構成・文/土佐有明
桑原あい ザ・プロジェクト|Ai Kuwabara The Project
『Making Us Alive』
石若駿とのデュオ作もあるピアニストの桑原あいが、デビュー10周年を記念してリリースしたライヴ盤。2022年4月から7月に行ったライヴのベスト・テイクを収録。昨今の活動の中心である鳥越啓介(b)、千住宗臣(ds)とのレギュラー・トリオ=桑原あいザ・プロジェクト名義での作品だ。桑原は自身のオリジナルの他、クラシックやロック、ソウルなどをハイテンションで演奏しており、主張の強いリズム隊に真っ向勝負を挑んでいるかのよう。
魚返明末&井上銘|Ami Ogaeri &Mei Inoue
『魚返明末&井上銘』
アミール・ブレスラー|Amir Bresler
『House of Arches』
アヴィシャイ・コーエン、シャイ・マエストロ、ニタイ・ハーシュコヴィッツといったイスラエル出身のミュージシャンの作品でドラムを叩いていたのが、アミール・ブレスラー。そんな彼の2枚目のソロ作は、ポリリズムを自然に織り込み、アフロビートに接近した作風。晩年のトニー・アレンのプレイからの影響もあったのだろう。リリースはリジョイサーが主宰するロウ・テープスから。ストーンズ・スロウやブレインフィーダーと並ぶ要注意のレーベルだ。
アンドレア・モティス|Andrea Motis
『Loop Holes』
バルセロナ出身のシンガー/トランペット奏者の最新作。これまで培ってきたジャズやブラジル音楽の素養に加えて、ファンクやネオ・ソウルが加味されたアルバムで、落ち着き払ったヴォーカルは色気と艶っぽさを増している。トランペットはチェット・ベイカーにも通じる繊細な響きだが、本作では彼女独特のヴォイスが貫き通されており、頼もしいことこの上ない。ロイ・ハーグローヴのバンドのドラマーだったグレッグ・ハッチンソン、BIG YUKIも参加。
アンテローパー|Anteloper
『Kudu + Pink Dolphins (Special Edition)』
アンテローパーは、トランペットのジェイミー・ブランチとドラマーのジェイソン・ナザリーによるデュオ。本盤は新作と2018年のアルバムを加えた日本限定盤で、プロデューサーはトータスのメンバーでもあるジェフ・パーカーだ。根っこにあるのはフリー寄りのジャズだが、ノイズや電子音を挿入したり、エフェクトを深くかけたりと、音響的な側面の練り込みが秀逸。混沌としたプレイに電化時代のマイルス・デイヴィスを想起するリスナーも多いだろう。
アリ・ホーニグ・トリオ|Ari Hoenig Trio
『Golden Treasures』
NYに居を構えるドラマーのピアノ・トリオ作品。イスラエル出身のガディ・レハヴィがピアノを弾き、同じくイスラエル出身のギタリスト、ヨアヴ・エシェドも2曲に参加している。ホーニグはここぞというところでタムを巧く使用し、全身で歌っているようなスウィング感を醸す。ピアノやベースを背後から煽り建てるような場面も聴きどころ。掉尾に置かれたソニー・ロリンズ「ドキシー」のカヴァーは、なんと完全なドラム・ソロ。
アヴィシャイ・コーエン|Avishai Cohen
『Naked Truth』
テルアビブ出身のトランぺッターが率いるカルテット作品。過去作では攻めの姿勢での演奏が目立ったが、本作は地に足がつき、落ち着き払ったサウンドが目立つ。特にスローなバラードは官能的で艶やか。脂の乗り切った中堅ならではのプレイ、とも言えるだろう。掉尾には、英語でのポエトリー・リーディングが置かれる。なお、同姓同名のイスラエル人ベーシストも存在するが、こちらはトランペット奏者のほうのアルバム。ご注意を。
アヴィシャイ・コーエン|Avishai Cohen
『Shifting Sands』
イスラエル出身のベーシストのアルバム。ピアノにアゼルバイジャン出身のエルチン・シリノフを、ドラマーにロニ・カスピを登用し、新体制で臨む初の作品だ。ドラマーの交代により疾走感が増した印象で、饒舌なピアノが前へ前へと出るのも頼もしい。リーダーのコーエンはやや控えめのプレイにも聞こえるが、新メンバーを立てようという心境だったのかもしれない。また、コンポーザーとしてのコーエンらしさは不変で、翳りと憂いを帯びた旋律に惹かれる。
