これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
今回は東京都内にある有名店「Jazz Spot イントロ」に潜入。日本屈指の “ハイレベルなセッションの拠点” として知られる店だが、一体どんな人たちが集まり、どんな演奏を繰り広げているのか?
【今回の現場】
Jazz Spot Intro(じゃず・すぽっと・いんとろ)
1975年開店以来、国内ジャズシーンの重要拠点の一つとして、演奏者や音楽ファンに愛され続けるジャズ・セッションバー。火・水・木・土・日曜の18時半からジャムセッションを実施。さらに、土曜日は18時から翌朝5時までオールナイトのジャムセッションを開催している。ミュージックチャージは無料で、ドリンク代のみ。月・金曜はバータイム営業。
●東京都新宿区高田馬場2-14-8 NTビルB1/℡ 03-3200-4396
【取材・文】
千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。
“普通のジャズ喫茶” がセッションの名店になるまで
もっと気軽にジャムセッションを楽しむために、当シリーズではこれまで「セッション参加の心構えと知っておくべきこと」を解説してきた。そして今回は「実際にジャムセッションの現場を見てみよう」ということで、高田馬場(東京都新宿区)にある「Jazz Spot Intro(以下、イントロ)」に行ってみた。ジャムセッションの世界ではよく知られた名店である。
ちなみに、この取材をオファーする際に “店主に激怒される” という異常事態が発生したことは前回紹介したとおり。現場に向かう足取りは重い。でも行かなければ “担当編集者に激怒される” という地獄の板挟み。とはいえ「実際に現場を見てみたい」という興味も強くある。そもそもなぜ、この店に腕利きのプレイヤーが集まるのか? 他店にない魅力は何なのか? 店のスタッフや演奏者たちの証言をもとに明らかにしていきたい。
イントロが開業したのは1975年8月25日。もうじき50周年を迎えようとする老舗だ。トランペット奏者の日野皓正をはじめ、日本を代表するジャズミュージシャンたちが通う店としても知られている。また、海外のプレイヤーが来日した際、公演後にふらりとやってくることもあり、過去にはリッチー・コールやハービー・ハンコックも遊びに来たことがあるという。店主の茂串邦明さんが創業当時をふり返る。
「開業した当初(1975年)は、俺がレコードをかけるだけのジャズ喫茶だったんだよ。あの頃、この街にはマイルストーンやモズ、203といったジャズ喫茶があったけど、今はうちだけになっちゃったね」
ジャズ喫茶として開業後、10年ほど経った頃に路線変更をしたという。
「ジャムセッションをやりだしたのは1989年。もう30年以上も前だね。きっかけは早稲田大学の学生の提案だった。理工学部に〈スイング&ジャズ〉というサークルがあって、そこが『月イチで演奏させてくれませんか?』と言ってきた。で、試しにやってみたら面白くてね、俺の方がハマっちゃったんだ」
そんな経営者の茂串さんとともに、店長としてジャムセッションを取り仕切るのが井上雅一さん。彼も早稲田大学出身のサックス奏者である。セッションの参加希望者は、来店してまず、この井上さんにエントリー内容を伝える。
「まずお客さんの名前と担当楽器を聞いて、私の方で1回の演奏ごとのメンバーを割り振ります。あとは、ステージ上でメンバーのみなさんに演奏曲を決めてもらってセッションが始まる、という流れです。ちなみに、お客さんの半分くらいは名前も顔も分かる常連さんですね」(井上氏)
セッション参加の有無に関わらず、入店時に最初のドリンク代を1000円払う(2杯目からは500円のキャッシュ・オン・デリバリー)。このとき、演奏希望者は名前と演奏楽器をスタッフに伝えるという方式だ。
予想外の “若者客” が続々と来店
JR高田馬場駅から歩いても5分もかからない、早稲田通りに面したビルの地下1階にある同店は、20人も入ればいっぱいになるほどの広さ。ステージにはドラムセットとグランドピアノが常設されており、なんとか3~4人立てる程度である。
筆者が店を訪れたのは木曜日の夜。18時半のオープンと同時に入店すると、ステージでは前出の茂串さん(ドラム)と井上さん(サックス)が準備を始めている。そこに、ピアノの石渡雅裕さんとベースの伊藤勇司さんが加わり、演奏が始まった。石渡さんと伊藤さんは、他所のジャムセッションバーでもホストプレイヤーを務めるプロ奏者で、この日はお店側からブッキングされたという。
