投稿日 : 2021.09.24 更新日 : 2021.12.02
【インタビュー】葭葉愛子「ルールや固定観念に囚われたくない。だからジャズが好きなんです」【Women In JAZZ/#37】
インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広
葭葉愛子(よしばあいこ)は、元国際線グランドスタッフというユニークな経歴を持つピアニスト。2019年にはインターナショナル・ソングライティング・コンペティションに入賞するなど、作曲家として高く評価されるプレイヤーだ。
職場のストレスをセッションで発散
──ピアニストになる前は、空港の国際線グランド・ホステスをやっていらっしゃったそうですね。
空港の構造が大好きだったんです。それで大学を卒業して就職したんですけど、職場の環境や人間関係になじめなくて辞めてしまいました。そんな仕事のストレスがたまっていた頃に、ジャズのジャム・セッションをやっていることを知って。そこで超初心者向けのセッションに参加してみたら、みんなすごく優しくて、その輪の中に入っていけたので、そこからジャズの演奏にのめり込んでいきました。
──ピアノはいつ頃から弾いていたのですか?
子供の頃から音楽教室でクラシック・ピアノは習っていて、グループと個人のレッスンを週2回受けてました。
──ジャズに興味を持ったのはいつ頃?
ずっとひとりでクラシック演奏していたんですけど、大学時代にピアノとドラムが一緒に演奏しているのを観て「なんじゃ、こりゃ?」って。そこからジャズというジャンルに興味を持ち始めて、レンタルCDショップでジャズを借りまくっていました。
──当時好きだったピアニストは?
ずっとビル・エヴァンスが好きでしたね。あとキース・ジャレット、オスカー・ピーターソンをよく聴いていました。今の私のプレイはその御三方の感じじゃないんですけど(笑)。
──そこからどんな経緯で本格的な活動に入っていったのですか?
大学を卒業した当時はまだ趣味のレベルでした。職場でストレスを溜めて、休みの日に空港から街に出て行ってセッションで発散する、みたいな(笑)。そのうちに自分がいるべき所はここじゃないと感じて、何も考えずに空港の仕事を辞めて、アパレル関係の会社に就職しました。それと並行して本格的にジャズ・ピアノを習おうと思って、木畑晴哉(注1)さんに弟子入りしました。そこから3年くらいして、ライブも少しやるようになって、またノープランでその会社も辞めちゃって、短期間ですが、ニューヨークに行ってみたんです。
注1:きばたはるや。ピアニスト。日野皓正、エディ・ヘンダーソン、ルイス・ナッシュなどと共演。現在は自己のグループなどで活動するほか、大阪音楽大学短期大学部JAZZ専攻ピアノ非常勤講師も務める。
──何か目的があった?
ニューヨークという街にも行ってみたかったですし。現地にギタリストの友人がいたので、ジャズクラブのセッションに参加する方法を教わって、着いてすぐにいろいろなジャム・セッションを見て回りました。たまたまニューヨークにいらっしゃったドラムの清水勇博さんも一緒にジャムセッションの参加の仕方を教えてくださったり、ジャズ・バーに連れていってくださいました。清水さんは今回のアルバムにも参加してくださっていて、その頃からお世話になったようなものです。
──実際にジャム・セッションにも参加したんですね。
スモールズ(注2)とかクレオパトラズ・ニードル(注3)とか、とりあえず入りやすいジャズ・クラブで。でも待っていても誰も呼んでくれないし、自分が弾けるチャンスは来ないので、とにかくピアノの前に座ってタイミングを伺いながら、自分から入りに行くという感じで。
注2:ニューヨークのジャズ・クラブ。1994年にオープンし、数多くの有名プレイヤーたちがライブを行なってきた。深夜1時からのステージは、ジャム・セッションが通例となっている。
注3:ニューヨークのジャズ・レストラン。ライブがミュージック・チャージ無しで楽しめ、深夜にはジャム・セッションが開催されていた。2019年12月に閉店。
──ニューヨークのジャズクラブでのセッション。参加してみて何を感じました?