ビョルン・マリウス・ヘッゲ|Bjørn Marius Hegge
『Beyond Your Wildest Streams』
ブラッド・メルドー|Brad Mehldau
『Jacob’s Ladder』
グラミー賞常連の大御所ピアニストが、プログレッシヴ・ロックからの影響を衒いなく、ストレートに放出した異色作。元々メルドーは、電化時代のマイルス・デイヴィスやウェザー・リポート、マハヴィシュヌ・オーケストラなどが門戸となってジャズへと傾倒していったそう。そして、メルドーは本作で、その当時の記憶を手繰り寄せ、辿ってきた道程を歩みなおしているかのよう。メリアナでの盟友、マーク・ジュリアナのタイトなドラムがアンサンブルを引き締めている。
ブッゲ・ヴェッセルトフト|Bugge Wesseltoft
『Be Am』
ノルウェー人ピアニストのブッゲ・ヴェッセルトフトは、ジャズランドというレーベルを主宰し、いわゆるフューチャー・ジャズを牽引したキーパーソン。昨今は元e.s.t.のリズム隊と組んでアルバムを2枚リリースしていた彼だが、ここにきて5年ぶりのソロ作を発表した。優美で壮麗なピアノ・ソロをメインにしながらも、同郷のサックス奏者でもあるホーコン・コーンスタらを迎え、透明で澄み切ったサウンドスケープを作り出している。
チャールス・ロイド|Charles Lloyd
『Trios: Sacred Thread』
老いてなお盛んなサックス奏者の新作は、3つの異なるトリオで3枚のアルバムをリリースするという形態。ビル・フリゼールとトーマス・モーガンを迎えての『トリオズ:チャペル』、アンソニー・ウィルソンとジェラレルド・クレイトンが参加した『トリオズ:オーシャン』を発表しているが、個人的に推したいのが、3枚目の『トリオズ:セイクレッド・スレッド』。ギタリストのジュリアン・レイジと、インドを代表する打楽器奏者=ザキール・フセインとの丁々発止の熱演がたまらない。
クリス・ピッツィオコス|Chris Pitiokos
『Art of the Alto』
大友良英がラジオでかけていたのを聴いて、サックス奏者のクリス・ピッツィオコスの存在を知った。ルインズの吉田達也、JOJO広重、スガダイローなどと来日公演で共演している彼だが、その認知度はいまひとつ。サックスでフレーズを吹くというよりも、振動や軋みや唸りを出し尽くすスタイルは、圧倒的な個性を有しているのだが。前衛の極北といった趣の本作もいいが、2021年に出た2枚のアルバムのほうが、彼の凄さがストレートに伝わるかもしれない。
ダニーロ・ペレス|Danilo Perez
『Crisalida』
ピアニスト/プロデューサー/コンポーザーとしてグラミー賞の常連であり、ユネスコの平和大使も務める、パナマの英雄ダニーロ・ペレス。彼の最新作は、前半4曲が「La Muralla(ガラスの壁)組曲」、後半4曲が「Fronteras (境界) 組曲」という構成で、静と動の対比が明確だ。キューバ出身の名パーカッショニスト、パレスチナ出身のネイ(笛)奏者など、多国籍のメンバーの個性が交錯。特に、ギリシャ出身の女性シンガーの美声が際立っている。
デイヴ・ストライカー|Dave Stryker
『As We Are』
デイヴ・ストライカーは、1980年代からスタンリー・タレンタインやジャック・マクダフのバンド・メンバーとして、八面六臂の活躍を見せてきたギタリスト。本作では、ジョン・パティトゥッチ(b)、ブライアン・ブレイド(ds)という最強のリズム隊を迎えており、両者が底を支えているからこそ、ストライカーはより自由に弾きまくっている。30年に渡るキャリアは伊達じゃない、と思わせる老獪なプレイが詰まった逸品だ。
ダヴィ・ヴィレージェス|David Virelles
『nuna』
