2021年にリリースされたアルバムの中から、「R&B/ソウル」系の作品に的を絞り、時代性を映し出し、インパクトを与えた20作をセレクト(掲載はアルファベット順)。EPは基本的に除外していますが、30分を超える作品やデラックス・ヴァージョンなどはフル・アルバムと見なしています。
構成・文/林 剛
アンソニー・ハミルトン/Anthony Hamilton
『Love Is The New Black』
トラディショナルなソウルの歌い手が減少の一途を辿る中、新レーベルを興し、燻銀の声でR&Bシンガーとしての矜持を見せた一作。ジャーメイン・デュプリと久々に組み、ソウル名曲を引用するなどしたディープなバラードを中心に、9thワンダー制作のブーンバップ系やリル・ジョン客演のトラップ調も交えて黒人の誇りや人間愛を謳った硬派なアルバムで、歌も音もズシリと響く。ジェニファー・ハドソンとの「Superstar」も似た者同士の共演だ。
クレオ・ソル/Cleo Sol
『Mother』
セルビア、スペイン、ジャマイカの血を引くUKのソングストレス。70年代前半にキャロル・キングがニュー・ソウル運動に反応した時のようなアルバムをR&Bと括るのも窮屈だが、その意味ではシルク・ソニックに近い作品と言える。ホーリーなコーラスも交えながら、母親になった心情を柔らかな歌声で綴った楽曲群。メロウで静謐な音世界をプロデューサーとしてサポートしたインフロー(ソーの『Nine』も快作だった)の手腕も光る。
ディヴィジョン & タイ・ダラー・サイン/dvsn & Ty Dolla $ign
『Cheers To The Best Memories』
現行R&Bのハブ都市とも言えるトロントとLAで活動する2組のコラボ・アルバム(ミックステープとも言われている)。シルクの「Freak Me」を引用した90s R&B路線のスロウ・ジャムから、コンチネンタル・フォーの70sフィリー・ソウルをベタ敷きして故マック・ミラーの声を交えたバラードまで、懐かしいフィーリングが滲む楽曲をエモーショナルに歌い込む。ウェディング・ソングにしてR&B讃歌の“Wedding Cake”には目頭が熱くなる。
エリック・ベリンジャー/Eric Bellinger
『New Light』
裏方として輝かしい成績を残してきたが、自己名義作ではこの最新アルバムでグラミー賞初ノミネート。ビートに絡みつく甘く粘り気のある歌声、ミュージック・ソウルチャイルドやビッグ・フリーダなどの名曲引用が冴える快作で、セヴン・ストリーター、ブランディ、ティードラ・モーゼス、キエラ・シェアードといった女性たちとの共演も美々しい。“Ne-Yo以降”というイメージがあった彼も、今ではタンク並みのハードコアR&Bといった印象だ。
H.E.R.
『Back Of My Mind』
実はこれが初めてのフル・アルバム。グラミーとオスカーのダブル受賞でも注目を集めた現代R&B界きっての才人が、自分の弱さと向き合い、恋愛から社会問題まで心の片隅にある思いを抑制の効いた声で淡々と歌った孤高の作品だ。馴染みのDJキャンパーを中心に制作されたスロウ中心の楽曲は、80〜00年代のレガシーを引用した曲も含めて上質そのもので、生楽器を用いた静かなグルーヴに引き込まれる。ゲストも彼女の世界に溶け込んだ。
ジャズミン・サリヴァン/Jazmine Sullivan
『Heaux Tales』
“アバズレの物語”というテーマで女性の本音を赤裸々に綴り、友人らのナレーションを挿みながら展開していく、限りなくアルバムに近いコンセプトEP。もともと貫禄のあったヴォーカルだが、人生経験を積んで大人の風格も備わり、トラップ系のR&Bからアリ・レノックスやH.E.R.を迎えたオーガニックなソウルまでを快唱。アンダーソン・パークを迎えた魅惑的なコード進行の「Price Tag」などでは、〈Black Lily〉に参加していた時代の彼女も甦る。
ジョイス・ライス/Joyce Wrice
『Overgrown』
