MENU
「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は恵比寿ガーデンプレイスの敷地にオープンした『青ちょうちん』を訪問。ウエスタンエレクトリックの16Aホーンが中央に鎮座する空間は、圧倒的でありながら、気づけば自然体で過ごせる通いたくなるお店でした。
恵比寿ガーデンプレイス敷地内の名店ストリートにOPEN
JR山手線「恵比寿駅」東口 から徒歩約5分、東京メトロ日比谷線「恵比寿駅」1番出口から徒歩約7分の場所にある、恵比寿ガーデンプレイス(東京都渋谷区/目黒区)。その敷地内の「東京都写真美術館」に沿うように、5軒の飲食店が直線に並ぶ「BRICK END」という一画がある。
2022年7月、そんな知る人ぞ知る名店街に新たなスポットが誕生した。おでんを中心とした日本酒バー『青ちょうちん』である。ちなみに、かつてこの連載でも紹介した『MUSIC BAR berkana』もこのBRICK ENDにある。
「ここの通りに空きが出たことは、『MUSIC BAR berkana』の森山さんに教えていただきました。以前から、カジュアルなお店をやりたいと話していたんです。BRICK ENDは美術館の向いだったりとロケーションもよく、周囲のお客さんの雰囲気も含め、ちょうどいいなと思ったんですよね」。そう語るのは店主の秋山英登さん。
普段は白金高輪(東京都港区)にて『あき山』という割烹を営んでいる秋山さん。同店は2018年2月のオープンながら、すぐにミシュラン・ガイド(2020年度版~)で1つ星を獲得したほどの人気店だ。
おでんと日本酒の気軽なバーに音楽の要素をプラス
「最初はカフェでもと思ったんです。『あき山』はカウンター割烹なので、来られる方も限られてしまいます。なので、もう少し間口の広い店で気軽に飲んだり食べたりできるようにしたかった。そこに自分が好きな音楽をプラスしたような空間を作りたかったんです」
『青ちょうちん』にはあえてIHコンロのみを置き、基本的には『あき山』で仕込んだものを持ってきて温めるというスタイルにしている。食事はおでんを中心にきんぴらやポテトサラダ、和え物といった惣菜が用意され、日によってお刺身を楽しむこともできる。日本酒はおでんに合うという視点で全国のものを取り揃え、メニューにはないレアものもストックとして置かれている。その他、芋焼酎『天使の誘惑』をシェリー樽に漬けたものを炭酸割りする『天使のハイボール』も人気メニューだ。
「本音を言えば、自分が仕事終わりに行きたいお店を作りたかったんです。日本酒が好きなんですよ。出汁も好きで、おでんでもお浸しでも何でもいいんですけど、それがある一定レベルを超えている。そういう場所で好きな音楽を聴きながら、僕の場合は明日の献立を考えたり……。みんなが何かしらインプットする場所にしたいなっていう」
ウエスタンエレクトリックの16Aホーンが響く店内
仕事終わりに音楽を聴きながら空想を巡らす。そんな空間に置かれた音響はなんと、ウエスタンエレクトリックの16Aホーン。1930年前後に製造された初期トーキー時代の映画館用スピーカーだ。それを3WAYで鳴らしているという。下にある黒い箱はウーハーで、ジェンセンの18インチ。アンプはウエスタンエレクトリックの143、レシーバーは555と、完全に純正のシステムで鳴らしている。
このとんでもない音響を提案して設置したのは、鍛冶屋さんとして秋山さんと出会い、レース関連の仕事もしているという知人の吉川さん。音響に関する知識や所有品においてもその世界では有名な人物だ。
「最初はアルテックのA7なども考えたんです。でも、店の寸法を聞いたときにアイコンとなるものを入れたいと思ったんです。65センチの薄さで誰もが驚くものと考えたら、16Aホーン一択でした。完全体で鳴らせば、どんなオーディオマニアも文句が言えないほど音は最強ですから。そのため、電源や配線などもすべてウエスタンを使っています。ハンダもウエスタンが指定していた当時のナッソで全部やりました。おかげで、秋山さんに相談された予算の10倍を使ってしまいましたけど(笑)」(吉川さん)
予算の10倍にはさすがの秋山さんも苦笑いだったが、その圧倒的な音質には納得している。
「本当にただ感動しました。うわーっみたいな、ニヤつくだけで言葉が出なかったですね」(秋山さん)
