投稿日 : 2021.09.02

【上原ひろみ インタビュー】「今、この状況下で私は何をやりたいんだろう」─ピアノと弦楽四重奏で新アルバム完成

取材・文/村井康司 撮影/山下直輝

上原ひろみ
上原ひろみ インタビュー

今や世界で最も注目されるジャズ・ピアニストのひとりである上原ひろみが弦楽四重奏と組んだ新ユニット「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」のアルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』をリリースする(2021年9月8日発売)。

コロナ禍で日本国内での活動を余儀なくされた上原ひろみは、昨年ブルーノート東京で長期間の連続公演 “SAVE LIVE MUSIC”を行い話題となったが、弦楽四重奏との共演はその一環として2020年12月末から21年1月初めに行われた。「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」は、それをきっかけに結成されたユニットだ。

7月23日の「東京2020オリンピック」開会式で、市川海老蔵の「暫」と共演したばかりの上原ひろみに、新作のこと、そしてコロナ禍のさなかでの活動について話を聞いた。

ステージ上に浮かんだ “絵”

――そもそも、弦楽四重奏と共演することになったきっかけは?

コロナ禍になって、昨年アメリカ・ツアーの途中にシアトルからサンフランシスコに移ったところでカリフォルニアが緊急事態宣言になり、以降の公演がキャンセルになりました。日本に戻ってきて、ブルーノート東京もすべての公演がキャンセルになってしまったと聞いて、では「何かロングランの公演を一緒にやりましょう」ということになり、“SAVE LIVE MUSIC”という企画が始まりました。

2020年の8月、9月にソロ公演を16日間やっている時に、次は違うフォーマットでやりたいと思ったのですが、これまで一緒にやっていたミュージシャンは来日できないので、「今、この状況下で私は何をやりたいんだろう」と考えた時に、2015年に新日本フィルハーモニー交響楽団と共演した時のコンサートマスターだった西江辰郎さんのことを思い出しました。弦楽器が大好きだし、ブルーノートで弦楽四重奏とピアノ、というのはおもしろいんじゃないか、と。まずステージ上の“絵”が浮かんできて、ブルーノートで無人のステージに椅子を置いてみたりして、これはいいんじゃないかと思い、それで西江さんに連絡したらすごく喜んでくださって。そこから曲を書き始めました。

――以前から弦楽四重奏と共演したいという希望はあったのですか?

オーケストラとの共演は何度かやらせていただきましたが、小編成の弦楽というのは考えたことがなかったです。私はいつも「この人とやりたい」と、人がきっかけで始まるんですね。2017年に、ハープのエドマール・カスタネーダとデュオを結成した時も、ハープと、ではなくて、エドマール・カスタネーダと一緒にやりたいと思ったからです。今回も、西江さんがまず浮かんで、そこから弦楽四重奏とやりたいと思ったのが発端でした。

――実際に曲を作ってみてどうでしたか?

作曲はすごく楽しかったです。コロナ禍の間、曲を書くことと練習ぐらいしかやることがなかったので、作曲というクリエイティヴな仕事をしている間は楽しかったし、それを実際に演奏してもらった時は、すごく感動しました。

――クラシックの作曲家で好きな人を教えていただけますか?

ドビュッシー、ラフマニノフ、ストラヴィンスキーも好きだし、バルトークも大好きです。

――なるほど、今挙げたような近現代音楽の要素と、ジャズのフィーリングが上手くブレンドされているように聞こえるのですが、そこは意識されましたか?