キューバ出身のピアニスト=ダヴィ・ヴィレージェスが、PI RECORDINGSからリリースしたアルバム。ゲストはいるものの、基本的にヴィレージェスがピアノやマリンバを演奏。そのプレイはストイックかつスタティックであり、現代音楽とフリー・ジャズと環境音楽を同一線上に捉えたかのよう。良い意味で掴みどころのないピアノは相変わらず。メインはピアノ・ソロだが、3曲でパーカッションが入るという構成だ。
ドミ& J Dベック|DOMi&JD BECK
『NOT TiGHT』
00年生まれの鍵盤奏者と03年生まれのドラマーによるデュオの初作。ハービー・ハンコックやカート・ローゼンウィンケルが参加していることもあり、ジャズに括られることが多いが、もしそうならば、相当に野心的で異形のジャズということになる。そして、エレクトロニカとヒップホップとドラムンベースを無手勝流で混淆したサウンドは、元々ジャズが複数の音楽の交雑により生まれたことを思い出させてくれる。マック・デ・マルコがヴォーカルで1曲に参加。
エズラ・コレクティヴ|Ezra Collective
『Where I’m Meant To Be』
活況を呈していた南ロンドンにおいて絶大な影響力を誇るエズラ・コレクティヴのセカンド。結成当初の音楽的コンセプトは「ジョン・コルトレーンやフェラ・クティ、ボブ・マーリーといった先人たちを模倣したゴチャ混ぜバンド」だったそうで、本作でもハイブリッドなサウンドを構築。冒頭からアフロビートとコール・アンド・レスポンスの応酬で、長年ステージでインプロヴィゼーションをこなしてきた成果が如実に出ているように思われる。
ギラッド・ヘクセルマン|Gilad Hekselman
『Far Star』
イスラエル出身のギタリスト、ギラッド・ヘクセルマンのアルバムは先鋭的な試行が多数なされた意欲作だ。エリック・ハーランド(ds)がアンサンブルを立体的に見せ、同郷のシャイ・マエストロ(p)がゲストとして華を添える。ジュリアン・レイジやマシュー・スティーヴンス、マイク・モレーノなど、ジャンルや国境をまたぐギタリストが増えている昨今だが、へクセルマンはその中でも頭ひとつ抜けている感じだ。
ゴンサロ・ルバルカバ|Gonzalo Rubalcaba
『Turning Point / Trio D’ete』
ゴンサロ・ルバルカバは、グラミー賞の受賞歴もあるキューバ出身のピアニスト。本作は、彼が、マット・ブリューワー(b)とエリック・ハーランド(ds)と創ったアルバムだ。ラテン風味を漂わせつつ、時にフリーに、時にムーディーに、そのピアノは千変万化する。それを後押しするのが、ハーランドの性急で手数の多いドラム。特に、テンポの速い曲での暴れ馬のようなプレイは凄絶のひとこと。客席にいる気分で「いいぞ、もっとやれ!」と声をかけたくなる。
グレッグ・スピーロ|Greg Spero
『Chicago Experiment』
シカゴのピアニスト、グレッグ・スピーロを中心とし、マカヤ・マクレイヴン、ジョエル・ロス、マーキス・ヒル、ジェフ・パーカーといった精鋭が参加した話題作。ジャズを筆頭に音楽の街として知られるシカゴの、豊潤で豊穣な音楽遺産を注ぎ込んだ、“全部入り” なサウンドに胸躍る。ビート・ミュージックとジャズとファンクとヒップホップをフラットに享受してきたであろうスピーロのリベラルな音楽観が全面に出ているアルバムである。
イマニュエル・ウィルキンス|Immanuel Wilkins
『The 7th Hand』
ブルーノートから一昨年に出たアルバムが、ニューヨーク・タイムズ紙で2020年のジャズ・アルバム第1位に選ばれたアルト奏者、イマニュエル・ウィルキンス。本作は7楽章からなるオリジナル曲が収められており、ウィルキンスの作曲家としての力量が十全に発揮されている。緊密なアンサンブルに基く演奏だが、特に、緩急自在のプレイを聴かせるピアニスト、ミカ・トーマスがふるっている。彼女が影の主役では、という感もあり。
ジョン・スコフィールド|John Scofield
『John Scofield』