「当時の製品はちゃんと作られているので、張り替えなどの必要もなく壊れません。つまり、今後グレードアップなどを考えなくていい。調整もいらずこのままずっと使えるわけです。秋山さんは腕のいい料理人で、舌などが肥えているのはもちろん耳も的確。私の家でオーディオを聴いたときの感想が何ひとつ間違ってなかったんです。これは、どうせやるなら徹底的にやらないとと思ったんです」(吉川さん)
驚くのはジャンルを問わずすべてをクリアに完全に鳴らしきることだ。曲線が中央で合流するスピーカーを見ていると、美しい小川から流れ出すように音楽が空間を満たしていくような気分になる。とくにオーケストラの音は圧倒的だ。
「新譜の音源でも問題ないです。アルテックはジャズ向きだとか、タンノイはクラシック向きだとか言うじゃないですか。そういうことを言う人は本物を聴いたことがないんですよ。劇場に置かれる以上、なんでも鳴らしていたはずなんです。ちゃんとセッティングしていればジャンルは問わない。ただ、古いトーキー時代はシンセサイザーのない時代なので高域が出ない。そのため、ウエスタンのアッテネーターでちょっと足しています」(吉川さん)
中学からの音楽好き。ジャズへの入り口はジャイルス・ピーターソン
ミシュランの1つ星料理人が半ば趣味のように作った店に、ウエスタンエレクトリックの16Aホーンがある。そう聞くと老齢な職人を想像するかもしれない。しかし、秋山さんは1983年生まれ。取材時はヨレたバンドTシャツを着こなし、繁華街でわいわいと遊んでいそうな風貌だったりする。
「地元は広島で、周囲の先輩はスキンズの怖い人たちが多かったですね。ライブハウスとかクラブで働いていましたけど、20歳のときに上京して、最初はフリーターをしながらバンドをやったりもしていました。その後、ちゃんと手に職をつけようと25歳のときに鮨店で働き始め、日本料理店でも修行しました。独立したのは35歳のときです」
音楽を熱心に聴くようになったのは、厳しい寮生活だった中学時代。音楽好きの仲間から借りたCDやラジオから流れるものを、就寝時間過ぎてもこっそりと聴き入っていたという。
「初めて買った洋楽はレディオヘッドの『OK コンピューター』。同じ時期にジャミロクワイやオアシスとかも流行っていました。高校になってザ・ブルーハーブなど日本のヒップホップを聴いたり、あとは20歳前後にニューヨークパンクにもハマりました。でも、一番影響を受けたのはジャイルス・ピーターソンです。そこでいろんな音楽を聴くようになって、松浦俊夫さんのイベントに行ったりラジオを聴いたり。そこから2000年以降のジャズを聴くようになって、最近になってモダンジャズまで広がっていきました」
料理人としての修行時代は忙しく、家で過ごすわずかな時間やたまに行くミュージックバーなどで音楽に助けられてきたという。
店主自ら仕事帰りに寄りたいお店として活用
「このスピーカーで音楽を聴くようになってからは、”曲”というよりも”音”を聴きたいと思うようになってきました。盤質の違いも如実にわかるので大変です(笑)。お店で流すのはジャズが多いですね。マイルスやコルトレーン、ビル・エヴァンスなどスタンダードなものが好きなんです。あとはレディオヘッドとかアンプラグドのニルヴァーナなど90年代以降のロック。最近はビートルズを買い直したいなと思っています。DJではないですしミュージックバーでもないので、難しいことを考えずに自分が好きな心地いいものをレコードで流しています」
オープン時間から秋山さんが店に立つのは火曜と金曜のみ。その他の時間は女性スタッフがひとりで切り盛りすることが多く、その際はCDを流している。しかし、『あき山』の営業が終わる21:00~22:00頃には、ほぼ毎日こちらにやってきて洗い物をしながら好きなレコードをかけて楽しんでいるという。まさに、当初の目論見通り自分が仕事帰りに寄りたいお店としても機能しているのだ。
「音楽の趣味は皆さんいろいろとあると思います。でも、音が良ければ興味がない音楽でも楽しめてしまうと思うんです。お店に聴きたい盤があればタイミングを見てかけることもありますし、皆さんがゆったりと自由に楽しんでくれればと思います」
料理もお酒も音響も最上級が揃うカジュアルな日本酒バー。そんな場所では蘊蓄などは置いておいて、ただその空間に身を委ねて楽しむのが正解。とにかく、一度足を運んだらまたすぐに行きたくなるお店なのである。
・店舗名 青ちょうちん
・住所 東京都目黒区三田1丁目13-4 恵比寿ガーデンプレイス BRICK END
・電話 070-8524-8827
・営業時間 17:00~23:00
※営業時間が変動する可能性がありますので来店時は公式公式SNSをご確認ください
・定休日 不定休