日本人の母親を持ち、西海岸を拠点にアンダーグラウンドで活動していたシンガーが、Dマイルのメイン・プロデュースでラッキー・デイとも共演してメインストリームに最接近した初フル・アルバム。ジョン・B の曲を引用した「So So Sick」に代表される90〜00 年代R&Bの懐かしいフィーリングと、Mndsgnやデヴィン・モリソン、マセーゴらと絡んだマイルドな尖鋭の交錯が絶妙だった。健康的なセクシーさを感じさせるアイドル性も好印象。
ジャスティン・スカイ/Justine Skye
『Space And Time』
ティンバランドのもとを離れて独自の道を歩み始めたのがティンクなら、ティンバランドと組んだ本アルバムで2000年前後にタイムトリップしながら2020年代R&Bの新しい道を切り開くのがジャスティン・スカイだ。生楽器も交えたフューチャリスティックなアップや妖艶なスロウを人懐っこい美声で歌うスタイルは往時のシアラにも通じている。ジャスティン・ティンバーレイク客演曲ではアリーヤ、他曲ではジニュワインを呼び覚ます。
リオン・ブリッジズ/Leon Bridges
『Gold-Diggers Sound』
デビュー時のレトロ・ソウル然としたスタイルから脱却し、ネイト・マーセローやリッキー・リードと全面的に組んで西海岸色の強いモダンなオーガニックR&Bに移行したアルバム。ロバート・グラスパーやテラス・マーティンも鍵盤などで関与し、ノスタルジックだが現代風でもあるという絶妙な塩梅で聴かせる。表題は本作の舞台となったハリウッドのホテル/バー/スタジオの名前。拡大版にはジャズミン・サリヴァンの客演曲も追加された。
ネイオ/Nao
『And Then Life Was Beautiful』
速回ししたようなハイトーン声が愛くるしいUKのシンガー。リアン・ラ・ハヴァスと歌った女性讃歌「Woman」を含む本作は、出産を経て心境の変化もあったようで、Dマイルの制作曲やラッキー・デイ、サーペントウィズフィートとのコラボなど、エッジの効いた過去2作よりオーセンティックなソウル感覚が色濃く、ハーモニーの美しさも際立つ。アデクンレ・ゴールドを招いたアフロ・ポップな「Antidote」も含めて総じて親しみやすい。
フェイボ/Phabo
『Soulquarius』
ソウレクション発の快作。サンディエゴ出身でLAを拠点に活動するシンガーがソウルクエリアンズへのオマージュを込めたタイトルの初アルバムで披露するのは、ネオ・ソウルも含めた90年代後期以降のR&Bを現行のトラップ・ソウルに溶かし込んだような楽曲だ。甘く滋味深いヴォーカルで歌われるセクシャルなスロウや、黒人労働者の英雄ジョン・ヘンリーを引き合いにして搾取されない生き方を探るバラードなど、曲のテーマも面白い。
ピンク・スウェッツ/Pink Sweat$
『Pink Planet』
ピンクをシンボル・カラーとするフィリー出身のシンガー。3年前のアコースティック・バラード「Honesty」も収録したこの初アルバムでは、Dマイルやオークらと組み、マイケル・ジャクソン風のブギーを含めたポップなR&Bを甘く優しい声で歌う。自身の恋愛体験から黒人男性としての現実までテーマも豊富で、幅広い共感を得た。サンデー・サーヴィス・クワイアを起用するなど、教会ルーツも滲む。「At My Worst」はケラーニとの共演版も収録。
シェリー/Shelley FKA DRAM
『Shelly FKA DRAM』
DRAM名義でラップ寄りの作品を出していた奇才がシェリーと改名し、ヴォーカリストとして甘美な楽曲を歌った、本来の自分に近いというR&Bアルバム。古いソウルやファンクの影響を忍ばせ、それらを現代の空気にフィットさせて多重コーラスも絡めながら煙たく吐き出すやり方はディアンジェロにも近い。エリカ・バドゥやサマー・ウォーカーも彼のムードに同調。H.E.R.が客演した「The Lay Down」ではワットのギター・ソロにも圧倒される。
シルク・ソニック/Silk Sonic
『An Evening With Silk Sonic』
