2022年にリリースされた「R&B/ソウル」のアルバムから、時代の空気を反映し、シーンを盛り上げた20作をセレクト(アルファベット順に掲載)。近年稀に見る豊作で、40作近くの候補の中から選んだが、選外となったアルバムもここに挙げた20作と甲乙つけ難い内容だった。
構成・文/林 剛
アンバー・マーク|Amber Mark
『Three Dimensions Deep』
2017年に出したミニ・アルバムの時点で大器を予感させたシンガーがPMRから発表した初フル・アルバム。アフロビーツやトラップなど、様々な土地を渡り歩いた人らしいミクスチャー感覚がエッジーに表現される一方で、ジュリアン・ブネッタがメインで制作することで醸し出されるポップネスが親しみやすさも感じさせた。年頭に〈A COLORS SHOW〉で披露した、ディープだけど軽やかな「Most Men」に彼女の魅力が集約されていると思う。
アリ・レノックス|Ari Lennox
『age/sex/location』
アリン・レイ|Arin Ray
『Hello Poison』
オハイオ州出身で、US版〈The X Factor〉への出演でも注目を集めた気鋭。(DJ)キャンパーの全面援護で、隙間の多いトラックにファンクやブルースのエッセンスを織り込み、甘く情熱的な歌声を披露した本作で一皮剥けた。ゲストは、前作にも参加したテラス・マーティンやタイ・ダラー・サインのほか、ブラスト、Dスモーク、ヴァンジェスら西海岸勢が大半。現在の活動拠点であるLAがR&B活況の地であることを示すような作品でもあった。
べイビーフェイス|Babyface
『Girls Night Out』
女性シンガーや若手アーティストを裏方としてサポートし続けてきたR&B界の重鎮が、新恋人の助力も得て気鋭の女性たちとコラボした“女子会”アルバム。テヴィン・キャンベルへの提供曲を換骨奪胎した先行シングルでのエラ・メイをはじめ、アリ・レノックス、ケラーニ、マニー・ロングといった売れっ子からアフロビーツの新星までを美メロで出迎え、自身の歌はほどほどに、彼女たちの紹介役に回ることで“R&Bの今”を伝えてくれた。
ビヨンセ|Beyonce
『Renaissance』
R&Bの枠を超えた2022年最大級の話題作。先行曲がハウスのサンプリング/オマージュで、軸となるテーマは黒人クィア・カルチャーの祝福。同時にバウンスやゴスペルも組み込み、サザン・ガールでありチャーチ・ガールである自らのルーツを力強く表現した壮大なアルバムは、今のビヨンセだからこそできたもの。「Plastic Off The Sofa」はSNSで歌唱チャレンジも起こり、彼女の歌や存在がロールモデルであり続けていることの証明にもなった。
ブレント・ファイヤズ|Brent Faiyaz
『Wasteland』
ラッパー的なメンタリティを持つこのシンガーは、甘い歌い口で官能をくすぐりながら毒も吐く。DJダヒが制作したタイラー・ザ・クリエイター客演曲とネプチューンズが制作したドレイク客演曲は2021年リリースで前年感も強いが、2022年に全米チャートで大成功を収めたR&Bアルバムとして忘れるわけにはいかない。TR-808系のドラムマシンを駆使した簡素なトラックに美しいメロディを織り込んだ妖しく尖鋭的なR&B集だ。
クリス・ブラウン|Chris Brown
『Breezy』
33歳にしてキャリア17年で、今やヴェテラン並みの実績と風格があるクリス。今作も収録曲が多く、エラ・メイ、H.E.R.、アンダーソン・パーク、ウィズキッド、ジャック・ハーロウらの人気者が大挙集う。が、圧倒的な歌ぢからとフューチャリスティックにしてオーセンティックな楽曲の質の高さもあって、冗長な印象もなければ、客演陣に呑み込まれた印象もない。R.ケリーが消え去ったR&B界で、このジャンルの次なるキングは彼になるのか?とも感じさせた。
