投稿日 : 2022.02.22
【三宅純 インタビュー】“一歩外に出た、好きなものを隠さなかった” 新アルバム─ 書籍、サントラ、過去作など続々とリリース中
映画、舞台、CMなど幅広い分野で活躍する音楽家、三宅純。国内外で高い評価を得たアルバム『Lost Memory Theatre』3部作を経て、デイヴ・リーブマン、アルチュール・アッシュ、ヴィニシウス・カントゥアーリアなど世界各国のミュージシャンとコラボレートした新作『Whispered Garden』が昨年末にリリースされた。
〈劇場〉から〈庭園〉へ── 最新アルバムで新たな世界へと一歩踏み出す一方で、ロング・インタビューを軸にこれまでの足跡を辿る書籍『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』の刊行も予定されている。過去と未来が交差するなかで、「時間を操縦したい」と願う鬼才は今何を思うのか。
“ストレートなジャズ” への心情
──新しいアルバム『Whispered Garden』は、前作『Lost Memory Theatre act-3』から4年を経て完成した作品。その間パンデミックがあり、三宅さんも活動の拠点だったパリから日本に戻られましたが、この4年間、どんな風にアルバムの制作を進めていたのでしょうか。
前作で全部吐き出したわけではなく、何曲か録りためていたものがあったんです。いろんな仕事の締め切りの合間をぬって、新たな楽曲の作曲を始めて、2年ほど経ったところに予期せぬパンデミックが起こって、関わっていた映画やドラマが止まってしまった。そこで時間の余裕ができたので、こんな時こそ新作を完成させるべきだと思ったんです。リモートに対応できるミュージシャンも増えてきたし。
──『Whispered Garden』を初めて聴いた時、エモーショナルに感じました。三宅さんという音楽家が作品に赤裸々に出ているような気がしたんです。
『Lost Memory Theatre』3部作では劇場のなかにいる設定だったので、今回は一歩外に出たかったんです。あと、これまで意識的にストレートなジャズには背を向けていましたが、そういう縛りはもういらないんじゃないかと思って。
一歩外に出た、好きなものを隠さなかった、という点が、エモーショナルと繋がるのかもしれません。作品を作るということは結局自分を吐露するということですからね。
──ジャズと向き合う、ということで言えば、アルバム収録曲の「1979」はまさにそうですね。この曲名は「1979年」ということですか?
ええ。その頃に書いた曲なんです。自分が書いたジャズっぽい曲のなかでも気に入ってたんですが、これまで “まさにジャズ” という曲はあまりやってこなくて、正しい機会を待っていたんです。今回、デイヴ・リーブマンが参加することが決まった時に、よし、この曲を彼で収録しよう、と思いました。
──デイヴ・リーブマンは三宅さんがいちばんジャズを勉強されていた頃に活躍していたレジェンドです。今回彼をチョイスした理由は?
そもそもはコルトレーンに心酔していたのですが、彼のスタイルを継承するユダヤ系のスティーヴ・グロスマンとデイヴ・リーブマンが、エルヴィン・ジョーンズのアルバムにツー・テナーで参加していたときの演奏がすごく好きで。学生時代に宮本大路くんと2人で、彼らの演奏を真似てスキャットでやってみたりしていたんです。
その大路くんが数年前に亡くなったこともあり、彼に代わるグロスマン〜リーブマン系譜の新しいミュージシャンを探すより、いっそのことオリジンにお願いしよう、と思いました。
音楽がつくる「時間」
──昔憧れていたミュージシャンと初めて共演したり、新曲に混じって昔の曲を録音したり、アルバムのなかで時間軸が錯綜しているところが面白いですね。
そう感じてもらえると嬉しいです。時間の操縦をしたい、という願望があって。音楽は時間の芸術と言われていますが、過去、現在、未来の時間軸を混ぜたり、過去を未来に貼ったり、未来を過去に貼ったり出来る気がするんですよね。
『Whispered Garden』というのは、訪れる度に時系列が変化する幻の庭園、というイメージなんです。
──三宅さんの時間へのこだわりは、どういったところからきているのでしょうか。
一瞬に過ぎていく音楽もあれば、時間以上に長く感じる音楽もある。音楽を聴いているときの “時間の感覚”というのは、時計の針で測っているものとは違うものだと思うんです。そういうアンビバレントなところに魅力を感じるんでしょうね。音楽には時間を操縦しうる可能性がある。
──三宅さんは時間だけではなく、空間や場所に対しても意識的ですよね。たとえば、楽器に地理的なアイデンティティを感じさせながら、出来上がった音楽はどこの国のものかわからない。
