ARBAN

【対談】森山威男/沖野修也 「冒険するし遊びもします。失敗は怖れません」─KYOTO JAZZ SEXTET 新作に“伝説の名匠” を全面フィーチャー

森山威男と沖野修也

今から50年ほど前の話である。ドイツのジャズ・フェスティバルに、ある日本人バンドが出演した。彼ら3人は凄まじいプレイを繰り広げ、いつしか大観衆がトランス状態に。会場の喝采は1時間以上も鳴り止まず、ついには興奮した観客を抑えるために警官隊が投入された。

このときドラムを叩いていたのが森山威男である。当時は「山下洋輔トリオ」のメンバーとして欧州ツアーを敢行し、その後も自身のバンドや様々なプロジェクトで国際的な評価をものにしてきた。そして現在も、新作や過去作が国内外で注目を集め続け、いまも森山への喝采は鳴り止まない。

彼の新アルバム『SUCCESSION』もそのひとつだ。本作は、沖野修也が率いるKYOTO JAZZ SEXTETの最新作で、森山威男を全面フィーチャーしてつくられた。本作での森山は、剣の達人さながら静かな闘気をまとい、流麗に捌き、斬り込む。

そんな森山プレイを目の当たりにした沖野は「まるで滝に打たれるような体験だった」と振り返る。いわば、ある種のトランス状態に陥ったわけだ。一方の森山も不思議な錯覚を起こす。年若の共演者たちに対し「全員、自分よりも年上に思えた」というのだ。これはKYOTO JAZZ SEXTETの卓越した演奏に対する称賛であり、また、森山がメンバーの誰よりも “気が若い” ことも物語っている。

そんな両者が接近したのは2021年。契機となったのは、沖野が主宰する音楽イベントだった。

欧州ファン羨望のプログラム

沖野 去年「Tokyo Crossover/Jazz Festival 2021」(※1)を開催したときは、コロナ禍で海外アーティストを全く招聘できない状況でした。そこで国内勢で誰をヘッドライナーにするか考えたところ、真っ先に思い浮かんだのが森山威男さんでした。

※1:2021年11月20日に ageHa @STUDIO COAST(東京都江東区)にて開催。ジャズを中心に、ファンク、ディスコ、ヒップホップ、ハウスなどをクロスオーバー。国内屈指のDJやミュージシャンが多数出演した。

──そこから初共演の計画が進んでいったわけですね。

沖野 そうです。僕が森山さんの音楽を聴き始めたのはもう30年以上前で、ずっとお慕いしていましたが、ご一緒するのは初めてです。

オファーした理由は、もちろん僕自身が森山さんのファンであったこと。それから、森山さんの海外での知名度ですね。70年代からヨーロッパをツアーしたり、大きなフェスにも数多く出演されてきました。最近でも、過去のアルバムがイギリスのBBE(レーベル)から再発されてDJたちの間でも話題になっている。そんな森山さんが出演するとなると、ヨーロッパのファンはきっと羨ましがるだろう、と(笑)。

──というわけで、沖野さん率いるKYOTO JAZZ SEXTET(※2)」にフィーチャリングという形で森山さんが出演することになった。

※2:Kyoto Jazz Massive の沖野修也が、現代ジャズを表現するために “完全生演奏&アナログ・レコーディング” を前提に始動したプロジェクト。メンバーは沖野修也(se/mc)、平戸祐介(p)、小泉P克人(b)、類家心平(tp)、栗原健(sax)。

沖野 KYOTO JAZZ SEXTETのメンバーでトランペットの類家心平が、過去に森山さんと共演していたので、まずは類家くん経由でつないでもらいました。

アルバム『SUCCESSION』録音メンバー。左から、類家心平、栗原健、森山威男、平戸祐介、小泉P克人、沖野修也。

──森山さんは、この依頼を受けたとき率直にどう思いました?

森山 心配になりましたよ、沖野さんのことが。

沖野 え? どういうことですか?

森山 私なんかに声をかけて、沖野さんは後々、大変な迷惑を被ることになるんじゃないか? って。じつは、このアルバムと同じ時期に、他にも複数の作品が出ることになっていまして。

まず、佐藤允彦さんとぺーター・ブロッツマンと一緒にロンドンでやった音源の発売。それから、50年くらい前に坂田明とやったコンサートがいい音で残っているからそれを出したいっていう話も進んでいました。あと、山下洋輔トリオのメンバーとしてヨーロッパ行った時にマンフレッド・ショーフっていうトランペット奏者と一緒にやったことがあって、その録音がエンヤ・レコードに残っていて、それも出る。というわけで、いろんなものが重なっちゃって、いいのかな…っていう心配がありました。

沖野 なるほど。リリースが被ることを心配してくださったんですね。

森山 ただ、今回の場合はそういった昔の録音ではなくて、新しく何かをやる、っていうことなので問題ないだろうと。そう思ってお受けしましたけど、いまだに沖野さんはご苦労されているんじゃないかっていう気がして、どうも後ろ暗い気持ちですね。

──とはいえ森山さんにとっては “未知のメンバーたちと新しく音楽を生み出す”という喜びや期待感もあったのでは?

