これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座。
第1回目となる今回のゲスト講師は、ジャズベーシストの納浩一さん。著名プレイヤーにして、ジャムセッションの必携本『ジャズ・スタンダード・バイブル』の著者でもある納先生に聞く、ジャムセッションとは何か? どんなことが行われているのか? まずはそんな超基本的なところから。
【本日の講師】
納 浩一(おさむ こういち)
ジャズベーシスト。1960年10月24日、大阪生まれ。京都大学卒業後、バークリー音楽大学に留学。帰国後は都内のライブハウスやスタジオセッションを中心に活動。90年代後半から00年代後半にかけて、渡辺貞夫グループのレギュラー・ベーシストとして世界各国を巡る。ジャムセッションでは必須の『ジャズ・スタンダード・バイブル~セッションに役立つ不朽の227曲』(リットーミュージック)などの著書がある。【聞き手】
千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。28歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。コロナ禍でステイホーム中、久々にギターを触りジャムセッションに興味を持つ。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。
ジャムセッションとは何か
──コロナ禍でずっと家に篭っていまして。やることなくて気も滅入るから、昔弾いていたギターを引っ張り出したんです。
納 浩一(以下、納) そういう人、多かったみたいですね。
──で、弾きはじめたら楽しくなっちゃって。「もっと上手くなりたい」そして「誰かと一緒に演奏したい」っていう二つの欲望が生まれたんです。
納 うん、まっとうな欲求ですよね。
──でもバンドを組む仲間もいないし時間的な余裕もない。ならば「ジャムセッションがあるじゃないか」と。
納 なるほど。いい考えだと思います。
──でも、怖いんですよ。セッションの現場に行って、うまく馴染めるのかどうか。みんなに迷惑をかけず、なおかつ自分もエンジョイできるのか。
納 初めての人にとっては、ルールやマナーもわからないし不安も多いですよね。
──そうなんです! まずはその不安と心配をすべて解消したいんですよ!
納 わかりました(笑)。なんでも聞いてください。
──まずは「ジャムセッションって何?」という、超基本的なところから伺います。ちなみに僕がイメージするジャムセッションは「楽器の達人が集まって、即興で演奏を繰り広げていく」みたいな感じです。
納 即興的に演奏を繰り広げる。そこは間違っていませんが、必ずしも「達人」である必要はないですよ(笑)。もちろん、ある程度の習熟は必要ですけど、それほどハードルは高くないと思います。
ほかにはどんなイメージを持っていますか?
──調子に乗って勝手な演奏ばかりしていると、怖い人がやってきてビンタされる。
納 それもないです(笑)。
──いや、僕テレビで見たんですよ! 中学生がビンタされてる場面を!
納 (取り乱す千駄木を無視して)もちろん、守るべきルールやマナーはありますよ。
──それにしても “無の状態” から音楽を創り上げるって、かなり難易度が高いと思うんですよ。
納 そこも少し誤解がありそうですね。そもそも “何も手がかりがない状態” から、即興だけで合奏を形づくるのはとても難しいです。したがって、あらかじめ既存の楽曲やテーマを設けて演奏する。それが普通のジャムセッションのあり方です。
──ジャズの演奏者がやっているイメージも強いですね。
納 そうですね。ただ、必ずしもジャズである必要はない。ファンクやロック、ブルース、ラテン音楽など、いろんなスタイルでジャムセッションすることは可能です。
要するに、題材(曲やコード)に沿って、みんなでいろんなフレーズを出し合いながら楽しく演奏する。もちろん、ときに技術や発想を競い合うような局面があったり、演奏を通じてプレイヤー同士の気持ちがつながったり、セッションの中にいろんな楽しさがあります。
──なるほど。みんなで共通の「討論テーマ」を設けて、あれこれ楽しく語り合う感じ。
納 そうそう。楽器でそれをやるんです。
スタンダードを何曲知っていれば安心?
納 先ほど「いろんなジャンルの音楽でジャムセッションは可能だ」と言いましたが、ご指摘のとおり、ジャズを前提にしたものが圧倒的に多いです。
それは、ジャズという音楽が “ある題材や素材をもとに、自由なスタイルで演奏してもよい” というフォームを持っているから、ジャムセッションという形態と相性が良い。そういう側面はあると思います。
──そもそもジャズという音楽じたい、ジャムセッションでのインプロビゼーション(即興演奏)の積み重ねによって発展していった。そんな歴史があるわけですよね。
納 そのとおりです。ジャズとジャムセッションは切り離せない関係。
加えて、ジャズにはスタンダード曲と呼ばれる “定番の楽曲” があります。これは先述の “みんなが知っている共通の話題” みたいなものです。例えば「枯葉」というスタンダード曲がある。この曲の大まかな構造や展開さえ知っておけば、楽器の編成やテンポなどをその場で決めて、みんなでセッションできるわけです。
──まずはスタンダードを知ることなんですね…。先生はそういったスタンダード曲の楽譜集『ジャズ・スタンダード・バイブル』を監修していますね。通称 “黒本” の名で広く知られている。
納 はい。おかげさまで多くの方に愛用していただいているようです。
──「ジャムセッションやるならコレ持ってないと話にならないぞ」って先輩に言われました。
納 うーん、楽譜集は他にもあるのでなんとも言えませんが、結局この “黒本” が何かと便利なんだと思います。もちろん、私も監修する上でこれまでの楽譜集の使いにくかった点や不備を探って、細かく改訂したり使い勝手を良くするためにいろんな工夫を施しました。
──この本の副題は “セッションに役立つ不朽の227曲” となっていますが、ジャムセッションに参加するには200曲くらい頭に入れなきゃダメってことですか?