リズムの感じ方が日本とは全然違いましたね。ドラムの入る位置が、日本よりも前に感じました。
──帰国していよいよ本格的な活動を開始する。
当時大阪に住んでいたんですけど、帰国してすぐに東京に来ました。プロになって東京で一旗揚げるぞ、という感じではなくて、東京に行きたいなと直感的に思って、バッと決めました(笑)。東京の方がオリジナル曲に対して、奏者も、リスナーも、お店もウェルカムな方が多い印象でした。
自分の曲が音になる快感
──その頃すでにオリジナル曲を作り始めていたんですね。
もともとモノを作るのが好きで。絵を描くのも好きだったからイラストレーターになろうかと考えたこともあるくらい。何もないところから何かを作り出すのは普通の感覚だったんです。
だから作曲を習ったこともないですし、ほんとうの作曲のルールというのもよく知らないんですけど、なんとなく浮かんだメロディを、とりあえず譜面にまとめて、それをライブに持って行って共演者が音に出してくれて。それがすごく心地良かったんです。オリジナル曲を作る楽しさもジャズのライブで味わいました。そうなるともう止まらなくて、次から次と曲が降りてきました。
──自己流といっても、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(注4)に入賞するほどの実力。
プロフィールに書けることが何もなかったので、私が今できることは何だろうかと考えて応募したんです。たまたま共演していたミュージシャンの方がそのコンペに応募したという話を聞いて、私も作曲ばかりやっているので応募してみようと。でも最初の年はセミ・ファイナルまでしかいけなくて、インストルメンタル部門のトップ3になるまでに3年かかりました。
注4:International Songwriting Competition。2002年に始まった世界最大級のアメリカの国際作曲賞。トム・ウェイツ、ナンシー・ウィルソン(ハート)、コールドプレイ、ジャック・ディジョネット、クリスチャン・スコット、ダニーロ・ペレスなどトップ・アーティストが審査員を務め、ジャズの受賞者にはオマール・ソーサ、グレゴリー・ポッター、ステイシー・ケントなどがいる。葭葉愛子は2019年にInstrumental部門で3位に入賞。
──今回のアルバムにも収録されている「Flying Humanoid」が、その入賞曲なんですね。
空飛ぶ宇宙人です(笑)。YouTubeでフライング・ヒューマノイドの動画を見てて、そのイメージで書きました。
コロナ禍で生まれた楽曲たち
──今回のアルバム収録曲は他にも意味深なタイトルが並んでいます。
収録曲のほとんどはコロナ禍で自粛していた時につくったもので。たとえば「再生と進化とその先」という曲は、コロナで細胞が壊れちゃって、それが再生して、進化していったらいいな、さらにコロナ禍の先はどうなるんだろうという気持ちで作りました。
「みファ氏」という曲は、ミとファとシの音をたくさん使ってて、そのままタイトルになっています。これはちょっとホラーっぽい曲で、最後に“奈落の先に突き落とすぜ”的なシーンがあるんですけど、そこは映画『IT / “それ”が見えたら、終わり。』(注5)のペニー・ワイズのコラ画像がTwitterにいっぱい上がっていて、面白くて自粛中によく観てたんです。そのペニー・ワイズを意識して、“みファ氏”という謎のホラー的な人物をイメージして書きました。ぶっちゃけ説明が難しくてブックレットにはそういう解説はしてないんですが、とりあえず曲としては、バッドエンドへ向かうんですよね(笑)。あんまり書いちゃダメだなと思ってたんで、ブックレットの方は綺麗な説明文に上書きされてます。
注5:Stephen King’s It。1990年にテレビ・ドラマとして映像化されたスティーヴン・キングのホラー小説を、2017年にアンディ・ムスキエティ監督が映画化。人間の弱さに付け込む不気味なピエロ、ペニー・ワイズに翻弄される人々を描いている。
──コロナ禍の自粛生活が新たな曲を生んだわけですね。