森山 それはもちろんありました。まず、彼ら(KYOTO JAZZ SEXTETのメンバーたち)が私のドラムをどう感じ、どう反応し、どんな音楽に発展するだろうか。いちミュージシャンとして、そこは非常に関心があるところです。

齢七十七を越えたジジイがいつまでも叩いている、って思われるんじゃないか。そういうちょっとした心配もありましたけど、沖野さんにコンサートの内容や、どういうレコードにするか、といったお話を伺って「これはぜひやりたい、願ってもない幸せな計画だな」と率直にそう思いました。

滝に打たれるような音楽体験

──そんな経緯でTokyo Crossover/Jazz Festival 2021への出演と、アルバム『SUCCESSION』の制作が同時進行するわけですが、ライブの前後にアルバムのレコーディングを行ったそうですね。

沖野 そうです。じつは以前に、カルロス・ガーネット(※3)を招いた時に、本番前に別の場所でリハーサルをやったのですが、「あれを録っておけばよかった」って後悔がありました。それで今回こそは、せっかく録音のチャンスなんだからリハをレコーディング・スタジオでやろうってことにして。

※3:Carlos Garnett(1938-)米サックス奏者。マイルス・デイヴィス作品への参加で知られ、70年代に発表した自身のリーダー作は、のちにレアグルーヴやスピリチュアルジャズの文脈で再評価された。

──沖野さんは、スタジオで森山さんの演奏を目の当たりにして、最初に何を感じました?

沖野 森山さんがドラムのブースに入って音を出した瞬間、本当に驚きました。なんだか、滝に打たれているような感覚になったんですね。これが不思議な気分で。ダイナミックでパワフルな滝に打たれて、まるで荒業のような感覚なんだけど、ほとばしる水滴の粒がくっきりと美しく見えて、なんとも心地よい。

──くっきりと見える水滴は、いわば音の粒。

沖野 そうです。大きい粒から小さな粒まで、音の輪郭が明確で、そうした音を配置する表現の幅の広さにもただ驚くばかりで。森山威男っていう巨大な滝に打たれて目の覚めるような洗礼を受けつつ、同時に優しく包まれるような、癒される感覚もありまして。滝壺からマイナスイオンが出ているみたいな、不思議な体験でした。

森山威男/もりやま たけお
ドラムス奏者。1945年1月27日、東京都品川区生まれ。生後すぐに山梨県甲州市で育つ。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。在学時からジャズのセッションに参加し、67年から山下洋輔と共演。69年に結成された山下洋輔トリオに初代ドラマーとして参加し、壮絶なフリー・ジャズ・ドラミングで大反響を呼ぶ。3度のヨーロッパ・ツアーを大成功させたのちの75年に退団。77年からは森山威男カルテットなど、自己のグループを率いて国内外で活動。2017年には著書『スイングの核心』も発表している。

──そうして最初のレコーディングとリハーサルを終えて、森山さんはいよいよメンバーたちとTokyo Crossover/Jazz Festival 2021のステージに立つわけですね。

森山 はい。あれは燃えましたね。 “これこそ自分だ” と思いました。スタジオでリハーサルやレコーディングするのも大切な時間ですけど、やっぱりお客さんを目の前にすると「よし、やってやるぞ」っていう強い気持ちが沸き起こる。私にとって、いちばん本気で向き合える場所です。

枯れたドラマーは見たくない

──森山さんは以前のインタビューで大きな会場で、大勢の客の前で演奏するのが好きだという旨のことをおっしゃっていました。実際に70年代から国内外の巨大フェスに数多く出演されてきて、その醍醐味や立ち回り方も熟知している。

森山 相手が大勢いればいるほど、燃えます。かつて私自身も “ジャズは穴ぐらの中でやってる音楽” っていうイメージがあったのですが、山下(洋輔)トリオに参加して、野外の大きなステージで数多く演奏して、その喜びや面白さを知りました。

──今回のTokyo Crossover/Jazz Festival 2021もなかなかの規模感でしたよね。

森山 やる気は漲っていましたけど、時期的に、お客さんが大勢くるとは思えなかった。だから会場を見た時に、ここに人が集まるのだろうか、という不安はありました。

──結果は大盛況で、演奏の内容も素晴らしかった。

森山 年齢のことばかり言って弱気になっているわけじゃないですけども、私だって枯れたドラマーなんか見たくもないですよ。枯れたピアニストだったらまだいいですけどね(笑)。だからずっと “絶対に枯れてなんかなるものか” って思きたし、今回もすごくやる気になっていました。