ジョン・スコフィールドは、マイルス・デイヴィスの作品にも参加した大御所ギタリスト。ジャム・バンド興隆期から、メデスキ、マーティン&ウッドらと組んで話題を呼んだこともあった。本作は意外にも初となるギター・ソロ作で、バッギングとソロが重ねて録音されている。キース・ジャレット、ハンク・ウィリアムズ、バディ・ホリーらのカヴァーも堂に入ったもの。前作に続いてECMからのリリースで、レーベル・カラーが作風に影響している感も。
ジュリアス・ロドリゲス|Julius Rodriguez
『Let Sound Tell All』
ピアニスト、ドラマー、プロデューサーなど多彩な顔を持つジュリアス・ロドリゲスの、ヴァーヴからのデビュー作。ゴスペル、ジャズ、クラシック、R&B、ヒップホップなどを包含するサウンドは、雑多で乱脈。膨大な量の具材を投げ込んだ、闇鍋的なアルバムとなっている。後続に絶大な影響を及ぼし続けるロイ・ハーグローブと相似形を成す部分もあり。「Gift Of The Moon」はトランペットが多層を成すサイケデリックなナンバーだ。
松丸契|Kei Matsumaru
『The Moon, Its Recollections Abstracted』
パプアニューギニアの山奥の村で育ち、楽器をほぼ独学で習得。その後2018年にバークリー音楽大学を主席で卒業したサックス奏者が松丸契だ。石橋英子、ジム・オルーク、山本達久、大友良英、Dos Monosらと共演してきた彼が、石若駿(ds)らを迎えて制作したのが本作。〈即興と作曲の対比と融合〉〈具体化と抽象化〉がコンセプトだったそうで、複数のジャンルを横断する野心的なサウンド・メイクに脱帽。サックス奏者としても優れた才能の持ち主だ。
カーク・クヌフク|Kirk Knuffke
『Gravity Without Airs』
カーク・クヌフクは、オーネット・コールマン、ウィントン・マルサリスという、音楽性が対照的なふたりに師事していたコルネット奏者。アルバムや曲によって音楽的な方向性が変わるのはそのルーツのせいだろうか。本作は、マシュー・シップ(p)とマイケル・ビシオ(ds)という俊英を迎えたトリオでの録音。主役のコルネットはドン・チェリーを連想させもするが、全体のアンサンブルはもう少しストイックで静謐だ。
キット・ダウンズ|Kit Downes
『Vermillion』
キット・ダウンズは、スクエアプッシャーのライヴに参加したり、ジャンゴ・ベイツとも共演してきたUKのピアニスト。本作はECMからの3作目だ。ダウンズのプレイはチック・コリアからの影響が仄見えるが、コリアよりも叙情的な旋律を奏でていると思う。ピアノ・ソロは音数は少なく、あえて抑制を効かせたようなタッチが続く。ベースとドラムも必要最低限の音から成り立っており、演奏の展開もスロー。じっくり向き合いたい一枚だ。
ココロコ|Kokoroco
『Could We Be More』
ロンドンを拠点とする8人組のデビュー作で、ジャイルス・ピーターソンが立ち上げたレーベル、ブラウンズウッドからリリースされた。その音楽性はアフロビートを主軸としながらも、UKジャズ、ファンクなどを吞み込んだもの。昨今のブリット・ファンクに通じるグルーヴ感が爽快で、クリアでファットな音色のベースが特にいい。中盤以降に歌ものが配置されているのもバランスが良く、野心作ながらポップな響を帯びているのも美点だろう。
コマ・サクソ|Koma Saxo
『Koma West』
スウェーデン出身のプロデューサー/ベーシスト/ドラマーであるペッター・エルデ。その彼が率いるカルテットがコマ・サクソで、本作は音色もフレーズもアレンジも斬新極まりない。アコースティックなジャズの肌合いから、かつてフリー・ジャズが放っていた妖気や熱気、音響派以降のセンスなどが混在。唐突にドラムンベースに雪崩れ込んでゆく展開も、ストリングスの大々的な導入も違和感がない。ジャズの自由さと雑駁が同時に体現されたマスターピース。
KYOTO JAZZ SEXTET feat.森山威男
『SUCCESSION』
沖野修也率いるセクステットの新作は、なんと日本のジャズの黎明期から活躍してきたドラマー、森山威男をフィーチャーした作品。数々の名演を遺してきた森山の参加により、クラブ・ジャズ的な色合いはこれまでより控えめで、そのぶんマッシヴなフリー・ジャズの要素が前景化している。トランペットの類家心平、サックスの栗原健、ピアノの平戸祐介らも森山に負けじと奮起。長きにわたる森山のキャリアの中でも、特別な一枚になったのではないか。