「二重奏trio」という曲も、自粛中にソロ・ピアノの録音をしていた時にたまたまできた曲で、それを整えてメンバーに送って、テレワークで制作しました。ドラムだけはスタジオで録ってますけど、ピアノとベースはそれぞれ自宅で録ってます。あと「Lost Emotions」は、壊れた機械というか、頭のネジが外れちゃって歯止めの利かない、心を持たないものみたいなイメージで書いたんですけど、最初にソロ・ピアノをスタジオで録って、それにベースとドラムをあとからダビングしてもらいました。
──すごくユニークな楽曲が多いなって感じました。
ジャズ・ファンよりも、プログレッシブ・ロック好きの方に受けるみたいですね(笑)。私はプログレは聴いていないんですけど。
──とても自由な発想で曲作りをされている。
ルールに縛られるのが嫌で、そこから解放されたかったんです。それが音楽に出ちゃってますよね(笑)。固定観念に囚われたくないというか。だからジャズが好きなんだと思います。不協和音といわれているものも、“何で?”と思っちゃうんです。何でそれがダメなのかっていうことが、いろんな説明を聞いても、本を読んでも理解できないまま今に至ってます。みんなのいうルールというものが、自分には理解できないことが日常生活でもけっこうあったりします。めちゃくちゃわかりやすい例えだと、男だから青、女だからピンクとか。“いったい誰が決めたの?”って。
──ベース(織原良次)が、フレットレス・ベースというのも面白いですね。
以前、高田馬場のイントロ(注6)のセッションに通っていて、織原さんともそこで出会いました。気さくに話しかけてくださったんで、共演をお願いしたいなぁと思ってたんです。ちょうど、当時のお客さんからも曲の感じがエレクトリック・ベースとのサウンドの方が合いそうというコメントをいただいてた時期でした。フレットレスが良かったから、というわけではなく、エレクトリックでジャズ=織原さん!! って感じでした。
注6:JazzSpot Intro。高田馬場(東京都新宿区)にあるジャズ・クラブ/ジャズ喫茶。火・水・木・土・日曜に練習ジャム・セッションを実施しており、多くの若手ジャズ・ミュージシャンたちが日々切磋琢磨している。
──これからどんな音楽をやっていきたいか、具体的なビジョンはありますか?
言葉で表現するのが難しいんですけど、スナーキー・パピーの「ファミリー・ディナー」のビデオ・クリップってご覧になったことあります? もう完璧なんですよ。会場もセッティングもカッコいいし、ミュージシャンとリスナーの配置も完璧だし。ああいうのがやりたくて。
まだ人脈がないんですけど、仲間を集めて、そういうことができればいいですね。特にシンガーと何かやりたいです。あと今年、急に即興に目覚めてしまって、ライブで何も決めずに、ピアノ・トリオで即興で演奏するというチャレンジもしています。フリー・ジャズというよりも、即興で曲を作っていくという感じですね。あと歳を重ねていった時に、ジャズ・スタンダード・オンリーのアルバムを出せればいいなとは思っています。
──エレクトリック・サウンドによるソロ・パフォーマンスもYouTubeにアップされていますね。
コロナ禍で、ライブもできずにずっと自粛していたので、パソコンを使えるようになりたいなと思って、自宅でひたすらLogic(注7)を触っていたんです。その時に文化庁の“文化芸術活動の継続支援事業”のための動画を作ろうと思って、ソロ・ピアノの動画を撮ったんですけど、その動画を撮ってくださったカメラマンの方の提案で、エレクトリックのソロもやることになりました。それまでエレクトリック・サウンドはやったことはなかったんですけど、機材とソフト音源を買って、さらに引きこもってエレクトリックのパフォーマンスの研究に没頭してました。こちらも新たな表現方法として展開していけるといいですね。
注7:Logic Pro X。Appleによって開発・販売されている音楽制作ソフト。
インタビュー/島田奈央子
構成/熊谷美広
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー)音楽ライター / プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。