終わった時のお客さんの反応や、控え室に戻った時の共演者の様子を見て、あらためて「やったな。大成功だ」って思いました。これは本当にすごい喜びでした。

沖野 今回のアルバムでは、そのステージを収録したDVD付きのスペシャル・セットも用意されているので、ぜひ多くの人にご覧いただきたいです。

 

──観客の存在も重要ですが、演奏者同士でどんなコミュニケーションが行われるのか。このことにも森山さんは格別の思いを持っておられる。

森山 演奏する者にとって、まず大切なのは「自分が何をやりたいのか」ということです。まずはそこが明確でないと、人に訴えるものが出てこない。そして次は共演者です。一緒に演奏している相手にいかにして伝えるか、いかにやり合うか。演奏のなかで、いろんなやりとりをして、ときにはダメならダメと言ってやる。この“闘いのさま” が大切なんです。そうして、はじめてお客さんに訴えることができる。

沖野 今回のステージやレコーディング・スタジオでも、メンバーとバチバチやり合っていて嬉しかったですよ。

──今回一緒にレコーディングしたメンバーは、森山さんから見たら “若造” ですよね。

森山 いや、全員が自分より年上に見えました。冗談じゃなく本当にそう感じるんですよ。僕もある程度は長く生きて経験を重ねているわけだから、多少は偉そうにしても許されるのかもしれませんけど、全くそんな気にならないんですね。

──それは森山さんが、いつでも共演者を対等に見ているから。あるいは、森山さんの心が若いからでは?

森山 そうかもしれませんね。

──加えて、森山さんは以前に共演者は、一緒に何かを作り上げる仲間だが、格闘を挑みあう相手でもあるという話もされていました。

森山 スポーツでも格闘技でもそうでしょうけど、あい対して勝負する時に、年齢を聞いて対戦の仕方を変えたり、どっちが偉いなんて考えないと思うんですよね。全力で戦って力を出し切るだけですから。

フェラ・クティと森山威男

──今回のアルバム収録曲は、かつて森山さんが演奏してきた人気曲で構成されていますね。

沖野 森山さんの代表的なレパートリーの中から、特に僕がDJとしてプレイしている曲を候補にしました。つまり僕が、森山威男さんをフィーチャーしたKYOTO JAZZ SEXTET の作品をプロデュースしているわけですが、同時にDJという立場で、選曲を担当している。そういうコンセプトといえばわかりやすいかもしれません。

──ただし1曲だけ、フォーザー・フォレストという新曲が含まれています。これは沖野さんの作曲。

沖野 そうです。森山さんの過去の代表曲をKYOTO JAZZ SEXTETとして演奏することは、僕らにとって新しい試みでした。しかも森山さんご本人に参加していただいている。だからこそ “これまでの森山威男” だけでなく “現在進行形の新しい森山威男” も作品化したいという気持ちがありました。

その上で、考えたことが二つあります。まず、今のクラブシーンのジャズの流れの中で、僕が提案すべきものは何か? っていうのが一つ。それからもう一つは、森山さんの過去の代表曲と似たような曲を書いても意味がないので、森山さんにとっても“新しい体験”というか、そういう曲にしたいと思いました。

これを踏まえて、浮かんだのがアフロビートでした。フェラ・クティ(※4)と森山威男が共演したらどうなっていたか? というコンセプトを立てて、まずはデモ・バージョンを作って青写真を描いていきました。

※4:Fela Kuti(1938-1997) ナイジェリア出身のミュージシャン。60年代に自身の音楽を「アフロビート」と名付け、世界中に信奉者を生んだ。アフロビートはジャズ、ソウル、ファンクを包含したサウンドで、ブラスバンドとアフリカン・パーカッションで編成される。

──森山さんはこの曲を提示された時にどう感じましたか?

森山 いま沖野さんがおっしゃったように、僕の中には今までにないもので、どう叩けばいいか、過去の引き出しを探してもなかなかぴったり合うものがなくて。なんというか、洋服を合わせるようなもので、どれを試着してみても駄目という感じでした(笑)。でもまあ、現場でいろいろやってみれば答えにたどり着くだろう、って覚悟を決めて臨みました。

沖野 森山さんに聴いていただいたデモはアフロビートのテンポでしたが、それはあくまでもガイドラインで。レコーディングの時にはもう少し自由度を上げて、森山さんのリズムで、メンバーとディスカッションしながら方向性を定めていきました。結果的に、どんどん変化していって、森山さんとKYOTO JAZZ SEXTETの双方の “らしさ” が出たいいアレンジになったと思います。