マカヤ・マクレイヴン|Makaya McCraven
『In these times』
シカゴ出身のドラマーの最新作は、作曲と制作に7年をかけた労作とのこと。ハープ、フルート、ギターの他、ストリングスもここぞという場面で導入。オーヴァー・ダブやエディットを施されている箇所もあるのだろうが、今回は生演奏のアタックの強さとダイナミズムが前景化している印象。そのせいか、前作に較べて若干グルーヴ感に変化が見られる。ミニマル・ミュージックやビート・ミュージックも視野に入れた射程の長さが魅力で、音楽的な懐の深さが窺える。
曽根麻央|Mao Sone
『Brightness of the Lives』
ピアノとトランペットの両方を演奏する“二刀流”こと曽根麻央の最新作は、井上銘(g)、山本連(b)、木村紘(ds)、曽根から成るバンドでの録音。時にグルーヴィ―な展開も見せるバンド・サウンドが軽妙で、パーカッションが加わった曲はトライバルな様相を見せる。前作は部分的にウェザー・リポートを連想させる箇所もあったが、本作はよりオリジナリティが高まっており、完成度の高い仕上がりに。曽根のフリューゲル・ホーンはケニー・ホイーラーに通底している部分も。
マーク・ジュリアナ|Mark Guiliana
『The Sound of Listening』
デヴィッド・ボウイ『★』にも参加したドラマー、マーク・ジュリアナ率いるカルテットの最新作。ジュリアナはシンセサイザーやビートのプログラミングも行っており、超絶技巧を誇るドラマーとしての影は今回はやや薄めだ。編成的には、ピアノがファビアン・アルマザンと交代でシャイ・マエストロがプレイしており、ECMからのアルバムも秀逸だった彼のプレイが演奏にふくよかさを与えている。ジェイソン・リグビーのいななくようなサックスもいい。
マーク・ターナー|Mark Turner
『Return From The Stars』
8年ぶりにECMからのリリースとなるサックス奏者によるカルテット作品。60年代の新主流派を今風にアップグレードしたような作風で、ターナーのソロは流麗で淀みない。分厚くて温かみのある音色にジョー・ヘンダーソンを連想した、という人もいるだろう。ドラムのジョナサン・ピンソンはウェイン・ショーターやハービー・ハンコックのサポートも務める俊英。飛沫をあげるようなシンバルが特徴的な彼は、本作のもうひとりの主役である。
マーキス・ヒル|Marquis Hill
『New Gospel Revisited』
黒田卓也らと並ぶ新世代ジャズ・トランぺッターのライヴ盤。オーセンティックなジャズを基軸にしつつも、ヒップホップ的なビート感も活かした曲が多い。それにしても参加メンバーが豪華。ウォルター・スミスⅢ、ジョエル・ロス、ジェームス・フランシス、ケンドリック・スコット、ハリシュ・ラガヴァンが揃い、熱気のこもった演奏を展開。まるでライヴの場に居合わせたような臨場感が魅力だ。私的MVPはヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスである。
マーティ・ホロベック|Marty Holoubek
『TRIOⅢ(Radio Edit)』
石若駿らと共演してきたホロベックは、日本のジャズ・シーンには必要不可欠な存在となっているベーシスト。そんな彼が、ジム・オルークや勝井祐二と共演してきた山本達久(ds)、映画『ドライヴ・マイ・カー』の音楽を手掛けた石橋英子(p)と組んだのが本作。不穏で怪しげな空気が流れる中、3人が手持ちの札にプラスアルファしたプレイを聴かせる。特に、ホロベックの骨太なベースと、山本のシャープなシンバル使いが強く印象に残る。
メアリー・ハルヴォーソン|Mary Halvorson
『Amaryllis+Belladonna』