いつも、頭の中で様々な音楽がレイヤーになって聞こえているので、この地域の音楽という意識では作ってないんです。自分が本当に聴きたいもの、世の中に溢れてないものを作りたいので、自分の内側に耳を澄ますしかないんですよ。
──そんななかで、今回のアルバムに収録されたブラジル系の曲は割とピュアな形で出されている曲が多いような気がします。
なるほど、メロディとハーモニーはそうかもしれませんね。でもベースラインとリズムの関係性はピュアなブラジル系とは言えないかもしれません。『Stolen from strangers』あたりからやり始めたウッドベースとチェロのピチカートを組み合わせてベースラインにする手法も使っていますし。
でも、そもそもブラジルの音楽そのものが混血、ハイブリッドですからね。それが他の国の音楽にはないハーモニーとグルーヴを生み出している。あと、ブラジル音楽のサウダージ感に惹かれるんです。
──確かに三宅さんの音楽にはサウダージ感、なんとも言えない郷愁や切なさを感じさせます。
ありがとうございます。ブラジルに育ったミュージシャンが奏でる音楽のサウンダージ感と、それを聴いて後追いでやっている僕のサウダージとは少し違うかもしれませんが、そのものズバリを目指すのも違うと思うし。
ディレクションの心得
──今回も個性的なシンガーがたくさん参加していますが、アルチュール・アッシュが久しぶりに歌っている「Le Rêve de L’eau」はデヴィッド・シルヴィアンのために書かれた曲だったとか。
そうです。デヴィッド・シルヴィアンは昔から好きで『LMT act-3』制作中に、参加を打診したことがあったんです。その時、僕の作品に対して真摯なお褒めの言葉を頂いたんですけど、「いまレーベルを移籍中でゲスト参加には縛りがある」って、そこで話が一旦止まっていたんです。今回、その後どうなっているのか探りを入れてみたら、「アメリカで安住の地を求めて放浪中」と言われて。作品に対して興味はあるけど、日々、車で移動しているから歌を録る環境にないって。
それで、今回は難しいな、と思ってデヴィッドに送った曲をアルチュール・アッシュに送ったら、「これは俺の曲だ」ってすぐに返事が来た。全然返事がこない時もあるから、結構気に入ってくれたんだと思います。音程ごとに響きが違う、とても不思議な歌声ですね。
──ヴィニシウス・カントゥアーリアも久しぶりに歌っていますね。
この曲(※1)はブルーノ・カピナンを想定して作り始めたのですが、途中で彼がコロナに感染して作業が止まってしまったんです。この曲にギターで参加してもらうつもりだったヴィニシウスにその話をしたら、「じゃあ、僕が歌うよ」って次の日には録音した歌を送ってくれました。ニヒルでダンディーな、哀愁漂う歌声で、シンガーによってこんなに印象が変わるのかと驚きました。
そうこうするうちにブルーノから回復したという連絡が入り、アルバム本編にはヴィニシウス版、最後に回想シーンのような扱いでブルーノ版を入れようと思いつきました。訪れる度に時系列が変わって行く幻の庭園の一風景として。
※1:アルバム収録曲「Parece ate Carnaval」
──アルチュール・アッシュもヴィニシウスも、三宅さんの作品に参加したシンガーの歌声は、それぞれの作品で聴く時より魅力的に聞こえるんですよね。
それは嬉しいですね(笑)。
──ディレクションの秘訣みたいなものがあるのでしょうか。
僕が思う、その人の一番良いところ、体に響くところを意識して曲を依頼しているから…かもしれないですね。自分自身の良いところって、意外と自分では判らないものだから。
──楽器を弾くミュージシャンに関しても、それぞれの個性ありきで選ばれていますよね。「この人のこの音」という感じで。
曲を考えるとき、「この人が弾くベース」とか「この人が吹くトロンボーン」とか、人ありきで頭に浮かんでくる。だからデモテープを作るときも、その人が演奏する感じで作っちゃうんですよ。受け取ったミュージシャンから、「あれ? なんかこれって俺っぽくない?」って言われたりします。
生きた痕跡を形に残したい
──アートワークの話も伺いたいのですが、久しぶりに寺門孝之さんが手掛けています。どういった経緯だったのでしょう。
アートワークをどうしようかと悩んでいた時に、寺門くんから個展の案内のポストカードが届いたんです。それを見て “これまでのタッチと変わった!”と思ったんです。
それで予感めいたものを感じて個展に行ってみたら、これ(今回のアルバムに使った絵)を発見したんです。庭園の入り口のイメージとしていいな、と思って、寺門くんに「これ、使いたいんだけど」って言ったら、「純さん、さっそく反応してくれましたね」って。彼が言うには、『永遠乃掌』(※2)のときのモチーフを肉筆で描いてみたらどうなるか、と思ってやってみたそうで。