森山 私も演奏しながら、この曲はやるたびに、まだまだ形を変えていくんだと思いましたし、レコーディングが終わった今もそう思っています。これは人と人の付き合いにも似ているのですが、第一印象だけで決めてしまってそれでいいのか? って思うんですね。この曲も演奏するうちにいろんなものが出てきて、練り上げられて面白くなるだろうなっていう、そういう期待がいま私の中にはあります。

──ファーザー・フォレスト(Father Forest)」という曲名は、明らかに森山さんを示唆していますね。

沖野 この曲は、茨城の音楽フェスティバルに行く途中、車の中で作りました。木々に囲まれた高速道路を走っていると、ふと昔の体験が蘇ってきて。それは、父親に連れられて森の中を散策した思い出でした。散策と言っても、道もない森の中をどんどん分け入って進む感じの。

──ちょっとした冒険。

沖野 そうそう。子供にとってはそんな感覚です。森山さんは、僕が子供の頃にさまよった大きな森のようでもあり、父のような存在でもある。そしてなにより森山さんご自身も、ジャズシーンという森に分け入って、道なき道を切り拓いていった偉大な先人です。そんな森山さんの人生やスピリットに僕らはシンクロしたかったし、それを継承したかった。

──継承(Succession)はまさに今回のアルバムのタイトルでもあります。

森山 こういう話を知れるのは、私としても嬉しいですね。今この話を聞いて「ファーザー・フォレスト」の演奏の仕方も変わってくると思います。だからもっと沖野さんといろんな話をしたいし、曲が変化していくさまを楽しみたいです。

沖野 今後、ライブでやるのが楽しみですね。これからブルーノート東京での公演もあるし、フジロックフェスティバルの出演もあるので。

──フジロックなんて、ロケーションが “フォレスト” ですからね。

沖野 この曲も映えますよね。しかも当日どんな演奏になるのか、今からすごく楽しみです。まずは第一幕ともいえるこのアルバムを聴いていただいて、今後に控えたライブの第二幕を、その変化も含めてぜひ楽しんでもらいたいし、僕ら自身も、このアルバムがどう変化していくのか、どう育っていくのか、すごく楽しみです。

森山 私も同じ気持ちです。型通りに上手くいきました、っていう演奏をしてもあまり喜びがないです。私にとって音楽は生き物ですから。多少の間違いや、おかしなことがあってもいい。無難に収まるくらいなら、そっちの方がよっぽど面白いと思っています。だから今日の沖野さんの話を聞いて「また安心して挑みかかれる」と嬉しくなりました。

沖野 森山さんのそうしたマインドは、僕自身にとって刺激になったし、大きな学びにもなりました。僕も音楽に対して、もっと自由なスタンスを取れるはず。そう思えるようになったんですよね。

森山 これは不遜な意味で言っているわけではありませんけど、私は趣味でやっています。だから冒険もするし、遊びもします。失敗も怖れません。失敗したって誰かが死ぬわけじゃないですから、演奏者として思い切ったことをやりたい。そうやって、これからも挑んでいきたいですね。

このアルバムのレコーディング当日、森山は、親子ほども歳の離れた後輩の沖野に「歳はいくつですか?」と尋ねた。そして、嬉しそうにこう続けたという。

「これから先の20年、楽しいですよ」

若者を中心に構成されるDJカルチャーのなかで、“50代なりの立ち回り方” を思案していた沖野にとって、目から鱗が落ちる思いだった。と同時に「これまでも十分楽しかったのに、この先もっと楽しくなるのか」と心躍ったという。沖野だけではない。本作で森山威男と “やり合った” メンバーたちも皆それぞれに、導きや気付きを得た。そんな喜びと高揚が、本作『SUCCESSION』には詰まっている。

取材・文/楠元伸哉

KYOTO JAZZ SEXTET feat. 森山威男SUCCESSION』(ユニバーサルミュージック)

類家心平 trumpet
栗原 健 tenor saxophone
平戸祐介 piano
小泉P克人 bass
沖野修也(vision, sound effect on 渡良瀬)
featuring
森山威男 drums

Produced by 沖野修也 (Kyoto Jazz Massive)
Recorded, Mixed and Mastered by 吉川昭仁 (STUDIO Dedé)

【公式サイト】https://www.universal-music.co.jp/kyoto-jazz-sextet/


【LIVE INFOMATION】

KYOTO JAZZ SEXTET feat. 森山威男
~New Album “SUCCESSION” Release Live
2022年5月26日(木)ブルーノート東京

www.bluenote.co.jp/jp/artists/kyoto-jazz-sextet/

FUJI ROCK FESTIVAL’22 出演
2022年7月30日(土)新潟県 湯沢町 苗場スキー場

https://www.fujirockfestival.com/

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了