納 そんなことはない。まずは自分が「好き」とか「得意」と感じたものを何曲か頭に入れて、そこからスタートすればいいと思いますよ。
──でも先生はスタンダード全部覚えてるんですよね。
納 何をもって全部というのか分かりませんが(笑)、ある程度は頭に入っています。いきなり振られても300曲程度はすぐに弾けると思います。
──マジっすか!? その記憶力は、先生が京都大学卒っていうのと関係あるんですか!?
納 関係ないと思います(笑)。そのくらいの楽曲を把握していないとプロのジャズベーシストは務まりませんから。
──そんなスタンダード曲の中にも、人気曲とか、流行り廃りもあるんですか?
納 ありますよ。たとえば最近、NHKのドラマ『カムカムエヴリバディ』の影響で「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」という曲が注目されたり、『新世紀エヴァンゲリオン』で使われた「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が急に人気を集めたり。
──やはり人気曲からマスターするのが良いのかなぁ…。
納 実際にジャムセッションの現場でステージに演奏者たちが集まって、ひとりだけ曲を知らないという状況になることもあるんですよ。そんな時に私の『ジャズ・スタンダード・バイブル』を引っ張り出して「何ページ目に譜面があるから」といって演奏することもありますね。
──そうなると、譜面を見てすぐに理解する力は必要ってことですね…。
納 それが無理なら、まずブルースのフォームを理解しておくだけでもかなり対応できると思いますよ。
──ブルース…。B.B.キングみたいな音楽ってことですか?
納 ちょっと違いますね(笑)。ここで言う「ブルース」とは音楽ジャンルの話ではなく “型” のことです。端的に言うと「トニック、サブドミナント、ドミナントのコードを使って12小節で起承転結を回すフォーム」を指しています。
──ああ、なるほど。その約束事を理解しておけば、少なくとも “ブルースの会話” には参加できるわけですね。
納 そういうことです。
プロだらけのセッション現場は怖いです
──ところで、ジャムセッションってどんな場所で行われているんですか?
納 ライブハウスが多いですね。毎日のようにジャムセッションをやっている店もあるし、ミュージック・バーのようなところで不定期で開催されることもある。大きな会場でイベントとして行われることもあります。
──どんな人たちが集まるのでしょうか?
納 中高生から大学生、社会人、プロもいます。学校の音楽サークルに所属している若者もいれば、定年退職を機に、学生時代に吹いていたサックスを再び始めた、 みたいな年配の方もいますね。
──年齢や境遇はさまざまなんですね。
納 そうですね。小学生が参加することだってありますから。
──えっ!? (小学生にバカにされる自分を想像して)イヤです! 小学生とはやりたくない!
納 そこは負けないように頑張りましょうよ(笑)。ちなみに、店によっては参加者のほとんどがプロやセミプロのようなところもありますよ。
──はぁ!? 僕はのんびりと草野球を楽しみたいだけなのに、いきなりプロ野球の試合に放り込まれるような状況も起きるってことですか?(観客のヤジやチームメイトの冷たい視線を想像して)イヤだ!! そんな地獄は絶対にイヤだ!
納 大丈夫ですよ(笑)。あらかじめ、自分のレベルに合った場所を見つけておけばいいんです。ビギナーに特化したイベントもあるし見学するだけでもOKなので、まずはいろんな現場を見るのがよいと思いますよ。
──参加費ってどれくらいなんですか?
納 だいたい1000〜2000円で飲み物が1杯つく、というのが相場でしょうか。
──具体的には、どんな流れで進行するのでしょうか。
納 店やイベントによって若干の違いはありますが、基本的には「ホスト」と呼ばれる進行役のプレイヤーがいて、参加者の意向を聞きながら、その場で曲やメンバーを采配します。参加して実際に弾けるのは2〜3曲くらいが普通ですね。
──曲が決まって演奏を開始するまで、事前に打ち合わせとかあるんですか?
納 例えば、ブルースの場合。さっき話したように、演奏者たちは12小節のコード進行というのが共通の認識としてあります。次にキーを決めるのですが「B♭が得意です」と言う人がいたら「では、B♭でやろう」となる。そこで「B♭は無理なので、Aでやってもらえますか?」と言う人がいたら「では、Aでやろう」というように、ブルースは時と場合によります。
一方、スタンダード曲をやる場合は、基本的なキーがあるのでこれに則して進行します。たとえば「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」を演奏するとなると、Fでやることはあらかじめ決まっているわけです。
アドリブ風の演奏をコピーしてもいいの?