※2:三宅純が1988年に発表したスタジオアルバム『永遠乃掌』(とこしえのてのひら)。2021年にアナログレコードで再発された。
──『永遠乃掌』は最近再発されましたが、今回のアルバムを出すまでの4年の間に、映画、舞台、ドラマのサントラや、オリジナルアルバムの再発など、かなりたくさんの作品を発表されていますね。
ちょっと遠慮しないといけないですね(笑)。
──いえいえ(笑)。“作品を出したい” という強い気持ちがあるのだと感じます。
確かにそうです、生きた痕跡を形に残したい。特に舞台音楽に関しては、人々の記憶のなかに個々に違うかたちで残っているだけで、その記憶が消えたら、その音楽も消え去ってしまう。
その儚さがいいとも言えるし、怖くもある。自分が丹精込めて作ったものが消えてしまうのが怖いんです。だから、アートワークも含めてこだわって作っちゃうんでしょうね。
──近々、三宅さんの最初期のアルバム(※3)が再発される予定があるそうですが、過去の作品に改めて向き合う、というのはどんなお気持ちですか?
※3:1983年発表の『JUNE NIGHT LOVE』、84年発表の『Especially Sexy』が再発予定。
この2枚は、長らく封印していた日記、そんな風に感じていました。でも、トークイベントでこの中の1曲をかけたことがあって、最初は “恥ずかしいな” と思っていたんですけど、そのうちに、それなりに一生懸命やっていたんだなって思えてきたんです。
あと、時代が変わって “聴こえ方” が少し違ってきた、とも感じました。だから、当時を知らない人たちに「80年代ってこんな時代だったんだ」って聴いてもらうんだとしたら、それはそれで良いのかもしれないですね。
──さらに、この2月に『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』という書籍も出ます。これはどんな内容の本ですか?
ひとことで言うのは難しいですね。
自分では恥ずかしいだけですけど(笑)、生い立ちを追うロング・インタビューを受けているうちに、アルバムを残したい、という思いとリンクするような気持ちが少しだけ生まれてきました。
──本の取材を受けながら蘇ってきた記憶もありました?
自分のルーツや影響を受けた人たちのことを再認識しました。例えば中学のときの音楽の先生に、こういう機会をもらったことが自分にとって大きかったんだな、とか。一人孤独な道のりを歩いて来たつもりだったけど、実は大勢の人にお世話になってきたことを実感しました。校了してから思い出したエピソードもあったりして。
──そうやってこれまでのキャリアを振り返る一方で、今後の活動について何か考えていることはありますか?
環境を変えてモノを作るにはいいタイミングかな、と思っています。でも、新たな拠点をどこに移すのかが難しい。このウィルスの脅威が収まらないうちは不用意に動けませんからね。
でも、時間や記憶はこれからもテーマにしていくと思います。「庭園」の後に「森」まで踏み込んでいくのか、いかないのか。「森」は僕にとって神秘的なテーマなんです。どうなるのかはやってみないとわかりませんが、日々自分の相撲を取りきるだけですね。
インタビュー/原田潤一
構成・文/村尾泰郎
撮影/松木宏祐
『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』刊行記念トークイベント開催
書籍『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』の刊行を記念して、2022年2月24日(木)に代官山 蔦屋書店にてトークイベントを開催(オンライン配信も実施)。イベントでは、同書に“証言者”として登場している社長(SOIL&”PIMP”SESSIONS)、そして “日本一の三宅ファン” を自認するトランペッター、タブゾンビ(SOIL&”PIMP”SESSIONS)を交えたセッション・トークを予定している。
なお、本イベントへの応募者には抽選プレゼント企画が用意されているほか、三宅純にまつわる商品が並ぶフェアも同時開催。イベント詳細・参加方法は代官山 蔦谷書店のHPにて。
【イベント詳細】
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/music/24788-1544030207.html●書籍『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』特設サイト
三宅純 最新アルバム『Whispered Garden』発売中
【レーベル公式サイト】
https://p-vine.jp/artists/miyake-jun