投稿日 : 2022.08.03 更新日 : 2022.10.07

ラリー・カールトンとギブソン ES-335【名手たちの楽器 vol.1】

ラリーカールトン

ギブソン「335」と「345」

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)に印象的なギター演奏シーンがある。主人公のマーティが1955年にタイムスリップし、当時まだ存在しない曲「ジョニー・B.グッド」を演奏する場面だ。

「ジョニー・B.グッド」はチャック・ベリーの自作自演曲で、1958年にリリースされた。初期ロックンロールの最重要曲である。映画の中では、この曲をチャック・ベリー本人に聴かせるというシーンが盛り込まれている。つまり、未来からきたマーティの演奏をヒントに「ジョニー・B.グッド」は生み出されたのだ、というタイムパラドックスが描かれている。

Back To The Future, 1985. Universal Pictures

じつはこの場面、もう一つ “存在するはずのないもの” が映り込んでいる。マーティが弾いているギター「ギブソン ES-345」だ。彼はタイムスリップした先の1955年でこのギターを手にするのだが、当時まだ「ES-345」は発売されていない。したがってこれは映画の時代考証ミスということになる(※1)

※1:「ES-345」の発売は1959年。この時代考証ミスにまつわる顛末は『ビンテージ・ギターをビジネスにした男 ノーマン・ハリス自伝』(リットー・ミュージック)に詳しい。本書はギターショップ店主の自伝で、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にES-345を貸し出した際のエピソードも記されている。

ちなみにこのギター「ES-345」はのちにチャック・ベリーも愛用した名器だ。また “ブルース界の3大キング” の一人として知られるフレディ・キングもこのギターがトレードマーク。さしずめ “ミスター345” とでも呼ぶべき存在だ。そんな彼らの演奏は、当時のギター少年たちを虜にした。

子供の頃、僕はいつもラジオの前にいた。ブルースマンたちの演奏に夢中だったよ。ブルースだけじゃなくジャズも楽しかったし、当時生まれたばかりのロックンロールも刺激的だった。チャック・ベリーとかね

そう語るのはギタリストのラリー・カールトンだ。彼は10歳のとき、リリースされたばかりの「ジョニー・B.グッド」をラジオで聴いた。その2年後には初めてのエレキギターを手に入れ、大好きなブルースやロック、ジャズの演奏にのめり込んでゆく。

ラリー・カールトン(Larry Carlton) 1948年生まれ。米カリフォルニア州出身。1968年にファーストアルバム『With a Little Help from My Friends』を発表。以降、ギタリストとしてジャズ〜フュージョンの分野で活躍。70年代初頭から半ばにかけてザ・クルセイダーズに参加したほか、スティーリー・ダンやジョニ・ミッチェルなどの作品にセッション・ミュージシャンとして抜擢。数々の名作で美技を披露している。また、自身のアルバム制作のほか、フォープレイなどのユニットメンバーとしても活躍。

ラリーは今年74歳。すでに充分なレガシーを築き上げた巨匠である。これまで多種多様なジャンルの作品にギタリストとして起用され、自身の作品でも4つのグラミー賞を獲得。その輝かしい活躍の傍らにはいつも、ギブソン「ES-335」があった。

ラリーカールトン335
ギブソンES-335 が発売されたのは1958年。「世界初のセミアコースティック・ギター」として登場した。63年に仕様変更(ピックアップやネックグリップなど)が施されている。

彼の愛用ギター「ES-335」は、本稿の冒頭で紹介した「ES-345」のエントリーモデルにあたる。少年時代のヒーローたちが愛用した上位機種「ES-345」を選んでもよかったのでは? と本人に問うと「345は嫌だった」と笑いながら、こう答える。

もちろん〈345〉も素晴らしいギターだよ。ただ、あれにはヴァリトーン(トーンの変換調節)のツマミが付いていてね。“僕にはこの装置は必要ないな…” と思ってベーシックな〈335〉を選んだ

こうして70年代の初頭、ラリーは「335」という得物を手にプロ活動を軌道に乗せた。そんな彼に “335 最大の魅力は何か?” と尋ねると、即座に「多彩さだ」と言い切る。

つまり、いろんなタイプの音楽に対応できるってことだ。ジャズ系のサウンドはもちろん、ブルースやロックもいけるし、ピックアップを換えてポップミュージックにも対処できる。スタジオミュージシャンとして本格的に活動を始めた当時、これ一本持ってスタジオに入って、いろんな仕事をすることができたんだ

ラリー・カールトン
1970年、当時22歳のラリー・カールトン。

彼のいう「多彩さ」とはすなわち「万能性」と言い換えてもいい。22歳で本格的にプロ活動を開始した彼は、スタジオ・ミュージシャンとしてロックやポップス、ブルース、R&B、ソウル、カントリーなど多岐の作品で起用され、テレビや映画のサウンドトラック制作まで引く手あまた。ポップス史に残る重要作品の数々に、彼の演奏を聴くことができる。

伝説のギターソロ

とりわけ有名なのは、スティーリー・ダンのアルバム『The Royal Scam(邦題:幻想の摩天楼)』に収録された「Kid Charlemagne」でのプレイだ。米『ローリングストーン』誌はこの演奏を “ロックミュージックにおける最高のギター・リックス” としてトップ3のひとつに挙げるなど、傑出したギターソロの代表格として語り継がれる名演である。