注目の女性ギタリストがノンサッチからダブル・アルバムをリリースした。元々、前衛指向が強く、ストレードアヘッドなジャズ・ギタリストに収まらない彼女。別名義ではロバート・ワイアットをヴォーカルに招いたり、ディアフーフのギタリストと協働したりと、表現のレンジを広げてきた。“Amaryllis”はセクステット編成で、“Belladonna”はストリングスとの共演。前者のほうが若干キャッチーだが、予測不可能な揺れや訛りを有する彼女のギターは唯一無二である。
メロディ・ガルドー|Melody Gardot
『Entre eux Deux』
女性ヴォーカリストのメロディ・ガルドーは、一昨年のアルバムも出色の出来だったが、本作は遥かにその上を行っている。ガルドーの他に参加したのは、バーデン・パウエルの子息である男性ピアニスト、フィリップ・バーデン・パウエル。彼のピアノは最小限の音で最大限の効果をもたらしており、その声はガルドーの歌声を巧く引き立てる。一方、ガルドーは、隙間だらけの空間において、ソフトでマイルドなヴォーカルを聴かせている。
ナラ・シネフロ|Nala Sinephro
『Space 1.8』
名門ワープ・レコーズからリリースされた若き才媛のデビュー作。ナラ・シネフロはロンドンを拠点にするカリブ系ベルギー人ミュージシャン。本作では、作曲、プロデュース、エンジニア、レコーディング、ミキシングのすべてを担当。ペダル・ハープやモジュラー・シンセも奏でている。スピリチュアル・ジャズからアンビエント・テクノまでを包含する色彩豊かなサウンドは、アリス・コルトレーンからの影響も窺える。ヌバイア・ガルシアも参加。
オデッド・ツール|Oded Tzur
『Isabela』
テルアビブ生まれのサックス奏者オデッド・ツールは、高校でジャズとクラシック音楽を学び、インドの古典音楽も身につけた。本作も、インド音楽とジャズの要素を折衷したような演奏が展開されている。ECMからの2作目となる本作では、インド音楽における曲節であるラーガを導入し、スライド奏法を多用している。決してとっつきやすくはないが、スピリチュアル・ジャズの延長として聴けば、新たな地平が見えてくるはず。
ロバート・グラスパー|Robert Glasper
『Black Radio 3』
ヒップホップ、ゴスペル、R&Bなどをルーツに持つピアニスト=ロバート・グラスパーは、12年発売の『ブラック・レディオ』でエリカ・バドゥらをフィーチャーし、ジャズの潮流を更新した。本作はその第三弾。レイラ・ハサウェイとコモンが参加した、ティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」のカヴァーが際立っている。『ブラック・レディオ』がそうだったように、本作は、ヒップホップやR&Bのリスナーがジャズに踏み込むのに最適な作品だと思う。
サマラ・ジョイ|Samara Joy
『Linger Awhile』
98年生まれの女性ヴォーカリストのメジャー・デビュー作で、リリースは名門ヴァーヴから。ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエらの曲を取り挙げており、彼女がそうした先人たちの衣鉢を継ぐジャズ・シンガーであることが再確認できる。ソフトに囁きかけるような唱法は、チェット・ベイカーやビング・クロスビーらに代表されるクルーナー・タイプだ。今話題のギタリスト、パスクァーレ・グロッソもフィーチャーされている。
藤井郷子|Satoko Fujii
『Hyaku, One Hundred Dreams』
海外で評価の高いピアニスト・藤井郷子のアルバムだが、これには参った。いや、恐れ入ったというべきか。本作は藤井がデビューして26年目に発表した通算100作目のアルバムであり、ワダダ・レオ・スミスやモリイクエ、トム・レイニー、田村夏樹などが参加。そして、前衛の突端で闘ってきた精鋭たちが各々の楽器で鋭利なフレーズを繰り出してくる。ただならぬ緊張感を維持し続け、最後まで気を抜くことなく演奏が進行。まさに息つく暇もないアルバムだ。
シャバカ|Shabaka
『Afrikan Culture』