「当初、イントロには腕試しのつもりで通っていたんです。それで何度か演奏しているうちにマスターから声を掛けていただいて、ホストを務めるようになりました」(伊藤氏)
さて、オープンから1時間もしないうちに、チラホラとお客さんが集まりだした。強面のベテラン演奏者が続々と登場…と思いきや、意外にも “普通の若者” っぽい感じの人が多数。ひとりで来る者もいれば、3〜4人のグループ客もいる。それぞれに声をかけてみたところ、ほとんどが「今日、初めて来ました」という学生さんだった。常連客しかいないと思っていたので、これも意外である。
そんな彼らを、進行役の井上さんが呼び込む。ところが演奏者はなかなかステージに上がってこない。その気持ち、よくわかるよ。僕だってこんな「今日はメディアの取材が入っていて写真も動画も撮ってます」っていうステージには上がりたくないもん。みんな「意を決して初めて来店したその日に、なぜ取材が来てるんだ!!」と困惑したことだろう。本当に申し訳ありません。
そんな膠着状態を見かねた茂串さんが「ジャズ野郎は断ることはできないんだよ!」と、半ば強引に若者のひとりをステージに上げた。すると彼は何事もなかったかのように「枯葉」をホストプレイヤーたちと演奏し始める。なんだよ、弾けるのかよ。しかも上手いじゃないか。ジャムセッション初心者の筆者は、彼らに対して勝手に仲間意識を抱いたのだが、あんなにうまい奴はもう仲間ではない。
有名ミュージシャンが来訪する日
その後も、予想に反して続々と若者客が来店してくる。いや、むしろ高田馬場(学生街)という土地柄を考えると当然か。やがて外国人客も集まり始め、テーブル席の一角は中国人の若者たちが陣取る形となった。これも近年、中国からの留学生たちが集まる高田馬場ゆえということだろうか?
「日によって雰囲気はガラリと変わりますね。若者が多く集まる日もあるし、ベテランの演奏者たちで固まることもある。外国人のプレイヤーも結構多いですよ。海外の情報誌で『日本のジャズベニュー5選』と紹介されたことがあって、それをきっかけに知られたみたいですね。ちなみに、都内で公演を終えたプロの外国人ミュージシャンが “もうちょっと演奏したい気分” になって、ふらりと訪れることもあります」(前出・伊藤氏)
都市伝説のように語られていた話が、イントロでは実際に起きているようだ。来日ミュージシャンの日程をチェックしておいて、ライブ終了後にイントロに行けば有名プレイヤーと演奏できる機会もあるかも……。なんて、無謀なプランに思えるが、20年前から同店に通っているという常連さんが、こんな話をしてくれた。
「友人に連れられてふらっと来たのが始まりですが、かつて、ピアニストのベニー・グリーンと演奏したことがあります。『東京JAZZ』が終わった後に来るミュージシャンも多いようですよ。もちろん、そういった海外の有名プレイヤーだけでなく、日本のプロ奏者たちと演奏できるのも、この店の大きな魅力です」
この日のホストプレイヤーを務めていた石渡さんと伊藤さんもプロのミュージシャンである。彼らのような国内プロ勢とのセッションを目的に来店する客も多い。2週間に1回はイントロに通っているという、ドラマーの石田和也さんはこう語る。
「今日はホストプレイヤーの石渡さんとセッションしたくて来ました。このお店はプロも来ますけど、アマチュアの演奏レベルも高いんです。たとえばバークリー音楽大学などに留学中の “本格派の学生プレイヤー” が一時帰国した際に訪れたりもしますからね。そんな人たちと1000円のドリンク代だけでプレイできるなんて、ほかのお店ではあり得ないです。普通はチャージだけで3000円とか払ってもおかしくない。マスターは儲け無視なんですかね(笑)」
異流派が対峙する地下格闘技場
「今日は仕事帰りにちょっと寄ってみました」と語るのは、ドラマーのヨシダシンゴさん。ここに来るのは年に数回程度だが、本日のホストプレイヤーである石渡さんとバンドを組んでいる仲間だという。
「僕はもともとロックをプレイしていたのですが、ジャズを演奏しだしてから『イントロは有名だから行ってみよう』と思って通い始めました。ここはいつ来ても超満員で熱気がありますよね。まあ、小さな店なので当たり前ですが(笑)」
確かに身内だけで演奏していると、自分のレベルがどのぐらいに到達したのかわからないこともあるだろう。その点、イントロでは道場も流派も違う演奏者たちと競いあうことができるし、技術やセンスを伸ばすヒントも得られる。なんだか、いろんなファイターがしのぎを削る地下格闘技場みたいでかっこいい。
筆者が店に入っておよそ2時間が経ち、20時を過ぎた頃にはもう超満員。店長の井上さんが書いていた「本日のメンバー表」もびっしりと埋め尽くされている。今日はドラム奏者が多いらしく、出番待ちのドラマーたちがのんびりとカウンターで酒を煽っている。そんな中にひとり、気になる人を発見。どこから来たの? と声をかけてみると…。
