投稿日 : 2022.10.21

初心者が知りたいジャムセッションの心得④|大切なのは “演奏の終わらせ方”【ジャムセッション講座/第4回】

これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座。

前回に引き続き、本日もジャズベーシストの納浩一さんをゲスト講師としてお招きし、ジャムセッションの基本事項を解説。今回のメインテーマは「演奏の終わらせ方」。そして、みんな持ってるジャムセッションの必携書 “黒本” こと『ジャズ・スタンダード・バイブル』の真実が明らかに。

【本日の講師】
納 浩一(おさむ こういち)

納浩一
ジャズベーシスト。1960年10月24日、大阪生まれ。京都大学卒業後、バークリー音楽大学に留学。帰国後は都内のライブハウスやスタジオセッションを中心に活動。90年代後半から00年代後半にかけて、渡辺貞夫グループのレギュラー・ベーシストとして世界各国を巡る。ジャムセッションでは必須の『ジャズ・スタンダード・バイブル~セッションに役立つ不朽の227曲』(リットーミュージック)などの著書がある。

【聞き手】
千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)

千駄木雄大
ライター。28歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。コロナ禍でステイホーム中、久々にギターを触りジャムセッションに興味を持つ。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。

演奏の “終わらせ方” が難しい

──この企画では “気軽にジャムセッションに参加しようよ” と呼びかけているわけですが、昔はよほどの勇気と腕前がないと参加できなかったのでしょうね。

 そうですね。僕が若い頃はそんな雰囲気がありました。

──“演奏技術の高さ” 以外にも、いろんなことが要求されたわけですよね。

 演奏のマナーや上手さはもちろん大切な要素ですが、演奏者たちにとっていちばん大切なのは、このセッションが「どうやって始まり、どうやって終わるのか」ということだと思います。まずはそこをきちんと意識する必要がある。

──曲の始め方と終わらせ方。

 そう、人任せにしてはダメだし、楽譜にも “終わり方” は書かれていない。たとえば『ジャズ・スタンダード・バイブル』を見るとコード進行やソロの回し方は書いてある。でも「曲の終わらせ方」はどこにも書かれていません。始め方と終わり方は、各プレーヤー皆が当事者であるという意識を持って臨まなければなりません。

──実際に演奏を始めて軌道に乗ればそれで気を良くしてしまって、終わらせ方をわからずにズルズルとフェードアウトしてしまいそう。

 録音作品だと、徐々に音量が下がって聞こえなくなるフェードアウトは普通にあることですよね。でもライブの場でそれはできない。

曲の始め方にもいろんなパターンがありますが、こっちはわりと簡単なんですよ。イントロは敢えて付けず、「ワン、ツー」というカウントからすぐに曲を始めてもいいわけですから。そうやって曲を始めて、ひと通りミュージシャン全員にソロを回したとしても、さてではいきなり「せーの! 終わりでーす」とはいかないでしょ。

ジャムセッション

──確かに。そこ、全く考えていませんでした。

 演奏が進行して「さて、どうやって曲を終わらせる指示を出そうか?」いうことを、少なくともピアニストやギタリストだったらビジョンを持っておくべきだと思います。できることなら、打ち合わせも必要でしょう。例えば「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のアウトロってわかりますか?

──あれ? パッと浮かばない。やばい! フェードアウトしか選択肢がないです

 そうならないために、ある一つの曲に関してもいろんなバージョンの演奏を聴いて研究しておくべきですね。3~4パターン聴いておけば、終わり方もだいたいは対応できますよ。あるいは人のセッションを見て「一体、どうやって終わらせているのか?」という箇所を意識するのもいいでしょう。

「誰がどんな指示を出して、どういうパターンで終わらせているのか?」ということを事前に研究し、さらには実際の現場である程度のビジョンを持っておかないと、カッコ悪くて締まらない終わり方になってしまいます。

──どんなに会心の演奏を繰り広げても、終わり方がグダグダだと悲しくなりますよね。

 そうですね。もちろん終わらせ方も大事ですが、中盤の展開にもいろんなパターンがありますから、そういったことも事前にしっかり研究しておく方がいいでしょう。

困った時は迷わずYouTube

──やはり事前に曲の特性を理解しておかないとダメですね。効率のいい勉強法ってないですか?

 たとえばYouTubeで曲名を検索して、最初に出てきた3つの動画を視聴するといい。そういった検索方法で見てみると、著名なアーティストによるバージョンがヒットするので、それらを上から順に聴いておけば “ヤマは張れる”と思います。

──高校の試験対策みたいですね。とはいえ、YouTubeでいいんですね。

 全然事足ります。昔はレコードを買って聴くぐらいしか手段がなかったわけですし、自分で言うのもなんですが『ジャズ・スタンダード・バイブル』のような譜面集もありません。だから、かつてジャムセッションに参加するには、まるで“写経”するように、書き写して曲を覚えるしかなかった。でも今は初心者がYouTubeで少し聴くだけでも対応できますよね。

楽譜とサックス

──こんなところにもYouTubeの恩恵が…。

 まぁ、インターネットの時代になって、多くの人がみんな一気に “ある程度のレベル” まで到達できるようになったと思います。よってジャムセッションに対するハードルも低くなった。これはとても良いことだと思います。

ちなみに僕がアマチュアとして参加していた頃はジャムセッションに対するハードルが高かったし、ちょっと怖い現場でもありました。アマチュアとプロの間に大きな隔たりがあって、“プロの高み” が際立っていたんですね。ところが今はハードルが下がった分、プロの高みも下がっているような印象を受けますね。