ユニット始動の告知からアルバム発表まで、約8ヵ月間で全てが明らかにされた2021年最大級の話題作。「Leave The Door Open」に代表される70年代風のスウィート・ソウルからブーツィ・コリンズ肝煎りのユニットらしいファンクまで、現行R&Bというよりは、時代や世代を超越したポップスとしてのソウル・ミュージックをパロディ感覚で展開した全方位型の作品だ。主役ふたりの歌ゴコロとグルーヴ感、Dマイルらのサポートも完璧。
シニード・ハーネット/Sinead Harnett
『Ready Is Always Too Late』
タイとアイルランドにルーツを持つロンドン出身のシンガーによるセカンド・アルバム。スティントやトドラ・Tらが制作に関与した楽曲は、エレクトロニカの下地が透けて見えるマセーゴとヴァンジェス客演の「Stickin’」も含めて90s R&Bのムードが強く、タイトル曲に代表されるメロディアスで妖美なスロウなどを色香漂う声で歌う。ラッキー・デイを迎えた「Anymore」やギッティが手掛けた「Like This」など、生楽器の暖かい音色も好感触だ。
スノー・アレグラ/Snoh Aalegra
『Temporary Highs In The Violet Skies』
スウェーデン出身のペルシア系女性シンガーで、シェリー名義を含めると本作がフル・アルバムとしては4枚目。今回もノーI.D.のアーティウム発だがロック・ネイションとも組み、ネプチューンズやタイラー・ザ・クリエイターらを迎えた近未来感のあるポップな曲を含む。とはいえ、昨年のシングル「Dying 4 Your Love」や「Lost You」などでのシャーデーを思わせるミステリアスな雰囲気とジャネット・ジャクソンに通じる妖美な歌声は変わらず。
ストークリー/Stokley
『Sankofa』
ジャム&ルイスの同窓会的アルバムには不参加ながらパースペクティヴ/フライトタイムの援護を受けた、ミント・コンディションのキーマンによるソロ2作目。ボンファイアやスヌープ・ドッグを迎えた先行曲も目の覚めるような快演だったが、H.E.R.との「Rush」が両者のプリンス愛を煮詰めたようなスロウだったり、スヌープ客演の別曲が70sスウィート・ソウル風であるなど、フックの多いアルバムだ。伸びやかな歌声は30年間変わらず。
サマー・ウォーカー/Summer Walker
『Still Over It』
自身初の全米アルバム・チャート1位などといった記録もさることながら、シティ・ガールズのJTを迎えたベース・ミュージック風の「Ex For A Reason」などでアトランタR&Bの伝統を継承しながら、トラップを基調としたその現在形を聴かせる内容が充実していた。テーマは公私にわたるパートナーだったロンドン・オン・ダ・トラックとの別れ。個人的な体験を赤裸々に綴った歌詞は時に過激だが、愛らしさと諦観が混じった歌い口に惹きつけられる。
トーン・スティス/Tone Stith
『FWM』
かつてR&BグループのSJ3で歌っていた彼も、サントラへの参加や楽曲提供などで名を上げ、今や次世代のクリス・ブラウン的な存在になりつつある。厳密にはEP扱いとなる本作だが、4ヵ月後に出した続編の『Still FWM』と合わせてアルバムとしたい。客演しているH.E.R.との付き合いから彼女周辺の人脈が裏方として集い、キアナ・レデイやLonr.もゲストに迎えてメロウなトラップ・ソウルを歌う。レイト90s〜アーリー00sの気分も反映した快作。
ヴァンジェス/Vanjess
『Homegrown』(Deluxe)
ナイジェリアにルーツを持つ姉妹デュオのEPは、ラッキー・デイ客演版の「Slow Down」などを加えたデラックス仕様が出たことで実質セカンド・アルバムに。ジャネイを彷彿させるダンサー「Come Over」に代表されるノスタルジックな90s R&Bマナーと、ケイトラナダやデヴィン・モリソンとのコラボ曲におけるエレクトロニックなビートやトラップの混在が刺激的だった。フォニー・ピープルを迎えたブギーも快演。ハーモニーも巧みで美しい。