投稿日 : 2021.10.22 更新日 : 2022.06.03
挾間美帆の新作と「ラージ・アンサンブルの歴史」を一気に解説 ─おすすめ作品リストも
挾間美帆はいま最も注目度の高い日本人作曲家のひとり。彼女はジャズのビッグバンドやラージ・アンサンブルと呼ばれる分野で活躍し、2018年発表のアルバムはグラミー賞候補に選出。また、指揮者としてヨーロッパの有名バンドに招聘されるなど破天荒の活躍を続けている。
そんな彼女が新作を発表した。今回もまた国際的な評価を期待される本作は一体どんな内容なのか。また、彼女が主戦場とするジャズのビッグバンドやラージ・アンサンブルとは、どんな世界なのか─。挾間美帆の新作『イマジナリー・ヴィジョンズ』日本盤CDのブックレットで解説を担当した村井康司氏に話をきいた。
挾間美帆が目指したもの
──挾間美帆の新アルバム『イマジナリー・ヴィジョンズ』がリリースされました。この作品は、デンマークラジオ・ビッグバンド(以下、DRBB)との共演なんですね。
村井 彼女は2019年にこのバンドの首席指揮者に就任して、DRBBとの録音作品としてはこれが最初ですね。
──DRBBはデンマーク放送公社を母体にもつグループで、1964年に設立。国内最高峰のビッグバンドとして、これまで世界的なソリストたちと盛んに共演してきました。今回の作品で、挾間美帆がどんな表現に挑戦しているのか。そこを探る前に、彼女の過去作を軽くおさらいしてもいいですか?
村井 彼女はこれまで4作のアルバムを発表していて、そのうちの3作がm_unit(エム・ユニット)という13人編成のユニット名義です。
──m_unit は彼女が編成したグループで、2018年に発表したアルバム『ダンサー・イン・ノーホエア』はグラミー賞の候補にもなりました。
村井 そして、もう1作がオランダのメトロポール・オーケストラ・ビッグバンドとの『Miho Hazama+Metropole Orkestr Big Band / The Monk : Live at Bimhuis』(2018年)。これは、セロニアス・モンクの曲をカバーしたトリビュート・ライブ・アルバムです。
──つまり、海外のビッグバンドと組んだ作品としては今回で2作目。
村井 とはいえ、今回はすべて自身のオリジナル曲で固めたビッグバンド作品。これは、彼女にとって初めての試みだと思います。
彼女はもともとクラシックとジャズの両方やっていて、国立音楽大学に在籍時は同校のニュー・タイド・ジャズ・オーケストラのために譜面も書いていたので、ビッグバンドの経験はあるんですね。ただ、こうしてオリジナルでビッグバンドのアルバムを作ったことはなかった。一体どんな作品になるのか。そこは僕にとってすごく興味が湧いたところですね。
──聴いてみて、どんな感想を持ちました?
村井 素晴らしい内容でしたよ。デューク・エリントン以来のジャズ・ビッグバンドの歴史を総括したようなアルバムです。本作のスペシャルサンクスに、サド・ジョーンズ、ボブ・ブルックマイヤー、ジム・マクニーリーという3人の名前が入っているんですよ。
──ジャズ・ビッグバンドの偉人たちですね。
村井 これはひとつのスクールみたいなものなんですね。60年代に「サド・ジョーンズ=メル・ルイス・ジャズ・オーケストラ」というビッグバンドがあって、ほとんどの曲はサドが書いたものだったのですが、そこにボブ・ブルックマイヤーがいて、彼の曲も何曲か演奏されていました。メル・ルイスがサド・ジョーンズと別れて結成した「メル・ルイス・ジャズ・オーケストラ」にも、ブルックマイヤーは曲を提供しています。
村井 そして、もうひとりのジム・マクニーリーは、彼らよりもひとつ下の世代で、いま72歳です。彼も「メル・ルイス・ジャズ・オーケストラ」のために曲を提供していました。メル・ルイスの没後は、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラに名義は変わりますが、そこでも彼は曲を書いたり、ピアノを弾いたりしています。
つまり挾間美帆は、サド・ジョーンズからつながる、ジャズ・ビッグバンドの中心となる人たちがやってきたことを、彼女なりに集大成みたいな感じのサウンドに仕上げたんだと思うんですね。
──なるほど。そう考えると、今回のアルバムのジャケットデザインは、ボブ・ブルックマイヤーのアルバム『ボブ・ブルックマイヤー&フレンズ』(1964年)の抽象画を、現代的に再ビジョン化しているように見えてきました。かなり強引な説ですが(笑)。
──ちなみに前述の3人(サド・ジョーンズ、ボブ・ブルックマイヤー、ジム・マクニーリー)は皆、かつてDRBBの首席指揮者を務めています。現在はそのポジションに挾間美帆がいて、まるで彼らのバトンをつなぐように今回のアルバムを制作したわけですが、そもそも彼女はいつからこのバンドと繋がりがあったのでしょうか。
村井 DRBBは2017年に「東京JAZZ」に出演しているのですが、そのときは「ジャズ生誕100年」というテーマのステージで、挾間美帆が音楽監督。そこで強く繋がったんじゃないかな。ちなみにそのときは、ニューオリンズのブラスバンドのパレードから現在のジャズまで、というメドレーで、2020年にコロナで亡くなったリー・コニッツがゲストで登場して、マイルス・デイヴィス『クールの誕生』の「バップリシティ」を吹いたことが記憶に残っています。
●挾間美帆がDRBB首席指揮者に就任時、空港でサプライズ
村井 彼女は2020年からオランダのメトロポールオーケストラという、かなりたくさんの弦楽器が入っている52人編成のビッグバンドの常任客演指揮者に就任して、さらにドイツのWDRビッグバンドのためにも曲を提供していて、ここ数年はヨーロッパで人気がすごく出てきたんですね。
──なんか凄いですね。アメリカの音楽賞にノミニーしたり、ヨーロッパの楽団に招聘されたり。
村井 ヨーロッパのビッグバンドってね、とにかく上手いんですよ。クラシックの伝統があるので、きちんとした演奏をするバンドが多い。そこに、たとえばパット・メセニーや、ジョン・スコフィールド、ランディ・ブレッカーといった著名なアメリカのジャズミュージシャンをフィーチャーすることも結構あるんです。
ところが今回のアルバムはすべて挾間美帆のオリジナルで、特に有名なゲスト奏者もいない。これって結構チャレンジングで、すごいなと思ったんですよ。コマーシャル的にはかなり不利な設定だけど、敢えてそれをやる。これはやはり彼女自身が注目されているから。期待されているのは明らかですよね。
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