ラリーの話によると、この “伝説的プレイ” はレコーディング時に瞬時のアドリブで綴り奏でられたという。そんな才気みなぎる時機をメジャーレーベルも見逃さない。翌76年にはワーナー・ブラザース・レコードと契約し、1978年から84年にかけて6枚のソロ・アルバムを発表。“器用で柔軟なセッション・ミュージシャン”というこれまでの世評に加えて、 “優れたプロデュース能力とオリジナリティを備えたアーティスト” としても認められていった。

ラリーカールトン

なかでも1978年に発表したアルバム『Larry Carlton(邦題:夜の彷徨)』収録の「Room 335」は代表曲の一つだ。この曲名は彼のプライベート・スタジオの名称から採ったもので、言うまでもなく“335” は彼の愛器にちなんでいる。

多様な音楽に対応できる便利な仕事道具──そんな理由で選択した335だったが、いつしか彼の類まれな個性を表現するツールとなり、やがて「ミスター335」の通り名まで付くことになる。文字通り一心同体となるわけだが、彼がこのモデルを選んだ最大の理由は、まさにその “物理的なフィット感” だった。

あのフォルムとサイズ感が重要だった。ボックス状の大きなボディを抱える感じで弾きたかったんだよ。なぜなら、それまで使っていたギターがホロウ・ボディ(※2)の〈ES-175〉だったからね。慣れ親しんだポジションで弾ける335は心地よかった

※2:ホロウ・ボディ(Hollow Body)とは、ギターの胴体が空洞になっている構造のこと。フル・アコースティックとも。一方、空洞を持たないものをソリッド・ボディと呼ぶ。両者の中間に位置するのがセミ・ホロウ(セミ・アコースティック)で、ラリー・カールトン愛用の「ES-335」はこれに類する。

16歳のギター選択

たしかに、仕事道具として使うからには身体に馴染まないと話にならない。たとえどんなに万能で、どんなにルックスが良くてもだ。ただし「335」以前に使っていたという「175」は、こんな理由で選んだ。

初めて〈175〉を手に入れたのは16歳の時だった。これが僕にとって最初のホロウ・ボディのギターでね、以来アマチュア時代はずっと愛用し続けたよ。ちなみに〈175〉を選んだ理由は、単純にルックスだね

彼は16歳当時にタイムスリップしたまま、懐かしそうに語り続ける。

ジョー・パスが好きでね。彼のレコードをいつも一心不乱に聴いていた。それ以外の時間は、彼の写真を眺めていたよ(笑)。写真で見るジョー・パスはいつも〈175〉を抱えていて、それで僕も欲しくなったんだ。まあ、いかにも16歳らしい理由だよね(笑)」

ジョーパス
ジョー・パス(Joe Pass/1929-1994) 米ニュージャージー州出身のジャズ・ギタリスト。1962年に『サウンズ・オブ・シナノン』でアルバムデビュー。以降、自身名義の作品のほかオスカー・ピーターソンやエラ・フィッツジェラルドらとのコラボレーション作品などでも知られる。

「335」を選択する前段には “175とジョー・パス” があったのだ。ちなみにラリーがギターを始めたのは6歳のときで、アコースティックギターからスタートした。

その後、初めて自分でエレキギターを買ったのは12歳のとき。ストラトキャスターだった。〈175〉を手に入れるまでは、ずっとストラトキャスターを使っていたよ

ミスター335の異名を得たあとも、彼はストラトキャスターやヴァレー・アーツといったソリッド・ボディのギターを併用している。当然ながら、プロとして必要に応じて使い分けてきたのだ。

ソリッド・ボディのギターでしか表現できない世界もあるからね

そう言って彼は、ある楽曲を引き合いに出す。

たとえば、1987年にライブ録音した曲〈Emotion Wound Us So〉なんかは、わかりやすい例だ。このときのギターは、EMGのピックアップを搭載したヴァレー・アーツのソリッドボディで、ミッドレンジのブースト・コントロールをうまく使いながら弾いたんだ。あんな音色は、この組み合わせじゃないと出せない。少なくともセミアコースティックのギターでは描けない “歌うようなオーバートーン” だよね

“ミスター335” は、335 の美点も弱点も知り尽くしている。335 に頼りつつも必要以上の執着はしないのだ。だからこそセッション・ミュージシャンとして驚くべき数のコールを受け続け、自身のアルバムやライブも鮮やかに彩ることができた。

12歳で手にしたストラトキャスター以来、彼はさまざまな局面で “最善のギター” を選択し続け、輝かしい未来を切り拓いていったのだ。まるで、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公ように。

取材協力:Billboard Live TOKYO


2022年6月、ラリー・カールトンは来日公演を実施。その際にメインで使用したギターは、SIRE(サイアー)社の “ラリー・カールトン・モデル” だった。以下は本人の談。


「このギター制作プロジェクトが始まったのは2019年。クオリティの高い楽器を手頃な価格で提供する。それが最大の目的だ。ちなみにこのモデルは600ドル程度で買うことができる。いまこの齢になって、ようやく世界中のギタリストにお返しをするチャンスが到来したよ。このギターを手にするたびに僕は誇らしい気持ちになれるんだ」

サイアージャパン
https://www.sire-jp.com/

ビルボードライブ
http://www.billboard-live.com/

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