「ポーランドから来ました。日本に住み始めたのは3か月くらい前だけど、今ではもう2週間に1回はイントロに通っているよ」
そう語るカルロさんもドラム奏者。母国では音大に通っていたという。
「僕はネット検索でこの店の存在を知ったんだ。“ドラムでセッションをするにはもってこいの店” という口コミがあったので勇気を振り絞って来てみた。すると確かに、ここは最高の店だったよ。外国人も多いし、学生や社会人、プロのミュージシャンなどいろんな境遇の人がいて、友達もたくさんできた。僕は日本語がうまく話せないけど、ちゃんと互いにわかり合える。それが音楽のいいところだよね」
孤独を抱えた外国人が、夜な夜なセッションに集まり、やがて笑顔を取り戻してゆく…。そんな妄想ストーリーを勝手に思い描いて感動していると、また別の外国語が耳に飛び込んできた。前出の中国人(と思しき)グループである。この数年、高田馬場の駅界隈には中国人向けの日本語学校の看板が目立ち、“ガチ中華”と呼ばれる本場の中国料理を提供する飲食店も急増している。その理由は、中国で早稲田大学が人気の留学先となっているからだ。
なぜ? 中国人プレイヤーが急増中
この店にいる中国人の若者集団も、早稲田の学生たちなのだろうか? 10人近くいる集団の中から、ステージで演奏していた2人に話を聞いてみた。
「私たちはそれぞれ別の大学に通う学生で、このお店で出会いました。今日ここにいるメンバーも、もともと留学生の仲間同士というわけではなく、友だちを介してたまたま集まった。だから何人かは初対面ですね(笑)」
彼は、同じ大学にいる日本人の先輩に教えてもらってイントロの存在を知ったという。以降、頻繁に通うようになったわけだが、こんなに仲間が増えていったのはなぜ?
「仲間のひとりにジャズ好きがいて、彼がみんなを誘っているうちにどんどん人数が増えていきました。セッションに参加せずに観覧目的で来る友達もいますよ。だって、レベルの高いジャズ演奏を観に行こうとすると、安くても5000円はかかるでしょ? でも、ここだと1000円ですからね」
そんな彼に “中国のジャズ事情” を聞いてみたところ、匿名を条件にこんな話をしてくれた。
「私は母国の音楽大学を卒業したあと、ジャズの勉強をしたくて日本に来ました。中国にもジャズバーみたいな店はあって、私が住んでいた町でもたまにジャムセッションが開催されていました。ただ、中国はジャズ人口が少なく、そのお店で演奏するメンバーもせいぜい30人くらい。しかも、みんな私が通っていた音大の関係者ばかり、という状況でした」
そうした閉塞感を、日本では全く感じないのだという。
「日本には個性あふれる魅力的なプレイヤーが大勢いるし、セッションできる場所もたくさんある。素晴らしい環境です。なかでも、ここ(イントロ)はいろんなミュージシャンと友だちになれるし、一緒にセッションしたプレイヤーたちと演奏後に話をすることも大きな楽しみです」
彼は「これからも毎日でも通いたい」と目を輝かせている。前出のポーランド人のカルロさんも同様、彼らは演奏を楽しむだけでなく、出会いの場としても魅力を感じているようだ。小さな店だからこそ、その場にいる者同士のファミリー感も生まれやすい。イントロにはそんな特性があるのかもしれない。加えて、「音楽は言語の壁を超える」みたいな、ありきたりなことを言ってもいいが、今回取材した外国人プレイヤーは皆、驚くほど日本語を上手に話していたことも付記しておこう。
この夜、演奏者たちは入れ替わり立ち代わりステージに立ち続け、終電の時間までジャムセッションは繰り広げられたのであった……。そして、セッションに参加するために修行中の筆者はというと、以前にも増して暗い気持ちになった。ここに居るみんなは、伸び伸びと楽しそうにジャムセッションをエンジョイしている。そんな余裕は、僕にはまだないのだ。
というわけで、いずれイントロでも演奏できるように精進したい。とは思うが、今の僕にできるのは、せいぜいイントロのTシャツ(取材時に購入)を着て “ファミリーの一員になった気分” になるのが関の山だ。
取材・文/千駄木雄大
撮影/加藤雄太
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① 1000円でずっと演奏できるって素晴らしい
② 少しでも弾けたらステージに立たされるぞ
③ 海外の有名プレイヤーとの共演も夢ではない
④ なぜか中国人プレイヤーが急増中
⑤ イントロは怖い店ではなかった。酒飲みに行くだけでも十分楽しめる