──ちなみに僕は学生時代に軽音サークルに所属していて、ロックの名曲を「コピー」することがよくありました。つまり、原曲にあるアドリブっぽいフレーズもそっくりコピーしていたわけです。この感覚をジャムセッションで活かすことはできるんでしょうか?
納 アドリブを繰り出すフィーリングみたいなものを掴む上では、役に立つと思いますよ。実際に、優れたアドリブ演奏をコピーしてみるとすごく勉強になると思います。
──それをそのままジャムセッションの場でやったらカッコ悪いですか?
納 そんなことはない。あらかじめコピーしたフレーズを用意しておいて、ジャムセッションの場で弾くことがあっても良いと思いますよ。あるいは、誰かのコピーではなく自分でじっくり考えて作り込んだフレーズを、前もって準備しても良いし。
──でもジャズの人たちって、その場で即興的にやってるんですよね。
納 ある程度の上級者だったら、真っ白の状態から瞬時に閃いたフレーズを繰り出すことはできます。ただ、初心者が真っ白の頭でやってくると、お手上げになってしまうので、ある程度の下準備をした方が良いでしょう。その積み重ねで、自然にいろんなフレーズを出せるようになって、有意義なジャムセッションになるはずです。
要するに、いま我々がしている会話のようなものですよ。台本はなく、勝手にしゃべっているだけ。それがジャムセッションですからね。相手の話を受けて、気の利いた返答をすれば会話の内容も俄然おもしろくなっていくでしょ。少しずつ語彙を増やしていけばいいんですよ。
──なるほど。日本語の単語や文法を知っているから、こうして会話ができる。さらに語彙や話し方のバリエーションが増えれば、もっと楽しいディスカッションになる。
納 そういうことです。ジャズの話法や文法に則って会話するんです。最初は拙い内容でも、経験によってどんどんレベルを上げることができます。上級者なってくると、出たとこ勝負の “スリリングな会話” になっていき、その切磋琢磨がまた技術を上げていく……。これこそが、ジャムセッションの面白さなんです。
──うーん、そんな境地に到達してみたいものですね……。
納 ロックのギター演奏をある程度やっていたのだから、きっと大丈夫だと思いますよ。
「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の弾き方
──ジャズのスタンダードではなく、例えば「ロックの名曲をやる」となった場合、オリジナル(原曲)の、すでに完成された姿がありますよね。そんな時はやはりコピーっぽくなっちゃうものですか?
納 例えばディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」って曲がありますよね。これを原曲どおりの編成で完全にコピーするのも楽しいと思います。ただ、ジャズミュージシャンとしてこの曲を取り上げるようなことがある場合、僕はあくまでも「素材」として捉えます。
──あの有名なフレーズも弾かないんですか?
納 少しくらいは添えるかもしれませんが(笑)、どんどん崩していくと思います。コード進行だけ実際の楽曲に倣って、あとはもうジャズの即興性で展開させていき、最終的には「どこがディープ・パープル?」という具合に形を変えていく。僕らはそれが楽しいと思ってしまうんですよ。
──そこはスタンダード曲であっても同じということですよね。
納 もちろんです。さっき話に出た「枯葉」や「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」といったスタンダードを演奏するにしても、毎回テンポも違うし構成も違うし、繰り出すフレーズも変わります。キーとコード進行が共通しているだけで、ベースとピアノだけで演奏したら、その次はギターとサックスというように、楽曲の構成、演奏者の編成までもがステージごとに違います。
──うーん、やっぱり “達人たちの高等な遊戯” って感じでハードルが高い…。でも、もう後には退けないんです。担当編集者の命令で、僕がジャムセッションの場に立つまでこの連載をやめさせてもらえないんです。だから助けてください。
納 わかりました(笑)。では、さらに具体的に役立つ話をしていきましょう。
続きはこちら「知らないとヤバい暗黙のルール」
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① ジャムセッションは「会話」である
② まずは見学から始めてみよう
③ 楽譜集『ジャズ・スタンダード・バイブル』は持っておけ
④「ブルース」の進行を理解せよ
⑤ セッションの場でビンタされることは、まずない
⑥ 他人のアドリブをコピーしてみると勉強になるぞ
『CODA -コーダ』
納浩一の最新アルバム。プロデュースおよびすべての収録全楽曲の作曲・編曲・作詞、プロデュースを納浩一が手がけ、日本のトップミュージシャン総勢36人が参加。
アルバム『CODA』リリース記念ライブ
日程:9月28日(水)
会場:目黒 ブルースアレイ
開場 18:00 開演 19:00
出演:小池修(sax)、布川俊樹(Guitar)、竹中俊二(Guitar)、小野塚晃(Piano,Kbd)、則竹裕之(Drums)
納浩一オフィシャルサイト
https://www.osamukoichi.net/