──先生のアマチュア時代、ジャムセッションは怖い現場だった。

 そうですね。YouTubeで手軽に学ぶこともできないし、当然ながらスマートフォンもない。今ならジャズの曲集なんてスマホで簡単にチェックできますけどね。当時はとにかく、あらゆる楽曲を頭に入れておく必要があったし、譜面も渡されず「さあ、やろうか」っていうこともあった。昔は厳しかったから「こんな曲も知らんのか、お前!」と、怒られるんですよ(笑)。

──だから200〜300曲くらい覚えてしまった、と。

 そう、現場で怒られたり恥をかきたくないので覚えただけです。今はホストだからといって200曲も覚えておく必要はないと思いますよ。ホストの人だって譜面を見ればいいので。

──そう考えると、先生が監修した『ジャズ・スタンダード・バイブル』(通称「黒本」)が売れ続けている理由もわかる気がします。本書の大ヒットをどう分析していますか?

 皆さんの痒いところに手が届いたから売れた、そんな印象です。

『ジャズ・スタンダード・バイブル ~セッションに役立つ不朽の227曲』(著:納浩一/リットーミュージック刊)

“黒本” はなぜ売れたのか

 あの本を最初に出したのは2010年ですが、それまでにもいくつか譜面集はあったんです。僕自身もそういった譜面を使ってきたし、大学で教える際に生徒たちも使っていた。そんな中で、いろんなことに気付くわけです。「ここ、記載が間違っているな」とか「もっとこうなっていれば使いやすいのに」とか。

──記載ミスや細かな欠点を一掃して、使い勝手を向上させたかったわけですね。

 あと、「なぜ、こんな誰も演奏しない曲が入っているの?」とか、逆に「なんで、この曲が入っていないのか?」という疑問もありました。さらに、コード進行に関しても整理したかった。

40年ぐらいこの業界にいて、ラジオセッションをやったりライブハウスの現場などで仕事をしていると、「どの曲をみんなが聴きたいのか?」とか「どんな曲が人気あるのか?」が実感としてわかってくるんです。ところが、その人気曲ひとつ挙げてもコード進行が何種類もある。同じ曲なのに、本によってコードやメロディが違ったりするんです。だからピアニストとベーシストがそれぞれ違うコード進行で覚えている、なんてことも起きて現場がグチャグチャになってしまう。そこを整理したかったんです。

──同じ曲なのにコード進行が違う?

 そこもジャズ特有の現象ですね。たとえばマイルス・デイヴィスはこのコード進行でやってるのに、オスカー・ピーターソンは違うコード進行でやっている、みたいな有名曲もあるわけです。どっちが正解という話ではなくて、みんなそれぞれ好きな方でコード進行を学んでいる。そういうことを事前に合わせておかないと、セッションが混乱する瞬間があるんですよ。

──要するに、演奏者が抱える(楽譜への)不満や混乱を “黒本” で解消してあげた。売れるのは当然かもしれませんね。

 加えて、ジャムセッション文化の盛り上がりとタイミングが合ったことも大きな要因だと考えています。たとえば5人でセッションする時、そこに1冊あればいいってものじゃなくて、各プレイヤーが全員1冊ずつ持つわけですからね。

──そりゃ部数も伸びますよね。シリーズで7種も出ています。

 そのうち何冊かは内容がほぼ同じです。要するに楽器によってキーが違うから、各バージョンを作ったんです。たとえばギター、べース、ピアノはC。トランペットとテナーサックスはb♭譜面で、アルトはE♭だから。

“黒本”の愛称で親しまれる『ジャズ・スタンダード・バイブル』の第二弾も好評を博し、使用楽器に応じた「移調版(B♭とE♭)」も制作。

──そこにニーズがあるなら対応しよう、と。

 そうですね。先ほども話した通り「いろんな楽譜の欠点を解消して、しかも有名曲や人気曲を集めた一冊があればいいよね」というニーズは、ずっと前からあったんです。それを誰もやらなかったから僕がやった。

──でも、大変な作業ですよね。先ほど仰っていたとおり、同じ曲でコード進行が違うバージョンも存在するわけだから、何を正解として譜面化するのか…。

 僕はこの本で「正解」を求めたわけじゃないんです。そこは誤解のないように言っておきたい。「この本に書かれているコード進行が正しい」と思われるのは困ります。あくまでも「このコード進行で演奏してみては?」という提案ですから。

──みんなが混乱せずに楽しく演奏するための “設定” を作ってあげた。

 そうです。選曲に関しても同様で “黒本に載っていない曲はスタンダードではない” ということではないんです。あくまでも僕の経験で、演奏の頻度が高かったり、僕自身がスタンダードに感じている楽曲を、自分の視点で集めただけなので。

──とは言え、1巻と2巻だけでも500曲近くありますよ。

 だから、ジャムセッションに行ってこの本に載ってない曲を演奏することはまずないと思いますよ。

ジャムセッションの必携本『ジャズ・スタンダード・バイブル』(通称「黒本」)がなぜ “必携”なのか、その理由がよくわかった。そして素人の私がいま何をすべきか? どんな心構えで臨むべきか? そこも何となく見えてきた。次に知りたいのは「どんな場所(店)があるのか?」 だ。

続きは次回「ジャムセッションができる店リスト」

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① “曲の終わり方” のパターンを知っておけ
② 困った時はYouTubeで解決
③ ジャズ特有のコードとルールを覚えておけ
④ 「みんなが不便に感じていること」に商機あり

納浩一coda

『CODA -コーダ』
納浩一の最新アルバム。プロデュースおよびすべての収録全楽曲の作曲・編曲・作詞、プロデュースを納浩一が手がけ、日本のトップミュージシャン総勢36人が参加。

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