アフリカ系英国人のサックス奏者、シャバカ・ハッチングスのシャバカ名義でのアルバム。スピリチュアル・ジャズを今風に更新したような、瞑想的で浮遊感溢れる空気を醸成。コラやムビラ、尺八なども使用したサウンドは、アンビエントとして聴くことも可能だろう。ナラ・シネフロのアルバムと並べて聴きたい作品である。内省的でパーソナルな感触は、パンデミックの影響もあったはず。もちろん、サックス奏者としてのシャバカのプレイも冴えに冴えている。
スナーキー・パピー|Snarky Puppy
『Empire Central』
年間200本以上のライヴをこなし、30名前後のメンバーが流動的に演奏に参加するコレクティヴの最新作。かつて活動の拠点としていた、テキサス州ダラスの音楽シーンへの敬意を打ち出しつつも、コンテンポラリーな質感のサウンドで固めている。ジャズとファンクの成分が多めだが、フュージョンやルーツ・ロックもスパイスとして投入されている。白眉は「クリロイ」なる曲。クリフォード・ブラウンと、テキサス出身のロイ・ハーグローヴからとったタイトルそのままの、両者へのリスペクトを込めた曲である。
セオ・クロッカー|Theo Croker
『Love Quantum』
セオ・クローカーについて語る際に頻出するのが、アフロ・フューチャリズムという用語。これは、テクノロジー、未来、宇宙と黒人文化が結びついた、アフリカ系アーティストの思想である。この思想をクローカーが受け継いでいるのは、本作収録のサン・ラーのカヴァーからも明らかだ。また「ジャズ・イズ・デッド」という曲名の真意を問いたくなるが、おそらく反語だろう。本作は、過去と未来の音楽が違和感なく同居している稀有な作品なのだから。
※アーティスト名は「シオ/テオ(Theo)・クローカー(Croker)」と表記されることも。本稿では「Theo」の一般的なカタカナ表記「セオ」を使用
ティグラン・ハマシアン|Tigran Hamasyan
『StandArt』
アルメニア人ピアニストが、マット・ブリューワー(b)、ジャスティン・ブラウン(ds)という当代きってのリズム隊と組んだアルバム。ハマシアンの過去作は崇高過ぎて近寄りがたいものもあったが、スタンダードを中心とした本作は比較的親しみやすい。明瞭なアクセントをつけたプレイは、コンポーザーよりピアニストとしてのハマシアンの顔が全面に出ている。ジョシュア・レッドマン、マーク・ターナーというサックス奏者ふたりも参加。
ティム・バーン─マット・ミッチェル|Tim Berne, Matt Mitchell
『One More, Please』
マット・ミッチェルはクレイグ・テイボーンの後任としてティム・バーンのバンドに起用されたピアニスト。本作はそのミッチェル自身のメンターでもあるティム・バーンと共演した作品。即興演奏では力業で共演者を捻じ伏せることも少なくないバーンだが、ここではミッチェルのピアノを引き立てている印象だ。一方、ミッチェルはバーンへの敬意を表しながらも、要所でフリーキーな演奏を聴かせる。師匠と弟子のドリーム・マッチは、予想以上の成果を遺した。
トム・ハレル|Tom Harrell
『Oak Tree』
70代半ばのトランペット奏者、トム・ハレルはベテランながらフレッシュな演奏を聴かせる。新作は、ビバップからスムース・ジャズ、アフロ・キューバン・ジャズなどを吸収。手持ちのカードをすべて使い切ったような、総決算的アルバムという感もある。50年にわたり、30枚以上のリーダー作を発表してきた彼は、勤勉な人なのだろう。クラシックの作曲法にも精通しているそうで、無意識にそうした音楽からも刺激を受け、鼓舞されていると見た。
トルド・グスタフセン・トリオ|Tord Gustavsen Trio
『Opening』
ノルウェーのピアニストによる4年ぶりのトリオ作。静謐でリリシズム溢れる作風は、まさにECMから出るべくして出た作品という印象。出会い頭のインパクトや衝撃こそ少ないが、聴き込むうちにじわじわとその味わいが増してくる。ノルウェーベーシストのスタイナー・ラクネスが土台を支え、ドラムのジャール・ヴェスペスタッドが巧みなブラシワークを交えたプレイで魅了する。トリオとしての一体感も文句なしだ。