ディヴィジョン|DVSN
『Working On My Karma』
タイ・ダラー・サインとの連名作で90s回帰を推し進めたトロントのデュオが、敬愛するアッシャーの出世に貢献したジャーメイン・デュプリらと組み、ベタなサンプリングも交えて往時のアトランタR&Bへのオマージュを繰り広げた快作。ジャギド・エッジを迎えたスロウ、カット・クロース風の女声が飛び出すメロウなトラップなど、懐かしさと現代的なエッジが混ざり合う。最大のキモは濃厚な色気を発するダニエル・デイリーの歌声。
エラ・メイ|Ella Mai
『Heart On My Sleeve』
「Boo’d Up」のヒットで瞬く間に現代R&Bの顔となったのが4年前。大きな期待がかかる中で発表した本作も、Dマイルら新たなプロデューサーを招きつつ、マスタードが総指揮をとることで前作のムードをキープしていた。90sR&Bのエッセンスをトラップ・ビートに包み、ブルーなフィーリングを全編に充満させてエラ・メイとしか言いようがない世界を展開。ロディ・リッチやラトーといったラッパーを迎えたことで引き締まった印象もある。
アイズレー・ブラザーズ|The Isley Brothers
『Make Me Say It Again,Girl』
ロナルド81歳、アーニー70歳。R&B界の長老兄弟が変わらぬメロウネスでアイズリー道を邁進しつつ、今をときめくシンガーやラッパー、プロデューサーを招いて最前線に降り立った。絶好のタイミングでビヨンセを招いたタイトル・ソングは75年曲のセルフ・カヴァー。アース・ウィンド&ファイアとエル・デバージを迎えてスウィッチの名スロウをカヴァーした回顧企画も古臭さはない。発表直後に帰らぬ人となったテイクオフ(ミーゴス)の客演に感傷を抱く。
ケラーニ|Kehlani
『Blue Water Road』
今に繋がるトラップR&Bの先駆的な存在だった彼女も、今作で少し路線変更して前進。常連のポップ・ワンゼルがメイン・プロデュースを手掛けるが、ストリングスを交えたオーガニックな曲が目立ち、ヴォーカルも含めて神秘的で官能的なムードが強まった。ソウルIIソウルの曲を引用してジャスティン・ビーバーと共演したスムーズなアップ、サンダーキャットと気鋭のアンブレイが声を交えたミディアム・スロウなど、瑞々しい開放感がある。
ラッキー・デイ|Lucky Daye
『Candydrip』
近年最も勢いのある男性R&Bシンガー。プロデューサーのDマイルとともに引退を考えて捨て身で作ったデビュー作が大成功を収め、今やシーンのトップに立つふたりが気鋭の制作陣を交えて完成させたセカンドだ。今作でもプリンス風やボッサ・タッチの曲を歌い、ミュージック・ソウルチャイルドやアッシャーの名曲引用、ディアンジェロに通じるバラードなどY2K回顧も目立つ。が、トラップ以降のビート感や醸し出す空気は確実に20年代。
マニー・ロング|Muni Long
『Public Displays of Affection: The Album』
「Hrs And Hrs」が2022年を代表するR&Bソングとなったマニー・ロング(元プリシラ・レネイ)。その勢いに乗ってデフ・ジャムと契約し、同曲を含む前年のEPと続編のEPに新曲を加えて発表したフル・アルバムは、キャリア10年超の貫禄と新進気鋭感を同時に感じさせた。ベース・ミュージック風のアップも含めた楽曲から漂う濃厚な90sR&Bのフィーリング、機智に富んだリリック、クールなのに人懐っこい歌声が耳をとらえて離さない。
メアリー・J. ブライジ|Mary J.Blige
『Good Morning Gorgeous』