ブレンドしようとは全然考えませんでした。聴いてきた音楽は作るものに自然と反映されるので、そういうことなのだと思います。

――弦楽器のために曲を書くことは、普段ピアノとリズムセクションのために書くのとは考え方が違うんですよね。

バイオリンは、音を出してから膨らませることができるので、それはピアノにはない特徴です。ですので書くメロディも“歌い上げる”というか、バイオリンに弾かれることを頭において書きました。いつもはピアノがメロディをとる曲を書いているので、そこが大きな違いでした。

基本的には誰がメロディをとるかを決めて、そこに対位法というか、カウンターポイントをどう付けていくか、ということを考えました。たとえばバイオリンがメロディを弾いていたら、他の3つの楽器はどういう風に動くか、それならピアノはこういう動きだな、とかを考える。普段はピアノの右手左手とベースぐらいなのが、カウンターポイントが何層にもなる、というのは楽しかったです。

コロナ禍の心情を投影した曲

――30分を超える大作『シルヴァー・ライニング・スイート』の各楽章のタイトルは「アイソレーション」「ジ・アンノウン」「ドリフターズ」「フォーティチュード」となっていますが、これは今回のコロナ禍に関係しているんですよね。

はい、まさにコロナ禍の中での自分の心情を書いた曲です。

上原ひろみ

――本作で、チェロがピチカートでウッド・ベースのようなことをやるパートが多いのは意識的にやったのですか?

そうです。ヨーロッパのフェスに出ていると、ジャズのチェリストをよく目にするんですよ。少し小さいベースぐらいの感じで、ピチカートでインプロヴィゼイションをする、というチェロの人が多い。クラシックの場合も、弓ではなくピチカートで弾く場面が多い曲だったらそうできるのかな、と思っていたら、チェロでピチカートをやり続けるのはすごく大変なのだそうです。

ジャズの人のチェロやベースはピチカートがしやすいように弦を緩めに張っているのですが、クラシックのベースやチェロはきつく張っているのだそうです。でもそのことを知った時にはすでに曲を書いてしまった後で(笑)。チェロの向井さんに「書き直しましょうか?」とも言ったのですが、「大丈夫です、やれます」とおっしゃってくれたので、そのままの譜面で演奏していただきました。

――そうなんですね! チェロのランニング(流れるような音の動き)は譜面に書かれているのですか、それとも、おまかせなのでしょうか?

ラインはガイドとして書いたのですが、メンバーを集める時に「チェロはコード譜が読める人を」とお願いしていましたので、基本的には自由にやっていただきました。

――聴いていると、ベースよりやや高い音域でランニングしているのがとても新鮮ですね。ベースの上でピアノ・ソロを取るのとは違いますか?

私はエレクトリック・ベースと演奏することが多くて、ウッド・ベースはスタンリー・クラークぐらいですが、チェロとピアノとの音色の混ざり具合は、とてもいいですね。

チック・コリアへのメッセージ

――その後に短かめの曲が5曲収録されていますね。そのなかの「サムデイ」「ジャンプスタート」「リベラ・デル・ドゥエロ」は、コロナの中でのあるプロジェクトがきっかけということですが。

昨年の5月から8月にかけて、私のインスタグラムでデュオの曲を1曲1分で撮って公開するという企画を8人のミュージシャンとやったのですが、1分ですから小品ですよね。その中で弦楽四重奏に合いそうな曲を3曲選んで、拡張させて作り直しました。「サムデイ」はアヴィシャイ・コーエンと、「ジャンプスタート」はステファノ・ボラーニと、「リベラ・デル・ドゥエロ」はエドマール・カスタネーダと演奏した曲です。

――「ジャンプスタート」と「リベラ・デル・ドゥエロ」の弦楽器のソロは、彼らにインプロヴァイズ(即興演奏)してもらったんですか?

「リベラ・デル・ドゥエロ」のほうは、本当にインプロヴァイズしています。「ジャンプスタート」の弦楽器ソロは、いかにもインプロヴァイズしているように私が譜面に書きました。クラシック奏者で即興をしたことがない方々なので、最初は「2小節でいい」「4小節でいい」…と言っていたのですが、レコーディングの頃には「ワンコーラスやります」というところまで来て(笑)。

上原ひろみ1

――初々しくっていいですね、大テクニシャンたちが(笑)。ところで「ジャンプスタート」の上原さんのソロの最初のところは、チック・コリアの「マトリックス」のテーマですが、これはチックへのオマージュですか?

