性のジャズ・ギタリストって少ないですよね。
ポップスやロックの女性ギタリストはけっこういますけど、女性にとっては、例えばウェス・モンゴメリーやジム・ホールとかはあまり憧れの対象にならないのかも知れないですね。ジャズ・ギタリストになりたい、って思うことも稀なのかもしれません。
──ギターはギブソンのES-175(注10)をメインで使っているんですね。
最初はジャンゴのスタイルでアコースティック・ギターを弾いていたんですけど、ジャズの多方面で活動してくには、やっぱりフルアコ(注11)を持とうと決めて、母親が耳がいいので一緒に楽器屋さんに付いて来てもらったんです。店員さんに訊いたら、ES-175が標準サイズでいちばんオーソドックスですよっていうので、何本か弾き比べてみて、いちばん音が良かったのが今使っているギターです。ルックス的にもオーソドックスだし、形も普通というか、特別カッコいいなとは思わなかったんですけど(笑)、とにかく音が良かったので。
でもやっぱり弾きづらいし、重かったので、買ってから1年ぐらいはケースに入ったままでした(笑)。でもようやくケースを開けて弾くようになってからは、それなりに上達していくと楽しくなってきて、今はこのギターを何十年も弾き込んでいかないと自分の体に染み込まないんじゃないかなと思ってますし、それぐらい愛着を持ってます。
注10:米ギブソン社が1949年から販売しているフル・アコースティック・ギター。小ぶりなボディと甘いサウンドで、特にジャズ・ギタリストの間で人気が高く、ジム・ホール、ジョー・パス、パット・メセニーなどが愛用していた。
注11:フル・アコースティック・ギター。ボディ内部が空洞になっており、f字型のサウンド・ホールが開いているエレクトリック・ギターのことを指す。ジャズ、ブルース、カントリー・ミュージックなどでよく使われる。
──目指しているギタリスト像はありますか?
自分の曲を自分で演奏するっていうのはすごく大切なことだなって感じてるので、できれば自分の曲をずっと弾き続けたいって思っています。そのためには、自分の曲を表現するために必要な技術というのを積み重ねていかないと、と思っています。まず技術っていうのがあって、それからクリエイティビティとかオリジナリティというものが活かされるのかなって。プレイでオリジナリティを出すということは、すごく大切だと思いますし、それを構築するまでにはまだまだ時間がかかりそうだとは思っていますけど。
インタビュー/島田奈央子
構成/熊谷美広
丹羽悦子/にわえつこ(写真左)
幼少の頃クラシック・バイオリンを習い、中学生の時にロック・ギターを始め、その後ブルースやジャズに興味を持ち始める。高校卒業後“バークリー・サマー・セッションに参加し、その後同学で学ぶ。帰国後、2019年に“Jazz Guitar Contest 2019 Spon-sored By Gibson”で審査員特別賞と奨励賞を受賞。現在は都内のライブ・ハウスなどで活動し、2021年5月、初リーダー作『Sceneries』をリリース。【公式サイト】http://etsukoniwa.main.jp/
島田奈央子 / しまだ なおこ(インタビュアー/写真右)
音楽ライター / プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。