スーパーボウルのハーフタイム・ショー出演を間近に控える中で発表した本作は、ヴェテランの矜持を保ちながら進歩的であり続けるR&Bのクイーンがクイーンたる所以を見せつけたパワフルなアルバムだった。アンダーソン・パークらの力を借りての90sレミニス。DマイルやH.E.R.と組んだ現代感覚のR&B。ファイヴィオ・フォーリンを迎えてのNYドリル。ストリート目線を失わず、全身全霊で歌う女王に惚れ直した。デラックス版はさらにゴージャス。
ニージャ|Nija
『Don’t Say I Didn’t Warn You』
ドリル〜トラップ系ビートに凛々しく不敵なヴォーカルを乗せて歌うニュージャージー出身の25歳。ビヨンセ、サマー・ウォーカー、SZA、カーディB、アリアナ・グランデ、ケラーニなどに楽曲を提供してきた彼女は、トレンドを追うより生み出す側。愛憎入り混じるリリックも含めて凄みやエッジを感じさせる本作だが、音としては親しみやすい。30分未満ながらフル・アルバム級のインパクトで、ジャージー・クラブ・リミックスも作られた。
※アーティスト名「Nija」のカナ表記は複数存在するが、本稿では本人SNSで周知された読み「nee・zjuh」に準拠。
PJモートン|PJ Morton
『Watch The Sun』
マルーン5にも籍を置く現行ニューオーリンズ・ソウルの旗手が、スティーヴィー・ワンダーやエル・デバージ、ジル・スコット、ナスまで多数のゲストを招いて、ルイジアナ州ボガルサの名門スタジオで録音。唱法も鍵盤の音色もスティーヴィーからの影響が相変わらず色濃いが、メロウなソウル、レゲエ調、サンバ風、ゴスペルなど、自身のバックボーンにある音楽を楽しむようにカラフルに表現した本作は終始ポジティヴなムードに包まれていた。
フォニー・ピープル|Phony Ppl
『Euphonyus』
ジャジー・ジェイの息子を含むNYブルックリンの5人組はネオ・ソウル系のバンドといった印象が強い。が、フィリーの名匠アイヴァン・バリアスと組んだ本作は、シェレールの84年ヒットを換骨奪胎した先行曲のほか、ミーガン・ザ・スタリオン、ジョジョ、ソウル・レベルズとレオン・トーマス3世との各共演曲まで、大半が80sなブギー・ファンクという内容に。同時にレトロなソウル・バラードなどもこなす万能感はザ・ルーツを思わせる。
シド|Syd
『Broken Hearts Club』
ジ・インターネット一派ではスティーヴ・レイシーの『Gemini Rights』も話題だが、そのレイシーも絡んだのが、失恋を原動力として作り上げたシドの本作。近未来的なサイバー・ソウル感が、アリーヤへのオマージュ、トロイ・テイラーやロドニー・ジャーキンズの起用といったY2K志向からきているのが面白い。人工的なサウンドとシドの繊細で人間臭いヴォーカルの合体にゾクゾクした。フジロックでもシャーデーTシャツを着て快演。
シザ|SZA
『SOS』
前作からの5年間に所属するTDEとの不協和音も漏れ聞こえてきただけに、『SOS』なる表題が何を意味するのか気になりながらも無事アルバムがリリースされたことに安堵した。既にクラシック化している幻想的な先行シングルのほか、トラップ・ソウルからカントリー風のバラードまで、諦観と解放感が綯い交ぜになったような歌が胸に迫る。ベイビーフェイスの新作と同じ制作陣によるスロウや故オール・ダーティ・バスタードとの擬似共演も話題に。
タンク・アンド・ザ・バンガス|Tank And The Bangas
『Red Balloon』
結成10余年、メジャー・デビュー6年で、今やニューオーリンズを代表するバンドに。架空のラジオ局TATB-FMという設定で、ディスコ・ブギー、バウンス、アフロビート、メロウ・ソウルなどをガンボ(ごった煮)して、地元の名物カフェもレペゼンしつつ、かの地の今をパワフルかつコミカルに表現した本作の味わい深さは格別だった。レイラ・ハサウェイやアレックス・アイズレーの参加も含めてムーンチャイルド『Starfruit』に似た空気もある。