そうです! 気づいてくださってうれしいです。どのテイクでもソロは「マトリックス」で始めるぞ、と。これはチックへのメッセージです。未だに亡くなったのが信じられないですし、特に今はコロナ禍で誰とも会えないので、単にそれでチックとも会えないのかも、と思ってしまいます。受け入れざるを得ない状況なんですけど、まだ実感がなくて…。チックはキャラクター的に、ひょっこりと現れそうじゃないですか(笑)。

オンライン・セッションの空気感

――さて、コロナ禍によって、先ほどのインスタグラムもそうですが、ネットを使っての共演や発信が盛んになりましたが、インターネットでの配信や共演についてはどう思われますか?

「せぇの」で一緒に演奏しているわけではないので、ネットでの共演のほとんどは、昔からあるオーヴァーダブと同じですよね。私たちのような即興を主とする音楽を、離れたところで同時に共演するのは、不可能ではないけれど、空気感を共有している感じはない。共演者の視線も含めて次の音が決まる音楽ですので。できないことはないけれど、生よりそっちの方がいい、ということはないです。

――「ザ・ピアノ・クインテット」は11月〜12月に全国ツアーを控えています。より息のあった演奏をライブで聴くのが楽しみです! 今年はライブもできていますね。

そうですね。

――ところで、上原さんが日本以外の国で演奏をしなかったのは久しぶりですよね?

こんなに長く日本にいたのは1998年以来です。

――仮に、上原さんがアメリカに渡らず、ずっと日本で活動していたらどうなっていたか、想像できますか?

日本でずっと活動したことがないので分からないです。一緒に演奏したい人がアメリカにいるわけで、そこに行けない、というのは……。別に日本で一緒に演奏したい人がいなかったからアメリカに渡ったというわけではないのですが、20歳でアメリカに行って、そこで出会った人たちと音楽を作っていくなかで、「こっちにもやりたい人がいた」「あっちにもやりたい人がいた」というつながりでやってきましたので、それが自分にとって自然なのだと思います。

取材・文/村井康司
撮影/山下直輝
ヘアメイク/神川成二
衣装/ミハラヤスヒロ

【特集】日本のジャズ

上原ひろみ ザピアノクインテット

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット『シルヴァー・ライニング・スイート』
2021年9月8日(水)発売

1.シルヴァー・ライニング・スイート:アイソレーション
2.シルヴァー・ライニング・スイート:ジ・ アンノウン
3.シルヴァー・ライニング・スイート:ドリフターズ
4.シルヴァー・ライニング・スイート:フォーティチュード
5.アンサーテンティ
6.サムデイ
7.ジャンプスタート
8. 11:49PM
9 .リベラ・デル・ドゥエロ

上原ひろみ/piano
西江辰郎/1st violin
ビルマン聡平/2nd violin
中恵菜/viola
向井航/cello


【上原ひろみ 出演情報】

Tribute to Chick Corea
小曽根真×上原ひろみ
9月22日(水)、 23日(木)東京:サントリーホール
9月24日(金) 愛知県芸術劇場コンサートホール
9月26日(日)兵庫県立芸術文化センター

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット
JAPAN TOUR 2021 “SILVER LINING SUITE”
11月11日(木)松本:まつもと市民芸術館
11月12日(金)名古屋:愛知県芸術劇場 コンサートホール
11月14日(日)大阪:ザ・シンフォニーホール
11月23日(火・祝)広島:広島国際会議場 フェニックスホール
12月4日(土)札幌:カナモトホール 札幌市民ホール
12月7日(火)大阪:ザ・シンフォニーホール
12月8日(水)福岡:福岡国際会議場 メインホール
12月 9日(木)東京: Bunkamura オーチャードホール
12月 12日(日)浜松:アクトシティ浜松 大ホール
12月 24日(金)仙台:日立システムズホール仙台 コンサートホール
12月 27日(月)東京: Bunkamura オーチャードホール
12月 28日(火)東京: Bunkamura オーチャードホール
※チケット発売情報などは後日発表

【オフィシャルサイト】
https://www.hiromiuehara.com/